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続きですさて、この夫婦はどうなるのでしょうか・・・・ ☆ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー☆ そして最後の朝、妻を抱き上げたとき僕は、一歩たりとも歩みを進めることができなかった。その日息子はすでに学校へ行ってしまっていた。僕は妻をしっかりと腕に抱き、そして言った。「今まで気づかなかったよ。僕たちの結婚生活に、こうしてお互いのぬくもりを感じる時間がどれほど欠けていたか・・・」そして僕はいつもどおり仕事へ向かった。何かにせき立てられるように、とにかくここで、最後の最後で自分の決心が揺らいでしまうのが怖くてそれを振り切るかのように、車を停めると鍵もかけずに飛び出しオフィスのある上の階まで駆け上がっていった。気が変わってしまう前に、オフィスへ行かなければ。早く「ジェーン」のもとへ!ドアを開けるとそこに「ジェーン」がいた。彼女を見た瞬間、僕は思わず口にしていた。「ジェーン、すまない。 僕は離婚はできない。」 4日目の朝彼女を抱き上げたとき、ふとかつて僕らの間にあった、あの愛情に満ちた「つながり感」が戻ってくるのを感じた。この人はこの女性は僕に10年という年月を捧げてくれた人だった。5日目、そして6日目の朝その感覚はさらに強くなった。このことを、僕は「ジェーン」には言わなかった。日にちが経つにつれ妻を抱き上げることが日に日にラクになってゆくのを感じた。なにせ毎朝していることなので、腕の筋力もそりゃ強くなるだろうと僕は単純にそう考えていた。 ある朝、妻はその日着てゆく服を選んでいた。鏡のまえで何着も何着も試着してそれでも体にピッタリくる一着が、なかなか見つからないようだった。そして彼女は「はあ〜っ」とため息をついた。「どれもこれも、何だか大きくなっちゃって。。。」その言葉を耳にして、僕はてハッ!とした。妻はいつの間にやせ細っていたのだ!妻を抱き上げやすくなったのは、僕の腕力がついたからではなく彼女が今まで以上に軽くなっていたからだったのだ。愕然とした。それほどまで、やせ細ってしまうまで彼女は痛みと苦痛を胸のなかに。。。僕は思わず手を伸ばして、妻の髪に触れていた。 そこに息子がやってきた。「ダディー、マミーを抱っこして『いってらっしゃい』する時間だよ!」息子には、父親が母親を毎朝抱き上げるこの光景を目にすることがすでに大切な日常の一場面となっているようだった。妻は、そんな息子にむかって「おいで」と優しく手招きしたかと思うと彼を力いっぱいぎゅっと抱きしめた。僕は思わず目をそらした。そうしないと、最後の最後で、気が変わってしまいそうだったからだ!僕はだまって、いつものように妻を腕に抱き上げ寝室から、リビング、そして玄関口へと彼女を運んだ。妻はただそっと、僕の首に腕を回していた。そんな彼女を、気づいたら強くグッと抱きしめていた。そうまるで、結婚したあの日の僕のように。。。彼女の、それはそれは軽くなった体を腕のなかに感じながら僕は例えようのない悲しみを覚えていた。 「ジェーン」は「はあ?」という目で僕を見つめそして額に手をあてた。「あなた、熱でもあるの?」僕はジェーンの手を額からはずし、再度言った。「すまない、ジェーン。僕は離婚はできないんだ。」「妻との結婚生活が『退屈』に感じられたのは、彼女を愛していなかったからではなく僕が毎日の小さな幸せを、他愛のない、だけどかけがえのない小さな日常を大切にしてこなかったからなんだ。今頃になって気づいたよ。あの日、あの結婚した日僕が彼女を腕に抱いて家の中へ初めての一歩を踏み入れたあの日のように僕は死が二人を分つまで、彼女をしっかり腕に抱いているべきだったんだ!」「ジェーン」はようやく事の次第を理解したようだった。そして僕のほっぺたを思いっきりひっぱたくと、扉をバタン!と閉めワーッ!と泣き叫びながら飛び出して行った。僕はそのまま黙って階下に降りた。見ると、花屋が目にとまった。僕はそこで、妻のためのブーケをアレンジしてもらった。店員が「カードには何とお書きになりますか?」と聞いてきた。僕はふと微笑んで、言った。「そうだね、こう書いてくれ。」『毎朝君を腕に抱いて見送るよ。死が二人を分つ、その日まで...』 その日の夕方、僕は妻への花束を抱え、顔に笑顔をたたえて家についた。はやる気持ちで階段を駆け上がる!早く早く!妻のもとへ!出迎えてくれた妻はベッドで冷たくなっていた。。。。何も知らなかった。僕は、何も知らなかったのだ。妻が「ガン」であったことさえも。ジェーンとの情事にうつつをぬかしていた僕は、妻がこの数ヶ月必死で病魔と戦っていたことに気付きさえしなかったのだ!妻は分かっていたのだ。自分がもうじき死ぬことを。彼女が出してきた「離婚の条件」は僕を責めるものではなく、僕を救うためのものだったのだ!自分亡き後、最愛の息子から僕が責められることがないように。毎朝お母さんを抱き上げて優しく見送るお父さん。そう、そういう僕を毎朝見ていた息子にとって僕はまぎれもなく「お母さんに離婚をつきつけたお父さん」ではなく「お母さんを最後まで愛したお父さん」となったのだ! 僕はどうしても皆さんにお伝えしたかった。日々のささやかな幸せ、、、それが人生で何よりも大切であるということを。幸せは大きな家、土地、高価な車、または銀行の残高、、、そんなものの中にあるのではないということを。 もしも今、あなたの傍らにかけがえのない伴侶がいるのなら毎日がどんなに忙しくてもどうか、相手が大切だと伝える小さなジェスチャーを心を通わせる時間を大切にしていっていただきたいと思います。 〜完 〜 ☆ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー☆ 日々のささやかな幸せを大切にしたいと思います。 自分に 心地が良く、利益をもたらす人たちばかりではなく 愛は誰にでも惜しみなく降り注いでいるものだから、 私たちも関わる一人ひとりを大切に想う心が大事なのですね。 **英文がありますが、楽天ブログの文字数の関係で載せられませんでした。**
2012.12.29
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友人が送ってくれたジーンとくるお話です。毎日を気ぜわしく過ごしていると、今ある幸せを見逃しがちになります。このお話はそうした私たちに、周りにいてくれる家族や友人が自分にとっていかに大切な存在なのかを気づかせてくれます。あなたは私にとって大切な存在であることを、なんでもいい・・小さな行動を通して伝えていきたいと思います。長いけれど、時間がある時に読んでみて下さいね^^ 2012年をこのお話で締めくくりたいと思います。 ☆ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ☆ 仕事から帰宅すると、妻は食事の支度をととのえていた。僕は彼女の手をにぎり「話があるんだ」と切り出した。妻は何も言わず席についた。その目は苦痛に満ちていた。 ふと、僕はどう切り出したらいいのか分からなくなった。でも言わなければならない。「離婚したいんだ」と。僕は冷静に、その言葉を口にした。妻は大したリアクションも見せず、ただ静かに聞き返した。「どうして?」 を投げ散らかし叫んだ。「あんたなんか、男じゃない!!」その夜、その口論のあと僕らはとうとう一言も言葉を交わさなかった。妻のすすり泣く声がかすかに聞こえた。わかっている。どうして僕らがこうなってしまったのか、妻はその理由を知りたがっているのだ。でも僕は、彼女を納得させられるような説明をとうてい与えられるはずはなかった。それもそのはず。僕は「ジェーン」という他の女性を愛してしまったのだ。妻のことは、、、もう愛していなかった。ただ哀れんでいただけだったのだ! 深い罪悪難に苛まれながら、僕は離婚の「承諾書」を書き上げた。その中には、家は妻に譲ること、車も妻に譲ること、僕の会社の30%の株も譲渡することを記した。彼女はそれをチラと見ただけで、ビリビリと破り捨てた。僕がこの10年という月日を共に過ごした、この女は僕にとってもはや「見知らぬだれか」に成り下がっていた。彼女が今まで僕のために浪費した、時間、労力、エネルギーに対しては、、、本当に申し訳ないと思っている。でも自分が「ジェーン」を愛しているという気持ちに、これ以上目を背けることは出来なかった。承諾書を破り捨てたあと、妻はとうとう大声をあげて泣き始めた。ヘンな言い方だが、僕はその彼女の泣く姿を見て少しホッとしたのだ。これで離婚は確定だ。この数週間、呪いのように頭の中につきまとっていた「離婚」という二文字は、これでとうとう現実化したのだ。 その翌日、僕は仕事からかなり遅くに帰宅した。家に戻ると、妻はテーブルに向かって何かを一生懸命に書いていた。夕食はまだだったが食欲など到底なく、僕はただベッドに崩れるように倒れ込み寝入ってしまった。深夜に一度目が覚めたが、その時も妻はまだテーブルで何かを書いているようだった。僕はもはや大した興味もなく、ふたたび眠りについた。 朝になって、妻は僕に「離婚の条件」とつきつけてきた。彼女は家も車も株も、何も欲しくないと言った。でもその代わりに「1ヶ月間の準備期間」が欲しいと言ってきた。そして彼女の条件は、その1ヶ月のあいだ出来るだけ「今までどおり」の生活をすること。その理由は明確だった。僕らの息子が、1ヶ月後にとても大切な試験を控えているためできるだけ彼を動揺させたくないというのが、彼女の言い分だった。 それに関しては、僕は即座に納得した。だが、それ以外にもうひとつ妻は条件をつけてきた。「私たちが結婚した日、あなたが私を抱き上げて寝室に入った日のことを思い出してほしい」と。そして、これからの一ヶ月のあいだ、あの時と同じようにして毎朝、彼女が仕事へ行くときに彼女を腕に抱き上げて 寝室から玄関口まで運んでほしいと言うのだ。僕は「とうとうおかしくなったな・・・」と思った。でもこれ以上妻といざこざを起こしたくなかった僕は、黙って彼女の条件を受け入れた。 僕は「ジェーン」にこのことを話した。ジェーンはお腹を抱えて笑い、「ばかじゃないの」と言った。今さら何をどうジタバタしたって離婚はまぬがれないのにとジェーンは嘲るように笑った。 僕が「離婚」を切り出して以来僕ら夫婦はまったくスキンシップをとっていなかった。なので彼女を抱き上げて玄関口まで連れていった1日目僕らは二人ともなんともヘンな感じで、ぎこちなかった。それでもそんな僕らの後ろを、息子はそれは嬉しそうに手をパチパチ叩いてついてきた。「ダディーがマミーを抱っこして『いってらっしゃい』するよ!」その言葉を聞くなり、僕の胸はきりきりと痛んだ。寝室からリビングへ、そして玄関口へと僕は妻を腕に抱いたまま10メートルは歩いただろうか。妻は目を閉じたまま、そっと「どうかあの子には離婚のことは言わないで」と耳元でささやいた。僕は黙ってうなずいた。でもなぜか、そうしながら心はひどく動揺していた。妻をドアの外に静かにおろすと、彼女はそのままいつものバス停へ向かって歩いていった。僕もいつもどおり車に乗り込み仕事へ向かった。 2日目の朝初日よりは少しは慣れた感があった。抱き上げられながら、妻は僕の胸に自然ともたれかかっていた。僕はふと、彼女のブラウスから薫るほのかな香りに気づいた。そして思った。こうして彼女をこんな近くできちんと見たのは、最後いつだっただろうかと。。。妻がもはや若かりし頃の妻ではないことに、僕は今さらながら驚愕していた。その顔には細かなシワが刻まれ髪の毛には、なんと白いものが入り交じっている!結婚してからの年数が、これだけの変化を彼女に。。。その一瞬、僕は自問した。「僕は彼女に何てことをしてしまったのだろう」と。 〜 続く 〜 ☆ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー☆ というところで、『続き』になってしまいました。文字数が多過ぎて一つのブログにはおさまりませんでした(^^;続きは明日アップします。
2012.12.28
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メリークリスマス ! 今日はクリスマスイブですね。うちでは小さい子どももいなくて、特別なにをする、というわけでもありませんが、それでもなんとなく華やぐ気持ちになりますね^^娘がインドから昨日帰り、お帰りなさい の、うなぎやさんでの食事会は昨日しました。娘が話してくれるインドは相変わらず楽しくて、来年は行こう!と心密かに決心しました。もし、行けたらなんと12、3年ぶり。クリスマスプレゼントとしてサンタさんにおねがいしましょ^^年代がわかってしまいますが(^^;・・・・若い時の写真を2枚アップしちゃいますね ガイドさんと一緒だったかな〜? インドの赤ちゃんは小さい子が多い。 この子も小さいけど元気な赤ん坊でした よく見るとカメラ目線で微笑んでますね^^ この写真をみると若いのは当たり前ですが、これが私の原点だった、とつくづく思います。過去ですが、この旅があったから今の私が在るのです。インド一人旅にしてはのびのび楽しんでいる風情です。毎日がワクワクで楽しかったのです。出会いがあり、その出会いで得たものもたくさんあり、いまもその当時であった人々とは濃い繋がりがあります。今の年齢で当時わかり得なかったことがわかりはじめています。原点(初心)に還り、経験を更に生かしこれからの日々を豊かに過ごすことにしました。来年は私にとって新たなチャレンジの年です 心から思うのですが、これからの人生『今が一番若い!』のですね^^そう決めるとなんだかワクワクしてきます。皆さまも楽しいクリスマスイブをお過ごしのことでしょう。暦は2013年の始まりの日までカウントダウンに入っています。どうぞ良い年末、新年をお迎えくださいね^^ 一年間拙い日記を読んで下さりコメントを書いて下さった方々に感謝します。 With Love アマラ
2012.12.24
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〜雨上がりの山々に雲が湧き出る〜 変化してやまない雲を見上げるとき 樹木を讃え、風の音をきくとき 月や小鳥や山をながめるとき あたたかい陽光を全身に浴びるとき 沈みゆく太陽が赤く雲を染めるとき そして、満天の星を眺めるとき そのときは、自分が自然の一部であり、 自然をつうじて、自分よりはるかにすぐれ、 自分が死んだあとにもつづくようななにかにつながっている そのことを思い出す 自然の中にいることが、ときには最高の薬になると思います それらをとどめておきたくて、私は写真を撮り始めたのかもしれません 自然に同調することは、私の元気のもとのひとつです 問題を抱えた方が相談にみえたとき、まずおススメするのが「自然とつながること」です。経験から言えることなのですが、思考でぱんぱんになった頭を休めるのはこれが一番です。都会に住んでいても自然とつながり、霊的な自己を育むことはできます。公園に行くこと・・・観葉植物を育てること・・・私はよく車で都内を走ります。気が付いたことは都会の真ん中にも広大な緑地がたくさんあり、紅葉も楽しめるということそんなところに出かけ、木々の香り、花の香り、風景に心を開く〜それだけで、自分のなかの憂鬱な気分が明るく変わります。このように繰り返し意識の中に自然を招き入れることによって、鬱積していく憂鬱感から解放されるのです。昨今は山に登る女の子たちはファッションを楽しんでいます^^山ギャルというのでしょうか^^
2012.12.17
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今朝は驚くほどの朝寝坊でした。寝覚めたのは9時。あり得ません^^最近は睡眠時間が長く、起きるとスッキリ、という日が多いのが嬉しいです。今朝目覚めた瞬間!「同調」 という言葉が降って(笑)きました。まだ、意識がぼんやりしていて半覚の状態のときです。「同調?」その言葉を寝ぼけた頭で反芻しました。ときどき起きたての時に、その状況には関係がなく、言葉やイメージがわくことがありますよね。今朝はこの言葉でした。その時は意味がわからないのですが、お布団の中でしばらく静かにしていると、なーるほど、このこと!と解答がわかります。 私たちは何に同調するかで、心の状態が変わります。尊敬する人の一番好きなところや、見習いたいこと、物事への感謝、生きているものへの愛、自然などにチューニングしてみるのです。面白いほど気分がかわります。 (恋愛対象は相手の態度によってコロコロ変わるので不向きかもしれません^^) 過去の失敗や、苦い想い、嫌な出来事に同調することは、傷ついた自分を更に傷つける・・・そんな結果になります。 自分をごまかすことにならない?と思うかも知れないけど、罪悪感や自己嫌悪の感情に流されるより、ずっと自分のためになります。反省すべきはさらりと反省し、同調する対象を変えてみる、ことだと思うのです^^「今」の心の安定が、過去の自分を癒し、これからの自分を育てることになると思うからです。 あなたは今日、なににチューニングしていましたか?^^ 私は・・・秘密です(笑)
2012.12.15
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メタセコイアの大木を見上げる メタセコイアは化石から採取した種を育てた木 寒くなりました。私は雪国の生まれのせいか、実はこの寒さがあまり苦手ではありません。お部屋を暖かくしていれば、そこを基地に外へ飛び出すことはむしろ快感です。昨今、ブログを書いてません。あまり書くことがなくなった、というか長文を書くことが出来にくい頭になってしまったようなんです(笑)他のところで、私が撮った写真をお見せし、自己満足に浸っているところです^^私の写真はうまいとか、へたとかの範疇ではなくて、ただただ撮るのが楽しい、というレベルなのです。今のところ、撮る対象はもっぱら木々、景色、鳥、などです。わーきれい!と心が動かされた対象だけです。主義、主張などありません。レンズを向けると対象と私だけの世界になります。木であればすっくと立っているその清々しい姿に圧倒されます。純粋にほめ讃えたくなります。紅葉の真っ赤や真黄色の鮮やかさ、に胸が高鳴ります。心底きれいだなー、と思うのです。歩いているとそうしたトキメキを感じさせるものを知らず知らず探していたり、花や木、森の方から『ねぇ〜みてみて!』と呼ばれる気もするのです^^まだ人間を撮ることができません。何故なのかな?ときどき撮りたいな〜と思う人がいるのだけれど、恥ずかしくてお声がけができないことと、生意気ですが・・・あらわれたその人の人生が眩しくて、軽くは撮れない気がします。〜というわけで今日もカメラを片手に出かける私です^^ 写真は最近私が撮ったものです 遠くの景色の中にサルスベリの花を見つけた 虫食いで葉脈がきれいにあらわれた お家レストランでヒヨドリちゃんが食事中 もみじ〜まだ紅葉中〜今年は紅葉がきれいです
2012.12.13
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この写真の4才の女の子メレディスは14才になる愛犬アビーを失いました。とても悲しみ、アビーがいなくなってしまってどんなに寂しいのかを訴えました。メレディスちゃんは、神様にお手紙を書くことを思いつきました。そして両親に口述し、神様にお便りをしました。Dear God私の犬のお世話をしてくれる?彼女はきのう死に、天国であなたと一緒にいるの。私はアビーがいなくなって本当に寂しいの。病気だったけど、アビーが私といてくれて、幸せでした。アビーと一緒に遊んでくれる?彼女は泳いだり、ボールで遊んだりすることが大好きでした。私はあなたが彼女に会ったときわかるようにアビーの写真をおくります。そうすればあなたはアビーが私の犬ということがわかるでしょう?彼女がいなくなって本当に寂しい。 Love Meredith そして、お母さんはその手紙と、アビーとメレディスの写っている写真をを封筒にいれ、宛名は天国の神さま、といれ、リターンアドレスも書き込みました。メレディスはそれにたくさんの切手を貼り、ポストに入れました。2、3日後メレディスはお手紙が神さまに届いたかどうか、訊きました。きっと届いているよ、と答えました。 神さまからプレゼントがとどきました。それは金色の紙で ラップされた本でした。ほんのタイトルは『ペットを亡くしてしまったときに』でした。本にはお手紙とアビーとメレディスの写真がはいっていました。 Dear Meredithアビーは無事に天国に着きました。写真があったのでアビーとすぐにわかりました。アビーはもう病気なんかじゃないですよ。アビーはあなたに飼われて幸せでした。彼女のスピリットはあなたの心の中にいるように、ここに私と共にいます。ここ天国では、身体は必要がないから、あなたの送ってくれた写真を入れておくポケットがないのです。だから、小さな本と一緒に送り返しますね。アビーの想い出のために。美しいお手紙をありがとう。そして お手紙を書き送ってくれたあなたのお母さんにありがとう。あなたはなんてステキなお母さんなのでしょう!わたしはあなたに感動して手紙に惹かれました。私はあなたを愛し、いつも祝福を贈っています。ところで、私を見つけるのは簡単です。わたしはここ,あそこに偏在している愛だからです。 Love God 本当のお話です。本当にいいお話ですね。大好きなペットをなくし、悲しみに沈んでいる小さな子どもの気持ちを大切に思い、慰めるためにお母さんがしたことに、ポストオフィスの感動した誰かが贈ってくれたプレゼンントです。メレディスはどんなにか安心したことでしょう。そして同じく愛するペットを失ったお母さんも癒されたことでしょう。私もペットをなくしたばかりです。このお話を読んで、大好きなペットがいなくなってしまった悲しさと寂しさをもう一度見つめることが出来ました。そうすることによって、逆に気持ちが落ち着くのを感じています。その時々に起こる感情を見つめることが大事ですね。 悲しい気持ちはあたりまえ、寂しさもあたりまえ、なのです。たらちゃん I miss you! ソース:http://femour.com/?p=5896
2012.12.01
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