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サラリーマンだった時に、一流のレストランや料亭での会食が多かったせいもあるだろう。わたしの味覚はかなり鋭い。退職後、男性向けの料理教室に通っている。料理の先生の指示通りに、材料や調味料の分量、加熱の温度や時間を守って作るとそれなりの味のものができる。しかし、手本として同じ料理を先生が作るが、生徒のものとは微妙に味の差がでる。わたしにはその差が見逃せない。先生もわたしの味覚の鋭さに一目を置いている。料理教室に通うほどに、わたしの舌先はますます研ぎ澄まされていく。ある日、家内の作る夕食に、非常に微量であるが、何かの化学物質が入っていることに気づいた。化学調味料とは別の化学物質だ。本当にわずかな量で普通の人々ではまず気づかない。それ以来、どの食事にもその物質が入っていることがわかった。料理そのものの味をくずすことがないように、その量は毎回実にたくみにコントロールされている。この化学物質が何なのか。言葉に出して尋ねると、何とか家内と保っていた、平和に見える緊張した関係が一気に崩れるのが怖くて、わたしにはできない。わたしにはこの見せかけの平和で良いから維持したかった。ある日、家内は挑戦してきた。いつもよりその化学物質の濃度が低い。わたしの味覚の限界をさぐるようなわずかな量である。しかし、わたしの味覚は確かにこの物質を捕らえている。それを家内は悟ったのだろう。いつになく家内はわたしを見ながら大きく微笑んだ。それ以降、その化学物質が食事にはいることはなかった。しかし、世の中には人間の味覚にまったく感じない毒薬もあるのだろう。今、わたしは突然スプーンを落とし倒れ込んでいく、口の中の食べ物の味をもう一度確かめようともがきながら。
Apr 29, 2006
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地図にはこの川を渡る道が明らかにあるのに、どこにもそんな道は見当たらない。わたしは茫然としていたが、ふと気づくとわたしのすぐ隣に男が立っていてささやく。「ここに道があるのですよ。あなたには道が見えないかもしれないけれども、空気を踏み固めた道があるのです。」そう言うと、男は川に向かって歩き出し、水面に足を踏み出す。「ここを歩く人が少ないから、どうしても空気の踏み固め方が足りなくて柔らかくなる。でもまだ歩けないほどではない。」男はすたすたと歩いていき、何事もなかったかのように対岸に着く。男はわたしの方を見て、眼でこちらに来いと言う。男が踏み出したあたりにわたしも足を踏み出す。水の中に足が突っ込むかと思った時にぼよんとした弾力が足を支える。もう一歩踏み出すと、やはりその弾力がわたしの足を支える。足元が少し頼りないのだが、確かにわたしは水の上にいる。わたしはあの男の歩き方を思い出し、すたすたと歩こうとする。どんどんとわたしの足元を支える弾力感が少なくなってくるような気がするのだが、もう、引き返したくはない。そう、空気を踏み固めた道は確かにある。地図上に道があるが、そこに行ってみると川しかないときには、水面に一歩足を踏み出して見ると良い。空気の踏み固められた道がある可能性が高い。しかし、注意することだ。あまり人が通らないから、川の真ん中あたりで、空気の踏み固め方が足りなくて水没していることもあるようだ。実際、わたしは川の真ん中あたりですっかりあきらめて、丸太のようになって流されていく。
Apr 22, 2006
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わたしは本社の社員食堂の券売機の前でしばらく考えた。今日が定年退職の日である。最後の社員食堂での食事である。わたしは工場に配属されたが、入社した最初の日にこの本社の社員食堂で昼食をとり、誓ったのである。部長になるまでは、ここの海老フライ定食は食べないと。大きな海老フライが3匹も皿の上にのっていてとても高級そうに見えた。今だって、この社員食堂では値段が一番高い。これは平社員や課長ではなく、部長以上の幹部社員が食べるのにふさわしい食事であると思った。結局、わたしは部長はおろか、課長にすらなれなかったが、部長になるまではこの本社の社員食堂では海老フライ定食は食べないと言う信念は持ち続けてきたのである。しかし、この日に及んで、わたしは意を決した。42年間我慢していただけに、食堂の席にこの海老フライ定食を運ぶだけでわくわくした。胸を張って食べようと思った。実際には部長ではなくても、部長の風格を持って食べようと考えた。そこに新入社員の一団が海老フライ定食を持って現れ、空いていたわたしの隣の席にすわるではないか。むしゃむしゃと食べ始めると、その中の一人がここの海老フライは油こくってとても食べられたものではないと言って、一匹を中途で残し、残りの2匹の海老フライを隣の人の皿に投げるように置いたのである。こうしてわたしの定年退職の日の昼食は、その長い勤務の中でもっとも惨めなものになった。
Apr 15, 2006
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「桜の樹の下には死体が埋まっている。これは信じていい。」と夭折した天才作家がその作品の中で述べたように、確かにこれは信じていいことだ。今度の土日は桜が満開であろう。その日に雨がしとしと降ることを、もしくは、とてもとても寒い日であることを願っている。家族で花見に出かけないことが不自然ではないことを祈っている。しかし、子供たちに花見を楽しんでもらいたくないわけではなく、月曜日にでも妻と一緒にこの桜の木のところにやってきて楽しんでほしいと思う。降り注ぐ桜の花びらを捕まえようとして、子供たちはひどく喜ぶだろう。長年に渡り、妻といがみ合っていたが、今となってはそんなことはなんとも思っていない。そして、今度のことも妻を一方的に責めるつもりはない。妻がやらなければ、わたしが妻に同じことをやっていたと思う。今度の土日は、雨が降るか寒さが厳しい日で、父親がいなくて一緒に花見に行けないことを子供たちがさびしく思わないことをわたしは望んでいる。桜の樹の下にわたしは埋められていて、わたしはもはや子供たちと花見にいけないからだ。
Apr 8, 2006
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江戸時代の日本にスパイダーマンがいたことは、残念ながらほとんど知られていない。さすがのスパイダーマンも襲いかかる何十人と言う忍者のまえに力尽きようとしていた。忍者が投げつける無数の手裏剣を止めるために、最後の力を振り絞って、日本のスパイダーマンは口から蜘蛛の糸を吐き出した。しかし、その蜘蛛の糸をかいくぐり、ひとつの手裏剣がついにスパイダーマンの心臓を射貫いた。絶命したスパイダーマンを見つけた江戸時代の農民が見たままに奉行所に届け出たが、口から蜘蛛の糸を出していたという事実を、奉行所の役人は学問のない農民の単なるたわ言と処理した。こうして日本のスパイダーマンは、納豆を食べている間に死亡し口から納豆の糸を垂らしていた、なさけない行き倒れの人としてその奉行所の記録に残ることになった。これは、アメリカにスパイダーマンが現れる300年以上も前に起こったことである。
Apr 1, 2006
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