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これが自分の妻の重さであったらどんなによいだろうと彼は思った。郊外に向かう列車の中で彼の隣に座った中年の女はとても疲れていたのだろう。すぐにうたた寝を始めると、女の体は安定感を求めて何度も彼の方に寄りかかってくる。ほんの1秒か2秒程度なのだが、彼はその女のすべての重さを支えた。意外なほどに軽くて、柔らかかった。生前の彼の妻は決して弱みを見せない女だった。それだけに彼には妻に頼られたという記憶がなかった。この隣の女が自分にもっと寄りかかってきてほしかった。自分が妻を受けとめているという錯覚に浸りたかった。しかし、女の降りる駅に列車が着くほんの少し前に、かすかに残っていた女の意識は急速に回復し、体をまっすぐに起こした。隣の男に寄りかかったことなど決してないという風に女は前を見つめた。思いが突然に断ち切られたことに抗議するかのように彼がその女の横顔を見ようとしたのと、彼女が立ち上がるのはほぼ同時であった。電車から降りて改札口に向かう途中で、突然、女は亡くなった夫のことを思い出し、このような場所で夫への思いがわきあがったことを不思議に思ったが、子供の待つ家に早く帰らなければならないという気持ちがその感情をあっという間に消し去り、女は振り返ることもなく改札口への歩みを早めた。
Dec 31, 2006
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彼はどんな時でも、その物腰は柔らかいし、上下の隔たりなく丁寧な言葉を使うので、なかなか見つけるのが難しいほどの人格者であると思われている。頭もよくて説得力もあるものだから、彼は非の打ち所がないと周囲ではささやかれている。その性格からなのか、体格もふっくらとしていて、実際のところ、少し病的に見えるほどお腹が膨らんでいる。酒が好きということもその体型に影響しているに違いない。 しかし、わたしは知っている、彼の秘密を。 彼は帰宅すると一人部屋に閉じこもり、毎日、深夜までしていることがある。本当は彼は他人の些細な言葉がとても気になって仕方がない。昼間は平然さを装っているが、その蓄積された鬱憤を藁人形を突き刺すことで晴らしている。毎日、毎日、何体もの藁人形に名前を書いた紙を被せて、何度も太い釘で頭や腹の部分を突き刺している。 そして彼はその行為が実際に効果があることを知っている。次の日になると、前の晩にその藁人形を突き刺された人物の多くが腹痛や頭痛を抱えている。その意味において彼は霊能力者である。 今のところ、彼の霊能力では大きな傷害や事故は発生していないようであるが、将来はどうなるかわからない。わたしは彼に敵意はないが、彼の霊能力が暴走しないように、彼と戦わなければならない。藁人形に対しては、藁人形である。 ある深夜、わたしは彼の名前を書いた紙を藁人形に貼り付け、その腹部のあたりに5寸釘を打ち込もうとしたのである。ところが釘は藁人形に刺さっても、柔らかい弾性体に押し返されるようにすぐにぬけてしまう。その藁人形全体があたかも何かで厚く覆われて保護されているように感じられる。 彼を甘く見ていたようだ。彼の膨らんだ腹は実は意図的なもので、その腹の脂肪で藁人形による呪術から自分を防御している可能性が高い。この防御術をわたしたち霊能力者は「藁人形返し」と呼んでいるが、彼がこのために腹部をあそこまでぶくぶく膨らませているとしたら、彼は相当な霊能力者である。 わたしの霊能力では勝てないかもしれない。会社では彼はわたしの上司であるが、わたしは彼にはおとなしく従おうと考えている。
Dec 24, 2006
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医師にしてみれば、言い馴れた言葉なのだろう。「残念ながら、血液を介して既に転移している可能性があります。」あたかも他人事のように医師の言葉を聞くとわたしは特に何も質問をすることもなく立ち上がり、病院を抜け出した。家に帰る途中で、わたしの感情はこの不治の病に打ちのめされていたけれども、わたしだけがこの不幸を背負わなければならないという不公平感だけはむくむくと頭をもたげてきて、ついに世の中の人々にわたしの不幸を分け与えてあげようと考え始めた。わたしは献血しようと思った。わたしの血液に潜む悪性の異型細胞を多くの人々に送り込むのだ。このような状況下で、どんなことにしろ、まだ自分の中に行動しようという意欲があることが嬉しかった。しかし、献血する場所を探すことがすぐに物憂くなり、自宅への帰路を少しも変えることなく、重い足取りで歩き続けたのである。そんな時にふと自分の腕を見ると、一匹の蚊がとまって血を吸っている。反射的に反対側の手が動き、蚊のとまっている場所を打ちすえた。それでも、その蚊は逃げ延びたのである。ぶーんと飛び上がり、その瞬間を私の眼は捉えたのであるが、すぐに視界から消えた。あの蚊もわたしと同じ病を患うのだろうか、いや、あの蚊の体内で悪性の細胞が培養され、別の人を刺し、いつまでも叩き潰されることなく、多くの人々を刺し、わたしの悪性の細胞を世の中に蔓延させていくかもしれない。そのような思いに至ると、わたしはあたかも長年に渡って計画してきた恐ろしい悪事をついに成し遂げた凶悪な犯罪者になったような気がして、つかの間とは言え、ひさびさに気持ちの高揚を楽しんだのである。
Dec 17, 2006
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ウルトラマンはほくそえんだ。ようやく待ち望んでいたときがきたと思った。 若い時の栄光があまりにも強すぎた。年をとってからの生き方がわからなかった。もう一度輝ければ、なんとか新しい道が開けるかもしれないと考えていたときにこの怪獣が現れた。 弱そうな小さな怪獣だった。 これなら年をとっていても倒せそうだった。もう少し怪獣が暴れてから、ウルトラマンは登場しようと思った。これが本当に最後の自分の活躍になるだろうから、人々により強く印象付けたかった。この怪獣にビルの2,3個も壊してもらいたかった。 ビルの陰で怪獣の様子を伺っていると、あのサイボーグ009もいるではないか。彼も年をとって、特にメカニカル的に磨耗し動きがだいぶ鈍くなったと聞いていた。とっくに正義の味方として活躍することから引退していたはずだった。 あいつもあの弱そうな怪獣を狙っているに違いない。あいつも最後の栄光を探し続けていたのだ。 普通の人間の姿からウルトラマンが変身すると約50メートルの大きさになる。この弱そうな怪獣は20メートルぐらいしかなくて、ウルトラマンと戦うとなると、どうしてもウルトラマンが弱いものいじめをしているように見える。 これはまずいと思った。サイボーグ009は巨大化せず普通の人間と同じ程度の大きさで戦うから、この怪獣と戦ってもいかにも自分の身を危険にさらして人々を守ろうとしているように見える。このうすのろな怪獣ならサイボーグ009の本来の加速能力の半分もあれば十分に戦えそうだった。 誰かがこの怪獣に襲われているときに、サイボーグ009は出て行くつもりなのだろう。見れば見るほど、早く怪獣が人間を襲ってくれないかと待っているように見える。情けないやつだと思った。それに加え、自分の最後の手柄が横取りされるという悔しさがウルトラマンの心に殺意を芽生えさせた。 変身前で科学特捜隊のメンバーに扮しているウルトラマンは手に持つ銃の照準をサイボーグ009に定めた。
Dec 9, 2006
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地球防衛軍の首脳部は暫し悩んだ。毎週1回、怪獣が現れてウルトラマンが退治してしまうことには、地球防衛軍は眼をつぶってきた。なぜなら、多くの怪獣は宇宙から飛来してきて、ウルトラマンが調子に乗ってその怪獣を殺害したとしても、その怪獣は宇宙のどこかに群生していて絶滅することはないと考えられたからだ。しかし、今回は事情が異なる。どうもこの地底から現れた怪獣は、地球固有の生物のようである。現在の調査結果からすると、この種の怪獣が地球の地底に何匹もいて繁殖を繰り返しているとは思えなかった。つまり、この怪獣は絶滅危惧種の可能性が非常に高いのである。もう時間がない。決心しなければならない。ウルトラマンの場合、M78星雲に彼の家族が生存している。だとすると、地球防衛軍がどちらを倒すべきなのかということに対する結論は明白である。もういつウルトラマンが現れ、勝手にこの怪獣の息の根をとめてしまうかわからない。地球防衛軍は最高レベルの戦闘体制に入った。
Dec 2, 2006
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