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東京出張にかこつけて、こうやって本部道場でいろいろなクラスを見学させてもらった。ある時、伊藤先生あてに本部から手紙が届いた。「おい、見附のおにいちゃん、本部から手紙が来てさ~。」「先生、それってもう来るなとか、そういうことですか?」「いや、何言ってんだよ。逆、逆!」「?」「今度、本部で指導部会を開くんでこちらの指導者を参加させてくださいってさ。」「じゃあ、先生、行かれるんですか?」「いやあ、もう世代が違う。もう君ら若いもんの時代だよ。本部の先生だってみんなもう若い人だけだろ?」「まあ、30代~40代くらいだと思います。」「もう、私の時代じゃない。君とN君で行ってくればいいよ。」「でも、私、指導者じゃありませんけど・・・・。」「ばっかだな~おにいちゃん、あんたが本部に行ったから、こうやって招待状が来たんらねっか。」「はあ。」「はあ、じゃなくて、堂々と自信もっていけばいいこってね。」「な、N君、N君も一緒に行って、みんなをびっくりさせてやれ。」「はい!」思わずN師範を二度見した。今まで、私が本部へ一緒に行こうと誘ってもなんとなく煮え切らなかったN師範が、今日は目をキラキラさせている。どういう心境の変化なのか?「N君、一緒に行って、本部の先生方の度肝を抜いてこい!」「はい!」またN師範が元気よく返事をした。これはおかしい。こんなに前向きで、目をキラキラさせたN師範を見るのは初めてだ。あとで知ることになるのだが、N師範は、別の意味で本部の先生の度肝を抜くことになる。この男、やはりただ者ではなかった。
2024.05.14
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3月29日の柿崎のお天気は晴れ時々曇りのち雨でした。午前中はお天気に恵まれて暖かい一日でした。今日のメンバーはN師範、S君、私の3人でした。いつものとおり基本から太極拳。次には対錬に入りました。最初は混合対錬。今日のテーマは手の正中線、中指を意識することと足の中指を意識して足裏の正中線を作ること。松村卓先生の「骨ストレッチ」の理論を応用して考え出したものです。松村先生の理論によると親指は身体にブレーキをかけ小指はアクセルの役割をはたす。したがって親指と小指を合わせると身体はニュートラルになって動きやすくなるというものです。今まで、技を使うときは小指と親指を外側に張って掌を使っていたのですが、親指と小指を前方に向け、中指をまっすぐ立てる掌をつくり、それを技のなかで使ってみることにしました。よくよく考えてみると、先生の掌の形もこういった形でした。それから、足の方も中指から前方に動きだす意識、足裏の正中線の意識をすることにしました。これも足の角度が先生と同じような形になりました。もちろん、先生は「骨ストレッチ」のことは知りませんが、くしくも同じような形で動いておられるのを見ると、この理論で達人の動きが再現できるのではないかとワクワクしてきました。これらの意識によって、足からの力を掌に伝えやすくなり、軽々と相手を吹っ飛ばすことができるようになりました。それと同時に、先生の動きにさらに近づくことができました。次は琵琶勢。最初の受けのところを、中指を意識して掌を返すと、ほんのわずかな動きで、相手を大きく崩すことができました。次は攬雀尾。これは、親指を前方に伸ばし、手に卵を持ったような形で動いたところ、かなりスムーズに動くことができ、肘関節も鋭く極まるようになりました。そして、結果として先生の動きとかなり似てきました。次は左右搬欄。右掌の小指と親指を近づけながら相手の受け手に当てると、かんたんに相手を倒すことができました。次は提手上勢。これも小指と親指を近づけて相手の顎を打ち上げると、腕全体が脱力できて、相手を軽々と吹っ飛ばすことができました。次は雲手。これも親指を前に出した掌で相手の突きを受けると、こちらの態勢を崩すことなく、逆に相手の態勢を大きく崩すことができました。これも、なかなか先生の動きに近づけなかった技ですが、かなり近い動きになりました。次は十字手。両手にボールを持った形にして両腕を跳ね上げると相手が大きく崩れてたおされます。しかし、いまひとつ先生の動きではないので、もう少し研究が必要だと思いました。最後に抱虎帰山。N師範のおかげで、難なく技をかけることができるようになりました。今回は「骨ストレッチ」理論を応用すると、先生の動きに近くなるという、思わぬ結果になりました。これからも、どんどん研究していって、先生の動きを忠実に再現できるように稽古していきたいと思います。みなさん、お疲れ様でした。
2015.03.29
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ようやく雨風がやみ、夕暮れになってやっと覗いた青空を見て、俺って無理して明るくふるまっていたなあと反省しながらも、「願立剣術物語」を眺めています。「萬方一という事。一切有りとあらゆる程は我が唯一心也。」全てのことは自分の心次第なんだということ。そんな簡単なこと言ったって、私はごまかされない。いや、それは真実かもしれないが、事実ではない。「月を指す指也。月、終いには指す処の指は、畢竟、我が一心。」出た。ブルースリーの言葉。月があるのは、現実。現実を指さすのは、自分の意志であり心。月は現実で、指は心に例えられる。「剣術も計り無く、敵を目付にせしめ間に合わせんとするは、東西を知らんと雲に験を成す如くす。」剣術も作戦をたてず、敵の動きにばかり合わせようとしているのは、方角を知ろうとして、雲に印をつけるようなものだ。と、一応は解釈してみたが、「計り」は、はかりごとか。はかりごととは、作戦か。と言う意味で「作戦」とは書いてみたものの、なんかしっくりこない。「くわだて」か「たくらみ」か。なんかはっきりしない。作戦となれば、攻撃と防御の両方だ。しかし、この場合は、どうも「攻撃のたくらみ」というようなニュアンスなのかも。剣術も、どこを打とうかという目的もなしに、敵の攻撃を防ごうとしてばかりいると、敵の動きについていけなくなる。それは、あたかも流れる雲に目印をつけてそれを追いかけていくようなもんだ。これなら、なんとか消化できるか。「剣去りて舷を刻むに似たり。」なんかまたわからなくなってきた。「舷」って何?広辞苑によれば、ふなばた、ふなべりふなばた、ふなべりというのは、船の側面のこと。「舷を刻む」とは、船の側面を削るってことか。「剣去りて」とは剣が行き過ぎてからか。意味がわからない。剣が去ってふなべりをけずる。意味がわからん。これは、剣ではなく、刃か。カンナの刃か。カンナで船の側面を削る。なるほど。カンナの刃の動きばかり目で追っていると、ふなべりのどこがどのくらい削られたかを見ることはできない。敵の動きばかり追っていくということは、その動きの結果が見えなくなる。敵の動きばかり追っていくと、いつのまにか、カンナがふなべりを削るように、いつのまにか敵の剣にわが身を削られて(斬られて)しまう。要は、目先のことばかり追いかけていくと、いつの間にか斬られちゃうよ。ってことか。「かぎりなきは謀り事の道也。敵、色々に変化し、飛び動けども、唯身のカネを計り、滞る処の我に有る病をつくし、一筋に習いの道を行くこと肝要也。」敵を倒す作戦は限りなくある。敵は色々変化して、飛んだり跳ねたりするけれども、こちらは姿勢動作が基本に叶っているかを意識し、崩れているところは修正し、ただひたすら水のように火のように車輪のように動け。余計なこと考えるな。相手がどう動こうと、基本通りの動きをしろ。ってことか。「手足をつかい、身をひねり、面をゆがめ打するは、腹の内に幾たりも有りて、手を遣う者独り、足を遣う者独り、身をひねる者独り。この如く五体の内、めんめんのようにては、萬方は、これ、一なりというにはあらず。」これは、む、難しい。手足を使って、身体をひねり、顔をゆがめて打つのは良くない。しかし、手足使うのは当たり前。手足使わなかったら、何を使うの?身体をひねり・・・・腰ぐらいひねるだろう。顔だって無表情ではいられない。しかし、この不可思議な文章の謎を解くのは次の言葉。「腹の内幾たりにも有りて」腹とは、おそらく意図すること。意図することがいくつもあって・・・ということ。「手を遣う者独り」手をこうやって使おうと思う奴が独り。「足を遣う者独り」足をこんなふうに運ぼうと思う奴が独り。「身をひねる者独り」身体をこうひねろうと思う奴が独り。「この如く五体めんめんのようにては」こんなふうに手足、身体が別々に意図することがあるようでは・・・。「萬方は、これ、一也というにはあらず。」全身が一致して動くというふうにはならない。つまり、手が出番を待って動こうとか、足が俺の番がきたら動こうとか、ここの場面では身体が、じゃあ、おれここでひねるよ、なんてばらばらに順番を待って動こうとするならば、全身一致なんてことにはならない。要は、順番なんか待ってないで、手も足も体も同時に動きなさいっていうことだと思う。同時に動くことによって、身体が萬方一致の動きをするんだということ。「大公、これを曰くぞ。兵の道は一を守り過ぎるなかれ。一はよく独り往き、独り来る。」この「大公」というのがわからん。調べるとヨーロッパの爵位とか小国の君主。。。。などと出てくる。剣術の伝書にヨーロッパの小国の君主の話など出てくるはずもない。「太公」というのなら、中国の有名な軍師「太公望」であるが、その間違いなのか?まあ、それはともかく、その「大公」の言葉に「兵法において一つのことを守り過ぎてはいけない」というものがあるぞ、と言っているわけだ。一つのやり方に固執するなっていうことか。「一はよく独り往き、独り来る」これは、おそらく「大公」じゃなく、筆者の言葉だと思う。萬方一致したものは、その一致した動きで敵に勝ち、その一致した動きのまま帰ってくる。結論。全身が一致して動くためには、相手の動きにあわせようとするな。そうすると、手も足も体もばらばらに動くことになる。防ぐのではなく、相手を斬るために、手も足も体も同時に動かせ。それは、月を指さすときに、その指の位置、形を気にせずに、無心に指を月に向けるのと同じ。相手の攻撃を受けるためにではなく、相手を斬るためだけに動け。ひたすら心を一心に、相手を斬ること以外に注意を向けるな。その全身の動きを保ちながら、相手のところまで行って斬り、そのままの動きで帰ってこい。これが萬方一致の教えである。
2021.12.02
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こないだは、午前中、突然の雷でした。天気予報では、大気が不安定なため、雷注意と言っていましたが、そのとおりになりました。どうも最近、雷・・・・もしかして竜巻・・・・なんて・・・。そんな思いが、頭のかたすみによぎります。きのうも関東地方、雷がひどかったようですね。けが人も出たようです。雹が降ったというニュースも、ここんとこたびたび耳にします。6月。。。。梅雨時、また大雨にならなければいいが・・・・。お天気が不安定だと気分も落ち込んで不安定・・・・。いえいえ、あなただけではありません。私もそうだし、多くの人はそうなんです。私は、そんなお天気屋じゃないよ!って言う人も、なんとなく無理した感じはぬぐいきれません。でも、ここでお天気が続くと、また気分も晴れ晴れしてきます。明るい未来が待っているような気がしてきます。人間の感情なんて、そんなもんじゃないでしょうか?それじゃ躁鬱病じゃないか!なんて思う人、いるかもしれないけど、多かれ少なかれ、だれでもそんなことあるような気がします。ただ、困るのはこの気分の浮き沈みが極端になること。そうなると、ちょっとね・・・・。お天気が不安定でも、まぁ、そのうち晴れるさ。晴れたら、気分もよくなるさ。くらいの気持ちでいれば、だいじょぶだと思います。5月病、引きずってる方、そんなんでいいと思いますよ。では、では・・・・。
2012.05.28
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「S君の情報箱」の「伝説の武術家の映像」のなかの葉問の動画アドレスを変更しました。S君が、より鮮明なものを見つけてきてくれました。もう一度、のぞいてみてください。
2014.01.12
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きょうの柿崎のお天気は曇りのち晴れ。暑くもなく寒くもない、稽古するには最高の日和でした。今日のメンバーはN師範、Oさん、S君、KAさん、私の5人でした。最初は太極拳をみんなでやりました。次は対錬。KAさんは、先生にお任せして太極拳の型を引き続き憶えてもらいました。先生、私が対錬をやりたいばっかりにKAさんを押しつけて申し訳ありませんでした。しかし、KAさんにとっては先生からマンツーマンで教えてもらえるので、貴重な体験になっていると思います。最初は混合対錬。今回の私のテーマは形意拳の五行拳の理論を対錬につかってみるということでした。五行相生論と五行相克論を対錬の動きの中で意識してやってみる。この五行説は、へたをすれば、こじつけになってしまいがちなので、私個人のテーマとしておきました。稽古開始早々、Oさんの突きが私の顎にヒットしてしまい、面喰らいました。打ったOさんはそのまま吹っ飛んでしまいましたが、私は驚きを隠せませんでした。今まで、Oさんの突きがこんなに伸びてくることはなかったので、油断をしていました。よくよく考えてみると、前回の稽古でOさんに突きと歩法のやりかたを変更してもらうように指導していましたが、それをOさんは、今回の稽古のときも憶えてくれていて、しっかりとマスターした結果、私の顎を正確に打ち抜く結果となりました。これは油断がならないと思い、今度はOさんの突きに対して、五行相生論の金から水の理論を使い、12正経のうち腎系を使い、足の湧泉穴から勁力を起こし、それを身体の前面にはい上がらせ上鐕の拳にのぼらせて打ったところ、彼の突きもさばきも全部潰して吹っ飛ばしてしまいました。Oさんの脅えもあり、あれほど正確に私の顎を打ちぬいた突きが跡かたもなくなってしまい、及び腰になりながら、半ば逃げながら突いてしまうようになったので、これではまずいと思いました。今度はゆっくりとOさんに私の顎めがげて正確に突いてもらい、腰が引けないように指導しました。それでも、速くやると腰が逃げてしまうので、重心をどっしりと落とし、正確に私の顎を打つように繰り返し指導しました。次は琵琶勢。これはみなさん、上手くできるようになりました。私は自分のテーマにのっとり、相手の中段突き(木)に対して手前に受け落とし(金)、次に相手の中段突き(木)に対し手前に肘関節を極めながら下方に崩す(金)。次は攬雀尾。これもみなさん、上手くできるようになりました。運動線を連続させることにより、よりスムーズにできるようになりました。次は左右搬欄。これは肘と膝の意識でみなさん、格段と技の切れが増しました。次は提手上勢。これも肘と膝。みなさん、うまくできるようになりました。次は雲手。肘と膝の意識で、みなさんのレベルが上がりました。次は提手上勢の受けを使い、相手の左右の攻撃を封じ、相手の膝裏に踵をひっかけて倒す。相手は為すすべもなく、後頭部から落とされます。いつのまにか八卦掌の単換掌の技になっていました。ポイントは相手の第一打を受けるときに前の足のつま先を外側に開く。たったこれだけで、相手の態勢は大きく崩れます。次はこれを利用して八卦掌の双換掌。この技はS君の得意技です。彼は八卦掌全般が得意です。以上で本日の稽古は終わりました。実は、N師範相手に対錬の合間合間に形意拳の散打をはさんで稽古して、あらためて五行説を確認しましたが、さすがにN師範相手には上手くいきませんでした。N師範、恐るべし!引き続き五行説の検証は自分なりに続けていきたいと思います。みなさん、お疲れさまでした。今日も充実した稽古ができましたね。
2015.10.04
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S君がブルース・リーの映像を見つけてきてくれました。「S君の情報箱」の「伝説の武術家の映像」に入れておきました。若き日の詠春拳の映像、空手のトーナメントにおけるジークンドーのデモンストレーションの映像など、彼の武術にかける情熱が伝わってきます。 是非、みなさん、見てみてください。
2014.01.29
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S君が太極拳の映像をたくさん送ってきてくれました。私の好きな陳小旺老師の映像も入っています。「S君の情報箱」の「太極拳の映像」の中に入れておきました。見てみてください。
2014.02.24
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今日の天気は曇りで、時々雨がぱらつきます。日中の気温もずいぶん涼しくなりました。PM3時30分現在の気温26度、湿度55%。先週は雨のため道場に行くことができなかったので、今日ははりきって稽古しました。道場の仲間たちは、おかげでいい迷惑だったと思います。みんな、ごめんね。しかし、1週間に1回、思いっきり道場で稽古しないとスッキリしません。火曜日から学校の後期授業がはじまります。英語と健康科学、柔道整復学総論の授業は、前期で終わり、それに変わって心理学、スポーツ科学、柔道整復学軟部組織論が新たにはじまります。そして、いよいよ柔道では、投げ技の型に入ります。ドキドキわくわく、とても楽しみです。前期試験では、なんとかクラスで上位にはいったので、これを維持してがんばりたいと思います。
2010.09.19
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今日は朝から猛烈な暑さでした。メンバーはいつもの4人。しかし、S君は怪我のため見学しました。 あまりの暑さのため、お御堂での稽古となりました。 いつものとおり基本から太極拳、それから混合対錬に入りました。Oさんは、あいかわらず安定した技の切れを見せていました。 次は琵琶勢。次は攬雀尾。次は並歩進歩搬欄錘。次は左右搬欄。次は提手上勢、次は雲手。やっていくうちにOさんの疲労の色が濃くなり、休み休みの稽古になりました。私も汗びっしょり。水分をこまめに補給しながら稽古しました。途中で先生からスイカの差し入れがあり、みんなでおいしくいただきました。 次に活歩攬雀尾、海底針、下勢、分脚の前半の動きの稽古を、相手に手首を掴まれた設定で行いました。以前、先生から習った技ですが、なんとなく、力ずくになってしまい、上手くいかなかった技ばかりです。ところが、N師範にあらためてやってもらったところ、ものすごい技に進化してしまいました。 わずかに動いただけで、相手は釣りあげられ、または前のめりに一回転させられ、または左右フラフラになるまで振りまわされたあげく、仰向けに叩きつけられました。 今まで、思うようにできなかった太極拳の技がN師範の手にかかるといとも簡単に、しかもすざまじい威力で決まりました。 N師範、よくもここまで、極意を会得したものだと、今更ながら感心しました。気の毒なのはOさん。私に太極拳の技でヘトヘトにされた上、合気でN師範に面白いようもてあそばれて、完全にグロッキー状態になってしまいました。 今日の稽古はこれで終わり。N師範の技に圧倒された日でした。Oさん、お疲れ様でした。今日は、ほんとに大変でしたね。 N師範、恐るべし!
2014.08.03
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今日の柿崎は、雲は多少あったものの、おおむね良いお天気でした。気温はかなり上がりましたが、西忍寺の境内には涼やかな風が吹いていました。今日のメンバーはN師範、O大師兄、KAさん、K君、私の5人でした。最初は基本から太極拳。続いて対錬にはいりました。K君には、太極拳の型の稽古をしてもらいました。彼は憶えが速いので、一気に99勢のうち60勢まで憶えてもらいたいので、型の稽古に専念してもらいました。他のメンバーは、対錬。 最初は混合対錬。今回はおもにKAさんに相手をしてもらったので、上に受け流したり、下に受け流したり、水平に受け流したり、紙一重でかわしたりと、様々なバリーションを体験してもらいました。ひとつの技でも、これだけやりかたがあるんだと理解してもらえるように工夫しました。今回の私のテーマは、ひたすら自分の正中線を崩さないこと。これさえできれば、技の大半は大きな威力を発揮することができます。しかも棒立ちのまま・・・。途中で先生の許可が出てK君も対錬に参加しました。K君は、N師範に手玉にとられながらも、一生懸命取り組んでいました。 次は琵琶勢。これは、関節技をかけるときの角度、方向、重心の位置などが難しい。みなさん、丁寧に取り組んでいました。 次は攬雀尾。これはいつもと技を変えました。いつも肘関節を極めてから相手を吹っ飛ばすのですが、今回は相手がその肘関節が極まらないように曲げて踏ん張った場合、肘の逆を極めて下に落とす。そしてすかさず、相手の肘、肩関節を極めると同時に肩甲骨を踏みつける。これは先生から昔教わった技で、実に奇妙な固め技です。足一本で、相手の肘、肩関節を同時に極め、肩甲骨を踏みつけて動けないようにする。他流では、あまり見られない技です。格闘技の経験があるKAさんも「なんだこれは!こんな技初めて見た!」と感激していました。 次は坐盤勢。これは、相手の突きを一瞬でからめ落とし、押さえつける技です。これも相手が踏ん張って崩れない場合、逆から肘を責め落とし、投げつける技に変化させました。先生が先週言われてところの「逆転の発想」を使ってみたのです。みなさん、うまくできました。 次はちょっと脱線して柔術の「船底」。この技を力ずくで封じられたときに、一瞬にして相手の手首に関節技をかけて倒すという技です。これも「逆転の発想」。先生から数十年前に習ったものを再現してみました。これみなさん、うまくできました。 次は抱虎帰山。これは普通にやりました。みなさん、技が切れていました。Oさんは、この技のスランプに落ちていたみたいですが、今日は上手く技が極まっていました。 今日の稽古はこれで終わり。みなさん、汗びっしょりで終わりました。お疲れ様でした。
2016.07.24
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今日の柿崎のお天気は曇り。もう西忍寺の大公孫樹は、すっかり葉を落としてしまいました。今日のメンバーはN師範、S君、私の3人でした。最初は基本から太極拳。次に対錬にはいりました。最初は混合対錬。少しブランクのあったS君は動きが固くなっていました。しかし、彼の硬さは独特で、予測不能な強弱があり、なかなかきれいに技がかかりません。Oさんのように、わかりやすく力んでいるのではなく、一つの動きの中で、あるときは強く、思わぬところで弱く、きわめて不規則に力の強弱が変化します。特殊能力といってもいいかもしれません。そこで、S君の力の強弱を感じ取りながら技をかけることにしました。そうすると、うまく技がかかるようになりました。次は琵琶勢。これは、特に正中線を意識し、左右に動きがぶれないように技をいかけたところ、うまくかかるようになりました。次は攬雀尾。これはみなさん、うまくできるようになりました。次は左右搬欄。相手が中段突きできたところを叩き落とし、顎に掌打を入れるのですが、実戦のときにいきなり中段突きでくる場合は少ないと思うので、視野を広く取り、上段突きが来ても対応できるように気を配りながら技をかけました。対錬の場合は動作の順番が決まっているので、なんの疑いもなく相手の中段突きを待って受けるのですが、あえてそういった設定でなくても受けれるような目の使い方、気の配り方をしておくというのは大切なことだと思います。次は提手上勢。自分の正中線を崩さす、自分の受け流す手につられないように、しっかりと空間認識をしながら技をかけました。N師範を相手にしてもうまく技がかけれるようになりました。次は雲手。これはみなさん、うまくできるようになりました。次は雲手から散打。雲手を使ってわざと相手の態勢を崩さずに、そこから相手に自由に攻撃してもらい、こちらも自由に技をかける。私はS君相手にこれを稽古したのですが、S君の目突きと金的蹴りに手こずりました。一回、目の下のところを指先で突かれ、金的蹴りは2回入り、悶絶しそうになりました。S君は一つ一つの技は決して上手いとは言えないのですが、この目突きと金的蹴りについては絶妙なタイミングで入れてくるので、避けることが難しい。八卦掌は目突きと金的攻撃を多用するので、彼の得意とするところです。奇手の使い手といっていいでしょう。面白い武術家だと思います。今日も充実した稽古ができたと思います。みなさん、汗びっしょりで稽古を終えました。お疲れ様でした。
2015.11.22
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「師の教え」更新しました。読んでみてください。
2015.07.16
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いつも私は午前中で稽古を終えて帰るので、午後からはN師範が教えています。その稽古の内容を書いてきてくれたので、掲載しますね。5月6日、午後の稽古内容です。久しぶりにあの後先生が来られて話をされた後始めました。久しぶりに柔術の練習をしました。暫くやっていなかったので関節が固まっていると思いやわやわやりました。始めは手解きの練習です。OさんもS君もまあまあ出来ましたが、相変わらず肩が気になりました。次に胸ぐらを掴んでの小手返しを内と外。内掛けは関節の曲がる方向に曲げて垂直に落とすのですが、S君は小さく回して落とすというのが難しいようでしす。Oさんは肩さえあがらなければ大丈夫だと思いました。外掛けは肘極めが二人ともなかなか入らなくて四苦八苦してました。やはり最後の姿勢と極めの肘の置き方でしょうね。次はそのまま指折りを2種類。意外とS君はうまくできてました。Oさんは体の開きがうまくいかず悩んでいました。がんばって欲しいとおもいました。久々に私も握りが甘かったように思います。まだまだですね。もう一つ最後にやったのですが技の名前忘れてしまったので思い出したらまた書きますね。以上です。(2012年05月06日 21時47分28秒)N師範、お疲れ様でした。ほんと、ここしばらく太極拳ばかりで柔術、やっていませんよね。わたしも、ちょっと気にしてはいたんですが、N師範がフォローしてくれて助かりました。柔術はN師範の得意分野ですから、頼りにしています。ありがとうございました。
2012.05.07
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いろいろ忙しく、ブログを更新できていません。N師範が5月14日の稽古日誌を送ってきてくれていましたので、掲載させていただきます。N師範、遅くなってごめんなさい。今日の柿崎は夏を思わせるほど暑かったですがお寺の木々は青々としていい感じになってきました。今日のメンバーは私とS君、Oさんの3名でした。I師範は家の都合でお休みでした。私が着くとOさんとS君は棒術の型をしていました。Oさんの棒術もすごくよくなってきているので、S君に教えてうまくなるのを期待しています。はじめに混合対錬。S君は久しぶりなのでかなり硬かったです。OさんもはじめはS君の硬さに釣られていました。硬さは相手に伝わると釣られる傾向にあるので、まだまだ訓練が必要だと思いました。次は琵琶勢。前回同様、掴まずに極めるように練習しました。S君は相変わらず、ガッツリ掴んで力で抑えようとしてきたので、そうでないことを伝え練習しましたがなかな苦労していました。Oさんははじめの崩しが中途半端の為、遠くで受けてしまいやりずらそうでした。そこで、しっかりやってもらうため大きく手を回し腰まで受けるに指導しました。その後円を小さくしていくよう指導しました。理解できるとうまくいくようになりました。次に覧雀尾。これもはじめ大きく受けるように指導して、のち、円を小さく受けれるように指導しました。極めのほうはまあまあ出来ていました。次はお御堂に入り抱虎帰山。前回I師範の注意を出来るように練習しました。S君、以外にうまくOさんを崩して倒していました。いい感じでした。Oさんははじめうまくいかなかったのですが、手と足を同時に進めることを思い出し、うまくできるようになりました。次は十字手。これも最後に飛ばすのがうまくいきませんでしたが、しっかり腕を後ろに引くように指導しました。次は柔術、短刀捕り。久々なせいか、うまく倒せないようでした。無理をすると色んなところを痛めるんで、身体を螺旋にしながらやるように指導しました。が、理解してもらうまで時間はすこしかかりました。次に短刀捕りからの腕折の表、裏。これも小手を極めた状態で手刀で落とすのですが、柔術基本の十字がうまくいかずOさん、S君悩んでいました。やはり練習もチョイチョイいれないといけないと反省しました。今回はあまり多くはできなかったですが、もう少し練習できたらいいなと思いました。みなさんお疲れさまでした。I師範来週はお待ちしております。N師範、お疲れ様でした。短刀捕り、久しぶりでしたね。相手の武器にたいする対処は、研究していきましょう。大事なことだと思います。みなさん、それぞれの技を使いこなせるようになってきて、各人の大和道も形が見えてきたように思います。これから、ますます稽古が面白くなっていきますね。次の稽古には参加します。よろしくお願いします。
2017.05.20
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五色は人の目を盲ならしむ。五音は耳を聾ならしむ。五味は人の口、爽ならしむ。馳ていでん猟は、人心を発狂せしむ。得難きの貨は、人の行を妨げしむ。これを以て聖人は、腹を為し、目を為さず。故に彼を去りこれを取る。こんなふうに解釈しました。外見にばかりこだわると、見えるものも見えなくなる。情報にばかりこだわると真実がわからなくなる。味にばかりこだわると、飽きてくる。欲に目がくらんで、ひたすら追いかけてばかりいると気が狂ってしまう。働かないで得た大金は、かえって人の自由を奪ってしまう。これを考えて聖人は、外側から入ってくる情報に右往左往せず、自分の本心に従う。だから、無駄なものは取り去って、限りなく無為に近づいていくのだ。この章は、無為って何?という疑問に答えたものだと思います。無為っていうのは、何もしないってことじゃなく、自分の本心を見据えて、余計なものにこだわらないということ。こだわればこだわるほど、自分の本心が見えなくなる。こだわりをどんどん捨てていけば、自分のやりたいことは自然と成し遂げられる。これがすなわち無為であり、「無為自然」ということだと思います。武術で考えてみましょう。相手に関節技をかける。しかし、相手の力が強すぎてかからない。こだわってかけ続けようとすれば、あっけなく打ち倒されてしまう。ん~ん、関節技って実戦では使えないんだと思う。相手に投げ技をかける。踏ん張られて投げられない。さらに頑張って投げようとする。頑張っているあいだに、相手に打ち倒されてしまう。ん~ん、投げ技って実戦では使えないんだと思う。相手を殴っていく、蹴っていく。手足を取られて投げられる。足払いを喰う。関節技をかけられる。ん~ん、打撃だけでは実戦で通用しないんだと思う。しかし、目的は相手の自由を奪うこと。自分の命をまもること。決して関節技をかけることでも、投げ技をかけることでも、突き蹴りをすることでもない。関節技がかからなければ、そのこだわりを捨てて打撃を使う。投げ技がかからなければ、そのこだわりを捨てて打撃を使う。打撃が効かなければ、そのこだわりを捨てて、投げて関節技を使う。次から次へその手段を選び、次から次へと捨てて、次から次へとまた選んでいく。そしてついには相手の自由を奪い、その目的を達成する。多くの武術家が実戦を水に例えるが、この様子を見て、人は「彼の武術は水のようだ」と讃える。やっていることは、「彼を去り此れを取る」を淡々と行っているだけである。そんふうに考えてみました。
2018.05.26
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ひさああしぶりの雨です。ここんとこ、あんまり降ってなかったですよね。やっと雨、降ったと思ったらいきなりの梅雨入り宣言。なんか、極端な感じです。去年の梅雨は、またいろいろ水害がありました。今年は、なんとか無事に済んでもらいたい。雪が降れば大雪、風が吹けば竜巻、雨が降れば水害、気温が上がりすぎて猛暑・・・・・。もう、こんなのうんざり。もっと、おだやかな四季が欲しい今日このごろです。
2012.06.09
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今日は曇りです。しかし、なんだか湿度が少ない感じで、過ごしやすい。武術というものは、問題が多いのです。現代においては、とてもやっかいなものなんだと思うんです。幕末にかけては、武術というものはエリートの条件のひとつだった。しかし、現代においては、まったく関係がない。いや、いや、武術は現代人が心と体を磨くために充分必要なものだ!・・・・という意見もありますが、そんなもん、書道でも、華道でもゴルフでもいいわけです。逆に武術は「心を磨く」という面では、非常にあてにならない。この世界には、どろどろしたことが多い。派閥争い、後継者争い、本部道場と支部道場のいさかい、「おれが正統だ!」発言を叫ぶやから達、いろいろ醜い争いごとも多い。そんななかで「心を磨く」なんて言えるわけがない。しかし、こんな魑魅魍魎の跋扈する世界からでも、医療方面へ方向付けをすることによって、おもしろい知恵がいっぱいでてくるんじゃないかと思っています。殺人技術によって構成されている内容も、それを活人技術に応用することができます。なぜなら、武術は、数百年にわたって人間の心身を研究してきたからです。今日はあまり書くことがないので、とりあえずというか、いまさらながらこんなことを書いてみました。
2010.10.11
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「形意拳のページ」更新しました。見てみてくださいね。
2015.03.02
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N師範が今日の稽古日誌を送ってきてくれたので、掲載させていただきます。私は今日、息子の授業参観のため稽古に参加できませんでした。今日の天気はくもり時々雨、気温は思ったより暖かった日でした。11月も下旬にはいり、お寺の木々の冬支度も終わっていました。今日のメンバーは私とOさんの2名で稽古しました。I師範は家の都合でこれませんでした。まず、私が来るまでOさんは型の稽古をしていました。太極拳、形意拳、八卦掌、少林拳。私も崩拳をやっていると、Oさんが首をかしげていたので、どうしたのかと聞くと少林拳の3本目と4本目が解らなくなったとの事。少し練習をして覚えてもらいました。次にいつもの混合対錬Oさんなかなか力が抜けず苦労していました。私も稽古しながら力の抜けない原因を探っていました。するといくつかの原因を見つけました。簡単に言えば姿勢で片付けてしまいますが、今回はかなりの指摘をしました。Oさんにはきつかったかも知れません。特に肩の力みが気になったので肩回しの練習をしてから、また練習に戻りました。まだ時間はかかりそうです。次に琵琶勢。これも前回同様力みでうまく出来ないようだったので、2段階に分けてやってみたところうまく出来るようになりましたが、気を抜いてしまうと戻ってしまいます。まずはじめに受けたあと両手で手首と肘を押さえたあと、そのまま両手をぷらんと落とす。次に腕をさげたまま重心だけを落とす。という方法でやってもらいました。なかなかいい具合でできました。次に抱虎帰山これはなかなかいい具合にお互い技をかけあいました。次に十字手たまに両手を上げて倒すときに上げる手が相手に見えてしまうと、察知され踏ん張られてしまうのですが相手の脇あたりから這わせる様に手を上げると思いっきり吹っ飛びました。これもいい具合にお互いかけあいました。午前中はこれで終わりました。休憩を挟んだあと午後の稽古をしました。午後は午前中に気になった力みを抜く練習もかねて推手を行いました。単推手、双推手、並円(中段)この3種類を行いました。Oさんにはこれを教えていなかったので申し訳なかったと反省。Oさん今日は足がかなり痛かったと思いますが、力を抜く感じを覚えてもらえば収穫ありと思いました。Oさんお疲れさまでした。今日はこれまで!!(2016.11.20 21:41:01)N師範、お疲れ様でした。Oさんとがっつりと稽古されたご様子。Oさんは、毎週、私とN師範に辛い目にあわされていますが、それでもしっかりと稽古についてきてくれています。本当に頭が下がります。まだ力みが抜けないところもありますが、努力とそのセンスの良さで、必ず克服してくれると思います。伊藤先生の技の立派な継承者です。これからも頑張ってほしいですね。
2016.11.20
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こないだの日曜日の稽古日誌を書きます。柿崎のお天気は雪のち曇り。土曜日から日曜日の朝にかけて10センチ位降ったそうです。今回のメンバーは、O大師兄と私の2人でした。N師範はお仕事のためお休みでした。お疲れ様です。最初は棒術の型3本。次は半棒術の型2本。なかなか棒の扱いにも慣れてきました。次は対錬。最初は混合対錬。今まで様々な方法を試行錯誤してきましたが、最近はN師範の理論と、面向かいの法、2つにまとまってきました。Oさんも、非常にうまく技をかけることができるようになり、私もタジタジになりました。次は琵琶勢。これはN師範の理論で行いました。しかし、Oさんは、まだこの方法に慣れていないので、棒術の応用で技をかけていました。やっているうちにふと思いついて、「触覚のフェイント」ってありかなあと思い、試してみました。つまり、相手の肘関節を極めるとき、あらかじめ力を入れてかからないようにしてもらいます。そこに肘にかける圧力と手首にかける圧力を交互にかけます。相手は肘に圧力を感じると肘を曲げて力を入れます。そのときすかさず、肘の圧力を抜き、同時に手首を引きます。相手が手首に反応して引っ張られないようにした瞬間、肘に圧力を加えます。これを順序良く交互にくりかえすと、相手はどちらの圧力に対応していいかわからなくなり、ついには肘関節を極められてしまうというわけです。これにはさすがの力自慢のOさんもこらえきれなくなり、技にかかってしまいました。次に肘に圧力を加えるかわりに指で肘をを握り、指をくいこませ、相手その感触に反応している隙に手首を引く。これもどっちに反応していいかわからなくなり、技がかかります。次に肘に圧力をかけて、一瞬手を離し、その隙に手首を引く。次の瞬間、肘に圧力をかける。これも反応のタイミングがわからなくなり、技がかかります。いろいろ実験していく間にOさんも疲れきってしまい、休憩をしました。次に攬雀尾。これも「触角のフェイント」を使いました。うまくいきました。つぎに視覚、聴覚、触覚の組み合わせでフェイントをかけてみました。つまり、肘関節を極めるとき、右前脚を強く踏んで音を出し、それと同時に左手で相手を引き、次に右手で相手の肘関節を極める。右前脚で音を立てて踏むときに、いかにも右手で相手の肘関節に思い切り当てるような動きをみせて、実は左手が相手の手首を引いている。こうすると、相手があらかじめ肘を曲げて力んでいても、手首を引かれてしまい、結局は肘関節が伸びきってしまいます。そこは今度は本当に右手で肘関節を押し上げられてしまい、関節技が極まる。おもしろいように技が極まります。次は左右搬欄。これは相手にこちらの掌打をわざと受けさせ、相手の前足の後ろへこちらの足を運んで、柔道の体落としのように投げます。柔道では、両手を使わなければ体落としができませんが、太極拳を応用すれば、片手で体落としができます。次は提手上勢。これはN師範の理論でうまくできますが、相手の三打目を丸く受け落とし、相手の顎を前に出させ、そこに手背で打ち上げるのですが、このとき、間合いが近すぎると、手背の威力が小さくなってしまいます。相手の顎が前に出てきたとき、そこに向けて頭突きをするように額を近づけ、手背を打ちあげる瞬間、頭を遠ざける。こうすると、手背に勢いがつき、相手が吹っ飛ぶくらいの勢いが出ます。これは、今回の貴重な発見となりました。次は抱虎帰山。これはN師範の理論でうまくできるようになりました。次は十字手。N師範の理論で失敗することなく、うまくできるようになりました。次は散打。八卦掌の構えで相手の腕に張り付き、相手が前手で攻撃してくれば、こちらは後ろ手で攻撃します。相手が後ろ手で攻撃してくれば、こちらは前手で攻撃していきます。これが、意外と簡単に成功します。つまり、歩法を用いるまでもなく、八卦掌の構えには、それだけ実戦的な知恵が隠されているということです。そうやって相手を崩しておいて、複雑な歩法で思わぬ方向から攻撃をする。つまり、構えで相手を崩し、複雑な歩法で神出鬼没な攻撃をする。八卦掌の構えについて、新たな発見がありました。次に形意拳の崩拳をもっぱら使い、散打を行いました。受けで骨盤を広げ、息を丹田に吸い込み、骨盤を締めながら、丹田から息を吐き、拳を繰り出す。こうすると、相手はこちらの拳を防いでも、その防いだ手ごと崩され、吹っ飛んでいってしまいます。まさに崩す拳、崩拳です。これもおもしろい発見でした。以上で今回の稽古は終わり。Oさん、お疲れ様でした。私と2人きりの稽古でしたので、かなり疲れたと思います。でも、いろいろな発見があり、面白い稽古ができましたね。ありがとうございました。
2017.02.28
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これを視れども見えず。曰く名を夷という。これを聴けども聞こえず。曰く名を希という。これを縛れどもおさえられず。曰く名を微という。この三者、つきつめるべからず。混じる故に一を為す。その上あきらかならず、その下くらからず。縄縄として名ずくべからず。無物において復帰す。これ無状の状、無物の象という。これ惚恍という。これを迎え、その首を見ず。これに随い、その後ろを見ず。古き道を執り、今の有を以て御す。よく古き始まりを知る、これを道紀という。こんなふうに解釈しました。これから見えてくるけど、まだ見えないものを夷という。これから聞こえてくるけど、まだ聞こえていないものを希という。これから現れてくるけど、まだ捕まえられないものを微という。この三つは、あらかじめわかっているなら、対応を考えておける。安心だ。しかし、どんなに一つ一つの要素に備えていても、たいがいは三つ混ざったような形で出てくるもんだから、ドンピシャってわけにはいかない。それに目の前に現れてきたからといっても、それがいつどこから来て、どう変化して、いつ去っていくのかなんてわからない。あらゆるものには原因があって結果があるかもしれないけれど、原因をどこまでたどっていっても、切りがない。結果は、どこまで結果なのかなんて、さぐっていってもわからない。その結果が目の前から消えても、それが原因で別の形の結果が出てくる。つまり、何が始まりで、何が終わりなのかなんてだれにもわからない。わかっているのは、物事は連綿と変化し続け、有ることも、無いということもつながっているということ。じゃあ、どうすればいいのか?古くから伝わっている道の法則を学ぶことだ。万物に貫かれた法則を学ぶこと。でも、学べば、君はなんにもする気がなくなるだろう。だって、すべては道の決り事に随っていくんだから、自分が何をしようがなるようにしかならないから・・・。でも、そこでやる気なくしちゃだめなんだ。自分の本心をしっかりと見据えて、自分の感情と意志と判断で生きる。それじゃないと、道は「君ならこう動くよな」っていう思惑がはずれてしまう。これって道にはずれるってことだから、「無為自然」じゃないんだ。せっかく道が当てにしているのに、君が裏切っちゃだめだ。君が君らしく生きないのなら、いろんなことで道は君に君の本心に目覚めるように誘導するだろう。試練とか病気とか使ってね。びくびくするな。君は君らしく!それが君の道であり、全てのものごとの流れにつながる。君が欠けると、流れが狂うんだから・・・。そんなことを教えているんだと思います。
2018.05.27
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今日も秋晴れのいいお天気でした。メンバーはいつもの4人。太極拳の套路から入って混合対錬に移りました。混合対錬は、最近、みなさん上手くできるようになりました。 次は琵琶勢。これは最近、OさんもS君も技に切れ味がなくなりました。いろいろ悩んでるようです。それだけ難しい技ではあるのですが・・・・。 次は攬雀尾。少し肘関節を工夫して相手がのけぞったところに関節技を極めるようにしました。のけぞらせるほど大きく崩すには、相手の突きの軌道を変えないように受けなければいけません。これがなかなか難しい。 次は左右搬欄。これは相手が技の手順を知っていれば、最初から攻撃されるところを手で防ぐようになるのですが、そこを敢えて受けさせておいて倒す・・・・・といった方法を工夫してきたのですが、今回はもっと現実的かつ効果的に、相手に顔を防がせておいて後頭部を打つ・・・といったやりかたを稽古しました。ときとして、こういった稽古に逃げるのも必要だと思いました。 次は並歩進歩搬欄錘。これも攬雀尾と同じように、相手の突きの軌道を変えないように受けると相手は大きく崩れ、その崩した腕を相手の股をくぐらせて捕るというダイナミックな用法を稽古しました。これはみなさん、上手くできるようになりました。 次が提手上勢。これはN師範の得意技です。この技をN師範にかけられると手も足も出ないまま、顎にカウンターを喰らいます。N師範、おそるべし。 次は提手上勢を応用した白鶴亮支羽。これはみなさん上手くできるようになりました。 次は楼膝拗歩。これは水平に相手を崩しながら行うと、少ない動作で相手を右往左往させることができます。ポイントは相手の突きの軌道を変えないこと。これによって相手は大きく崩れます。 次は十字手。この技は毎回苦労します。やはり相手が技の手順を知っていればあらかじめ腰を落として踏ん張るからです。そこで今回は相手の突きの軌道を変えず、水平に崩すことにしました。自分の腰の水平移動もし、重心が上下しないように技をかけると、相手の身体はもろくも崩れ去ります。 次は柔術。 かねてよりの課題になっている、胸倉を片手で釣り上げるようにして掴まれた場合、その手首に関節技をかける・・・・・というやりかたですが、いろいろ工夫したのですがなかなか上手くいきません。先生のやり方でなければ技のかけようはいくらでもあるのですが、先生のやりかたでは、どうしても技がかからないのです。しかし、先生はいとも簡単に私たちに技をかけることができます。安易に変形させないで、先生のやりかたでできるよう、さらにいろいろ考えることにしました。 次はN師範に合気揚げの稽古をつけてもらいました。これもみなさん、いろいろ合気にかからないように工夫してくるので、なかなか難しくなりました。やっとかかるようになったかなと思ったら、相手の握力が無くなってしまい、すぐに手が離れてしまい、さいごにはぐずぐずになってしまいました。これも相手が握力が無くなり掴んでいることができなくなっても、思わず掴んだ手を離せなくなるような工夫が必要です。 いろいろ課題が多くありますが、難しいから面白い。 みんなで知恵を出し合い、技に磨きをかけていきましょう。 今日も充実した稽古ができたと思います。みなさん、お疲れ様でした。
2014.09.28
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身の備え吊り合いのこと、足下軽く膝箒たるみなく、背とおり、腹のうちロクに小腹を重く腰を据え、肩を落とし、うなじの筋を張り、左右の手をさし伸ばし、右を先へ左右の肩を吊り合わせ、手のうちなんともなく、ただそのまま習いの道を行くこと専一なり。総じて五体つり物なり。頂は天の天より通し、足は地の地よりいたる。こんなふうに解釈してみました。体のありかたは、吊り合うようにする。足運びは軽く、膝は箒で掃くようにして乱れなく、背筋は通り、丹田には重心をまっすぐ落とし、腰を据え、肩をゆるめ、うなじを伸ばすようにし、左右の手は指先までのばして、右手を前にし左右の肩がかたむかないようにし、手は剣をなんとなく握り、ただそのまま習ったとおりのことをたんたんと行う。まとめて言えば、五体は吊り物である。頭のてっぺんは天から吊りあげられて、足の重心は地下深く沈んでいる。剣術の基本姿勢と歩き方について解説しています。基本の姿勢としては、背中をまっすぐにして丹田に意識を落とし、腰を立て、肩をゆるめる。うなじはまっすぐに上に伸びていくイメージ。左右の肩が水平で傾むいてはいけない。剣はしっかりとつかむのではなく、ゆるやかに握る。歩き方は、軽く、膝は箒で地面をはくように動く。全体的なイメージでは、あやつり人形のようなイメージ。頭のてっぺんから上にむけて糸がのびていて、天からつりさげられているようにする。地面についた足は、身体の重みが地面の下深く、沈んでいくようなイメージ。武術の基本を懇切丁寧に説明しています。どんな門派の武術にもあてはまるのではないかと思います。
2016.04.21
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柏崎郊外のショッピングエリアを抜けるとのぼり坂があり、坂の登り口になにやら不思議なお店があります。看板には「アンティークショップ ぴんころ」と書いてあります。とても古い建物で、蔦の葉みたいなものが壁を覆い、壁面には黒っぽいこびりついたようなシミやヒビがはいっています。もう何年もこの建物の前を通っていますが、最初は喫茶店であとは、入れ替わり立ち替わりお店などがはいっていて、しばらく廃墟のようになっていましたが、最近になってアンティークショップになったようです。なんだかちょっと薄気味悪い感じがします。そこを通り過ぎるとすぐに左手に「天ぷら」の看板が大きく目に入ってきます。天ぷらや和食を食べさせる和風レストランです。たしか私の師匠が行って「おいしかったよ」と言っていた記憶があるので、そのうち一回、入ってみたいお店です。坂のちょうど真ん中くらいにさしかかったところでお米の自動販売機が見えてきます。数年前、国産のお米が不作で手に入らなくて世間ではタイ米とかカリフォルニア米とか食べようかなんていっていた時期がありましたよね。その時、私はこのお米の自動販売機に期待していたんです。しかし、見事に期待を裏切られました。自動販売機に「売り切れ」の張り紙が貼ってありました。残念!その期待の根拠はなんなの?と聞かれるかもしれませんが、めずらしいところにはめずらしいことがあるのではと思いなんとなく期待していたというしかありません。坂をのぼりきって急な下り坂に入ります。下り坂の途中で左手にセブンイレブンがあります。ここは結構はやっています。とくに夏場は海水浴客でにぎわいます。駐車場が広いのはもちろんはやっている条件かもしれませんが、品ぞろえに関しては、他のセブンイレブンとそんなに変わりない気がします。やはり、海水浴場や観光名所の手前ということで、立地条件がよいためかな?セブンイレブンを過ぎると左手に「射的場」の看板が見えます。「へぇ~こんなところに射的場があるんだぁ~」と思いながら通り過ぎます。すみません、あまり射的に興味がないもので・・・・。さらに坂を下って行くとはるか向こうにまた急な上り坂が見えます。なんだか助走をつけて坂の向こう側にジャンプさせられそうな気分になります。さらに坂をくだっていくと信号がT字交差点があり、交差点の右向かい側には大きなゲームセンターがあります。昔、そこで「バーチャルファイター」とか「鉄拳」とかで中国拳法のキャラクターで戦って楽しんでいました。そこから少し下ると左手にナウマンゾウの発掘現場があり、坂を下りきったところで交差点があります。その交差点の左側には鯨波名物のクジラのオブジェがあり、時々背中から水を吹きます。あいた口の中に入っていくと地下道になっていて交差点の横断歩道を渡らずに向こう側の歩道にたどり着けるようになっています。このクジラの水吹きを見た日は運が良いとか悪いとかいろいろなジンクスがあるようです。まあこのへんのことはN師範がくわしいようなので、なにかコメントをいただきたいのですが・・・・。その交差点を右に入ると鯨波コミニュティーセンターがあり、時々稽古に使わせていただくことがあります。今日はこのへんにしておきましょう。では、また・・・・。
2011.12.08
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もうそろそろ忘年会シーズンですね。当道場では、毎年忘年会をやります。たまにみんなの都合が悪くて集まれないときもあって、そのときは年を改めて新年会をやります。以前は、温泉旅館などで派手にやったものですが、ここ数年は、おとなしく西忍寺でやっています。といっても先生のお宅でたらふく飲み食いさせていただき、夜中までああでもないこうでもないと騒いでいるだけという、先生や奥さまにお世話になりっぱなしの会です。去年の忘年会は、とても印象深いできごとがありましたのでお話しましょう。去年は、私と女房、1歳(当時)の息子で参加させていただきました。うちの息子は人見知りがひどく、泣きわめくのではないかと心配でした。あらかじめ先生にはそのことをお話しておきましたが、先生は「そんなのな~~~~んにも心配ないよ。安心して来なさい。」と言われましたが、先生やみんなに迷惑をかけるかもしれないと思い、少し憂鬱な気分になりました。そんな心配をしながら、西忍寺の駐車場に着くと、先生が突然現れ、「お~よく来た、よく来たね~」と言いながら、あっという間に息子を抱いて、あの階段を一気に昇り、ご自宅のほうへ連れ去ってしまいました。私たち夫婦は、あまりの突然の出来事に呆然としました。息子にしてみれば、いきなり何がおこったかわからないまま知らない人にさらわれて知らないところに連れてこられたわけですから、これは号泣するに違いないと思いました。まあ、とにかく急いで行ってみようということで、先生のご自宅におじゃましてみると、とうの息子はきょとんとしたまま、先生に抱かれていました。そうです。あまりに突然のできごとに、何が何だかわからずに泣く機会すら奪われていたのです。私はこのとき、このときの先生の行動こそが、武術の真髄だと思いました。いわゆる「先先の先」というやつです。息子が泣こうと身構える、あるいは、泣こうと思う前に予測不能な行動でその機会を奪ってしまう。まさに達人のなせる技です。今更ながら、先生は凄い!と思いました。
2011.11.08
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今日のお天気は雨。気温26℃、湿度70%。なんかとてもじめじめしています。今のところ余震はありません。しかし、ここ一週間は油断ができない状態だそうです。それにしても我が息子がご飯をあまり食べません。そのかわり、お菓子をたくさん食べます。彼の好物は「鉄入りクッキー」。いろいろ買ってきてあるのですが、なぜか鉄入りのものが大好きみたいです。あとは、野菜とじゃがいものビスケット。まあ、いろいろ栄養はあるし、そんなに甘いお菓子でもないので、しかたなく与えていますが、ご飯をたべないのには困ってしまいます。いまのところ「鉄」とおっぱいで生きている感じです。それにしても食べる。「鉄入り」今日も午前中に5本ガリガリとたいらげた。午後からも食べないと気がすまないだろう。息子よ、そんなに「鉄」ばかり食べて、おまえは鉄人にでもなるつもりなのか!
2010.10.04
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吊り合うという事、前に云い尽くすといえども、是、万事の根本たるゆえよくよく合点したき事なり。人も水火の性、剋せしめ、五行をつり合わせること、鳥獣も同じ。鳥の鳥を取ること、鷹は吊り合いのよきゆえぞ。人の人に勝つも吊り合いのよきゆえぞ。獣の獣に勝つも吊り合い、鳥の空を飛ぶこと、翼を延べて空の風をあおぎ飛行をなす。足なき物の地を走る性、魚の水に遊ぶも皆吊り合うなり。この吊り合い離れては、鳥は地に地に落ち、魚は水上に浮くなり。この流れの宗と修行する事は、ただ心の吊り合いを以って身の吊り合うを以って身の吊り合うを勤める事。眼心一致せしめ、打つも滞りなく無病の身となる。思うところ一つもなくんば楽しく遊ぶよりほかなし。これ、外を求めるにあらず。こんなふうに解釈してみました。吊り合うということ。前にも説明し尽くした感があるが、これは万事において根本をなすことなので、よく理解しておきたいものである。人も「五行説」における「水」と「火」のバランスをとるように鳥獣も同じようにバランスをとる。鳥が鳥を捕まえる、たとえば鷹が獲物を捕れるのは、吊り合っているからである。人が人に勝てるのも、吊り合っているからである。獣が獣に勝つのも、鳥が翼を広げて空を飛べるのも、足のない生き物が地を走ることができるのも、魚が水の中を泳げるのも吊り合っているからである。この吊り合いを離れては、鳥は地に落ち、魚は水に浮いてしまうだろう。我が流派の宗とするところは、心の吊り合いを以って身体を吊り合わせること。眼と心を一致させ、無病の身となること。画策することなく相手と吊り合えば、戦いでさえ楽しく遊ぶようなものだ。けしてあれこれと付け足していくようなものではない。中国の五行説によれば、「水」は「火」に剋つという。当然、「水」は「火」を消す。しかし、「水」よりも「火」が強ければ「水」を乾かしてしまう。したがって、お互いにバランスよく保たれれば、お互いにその存在を脅かされることはない。人が人に勝ち、鳥獣が鳥獣に勝つというのは、お互いが潰し合うというということでは、全体のバランスを崩して、勝てるものではないということ。敵に対して寄りかからない。敵の動きにとらわれて、自分のバランスを崩さないこと。自分は自分の身体のバランスを保ち続けること。水の圧力が強くすぎれば、魚は沈む。水の圧力が弱すぎれば魚は浮く。魚は水圧に左右されないだけの力を外にむけて発していなければいけない。これは水圧に対してのバランスをとって存在しているということ。こうしてはじめて魚は水中を自由自在に泳ぎ回ることができる。自由自在に動ければ、敵に勝つ。相手の圧力から解放されて自分の心身のバランスをとり続けること。それには、眼と心の使い方が一致すること。眼が「火」であり、心が「水」であること。「火」と「水」がお互いに捉われないように吊り合いを保ち続けること。こんなことを教えているのだと思います。
2016.10.15
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この前の日曜日、撮った写真です。西忍寺に春がやってきました。木々も緑に色づきはじめ、穏やかな春風が吹いていました。その風に乗り、鯉のぼりも春を楽しむかのように泳いでいました。この鯉のぼり、毎年4月になると西忍寺の近くの川のほとりで泳いでいます。春の風物詩です。今回の稽古は私とN師範の2人だけでした。まあ、たまにはこういうのもいいですね。お互いに手加減しないで思いきってできるし、じっくりと技の研究もできました。太極拳の対錬から随時、脱線して散打になったり、原理原則の稽古をしたり、有意義な稽古になりました。稽古の具体的な内容としては、今回は公開しないことにしましょう。まあ、おおざっぱに言えば、武器法の基本が拳法の基本であることを再認識するための稽古と言えばいいでしょうか。まあ、そんなこんなで、春ののどかな西忍寺の境内で、思い切り稽古できました。やっぱ、春っていいなぁ~。
2012.04.25
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この前の日曜日の稽古日誌、書くのがずいぶん遅くなっちゃいましたけど、これから書きますね。メンバーはいつもの4人です。いつものとおり基本を終えて太極拳99勢やって、それからいつもの対錬。最初は混合対錬。この対錬はやればやるほど奥が深い。いつも新しい発見があります。ちょっと今回はOさんの心理状態を読んで、変化をつけてやってみました。おかげで、Oさんを翻弄してしまう結果になってしまいました。ごめんなさいね。何度Oさんが抵抗を試みても、Oさんの後頭部に私の肘が当たってしまい、(もちろん、軽く押しつける感じで)Oさんはさかんに悔しがっていましたが、その秘密は私がOさんの心理を呼んで、少しずつ手の内を変えていたからです。対錬ですから、お互いにどう動くかはわかっています。だから、相手の技がかからないようにすることなどカンタンなこと・・・・・。でも、そこで終わっちゃだめなんです。対錬の稽古では、相手が技を避けようとしても、避けられない。抵抗しようとしてもかかってしまう。そんなふうにできるように稽古すること。そうなって初めて武術の技ができあがるんです。Oさん、悪く思わないでね。次は琵琶勢。これは、まあ、種明かしをすれば比較的カンタンにだれでもできる。でも、握力を使った瞬間に関節技はかからなくなってしまう。相手の突きの動作を阻止しない。なでるように巻き落とすことが大事ですね。次は攬雀尾。ポイントは上?のとき、身体を斜めにして受けないで、できるだけ正面で受けることです。そして受けたらすかさず指先で相手の正中線を制する。そうすると、相手は車を運転していて正面衝突したかのように後ろにのけぞります。どうしてもみんな相手の突きに対して身体を斜めに押し付けるようにして受けるんで、相手の突きの方向はずれるけど、崩すまでには至らない。崩すことが大切です。次は左右搬欄。相手の中段突きに対して、こちらは構えた腰の角度、高さのまま進みます。その腰の位置、高さをキープしながら、相手の突きを上から落とすと、相手の身体に螺旋状の力が伝わって、顔がガクンと前に出ます。そこをすかさず掌打。崩された分、相手はその掌打がくるとわかっていても避けることができません。手をあげてカバーしても、そのカバーする手の動きより速く掌打が入ってしまいます。万が一、崩しが甘くて相手がその掌打の手を掴んでも、すぐに琵琶勢の投げ技バージョンに変化して、相手を投げ落とします。そのとき、右手は前方へ伸ばし、左手は相手の骨盤の半分を巻き落とします。左手の柔らかな感触を相手に伝えることが大切です。その柔らかな感触(へんな意味じゃなくて)で、相手は踏ん張るタイミングを失います。あ、これって琵琶勢の関節技バージョンの時の左手の使い方とおんなじです。やはり、踏ん張るタイミングを失わせることによって関節技をかけやすくする。受けるときの手の柔らかさ、硬さ、受けさせるときの手の柔らかさ、硬さ、これって結構相手をコントロールするのに使います。Oさんの後頭部に何回も肘を当てることができたのも、この原理を使ったものです。Oさん、お気の毒でした。種あかしをしたんで、この次は技にかからないように頑張ってください。今回の稽古はこれで終わりです。みなさん、お疲れ様でした。ここんとこ、ず~っと太極拳ばかりなんで、ちょっと他の門派の技術を忘れてしまうと思っている人もいるかもしれませんが、大丈夫!太極拳でこれだけみっちりやっていれば、他の門派の技術レベルだって自動的にあがっていますよ。心配いりません!えっ?そうじゃなくて技を忘れるって?まあ、まあ、そのうちなんとかします。気長にやりましょう。では、では・・・・。
2012.05.04
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ようやく雪が消え始めたかと思っていましたが、今日、再びしんしんと降り積もってきました。西忍寺の境内も一面雪で埋もれています。 極寒のお御堂での稽古となりました。 今日のメンバーはN師範、T師範代、Oさんと私の4人でした。T師範代は久しぶりの参加です。しかし、技のレベルはしっかりとキープしていました。 最初は太極拳。次に対錬を行いました。 最初は混合対錬。私は丹田を意識した動きでOさんを翻弄し、T師範代は基本に忠実な動きで、Oさんをあしらっていました。よってたかってOさんを弄んだような感じになりました。Oさん、ごめんなさい。 次は琵琶勢。これも私は丹田を使った動き、T師範代は基本に忠実な動きで、行いました。Oさん、今日は寒すぎたせいか、硬くなっていました。 次は攬雀尾。これはみんさん、上手くできていました。 次は提手上勢。これはN師範の得意技。Oさんは気の毒に翻弄されていました。しかし、N師範の指導で上手くできるようになりました。 次は抱虎山。これはOさんの得意技。だれよりも技が切れていました。 次は十字手。これもOさんの得意技です。見事に技がきまっていました。 ここで先生が十字手の応用変化の技を教えてくださいました。 実に凶猛な技で、相手の鎖骨を叩き折りながら、後頭部から相手を落とすといったものでした。 次にビデオ撮影を行いました。オープニングに使う稽古風景の映像とカバーに使う映像を撮りました。 さすがに撮影となると、お御堂の寒さが身にしみてきて、ぶるぶるふる震えながらの撮影となりました。しかし、今回の撮影で無事終了となりました。満足できる映像が撮れたと思います。あとは、プロ顔負けのN師範の編集に全てお任せしました。大変でしょうが、よろしくお願いします。 今日の稽古で、今年は稽古納めとなりました。今年も充実した稽古ができたと思います。来年も、また健康に気をつけてさらなる研鑽を積んでいきましょう。先生、みなさん、今年一年、ありがとうございました。 良いお年を!
2014.12.21
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今日の柿崎のお天気は晴れ。猛暑でした。とにかく暑かった。しかし、西忍寺の境内には涼やかな風が吹いていました。今日のメンバーは、N師範、O大師兄、S君、KAさん、私の5人でした。最初はみんなで太極拳。続いて対錬に入りました。最初は混合対錬。Oさんに対しては棒立ちで、KAさんに対しては基本通りの動きで対応しました。今までKAさんに対しても棒立ちで行いましたが、やはり初心者には基本通りの動きをみてもらったほうがよいと思い、やってみました。Oさんは、だいぶ上手くなりました。力も以前よりもぬけてきたような気がします。次は琵琶勢。これはしりもちをつくような感じで相手の攻撃を受け流すと深く関節技がきまることがわかり、それを行いましたが、あまりにも技が極まりすぎたので、後半は棒立ちでかけるようにしました。N師範もこの技を自在につかいこなしてきました。Oさんは、もうすこし力が抜けたほうがいいようです。次は提手上勢。これは、N師範がやはり上手い。私も見習うようにしました。この技を使うときに、つま先重心にしたり、踵重心にしたりすると技の威力が変わってくることがわかり、なかなか面白いと思いました。次は抱虎帰山。これも琵琶勢と同じように尻もちをつく要領で相手を投げるとカンタンに投げることができました。それとは別に、二回目の受けのときにしっかりと相手の目を狙ってから投げると上手く投げれることがわかり、今回の新しい発見となりました。次は十字手。今回は肘、肩で当て身をしてから相手を投げるとカンタンに投げ倒すことができるので、色々なバリエーションで稽古しました。特に肘を使ったやりかたは、先生から昔習ったもので、非常に残酷なやりかたで、KAさんは「このやりかたは、あまりにも危険すぎませんか?」と怖がっていましたが、私は「これは私が考えた技なのではなく、先生から習ったものなので覚えてください」と言いました。するとKAさんは「先生~っ!」と言ってうなっていました。ひととおり稽古して、みなさんできるようになりました。今日の午前の稽古はこれで終わり。みなさん、汗びっしょりになりました。お疲れ様でした。
2016.08.21
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ほんと、この暑さ、衰えること、知りませんね。どうなっちゃってるんでしょう。海の色も空の色も夏真っ盛りの様子。もう、いいかげんうんざりです。 でも、また西忍寺の緑の風に吹かれ、元気をよみがえらせるため、稽古に行ってきました。今日はメンバー全員参加。しかし、師匠は壇払いにお出かけになっており、門下生のみの稽古になりました。Wさん以外は基本と太極拳の型の稽古を終えて、対錬に入りました。Wさんは、繰り返し太極拳の型を稽古しました。今日は師匠がおられないので、私が対錬の合間を見て、指導しました。稽古が進むにつれてWさんの飲み込みも速くなり、しっかりと型の風格も出てきました。Wさん、この太極拳の型は珍しいもので、貴重なものです。今日学んだ型をしっかりと家に持ち帰って保存してくださいね。 対錬のほうは例の混合対錬から始めました。Oさんは、今日は一段と腰が引けていました。これは、彼が悪いからではなく、私の重心が安定していて、なんとなく水平に泳いでいるような感覚があったので、彼は直感的に危険を感じて踏みこんでくることができなかったんでしょう。最近、太極拳の型をやっていても、なんだか椅子に腰かけているような、そんな感じが無理せずに感じることができるようになってきたので、その影響が出ているのかもしれません。次は琵琶勢。これもOさん、肩の力が抜けてくるようになり、よくなってきています。ときおり、私が対錬を抜けてWさんの指導にあたっている時、N師範が丁寧に教えてくれていたおかげかな。 N師範の指導は、厳しいけど丁寧で、わかりやすい。それが当道場の自慢です。 次は形意拳の三体式。攻撃する方は本気で突いていきます。技をかける方は怖くなって力ずくでガチン、ガチンと受けることになります。そこを克服して柔らかく、かつ重い技をける。これが形意拳の稽古の目的です。でも、やっぱ怖いものは怖い。工夫して頑張るしかありません。 次は劈拳。次は鐕拳。 なんとか怪我なく無事に稽古を終えることができました。みなさん、暑い中、お疲れ様でした。元気も充電できました。
2012.08.26
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どんなに技をたくさん習っても、それを使わなければ忘れてしまう。しかし、散打では、自分の習った技、全部の中から選択して使う。散打で頻繁に使う技は、おのずと限られてくる。頻繁に使えば、どんな技でも自然と身体に染みついてくる。つまり、無意識に出てくる。 このことから学ぶことは、頭にいくらいろいろな知識を詰め込んでみても、実際の役にはたたないということだ。役にたつ知識というものは身体を使って、何回も使ってみて、それで使い勝手がいいと思うもののみが、本物の知識として自分の中に残っていく。 そうして、意識に昇らなくても、なんとなくそうしてしまう・・・というのは、知識が身に着いたということだと思う。 要は、知識というものは、何回も使って初めて自分のものになるということだ。 使わない知識は、はかなく消え去っていくのみ・・・。 いろいろな武術解説書や、DVDなどを見てなんだか強くなったような自己満足に陥ってしまう人、そんな人たちにアドバイスしたい。読んだ知識、見た知識をそのままにしておいてはいけない。そこから、自分が使えそうな技、あるいは発見した原則などを実際に稽古のときに使ってみなさい。そして、これは無理だと思ったら捨てて、これは使えそうだと思ったら、自分の門派の技の中に取り込みなさい。この場合、そのまま付け足すのではなく、自分の門派の基本の上に付け足すのです。そうした結果、うまくいかなければ、その技は捨てなさい。基本のつながりが見つけられない技は、取り入れてはいけません。 なぜなら、何年も苦しい思いをして会得した基本を使わないで、あらたな基本を取り入れてしまえば、今まで習ってきた技の精度を確実に落とすからです。ひとつの門派のあらゆる技は、同じ基本で貫かれているものであり、他の基本を中途半端に取り入れれば、その影響はあらゆる技の基本をゆがめることになります。 それをわきまえた上で、いろいろな門派の技を見て、知識を増やし、いいところはドンドン自分の中にとりいれていく。 それでいいと思う。 知識は使って初めて自分のものになる・・・・というお話でした。
2014.02.01
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S君がスティーブン・セガールの合気道の演武映像を送ってきてくれました。これは、今、武術を学んでいる人、全てに見てもらいたいです。良いところと悪いところがはっきり見えています。それと起倒流の演武の映像も送ってきてくれました。見事な捨て身技です。貴重な流派だと思います。「S君の情報箱」の「伝説の武術家の映像」の中に入れておきました。 見てみてください。
2014.02.17
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こないだの日曜日の稽古日誌を書きます。まだまだ残暑が厳しい一日でした。今回のメンバーは、O大師兄、KAさん、K君、私の4人でした。N師範は地元鯨波のお祭りのためお休みです。最初は太極拳をみんなで行いました。次に対錬。K君は久しぶりの稽古なので、対錬は行わず、型の稽古をしました。先生からマンツーマンで教わっていました。うらやましい限りです。K君以外は対錬を行いました。最初は混合対錬。今日の私のテーマは、自分の重みを相手につたえないように受け流すこと。自分の頭の重さすら相手に伝わらないようい首を常にまっすぐに保つこと。相手の頭の先からつま先まで、いつでもどんなときでも視野に入れておくこと。この三つを守って行うと、相手がどんな変化をしてきても、崩して技をかけることができました。次は琵琶勢。これも三つの原則を守って行うとカンタンに相手を崩すことができました。それに加えて、思い切り力で相手の腕を掴んで、相手を力ませて、次の瞬間、自分のからだ全体を脱力させると、相手も大きく崩れることがわかりました。これはありとあらゆる技に使えることがわかりました。次は攬雀尾。これも三つの原則を使うと相手が大きく崩れ、技がすごくかかりやすくなりました。次は提手上勢。これも三つの原則を使うと、カンタンに相手が崩れて技がかけやすくなりました。次は抱虎帰山。ここでK君も対錬に加わりました。これも三つの原則を使うと簡単に技をかけることができました。次は十字手。この技は、いまだに先生と同じやりかたでやると威力を発揮することができないので、長年悩んでいました。ところが三つの原則と、足の角度、腕を伸ばす方向、腕の位置など、いろいろ工夫していった結果、やっと先生と同じやりかたで、いとも簡単に相手を吹っ飛ばすことができるようになりました。先生の十字手は、相手と密着しないで、相手を吹っ飛ばすもので、常識からいえば、できるはずがないのですが、今回の稽古で、それができるようになりました。おおきな喜びでした。先生には稽古の途中で、氷水や冷たいむぎ茶の差し入れをしていただき、大変ありがたく、恐縮しました。みんな汗びっしょりになって稽古を終わりました。みなさん、お疲れ様でした。
2016.09.15
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今日の柿崎のお天気は晴れ。気温は低めですが、西忍寺の境内も穏やかな秋の日差し包まれていました。今日のメンバーはN師範、O大師兄と私の3人でした。最初は基本から太極拳。続いて対錬に入りました。最初は混合対錬。Oさんもかなり捌けるようになってきました。普通に技をかけてはOさんに受け流されるので、自分の正中線に向かって外からエネルギーが集まり、またそこから放射されていくイメージで技をかけました。そうすると、ゆっくり技をかけてもOさんは受け流すことができませんでした。次は琵琶勢。これはひたすら正中線を崩さずに行うことで上手くかかる。Oさんもできるようにはなりましたが、時々力んでしまうので、N師範が丁寧に指導しました。次は攬雀尾。打擠の研究をしながら稽古しました。今でも相手は結構飛んでいくのですが、もっと勢いやひねりを使わずに簡単にできるはずなので、いろいろ研究しましたが、いまだ結論には至っていません。次は抱虎帰山。今回は相手の防御の手とぶつからないで、水が染み込んでいくイメージで行うと、ほとんど力を使わずに相手を投げることができました。私の技を見て、N師範もOさんもさかんに首をひねっていましたが、水のイメージで行うと説明したら、二人とも上手くできるようになりました。次は十字手。これも水のイメージで相手の身体に染み込んでいくイメージで行うと、カンタンに相手を倒すことができました。3人とも上手くできるようになったので、今度は腕を使わず、相手の肩から胸にかけて自分の肩を接触させて、肩の合気で相手を倒すことにしました。最初はN師範にもOさんにも合気を使っていることを言わなかったので、なんで腕を使わないで技がかかるのか、とても不思議がっていました。外から見ていれば、相手の身体に自分の身体が触れただけで、相手が倒れたように見えるのです。しかし、肩の合気のことを説明するとこれも2人ともできるようになりました。とくにN師範の合気は鋭く、教えた私が思い切り投げ倒されました。N師範、恐るべし!今日の午前の稽古はこれで終わりです。みなさん、お疲れ様でした。
2016.10.30
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この前の日曜日の稽古日誌を書きます。柿崎のお天気は雪のち晴れ。まだまだ雪は積もっていました。今回のメンバーはN師範、O大師兄、私の3人でした。最初は棒術の型3本。次に半棒術の型2本。わずかな型ですが、基本技の全てが詰まった素晴らしい型です。次は混合対錬。正面で受けるやりかた、N師範の理論で斜め後ろに下がって、その角度のまま進むやりかたで稽古しました。相手がどんなに頑張って防いでも、この2つのやりかたで技を行うと、技がかかってしまいます。次は琵琶勢。今回のテーマは「柔術家としてのありかた」。柔道に当身はないが、柔術にはある。まず、当身、それから関節技。これが「柔術家としてのありかた」だと思います。今回は、これを太極拳の対錬に使ってみました。まず、ふつうにN師範の理論で技をかける。これは非常にうまくいきます。でも、それだけでは面白くないので、相手に技と踏ん張らせて、そこに当身を入れ、そこから関節技をかける。こうすると、相手は当て身に反応して隙ができる。その隙に乗じて関節技をかける。これは相手の反射を利用してかけるので、防ぎようがないのです。当身は威力のない空砲のようなものから、ズンと響く実弾のようなものまで、こちらの思惑で、自由の選択できます。いずれにしても、相手は反応してしまうので、必ず隙ができます。そこに関節技。熟練しなくても使いこなせる見事なシステムです。しかし、このシステムに頼ってばかりいると関節技のかかりかたが甘くなります。なので、当身を使わず、相手におもいきり踏ん張ってもらって、そこに技をかける。そうするといろいろ工夫するようになり、技も切れるようになる。しかし、そこに盲点が生じる。それは、自由に技を出し合って闘っているときに、相手に関節技をかけようとして、相手が力んで、その力があまりにも強かったために技がかからなかったとき、自分の敗北感、技の未熟さを恥じてしまい、そこで動きが止まってしまうこと。そうではなく、そのときこそ当身を使う。柔術のシステムに頼ればいいのです。そういった発想の転換が、技の工夫をしているうちにできなくなってしまう。そうならないためにも、今回は「柔術のシステム」を思う存分使う稽古をしたいと思いました。したがってこの琵琶勢も、わざと相手に思い切り踏ん張らせ、そこに当身を入れ、そのうえで関節技をかけました。さすがに、このシステムを破る人はおらず、なすすべもなく琵琶勢の餌食になっていました。続いて左右搬欄。この技は、あらかじめ相手がこちらの掌打がくることを前提にして、待ちかまえ、踏ん張っていると、なかなかかかりません。もちろん、N師範の理論を使えば、当身なしでもカンタンに技をかけることができますが、それでは面白くないので、とにかくめいっぱいふんばってもらい、倒れないでねと、念を押しておいて技をかけました。しかし、掌打を相手の顔面に入れ、それを充分に受けさせておいて、その瞬間に相手の後頭部に当身を入れます。その瞬間、相手の顔面を押して倒すと、簡単に倒すことができました。おそらく、この状態では、相手は逃げることも踏ん張ることもできずに倒されてしまうしかないでしょう。次は攬雀尾。これもN師範の理論でカンタンにかかるようになりました。しかし、それでは面白くないので、わざと踏ん張らせておいて、そこに当身をいれて関節技を極めると簡単に極めることができました。次は雲手。これはN師範の理論と基本技の引手を使って行いました。相手の突きを斜め後方にさがりながら雲手で受け、二度目の突きをさらに斜め後方にさがりながら引手で下へ崩す。これがうまくいくと、相手は床に吸い込まれるように崩され、前のめりに倒れることになります。基本技、「引手」がN師範の理論を使うと、太極拳の極意を体現したような技になります。次は抱虎帰山。これもN師範の理論でカンタンに倒すことができます。それでは面白くないので、相手が踏ん張るのを待って、相手の膝裏を蹴り、同時に相手の首を責める。そうすると、きわめて危険な態勢で相手は崩され、倒されることになります。この応用技は、以前、先生より学んだ技で、あまりにも危険な技なので、今まであまり稽古してきませんでした。熟練していなくても、この方法を知っている程度の稚拙な動きでも、相手を危険な状態にしてしまうので、無意識に避けてきたのかもしれません。次は十字手。これもN師範の理論でカンタンに技がかかります。やはり面白くないので、肘で相手のわき腹に当身を入れて、すかさず相手を投げ倒しました。こうすれば、簡単に相手を倒すことができました。次に散打。N師範は八卦掌の穿掌を見事に使いこなし、またしても芸術的な動きを見せていました。N師範は、前回、自らの理論を駆使して、形意拳の五行拳を見事に使いこなしていましたが、今回は八卦掌。実に見事に武術の機能美を表現していました。N師範、恐るべし!最近、N師範の技の見事さに、見とれてしまう私でした。今回にお稽古はこれで終わり。充実した稽古ができましたね。お疲れ様でした。
2017.02.20
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曲なるは、すなわち全。枉なるは、すなわち直。窪なるは、すなわち盈。敝なるは、すなわち新。少なるは、すなわち得。多なるは、すなわち惑。これを以て聖人一を抱き、天下の式となす。自ら見ず、故に明。自ら是とせず、故に彰。自ら伐らず、故に功あり。自ら矜らず、故に長し。それただ争わず、故に天下これと争うことなし。いにしえの曲則全というは、あに虚言あらんや。誠を全うし、これに帰す。こんな風に解釈しました。曲がっているのは、その性を全うしている。湾曲しているのは、その性を直で表している。窪んでいるのは、満ちることの条件を満たしている。古いものは、新しさを呼び込んでくる。少ないものは、多くなる可能性に満ちている。多いものは、いろいろ心を迷わせる。全ては陰陽の法則にのっとっている。聖人と呼ばれる人は、この陰陽の法則にのっとって政治を行う。目の前のことにとらわれないから、全体を見ることができる。自慢をしないから、称賛される。自分から率先して動かないから、みんなが結果を出す。自分から戦わないから、長生きできる。それに争うこともしないから、だれも彼と争おうと思わない。それでは、何もしない者が、その性を全うしていると言えるだろうか?いや、彼は何もしないのではなく、何もできないのだ。不器用で何もできないから謙虚にまわりに誠実でいる。その誠実さをまわりが感じて動くから、彼は「聖人」と呼ばれるのだ。そんなことを教えているんだと思います。
2018.06.21
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善行は轍迹なし。善言は瑕讁なし。善数は籌策用いず。善閉は関健無くして開くべからず。善結は縄約無くして解くべからず。是を以て聖人、常に善き人を救う。故に棄人無し。常に善く物を救う。これを聾明という。故に善人は不善人の師、不善人は善人の資、その師貴ばず、その資愛さず。智といえども大いに迷う。是を要妙という。善い行いというのは、だれがやったかわからないようにしてはじめて「善行」という。善い策略というのは、策略を用いないという策略である。巧妙な幽閉は、鍵を使わないから鍵を開けて出ることはできない。巧妙な拘束は、縛るようなものを用いない。だからほどくことはできない。これを以て聖人は、善人を救う。善人を見捨てない。常によく素材の良さを活かす。これを「見ていないようで見ている」という。ゆえに善人は、不善人の師である。しかし、不善人は善人の資質を貴ばない。善人を師とも思わない。智慧が働きすぎて大いに迷う。この善人、不善人のありさまを「妙ちきりん」という。頭のいい奴は、上司の機嫌もとり、まわりにも人気者として振る舞う。そのためには、様々なことを企て、あちこち飛び回っている。そうやって「おれがしてやってる」感を前面に出し、我がままになっていく。そのうちにまわりの反感を買い、「馬鹿は相手にできない」とばかりに辞めていく。どこに行っても同じことの繰り返しで、転職を繰り返す。しかし、本当に頭のいい奴は、小賢しく立ち回らない。ひたすら自分の任務を地道にこなし、それ以外に智慧を回さない。派手さもなく、ただひたすら真面目に仕事をする。そんな奴は堅苦しい、面白くないとまわりは言うかもしれないが、それでもひたすら真面目に一途に仕事をしていく。そのほうが、結局は人がついてきてくれる。ひぱっていかなくても・・・・・である。真面目さこそが、巧妙な策略に勝ることを知っているからだ。なんと面白く愉快なことではなかろうか。こんなことを教えているんだと思います。
2018.07.01
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今日の柿崎は晴れのち曇り。西忍寺の境内の雪もほとんどとけていました。今日のメンバーは3人。N師範、O大師兄、私。Oさんは、花粉症と風邪でかなり辛そうでした。最初は棒術と半棒術。できるだけ力を抜いて棒を持ち、重みを相手に伝えるように意識して稽古しました。次は混合対練。踵重心で、自ら崩れ、それを相手に伝える。このテーマで稽古しました。自分の崩れを相手に伝えるという感覚は、ある種の怖さや不安感を持ってしまいますが、基本稽古で足腰は昔から鍛えてきたので、崩れても倒れなという足腰の強さやバランス感覚はみなさん持っています。稽古が進むにつれて、できるようになりました。次は琵琶勢。これも踵重心で受け、崩れ、瞬間的に肘関節を極める。うまくいかないと、技はもたつきますが、上手くいくと瞬時に極まります。次は覧雀尾。これも肘関節を極めるときは、踵重心で自ら崩れる。こうすると相手は浮き上がり、半分背中を向けてしまいます。そこへ打斉。相手は吹っ飛びます。次は左右盤欄。これも踵重心で崩れながら、相手を大きく手前に崩し、後頭部に掌打。上手くいくと抵抗感なく相手は大きく崩れます。次は抱虎帰山。これも相手の攻撃を受けるとき、踵重心で受け、相手も自分も重心を浮き上がらせます。その浮き上がった相手の脇に向けて手を差し込み、歩を一歩進めると、相手は踏ん張ることもできずあっさりと倒れます。次は十字手。今度は片足のみに重心を乗せ、相手の攻撃を巻き落として受けます。こうすると相手は大きく崩れ、こちらが巻き上げると、顎があがるほどのけぞります。そののけぞったところに踏みこんで倒します。次に十字手をわざと相手に防がせておいて、そこから相手に自由に攻撃してもらいました。全ての攻撃を片足重心で受けると、相手は渦に巻き込まれるように崩れ潰れていったり、倒れていったりします。そして、倒れながらもしぶとく攻撃してきた場合、こちらが意図したわけでもないのに、奇妙な形で関節技が極まってしまいます。初心者のうちは重心を低くして稽古をしていました。そのうえ、攻撃も防御も後ろ足重心で行いました。そのときは、太ももの筋肉がパンパンになり、なんて辛いんだろうと思って稽古していましたが、このとき培ったの足腰の強さ、後ろ足重心という原則が染みついた体は、棒立ちになって踵重心の崩れを利用したり、片足重心で攻防をしたときに活かされ、相手の攻撃を手が勝手に受け、勝手に関節技を極め、勝手に投げたおし、勝手に攻撃するという、魔訶不思義な現象を引き起こしました。基本というものは、これほどまでにすごい事なんだと、再確認しました。今日の稽古はこれで終わりです。みなさん、面白い稽古ができましたね。お疲れ様でした。
2019.03.10
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今日の柿崎のお天気は晴れ。気温31℃。かなり暑いです。しかし、いくぶん日差しが和らいできました。今日のメンバーは、N師範、O大師兄、S君、私の4人でした。最初は棒術、半棒術。次は混合対練から散打。今日も脇を閉じて腕を脱力させる。そして、身体の動きで相手の攻撃を受け流し、身体の動き全体で攻撃する。そして、できるだけその場で攻防せず、歩法を駆使して立体的に動く。どうしても、攻撃が連続してくると足が居ついてしまい、その場で力んで打ち合うことになりますが、歩法を駆使し、角度を頻繁にかえながら攻防を行うと先生の動き、技になります。しかし、力みを棄てること、歩法で立体的に動くこと。なかなか難しい。みなさんも四苦八苦しながら稽古しました。もうひとつ大事なことは、自然と技の組み立てができること。最初の攻撃を受け流し、その次の攻撃にどんな技を使って対処するか?瞬間的に技が頭に浮かんでくるようでなければ、ただ追い込まれて終わりです。今までは、ただ打ち合いに勝つことだけを目指して散打を行ってきましたが、それでは、武術をやっている意味がない。先生の技を学んできた意味がない。先生の動きと技を使いこなすことによって勝つ。まだまだ道ははるかに続きますが、みなさん、頑張っていいましょう!今日もみなさん、汗びっしょりで稽古を終えました。お疲れ様でした。古武術「仙骨操法」のススメ速く、強く、美しく動ける!【電子書籍】[ 赤羽根龍夫 ]
2019.09.15
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いしづき接骨院のブログ更新してます。よかったら見に来てください。院長ブログ
2020.01.30
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西忍寺が継承している武術の中に少林金鷹拳があります。入門したての頃、先生に「少林拳は思い切っていけ!」と言われ、ひたすらしゃにむに動いて、力いっぱい突き蹴りを繰り出していました。ところが歳とともに体力がなくなり、しゃにむに動けなくなったので、最近は稽古をしていませんでした。ところが、最近、散打をしているときに、先生の少林拳の姿が脳裏によみがえり、それを真似するように突いてみると、相手は避けることができません。ただ受けて突いているだけなのに、相手はこちらの突きを受けることができない。これは面白い!と思い、先生の受けて突く姿を思い出し、イメージして稽古しました。そうすると、ますます相手は受けられない。昔はしゃにむに力一杯突いていた自分。しかし、先生の動きをイメージしただけで、自分の動きの質が変わりました。これは面白いと思い、昔、先生が私たち弟子に教えるときの動き、姿勢、動作をイメージし、忠実に再現してみようと思いました。そうしたところ、少林金鷹拳は、力いっぱいやればいい、というような大雑把な武術ではなく、非常に繊細で奥が深いことがわかりました。以来、稽古の中心を少林金鷹拳に変えて行っています。そうやって細かく研究しながらやっていると、「ああ、まさにこれは鷹の動きなんだなぁ」と実感することができました。今では、少林金鷹拳は私の大事な財産です。
2020.03.12
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こないだの柿崎のお天気は晴れ時々曇り。そろそろ梅も咲き始め、桜の季節も、もうすぐです。今回のメンバーは、N師範、O大師兄、M君と私の4名。最初は太極拳99勢。うららかで澄んだ空気の中7、気持ちよく行うことができました。次はM君の姿勢動作のチエック。もう、60勢まで憶えたので、細かなところをチエックしました。次は散打。M君には太極拳の套路と少林拳の套路を稽古してもらい、わからないところは聞いてもらうようにしました。N師範、O大師兄、私で、散打を行いました。私は単純にOさんに突いていき、それに技をかけてもらうことにしました。そのうちOさんが私の突きを受けるときに「全然崩れない」といって悩んでしまい、答えがみつからないようなので、種明しをしました。私は1打目は単純な突きでOさんに受けてもらいます。そして技をかけるときに私の腕をと取って、崩そうとするのですが、私は、Oさんが崩そうとする瞬間に、もう一方の腕、いや肩甲骨を後ろから下に下げるのです。そのまま下から前方に半円を描きながら伸ばす。伸ばせば腕が伸び、その先に拳があるので、結果として突きになる。私の肩甲骨半円を描くように後ろから下、下から前に半円を描く瞬間、Oさんの、私の腕を掴んでいる手の握力が緩みます。こうなると、私の腰は安定して、Oさんは私を崩すことができなくなります。崩せないと思った瞬間には、万全の安定感で私の突きが入るということになります。以前から、Oさんは私の突きを、なぜか崩せない、なぜか避けることができない、と悩んでいましたが、これで疑問が氷解したと思います。しかし、その場ですぐ、私が答えを教えても、すぐ忘れてしまうのです。ある程度、苦労して考えると、ヒントを得て氷解したときに自分のものになります。私も、このやりかたは、先生から言葉で教わったわけではなく、先生の少林拳の突き動作を分析して会得したものです。武術の稽古は根性で繰り返すものではなく、研究と工夫を重ねていくものです。今回も、さわやかな汗を流すことができました。みなさん、お疲れでした。
2020.03.17
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今回おすすめする本は、三谷愛武著「システマ戦闘学」です。私はこの本を読んで歩法の使い方について深い学びを得ました。そのほか、心と身体の関係について様々なためになることが書かれています。伝統武術を学んでおられる方に是非読んでいただきたいと思います。動画を載せておきました。ご覧ください。ここをクリックしてください。システマ戦闘学 コンバット・システマ−テクニックを超えた自然な動きと知恵 三谷愛武/著
2020.04.16
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今日のおすすめの本は「本当の自分に目覚める本」しみずたいき著です。この中で私が気に入った文章はこれです。「本当の『自分らしさ』とは、『俺が』『私が』の小さな流れに逆らわずに無心で泳ぐ(今を生きる)ことであらわれてくるのです。」この言葉を読むと、昔、先生が私たち弟子に教えていただいた言葉を思い出します。「おれがおれがの『が』を捨てて、おかげおかげの『げ』で暮らせ。」「が」=「我」であり、おれがおれがと自分にばかりこだわっていると本当の自分らしさは出てこない。むしろ、あなたのおかげですと、相手の下(げ)に立って感謝して暮らしなさいという意味だと思います。この本でも同じような意味で書かれていると思いますが、それに加えて我を捨てることで、「自分らしさ」があらわれると言っています。なんとも不思議な言い回し。だって、「自分らしさ」は出すものではなくて、現れるものだと言っているわけですから・・・・。私の考えとしては、「我」というものは無くならないものだと思います。だれだって「おれがおれが」と自分のことを考えます。しかし、それが自分の中の100%ではまずい。散打の場合で考えると、なにがなんでも自分の技をかけてやると思っているとどんな技もかかりません。しかし、相手の力、相手の感情、相手の息遣いを感じ取り、いわゆる相手の「我」を感じ取り、それにあわせてあげると、自分の「我」が相手の「我」の隙間に入り込むことができる。そこに「自分らしい技」が生まれる。技はかけるのではなく、生まれるものだと思います。そしてそれは、相手の「我」を感じ取り、そこに自分の「我」をすべりこませるによって「自分らしさ」が生まれるということにつながる。いずれにしても、散打では、自分を100%にしないこと。相手に自分の中のパーセンテージを譲り渡すこと。もしくは、自ら、自分の中のパーセンテージを削って、相手に入ってきてもらうこと。このことを抜きにしては技はかからない。自分の中のパーセンテージを削るということは、どういうことかというと、この前の稽古で、そのことを示唆するような出来事がありました。私は稽古のブランクがあると、動いているうちに足の親指の裏の皮がむけて出血することがあります。いわゆる血豆ができて、それがつぶれるということですね。そのときの稽古でも、血豆がつぶれて道場の床に血がついてしまいました。これは、汚しては申し訳ないと思い、踵だけで立って散打を行いました。そうすると、相手は、こちらが意図しないのに崩れ、簡単に倒すことができました。これは、まさに自分の中のパーセンテージが削れた状態。意図したわけではなく、偶然にそうなった。しかし、なぜか相手は崩れやすくなり、倒すことが容易になった。自分の中に相手を取り込んで、自分の不安定さの中に巻き込んだ結果だと思います。とても面白いことだと思います。この本は、そんなことに思いを至らせてくれる素晴らしい本です。是非、みなさん、ご一読を。【中古】 「本当の自分」に目覚める本 宇宙とつながる気づきの法則 /しみずたいき(著者) 【中古】afb
2020.04.22
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今日のおすすめの本は、和田秀樹著「感情的にならない本」です。この本は怒りっぽい人向けにかかれた本です。私は、それほど感情的にはならないほうだと思いますが、参考になる文章がありましたので、みなさんにご紹介します。つまらないこと、ほんとうにくだらないことでカッとなっても、そんなものは放っておいて、できることやらなければいけないことを淡々と続けていると、ふっといいことに出会います。その瞬間、気持ちが明るくなってしまうのです。この文章には関節技の極意につながるものがあります。たとえば、肘関節に技をかけられた場合、肘関節が動かなければ、もうそれで終わりのような気がしますが、まだ望みは捨てないでください。肘が動かなければ手首は動きます。肩が動きます。腰が動きます。膝、足首・・・・動くところはまだいっぱいあります。肘を逆に捕られれば、手首関節を内旋させていけば、自然と肘関節も屈曲してきます。あるいは、肩関節、肩甲骨で腕全体を後方へ回旋させれば、相手の上半身起こすことができます。そうすれば、肘関節にかかる圧力を減らすことができます。あるいは、足を一歩引いただけで、あるいは、斜めに動かしただけで、関節技の支点が崩れて、技が効かなくなります。また、関節技をかける場合、肘関節に技をかけて、相手が踏ん張ってかからなければ。肩に圧力をかけて投げ落とす。あるいは、手首にかけて、そこで踏ん張ったところで肘にかける。それでもでめなら、指に関節技をかける。そこで踏ん張られたら、またあ肘を極めにいく。要は、一つにこだわらず、かけられるところにかける。しかも、躊躇せず、淡々と次から次へとかけていくうちに、相手は身動きができなくなっていきます。こういった関節技の極意が、「感情的にならない方法」につながっている。なんだか面白いですね。【中古】【古本】感情的にならない本 不機嫌な人は幼稚に見える/和田秀樹/著【新書・選書 新講社】
2020.04.29
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昔から気に入らないこと。柔道の試合で、やたら太っていて、逃げ腰で技をかけず、こちらが技をかけると体重を浴びせて潰すやつ。こういう奴に限って体力が無く、あえぐような息使いをする。そこがかなりムカつく。柔道の試合で、組んだまま力づくで道着をつかんで力比べをして、動かない奴。そいつは筋肉隆々のムキムキだった。散打の大会で、古流柔術と言っておきながら、キックボクシングのスタイルで戦う奴。異種格闘技で、カンフー対ムエタイと言っておいて、ローキックで無残に崩れ落ちてしまうカンフーの外人選手。フルコンタクト空手の顔面なしの試合でみる、中段突きが押し合いのようになっている様子。カンフー対フルコンタクト空手で、カンフーの選手が相手の上段回し蹴り一発でノックアウトされる様子。しかも秒殺。相手に触れないで弟子を吹き飛ばしている年輩の武術家が、フルコンの若い空手の選手に、思い切りボコボコにされる様子。太極拳のある団体の先生に、「この技はどうやって使うのですか」と聞いたところ、「太極拳はそんな低次元のものじゃない。だが特別に教えてやろう」と単鞭の使い方を教えてもらった。鉤手の指先で相手の脳天を打つのだと。こういう先生が、なんで先生なのか?あの流派は、本物じゃない。この先生にはこんなうわさがある。へんな裏エピソードを言うだけで、技が全くできていない奴。合気道の経験者で、こちらが技を教えようとすると、指を張って、全身を突っ張らせて、おれに技はかからないぞ!という態度を示す奴。こちらが技を教えると、その技を稽古してもいないのに「じゃあ、この技を破るには、どうすればいいんですか?」と質問する奴。散打の試合で、相手が何も攻撃してこないのに、相手のまわりで套路を演じ、回し蹴り一発で撃沈する酔拳の選手。同じく散打の試合で、八卦掌の選手で、意味もなく相手のまわりをぐるぐると回る奴。そんな奴に限って、後ろからつかまえられてボコボコにされる。私の理想は、そんな気に入らない奴らの間をかいくぐって、ドニーイェン主演の映画「イップマン」における詠春拳のような戦い方ができるようになること。彼の動きは芸術的で機能的。それが理想です。もちろん、現実は、そんなに上手くはいかない。でも、少しでもあの機能的な美しさを手に入れたい。たとえ、フルコンの選手にボコボコにされても、安易に自分の技を諦めて、ムエタイやキックボクシングのような試合用の技術に逃げたくない。以上が、気に入らないことから導き出した私の武術の理想像です。
2020.05.03
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2020.05.11
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