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アサインされたお部屋は「能登渚亭」の9階、お部屋名は「菊の四」。お部屋の入口にはミニ庭園のような和の空間があり、9階フロアーのテーマのお花である菊が生けられている心が和む空間だ。お部屋の入口は格子戸格子戸を開けると玄関が。鍵のついた扉は、格子戸の内側、玄関のたたき部分に閉まるようになっていて、扉は壁に沿って収納されている。左にトイレ、右には洗面所とお風呂がある。「能登渚亭」のお部屋は純和風間取りは、本間10畳+次の間6畳+広縁本間 10畳座卓は、高級感漂う輪島塗床の間の絵画は、9階フロアーのテーマである「菊」生け花は、シンプルで上品 窓の外には素晴らしい景色がお部屋に通されて、まず「うわ~」と感動したのがこの景色だった追加料金を払ってでも海側指定のお部屋を予約してよかったお天気が良く、穏やかな七尾湾、そして沖合いに浮かぶ大きな能登島の絶景この素晴らしい景色も『加賀屋』が高評価の大きな要素のように思う。広縁和風の応接セットが配置されている。椅子はゆったりして座り心地がよかった。本間と広縁の間にあるSONYの大画面液晶TVこのTV、ぐるっと一回転して、本間からも広縁からも見ることができて便利。広縁からの眺め真下には玄関があり、客室係が整列して団体客を迎える様子や駐車場が見えた。大型バスは9台停まり、団体客も多く宿泊しているようだ。次の間 6畳本間と広縁で十分だったが、使わないのももったいないのでここでメイクと着替えを行った。洗面所はダブルシンク。アメニティも揃っていた。扉の向こう側はお風呂。大浴場があるので利用する人は少ないと思うが。客室係は、埼玉県出身の30歳前後の女性。笑顔が素敵で、付かず離れず、だが細かな気配りの感じられる接客が心地よかった。到着してお部屋に通されると、お抹茶と加賀屋オリジナルのお菓子でのおもてなし。輪島塗の座卓でいただいて贅沢な気分お抹茶の次はお番茶九谷焼の蓋付き湯呑み茶碗の色合いが素敵茶卓は輪島塗。浴衣は、各自の身長に合わせて用意してくれる。これは、お部屋への案内係が客の身長を見て判断するそう。着てみたら、身丈ピッタリだったこういう細かな心配りは、さすが『加賀屋』である。浴衣2枚、帯は2本(細い方は就寝時用)、湯上り足袋が用意されている。浴衣の柄は、お部屋のグレードによって異なる。 to be continued...
2009年10月25日
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4日目は和倉温泉『加賀屋』泊。「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」29年連続総合日本一に輝いた名旅館憧れの『加賀屋』宿泊は今回の旅の大きな目的である。以前から一度は泊まりたいと思っていたが、そのお値段の立派さから敷居の高さを感じていた。でも、いつも頑張っている自分に、たまには日本一の旅館でゆっくり贅沢な時を過ごすご褒美を与えてもいいかな~と、思い切って決めた。七尾湾に面して建ち、900人宿泊OKのマンモス旅館である。客室のグレードは5段階あり、上から「浜離宮」「雪月花」「能登渚亭」「能登客殿」「能登本陣」。それぞれ、部屋の間取り・広さ、調度品、眺望、料理が異なる。最高グレードの「浜離宮」は1泊15万円とのこと私たちは「能登渚亭」に宿泊した。この写真は七尾湾側から撮ったもの。高い建物は、左が「能登渚亭」、右は「雪月花」(上層階は「浜離宮」)。エントランスここをいとこの運転する車で入って行ったら、すぐに係の男性が「ご宿泊ですか?」と駆け寄ってきた。玄関では提灯とユリの花がお出迎え。台湾からのお客様も多いので(能登空港~台湾間はチャーター便が飛んでる)中国語での表記。 ロビーに入ると、着物姿の客室係の女性がずらーっと2列に並んで「いらっしゃいませ!」と深々と頭を下げた。これは圧巻だった私たちは個人客なので、玄関外でのお迎えはなかったが、あらかじめ到着時間のわかっている団体客の場合はこのように出迎えるらしい。9階の客室から撮影館内はとっても豪華九谷焼や輪島塗など石川県出身の作家による美術館級の一流作品が館内の随所に展示されていて目の保養になる。また、お菓子、雑貨、輪島塗、九谷焼などこの地のお土産ものなら何でも揃うショッピングアーケード「錦小路」、お食事処が並ぶ「錦大路」、雪月花歌劇団のショー、和風ステージでの演芸、ラウンジでのお琴やラテン音楽の生演奏など、旅館でありながらアミューズメントパークのよう。それでは、館内の様子をお伝えしましょう。能登渚亭1階ラウンジ「飛天」での琴の生演奏優雅にお琴の音色が響いていた夜になると外国人によるラテン音楽の生演奏黒地の漆芸パネルは輪島塗「天女の舞」(角偉三郎 作)能登渚亭1階エレベーターホールの豪華な絨毯能登渚亭1階~12階の吹き抜けには、加賀友禅「四季の花」(梶山伸 作)各フロア名になっている梅、桜、藤、牡丹などの花が描かれた加賀友禅を壁画風に貼り付け、シースルーエレベーターが停まる階ごとに、そのフロアーの花がスポットライトに浮かび上がる。宿泊した9階フロアーのお花は「菊」。宿泊した能登渚亭9階(「菊」のフロアー)のエレベーターホールの絨毯の柄はもちろん「菊」同じく「能登渚亭」9階エレベーターホールに展示されている美しい色合いの九谷焼(徳田八十吉 作)雪月花の吹き抜けとバー後方はシースルーエレベーター大浴場への途中にあり目に留まったミラーと光を効果的に使用した空間to be continued...
2009年10月23日
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車は引き続き能登外浦を南下この辺りの海岸線は、能登金剛と呼ばれ、能登半島国定公園に指定されている。日本海の荒波の浸食により、切り立つ断崖が多く、またその岩肌が様々な造形美を見せる場所として知られている。浸食作用によって生まれた奇岩なども多く見られ、それが様々な観光地を生み出しており、美しい眺めと変わった眺めが楽しめるまさに景勝地といった感じの海岸線が29km続いている。 機具岩 16mと12mの高さの二つの岩が寄り添い、太い注連縄で結ばれている夫婦岩。機織の神様の伝説を生んだ夫婦岩で、機具のような岩組の巌門からなっている所から名付けられた。伊勢の二見岩によく似ている事から「能登二見」とも呼ばれていている。 巌門 老松が茂る海食崖を日本海の荒波が削り取り、長い年月をかけてつくりだした貫通洞門。「巌門」は、幅6m・高さ15m・奥行60mあり、小船であれば通ることができる。また、巌門を中心に鷹の巣があったと言われる高さ27メートルの「鷹の巣岩」、落差約40メートルの「吹き上げの滝」、岩のりの採集場ともなる「千畳敷岩」等も見所である。遊覧船に乗り、海から巌門の雄大な景色を見てきた。船着場は、この下にある。海の色が美しい55人乗りの遊覧船巌門幅6m、高さ15m、奥行60mあり、小船であれば通ることができる。遊覧船は通り抜けることができないため、洞窟の途中まで入った。洞窟の中、水の色が何ともいえない美しさ。鷹の巣岩碁盤島と虎の岩日本海の荒海が造り出した造形美は迫力満点。そして、ブルー&エメラルドグリーンの海の美しさが印象的だった 千里浜渚ドライブウェイ 約8kmにわたる波打ち際を車で走ることができる、国内でも珍しい砂浜ドライブウェイ。粒子の細かい砂が海水を含んで固くなっているため、砂にタイヤをとられることなく大型バスでもラクラク走行できる。以前からここで車を走らせてみたかったのです普通の砂浜ではタイヤがもぐってしまうが、ここの砂は硬くコンクリートの道路と変わらない感覚で運転することができた。太陽の光が海にキラキラ反射してまぶしいこの後、和倉温泉に向かい、15時過ぎに加賀屋にチェックインした。to be continued...
2009年10月20日
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4日目は朝から青空が広がり快晴輪島から和倉温泉へ移動し、加賀屋宿泊の日である。当初はお昼頃の特急バスで移動する予定にしていたが、2日目に奥能登を案内してくれたいとこが能登外浦の観光にも連れて行ってくれた 曹洞宗大本山 総持寺祖院 1321年、瑩山禅師が開き、永平寺と並ぶ曹洞宗の修行寺として栄えてきた。その後、明治31年の大火で多くを焼失し、本山は横浜の鶴見へと移された。現在では、祖院として、大本山のおもかげを偲ばせる幽玄な寺院となっている。焼失を免れた経蔵、伝燈院、慈雲閣などが境内にたたずみ、また七堂伽藍も再建され、威厳と風格を今に伝えている。輪島市門前にある総持寺祖院。能登地震で最も大きな被害を受けた地域であり、境内の建物は至る所で修復工事中であった。山門と白字橋山門は、空、無想、無作の三解脱に入るという意味から「三門」と呼ばれている。焼失後、昭和7年に再建。正面に見えるのは法堂(大祖堂)。回廊 ヤセの断崖 松本清張の小説「ゼロの焦点」の舞台として知られる高さ35mの断崖絶壁。能登地震で断崖が崩落し、残念ながら以前とは形状が変わってしまった。地震後、防護柵が設置され、柵越しに大海原を眺められる。展望台からの眺め南方面北方面輪島へ続く海岸線日本海からの海風を受けてなびくススキがいい感じ 世界一長いベンチ 増穂浦に設置された全長460.9mの木製ベンチ。同時に1346人が座ったことがあり、ギネスブックにも登録されている。以前は北海道帯広にある長さ400mのベンチがギネスブックに登録されていたとのこと。とてつもなく長いベンチである。どういう目的で造られたのか、気になるところだ。他に誰もおらず、この開放感を独り占めぼーっと座って世界一を味わってきた。目の前に海が広がり地平線がくっきりわかる絶景と潮風が心地良かった。ベンチの後ろには手形が。地元の子供たちのものでしょうか?ベンチは海に面し、砂浜よりも高台にある。ベンチから海の眺めはこの通り。 to be continued...
2009年10月17日
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今日、民放の朝の番組に映っちゃいました「政権交代 一ヶ月」というテーマで街角インタビューをしたもの鳩山総理についてと各省庁の大臣について、街の声が紹介されました。私が出たのは、7:20頃。このコーナーの一番最初、鳩山総理について。「鳩山総理に関しては、国連総会で地球温暖化対策として2020年までに(CO2を)25%削減すると立派な演説をされたことが印象に残っています。」と話している映像が流れました。先週土曜日、友人と銀座松屋の裏にあるフレンチレストランでランチを終えて銀座通りの歩行者天国を歩いている時に声を掛けられ、インタビューに答えたのです場所は、銀座コアの前。このようなインタビューを受けたのは初めてのことです。鳩山総理についてだけではなく、印象に残った大臣として国土交通省の前原大臣について、結構長い時間(全体で3分以上)話しました。インタビュアーの方だけでなく、カメラマンの方も私が話したことに対して突っ込んだ質問をしてきたのには驚きました。映像を見ると、インタビューは銀座だけなく、新橋、大阪の道頓堀(グリコの看板が映っていた)でも行われていました。放送は、ちょうど出勤の支度をしている時間で、母が慌てて教えてくれた時には映像が切り替わってしまい、帰ってから録画で見ました。インパクトの強いことを話したわけではないので採用されるはずはないと思っていましたが、どのように放送されるのか見たくて今週分は録画しておいたのです。まさか、採用されるとは・・・いや~、TVを通して自分自身の映像を見て声を聞くのは滅多にあることではないので(子供の頃に出演したピンポンパンとベルトクイズQ&Q以来、3回目)、自宅のAQUOS前で緊張してしまいました。姿はともかく、声が話した時に耳から聞こえるのとちょっと違って「私ってこんな声だったの?」と不思議な感じです。自分自身を客観的に見るってこういうことなんですね。それにしても、マイクを向けられて自分の意見を的確に話すというのは難しいことです。伝えたいことの半分もうまく表現することができませんでしたから日頃から日本の政治に対して感じていること、希望することはたくさんあるんですけどね・・・。TVでアナウンサーやジャーナリストの方がすらすらと話をしていますが、それってすごいことです。録画画像は記念としてDVDに焼き付けておこうと思います。(笑)
2009年10月15日
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輪島では2泊した。ホテルはルートイン輪島。「マリンタウン」という最近開発された埋立地に建つ。外観は輪島の街並みにマッチした和風の雰囲気。当初は2食付きの旅館に宿泊する予定だったが、母が親戚宅に泊まるかもしれないとのことで、朝食付きのこちらのホテルに変更した。予想通り1泊目は母がおばさん宅で泊まることになったので私1人で泊まり、2泊目は2人で。朝市通りまで徒歩1分とロケーションバッチリのホテルである2006年にオープンしたばかりなのできれいで快適だった朝食のバイキングは品数が多く、2日ともメニューが異なり、連泊客への配慮を感じる。何より良かったのは天然温泉露天風呂もある。輪島の温泉には初めて浸かったが、お肌すべすべになったツインルームは海側に面し(シングルルームは街側)、窓からの眺めはこの通り青い空と青い日本海が目の前に広がる最高のお天気で気分爽快右側は朝市の駐車場朝早い時間なのでこの時間はガラガラだが、次々に大型バスがやってきた3日目は、午前中朝市で買物後、子供時代をこの地で過ごした母の案内で輪島の見どころを散策した輪島の建物の特徴は、壁面の黒×白のコントラストと格子が付いていること。昔懐かしい感じで、和の良い雰囲気を醸し出している。また、金沢他石川県全域に見られるが、光沢のある瓦屋根も印象的である。2007年の能登地震で甚大な被害を受けた地域であり、建て直したか修復したと思われる新しい建物が数多く見られた。漆器屋蕎麦屋マリンタウンから15分ほど歩くと、旧輪島駅がある。2001年、のと鉄道七尾線(穴水~輪島間)の廃止に伴い廃駅となった。現在、駅跡は道の駅輪島「ふらっと訪夢」として整備され、ホームと線路の一部が残されている。ふらっと訪夢にあるバスターミナルからのらんけバスに乗って輪島の市街地を一周することに「のらんけ」とは、この地方の方言で「のりませんか」という意味。ふらっと訪夢を起点に5コースが巡回し、輪島塗の器のマークが付いたバス停で乗降可能。料金は、1回100円。観光客向けかと思ったら、病院や市役所、ホームセンターにも停まり、地元の人の足となっていた。この地には、神社やお寺が多い。 重蔵神社 住吉神社 境内で15時頃から夕市が出る。鮮魚や野菜、花などの露店が5~6軒のみ並ぶ小さな夕市。夕食は新鮮な海の幸たっぷりの海鮮丼を日本海のお魚は身がしまっていてコリコリした歯ごたえ。美味しい関東ではマグロが好まれるが、能登ではあまり食べないとのこと。to be continued...
2009年10月12日
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輪島といえば朝市。日本三大朝市の一つである。輪島の朝市の歴史は古く、平安時代にまでさかのぼり、地元の人の物々交換から始まったと言われている。路上には約250軒もの露店が出され、鮮魚をはじめ、野菜、果物、花、乾物、民芸品などが所狭しと並べられている。売っているのは、ほとんどが地元のおばちゃんたち。年間100万人もの観光客が訪れる盛大な能登の風物詩。朝8時から正午まで。毎月10日・25日は休み。朝市通りに出店が軒を連ねる。蒸しアワビやサザエ、アカニシ貝などの貝類。こちらのお店では、ウニ、からすみ、いしるなど。いしる(魚醤)とは、魚を塩と共に漬け込み、発酵させたものから出た液体成分。能登のいしるには、イワシとイカがある。輪島の名産品として忘れてならないのが輪島塗。朝市通りにも輪島塗を扱う漆器店が何店かあった。お値段の張る輪島塗だけでなく、安価な漆器も扱っている。朝市通りの中央付近にあるイナチュウ美術館。周囲の雰囲気と異なる西洋風の建物が目立つ。世界各国の王朝時代につくられた品々、そして王侯貴族たちの愛用品を専門に展示した美術館。輪島朝市は初めて体験。様々なお店が並んでいて見て歩くだけでも楽しいブリ1本そのままや日本海でしか獲れない高級魚ノドグロもあったが生モノは持ち帰れないのが残念この日は平日だったが、ツアーの団体さんも多くかなりの人出で賑わいを見せていた。11時を過ぎると鮮魚は売り切れているお店も多く、鮮度と安さが人気のようだ。観光客だけでなく地元の人も利用している。蒸しアワビやサザエ、干物、塩辛、いしる、漆器類などを買った漆器の中でもカモの箸置きは一番のお気に入り午前中は賑わう朝市通りも午後になると静かな通りに。 to be continued...
2009年10月11日
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今日は疲れました台風18号による強風で通勤に利用しているJR線が8時過ぎから運転見合わせ。私が利用している路線だけではなく首都圏のほとんどの鉄道が止まりました。13時まで待ちましたが運転再開されず、出社をあきらめることに・・・。結局、14時過ぎに動き出したようです。会社とは何度か連絡を取り、通勤不可能ということで出勤扱いにするとのことです。家を出た時は、パラパラ雨が降り、確かに風は強かったです。でも、電車を止めるほどひどいとは思いませんでした。首都圏の鉄道は、たった10cmの積雪でもマヒしてしまうほど雪に弱いですが、風にも弱いと実感したのでした。千葉から東京に向かう電車は何路線かありますが、海に近い地域を通り、また途中に江戸川や荒川といった一級河川を渡らなければならず風を受けやすいのです。以前、東西線が鉄橋上で強風を受けて横転した事故もありました。鉄道会社には、安全のために、風速何メートル以上だと運転見合わせという規定があるのでしょう。8時から13時まで約5時間。ほとんど立ちっぱなしで運転再開を待っていたので足はパンパン。止まっている電車の座席も駅のホームのベンチにも座る場所がなく、駅のトイレは長蛇の列で30分待ち。10時になりデパートが開いたら、そちらにも人が押し寄せ、トイレは行列、休憩のために置いてある椅子にも空きはなし。待つことにも疲れますが、どこに行っても人・人・人というのにも疲れます。でもまあ、気象現象だから仕方ないですね。疲れましたが、思いがけず平日午後に自分の時間ができたと前向きに捉えています。
2009年10月08日
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次に向かったのは白米(しろよね)の千枚田能登半島で人気の観光スポットで、駐車場は満車だった 白米の千枚田 国道249号線沿い、曽々木と輪島の中間に位置する海に向かう山すその急斜面をくまなく切り開いた棚田。1.2ヘクタールの斜面に1004枚の田が広がっている。水田1面の広さは平均5平方メートル。機械が入らないため農作業はすべて手作業で行われている。国定指定文化財、名勝「白米の千枚田」ちょうど実りの時期で黄金の稲穂を見ることができて感動水田は田植えを終えた頃も緑色で美しいが、この時期も格別だ。天気がよければ青い海と緑の水田のコントラストを見ることができるのだが、この日は曇っていて残念ここは子供の頃から好きな場所だ。「輪島朝市」を歌う水森かおりさんの田もあるとのこと。1004枚の田、現在は13軒の農家がすべて手作業で稲作している。手間がかかることだろう。能登半島をドライブして随所で目にした『はさ掛け』。「稲木干し」など、地方によって呼び方は異なるそうだ。いわゆる、稲の天日干しである。千枚田でも見られた。昭和40年頃まではよく見られたが、今では機械化が進み珍しい光景となった。天日干しされたお米は、美味しく、手間がかかるためお値段高めだそうだ。何とも日本らしい情緒が感じられ、癒されるこの時期に能登を旅してよかったと思った千枚田から輪島まではあとわずか、10kmほど。ほどなく、この日の目的地に到着した。to be continued...
2009年10月06日
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能登半島最北端の禄剛崎灯台を後にして車は西へ 垂水の滝 能登では珍しい山から海へ直接そそぐ滝。落差35m。厳冬期の強い海風が吹く日は、滝が重力に逆らって左右に大揺れしながら、空に向かって上り始め、時には滝口からそのまま真っ逆さまに吹き上がる。「逆さ滝」は冬の風物詩とのこと。ちょっと想像がつかない。日本海の厳しい冬を象徴している。滝の先には海沿いに遊歩道があるが、3年前の能登地震で被害を受けたらしく、通行できなくなっていた。この近くのトンネルも地震で崩れたとのこと。各地に地震の爪痕が残っていた。 曽々木海岸 窓岩 曽々木海岸のシンボルであり、曽々木を代表する名勝。直径20mもある大きな岩盤に、波と風が長い年月をかけて真ん中に直径2mほどの穴を開けた。岩盤に穴を開けるほどの荒波と強風。この日の日本海は穏やかだったが、冬の日本海は相当な厳しさなのだろう。 上時国家 源平の合戦で平家が滅亡した際、能登に配流となった大納言 平時忠。1185年に能登の最果ての珠洲に辿り着いた。時忠亡き後はその子時国が後を継ぎ、近隣の村々300石を統治し、館を構えた。この建坪189坪の巨大な建物は21代当主が180年前に28年を要して建造し、現在も25代当主がこの屋敷を守っている。国指定 重要文化財(建物)・名勝(庭園)エントランスまでの道のりはゆるやかな坂が続き、かなりの樹齢と思われる背の高い樹木に囲まれている。建坪189坪、入母屋茅葺きの大屋根は高さ18m。玄関は唐波風総けやき造りちょうど定期観光バスの団体さんと一緒になり、ガイドさんの説明を聞きながらまわることができた。平家定紋「丸にあげは蝶」を金箔で描いたふすま大納言の間:大納言の格式を表す縁金折上格天井加賀百万石藩主(中納言)も天井に紙を貼ってから入室された。写真ではわかりにくいが、天井の縁には金箔が施されている。名勝に指定されている庭園土間と籠上部の梁は松の新材だけを使い、その周囲は約2m。ここから屋根最頂部の内側を見ることができる。当時のままの本物の籠を初めて見ることができた。建坪189坪というスケールにまず驚く、立派なお屋敷。巨大なだけではなく手の込んだ造りが特徴的である。ふすまなど所々に傷みが感じられるが、良く保存・維持されていている。当時の暮らしがうかがわれ、江戸時代にタイムスリップしたかのような感覚にとらわれた。to be continued...
2009年10月03日
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2日目は能登半島観光 第1弾。朝は音を立てて雨が降っていたが、出かける頃には時折パラつく程度に。どんより曇っているが何とか観光できそう。能登半島先端の海沿いを東から西へまわり、この日の宿泊地である輪島を目指す 見附島 見附海岸の沖合いにぽっかりと浮かぶ、長さ160m、幅50m、高さ28mの孤島。弘法大師が佐渡から能登を訪れた時に最初に目に付いたことからこの名がつけられた。岸壁の切り立った姿が岸へと迫り来る軍艦のように見えることから、軍艦島とも呼ばれている。 本当に軍艦みたい近くで見ると大きくて存在感がある。満潮時以外は石積みの道を歩いて島の真下まで行くことができる。ただし、島は断崖絶壁なのでロッククライミングでもしない限り登ることはできない。えんむすぴーち(縁結びビーチ?)の鐘「見附-恋路」と書かれているが、この近くには恋路海岸があり、悲恋物語の伝説がある。また、今は廃線となった「恋路駅行き」の切符は、恋がうまくいくとブームになったことがあるここで、ブルーベリーソフトクリームを。ブルーベリーは実家の近くの村で獲れ、ブルーベリーワインも作っている。大粒で美味。 禄剛崎灯台 能登最北端に建つ白亜の灯台。明治16年にイギリス人技師リチャード・ブラントンが設計したもので、扉や窓のモダンなデザインがどこか異国文化を感じさせる。海抜46mの断崖からは、日本海の大パノラマを満喫できる。駐車場から10分ほど徒歩で坂を上がった所にある坂は急で息切れするほどだが、上り切ると高台からの海の見える景色に疲れが吹き飛んだ。それほど大きくなく、ドーム型の優美な灯台「能登半島最北端」とある。釜山まで783km、上海まで1598km。坂の途中、花々が心をなごませる to be continued...
2009年10月01日
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