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朝、電車に乗りながら、考えていました。意味がない・・・。全てに意味がないとしたら僕のあのときの苦しみ、悲しみとか後悔や寂しさ、傷とかぜんぶ意味がないってこと?そんなの ・・・・イヤだなあれ?いま、「イヤ」って言った?・・・・どうして?そこで気付きました。嫌いなあの思い出、触れたくない傷・・・忘れたいって失くしたいっていらないって思ってた。それさえ なければって ずっと思っていたのにでも僕はこんなにも意味を求めていた。価値があるんだって、言いたかった。意味があるんだって、大切に抱きしめていたんだ。矛盾する自分の心の行為は僕をずっと頑なに守ってくれていたけれど、同時に縛ってもいたんですね。もういいよもう痛くないもう大丈夫だから心が宝箱だとしたなら幼い頃の宝箱のように、いろんなものが入っているオトナの自分が見たらならば、懐かしいけれどいらないものもたくさん入っているみたいですね。いま、もし、もっと大切なものを見つけたならいらないものはサヨナラしていま、愛すべき大切なものを入れてあげればいいんですよね手放すべき傷、思い出、そんなものも宝箱には入っている思ったよりもたくさんたくさん入っていて、そんでそんなこと忘れちゃって、「満杯でもう入らないよ」って困っちゃってる。いらないものは、そろそろ手放そう本当は、もう、新しいものを受け取ってもいい頃だから。あたらしい自分も。
2007年03月25日
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夜の三時まで寝れなくて、掲示板でシンさんとまつりんさんがコメントをくれたのを見つけて喜んでいました。「しんさんは夜更かしなんだなぁ」と、自分と同じと思うとなんとなく嬉しかったり。3時間後の6時に目が覚めてしまいました。とはいえそれほど時間はありません。身支度を整えてご飯を食べていると出発時間が来ました。「あ、そろそろ駅に行かなくては」と思った瞬間・・・偏頭痛の兆候が一気に現れました。私の偏頭痛は中学一年からの付き合い。視界に白いものが現れます、それはテレビの「ザザーッ」という砂嵐にソックリで、時間と共に進行して、最後は視界を全て塞ぎます。そこまでいったらもう、目が見えない吐き気頭痛で、歩くこともできず、一日中苦痛で七転八倒します。近年はマッサージによって軽減できるので大事には至りません。(自分でやります)今日もそうでしたが「なんでこのタイミングで?」と思いました。そうまでして行きたくないの?まるで自分の覚悟が試されているように感じました。今日、参加しないなんて考えられないことでした。視界が見えなくなる前に、電車に乗ってしまうしかない。そう決心した私は全速力で駅へ向かい電車に飛び乗り、ホッカイロで目を温めながら、マッサージとストレッチをして車中を過ごしました。なんとか進行をとめることに成功して、ほっとしたときに目的地に着きました。軽い頭痛で済んだことに感謝しました。メンバーが全員集まって、話が始まった瞬間今度はスゴイ勢いで視界が砂嵐に侵されていきました。この進行スピードは経験がありません。どうしようホッカイロで目を温めてみることしかできません。吐き気も強くなってきました。しかし、退席するなんて絶対にしたくない!今日までこの日のために頑張ってきたんだ。全てを受け取りたい。ひとり葛藤していました。でも、このブロックは長くは続きませんでした。四人のグループになって表現し始めたとき、視界が正常に戻っていくのが分かりました。今までの人生で、砂嵐が視界を侵し始めたらどんなことをしてもダメージは覚悟しなくてはいけませんでした。しかし、今回は、霧が晴れるように回復したのです。しかも治療などの行為もせずに回復するなんてありえないことでした。私はこれは、ブロックだったのだと思います。覚悟を試していたのだとも思いました。そしてこの日 学んだことは、今までの人生の意味を覆すものでした。
2007年03月24日
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少し前の夢なのですが、なにか興味深い印象があるので書いておきます。とても広大な敷地を持つ近代的な大学でしょうか若い人たちが沢山いる学び舎でしょうかそんなところにいる自分がいました。私もその大学の学生みたいでした。沢山の学生が学生生活を楽しんでいるようでした。私の知り合いはバイトなのかみんな帰ってしまって私は一人でした。時間は夕方のようで、私も帰ろうと歩いていました。噴水の真ん中にガラス張りで正方形の建物があって、そこを歩いて通り過ぎようとしたら丁度作動の時間なのかガラスが動き出して閉じ込められてしまいました。天井も降りてきて「ヤバイッ」と思いました。そういえば以前もこうやって閉じ込められて天井に押しつぶされたことがあると思いました。それは今思えば別の夢で体験したことだったのですが(笑)つまり私は二回夢で天井に押しつぶされる体験をしたわけで。しかし今回はガラス張りの建物そのものが変形していきます。隙間を見つけて外に逃げました。外では警備員のような人が立っていました。みると変形したガラスの建物は遊園地のアトラクションになっていました。それを楽しむために並んだ学生たちもいます。中にはいつの間にかシートまで。ひとで満席になったそれは電子音の合図と共に動き出し、楽しそうな歓声が聞こえてきました。私は彼女と約束があったのを思い出して急いで歩き出しました。近道しようと近くの建物の扉を開けて中に入りました。確かにこの扉を使えば、建物を抜けて出口へ行けるはずなのに・・・そこは暗い場所・・・。広さは体育館ぐらいあります。目が馴れてきたのでよく見れば、そこは巨大なお化け屋敷でした。お化け屋敷といっても遊園地にある人工的に造られた人を脅かす目的のものです。そこで私は思い出します。この大学はもともと巨大な遊園地であった土地建物を買いとって建てられたものであることを。そして学生が楽しめそうな施設や有益なものはなるべくそのまま利用できるように残したのでした。このお化け屋敷も、遊園地にある怖いものを一箇所に全て集めてできた施設だったのです。大学として再出発した当初は、学生の娯楽施設として使っていたのだか、年月が経つにつれ学生たちの興味も薄れてしまい、それまでいた管理人もいなくなり、放置されたままになっているのでした。しかし、巨大な大学であるために、電源だけは入ったまま。今もシステムは稼動し続け、人を驚かすために造られたはずのそれらは忘れ去られて訪れる人を待っている状態だったのです。私が入ってきた扉は、もう開きません。入り口は出口ではないからです。このどこかにある出口を探さなくてはいけません。おどろおどろしい電子音がいたるところで鳴っています。悲鳴、お経、突然の雷、光、音楽。そう、これらは人を恐怖に陥れるためだけに造られたものだからです。出口を探さなくては出られません。助けを呼ぶこともできません。ここは数年前から人がいないから。非常出口もわかりません。入り口から入って 出口から出る ただそのルールと人間がきたら恐怖させるシステムだけがいま私と世界にある唯一絶対のものでした。暗い緑、血のように赤い光、閃光暗い世界は、私が足を踏み入れるのをまってただ待って、じっと動かずにまっていました。あの黒い影はなんだろう?天井のあれは?私に分かっているのは、私があそこに近づけば、あれらは全力で私を恐怖に陥れるのだろう。感情もなく、ただただ、そのために存在するモノたちだから。遊園地で聞くあの怖い音楽がいつまでもいつまでも流れています。いったい何年間、こうやって人を待ち続けていたのだろうか。誰もいないこの数年間もずっとこうやってこの時間が流れていたのだろうか。なんだか、悲しいような、そのシステムに、寒さを感じました。頼る人はいない、そういう現実が私を決心させました。うっすらとしか見えない空間の中で目を凝らします。どうやら入り口が三つあるようでした。どれもお化け屋敷のシステムのさらなる入り口なのは確実です。しかしこのどれか一つが、出口につながるのです。サービス満点の空間(笑)なので、歩くだけでセンサーに反応して化け物たちが動き出します。恐る恐る歩を進めると、どこかで作動音が聞こえました。なにかが動き始めた合図です。モーターの駆動音で天井に見えていた何かが降りてくるのが分かりました。それは2mほどの巨大な蜘蛛の化け物でした。私は鉄格子に貼り付けてあった地図を見つけました。見ると一番左の入り口が、出口につながるようでした。良かった・・・ほかの二つに入っていたら、またここに戻ってくることになっていたからです。左に歩を進めました。誰もいない、知らない場所あれらは全部、ただの機械なんだ!プログラムなんだ!そう自分に言い聞かせ続けました。暗闇で突然 視界に現れる人間のようなカタチあの曲がり角の向こうには、今度はなにがあるのかなにがあっても先に進まなくてはいけない分かっているのは、この先に、この壁の向こうに、曲がり角の向こうに絶対何かあるってことだけ。そのためだけに造られた【場】だから。新しいモノ、古いモノなかには、メンテナンスがされていないために、電灯が切れてしまっているもの壊れているものうまく動かないもの照明が切れているので「ガタン」という音と気配しかわからないものそんなものもありました。わたしが今日、ここを通るまで、きっと人を待ち続けていたのでしょういや、プログラムなので待っていたという感情もないのでしょうけれど、脅かすために造られて、造ったひともその存在を忘れてしまって、それでもそのために動き続けるモノ。誰もいなくても。一つ思ったことがありました。これらがどんなことをしようとも私がそれらを受け取らなければ、いいのだということ。恐怖を与えられたのではなくて、それはただの現象でしかなくてモノが動いたに過ぎないのだから。恐怖に結びつけてしまう自分がそこにいるだけ。本当は、なにも怖いことは存在しない。そう思ったら、怖さがドンドン薄くなっていくのが分かりました。明るい場所に出ました。そこには彼女がいました。二人でそこを出ました。そして夢は終わりました。
2007年03月23日
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今日は急転直下という感じの日でした。今までの・・・というより、私の現在の人生の立ち居地が、油断した私に一気に襲いかかって来たように感じる日でした。学んだことも生かせずに、どうしても揺れる心に翻弄されてしまいました。現実も厳しくて。結果、自分の中で以前から考えていた「もし、最悪であったなら、最終的にはこうするしかないか~」と思っていた選択肢を選ぶしかありませんでした。楽観的だったのか、他の選択肢はアッサリ消えてしまいました。最低限、ギリギリ、の状況を進んでいくしかないみたいです。落胆しながら町を歩いていて思いました。今まで見ないようにしてきたけれど、これが私の、本当の世界。私が今まで生きてきた世界観、コミュニティ。僕はまだここにいるんだ。生々しく、厳しく、自分の立ち居地を再確認させられました。そんな自分に・・・帰りの電車の中で、悔しくて涙が出そうになって我慢しました。不甲斐ない自分に。私の本当の、本当のブロックは今日から始まったようです。先月のブロックなんか、ブロックじゃなかった。そう思いました。一通り落ち込んだけれど、自分は変わるんだ人生を変えるんだ。石に噛り付いてでも、進むんだ。そう思いました。今がゼロなら明日一歩、あさって一歩今はそれでいい。この現実が、今の自分がいる場所を自覚させてくれたのだからきっと、これも必要なプロセス「絶対に自分を変えるんだ」今までで一番強く思った日だから。きっと必要なプロセスそう信じています。
2007年03月15日
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今朝は不思議なほど落ち着いて目が覚めました。いつもの朝は、目覚めた瞬間に「やらねば、でも不安」が湧き上がってきていました。今日は、「やってもいいかも」と思う自分がいて、不思議でした。ギリギリで決断する癖がまた出てきたのでしょうか(笑)ギリギリが私の心を決めさせたのかそれともこのタイミングが最適だったのかまだ、私のレベルでは分かりません^^前もって予定通りに余裕を持って進める人をスゴイと思います。悩み悩んでギリギリで決断、一気に行動という私のパターンはいまだ健在のようです。まあ、それでも今まではしっかり結果を出せたので良いといえば良かったけれどそろそろ卒業したいなと思っていました^^でも、この心の落ち着き様は、自分でも驚いています。昨日までは不安でしょうがなかったんですが・・・。ギリギリだから落ち着くのか?それとも・・・本当に一番良いタイミングってこと?不器用な自分の心。持ち主の私すら分かっていない秘密がありそうです(笑)もっと感じてあげる必要がありそうです。今朝、心穏やかである理由であるかどうか定かではありませんが、昨日思ったことがあるので書いてみます。_______________________用事があって、駅前にいました。たまたま目に入った、雑誌の表紙に「3年」という言葉が書いてありました。ふと思いました。「三年後はなにをしているだろう 三年後はどこに立っているだろう ちゃんとやれているのかな 」頭の中で、今の自分から三年後の自分を、なんとなく思い浮かべました。と同時に、今までの人生の流れを感じていました。そしたらなんとなくですが こんなふうに思いました。僕は、最近、人生のステップを踏み出したんだなって。今までで最高に勇気が必要だったけど、それほど明確で力強い一歩。ちゃんと前に進んでいるんだ・・・。それは心のどこかにあるかもといった不安定なものではなくて、しっかりした確信のようなものを感じました。きっと最高のプロセスを進んでいる。三年後、三年後にきっと最高の自分になっている。だから、今は一歩で良い。しっかり歩いていこう。そう感じたら、今までの不安が すーっと薄くなって行くのを感じました。昨日はそんなことがありました。
2007年03月14日
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昨日の日記のことです。最後の言葉が書き出されたとき。自分で驚いていました。こんな言葉を書くつもりがなかったからです。つもりがないどころか、頭の隅にもなく・・・。思考とは関係なく、手が動き、最後の言葉を書き上げました。私はただ、驚いて見つめていました。どうして僕はこの言葉を表現したのかなにを伝えようとしているのかそれが理解できたときガツンッ と頭を殴られたようなショックとそれからしばらくは冷たい水をぶっ掛けられたようでした。でも、この腑に落ちた感覚は・・・やはりそうなんだと思います。私が自分でも気付いていなかった部分が、そこにありました。
2007年03月13日
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先日から感じるこの感覚は未来に対する不安・・・なのかと思っていました。でも、この苦しさは・・・もしかしたら期待?期待からきている?たぶんそうなんです期待から、たくさんの罪を作っているような気がします。罪を作って自分を責めているんです。無意識に痛みを避けることで未来に避けなければいけない痛みがあることを決めてしまっている。痛みを避けている自分をみて、無意識に罪を感じ、自分を責めるという罰を与えたいのかもしれない。怖がりの自分が嫌いで認められなくて。でも、それも執着なのかもしれません。期待のなかで壁を乗り越えられる、乗り越えられないと壁に依存するのも痛みを避けていると痛みに依存することも自分を責めて罰を与えて罰に依存することもそもそもが・・・そもそもが僕の期待通り
2007年03月12日
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今、物事を進展させなきゃいけない状況にいます。この前、とてもとても大きな事を学んだけれど。学んだことをが身についている実感をなくしてしまってまた以前と同じ選択をしているんじゃないかって同じ選択をしてしまうんじゃないかって怖がっている自分がいました。感じたことが直感なのか、どうなのか、まだ分からなくて(信頼できない?)でも、日々、生きていくことのなかで、選択は迫られることの連続。問題を解決したくて悩んだり、はたまた鼓舞してみたり・・・。そんななか、ふと穏やかになれる言葉に出会いました。それは『今の瞬間・・・』約二年前に読んだこの言葉をさっき見つけました。いつか始めるんじゃなく今この瞬間からってこと?あ・・・そうか、結局、あの日、最後にもらったあの言葉に集約されるんだ。なんて深い言葉だったんだろう。『前に進める』傷が癒されるときを正解が分かる(間違わないと確信する)ときを待つのではなくて。準備してるんではなくて。言い換えれば 待たなくていいんだって許して今この瞬間にそうする。そういうことだったんじゃないかって、今は思っています。だから、そうしてみます^^揺れながらでも前に進んでいると信じて。それに・・・以前と同じことをやっても、今の自分なら、きっと違う結果になるかもしれない、もし同じ結果なら、痛みを感じることでステップが明確になるかもしれないいまの出来事も、迷いも、きっと必要なプロセスですから。
2007年03月11日
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やればいい前に進めばいいどんなに怖くても大丈夫どうせ死にはしない(笑)そう思ったら、ちょっとだけ怖くないかな^^最初の一歩♪
2007年03月10日
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朝、飛び上がるほど嬉しいことがありました。自分で驚くくらい喜びを表現していました(一人で 笑)しかし、時間が経つにつれ冷静になり。夕方・・・よくよく考えてみたら・・・私の勘違いというオチそれが分かったとき、そんな自分が恥ずかしいと思うと同時に私がいかに他者の目を気にして一喜一憂しているのか実感しました。少しは自分らしくいけてるかな?と思ってきていたのですが全然・・・(笑)こんなことが起こると昔は「俺ってダメだなぁ」って自分を責めたりしたのですが今日は不思議と「ああ、そうか、今の自分はそうなんだな」って思ったら力がストンと抜けてしまいました。「ということは、想像だけであれだけ大喜びしたのか」と考えたらそんな自分が、可笑しくて笑ってしまいました。
2007年03月04日
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最近の私は、変わらなきゃ意味がないそう思っていました。素晴らしい表現をする人学びをスゴイ勢いで吸収していく人そんな人たちを目の当たりにして『いいなぁ、あんな人になれたらな。』なんて思っていました。私の憧れなんでしょうね。ニュートラルの自分なんて まだ未知の存在で行動をするたびに「あれ?これって偏ってるかも」と不安になったりして『あ~もう!正解はどこにあるのさっ!!』なんて自分に怒ったりします。今まで生きてきた 私の世界と 私の常識 があって、最近、それがグワングワン揺らぐ体験をしてしまいました。例えるなら・・・ある日突然!ジャンボジェット機のコックピットに足を踏み入れてしまったファミレス店員のような感覚でしょうか (変な例えですいません 笑)そんで、思い出すんです小学生の頃の自分が「僕はパイロットになるんです」って言っていたことを。「ああ、僕はここに来たかったんだ」って感動する。でも怖いんです。ここにいたら周りに迷惑がかかるんじゃないかって。また、なにも出来ない自分に直面してしまうんじゃないかって。「役立たず!」って思われたくないって。だって、僕は飛行機の操縦なんてしたことないから(あくまで例です 笑)。だから、僕は一所懸命、ジャンボジェットのことを知っているフリをしている。そんな感じなのかな?でもね、さっき一つ思ったんです。私が前に進むには・・・知っているフリ、分かっているフリをしていてはダメなんじゃないかって。分かった振りして操縦桿を握ってカッコつけてても、私は操縦できるようになんかならない。というか、操縦できる人には、私が操縦できないってことはバレバレ(笑)どんだけカッコつけてみたって、誤魔化せませんよね私は私の無知を、カッコ悪いところを、弱さを、この場所、この位置、このレベルから始めることを認めることが必要なのかもって思いました。でも、これって怖いっすね^^正解なんてないんですよねたとえ在ったとしても、私には まだ分かりません。それでもカッコ悪さに蓋をしても、大切なことを学び損ねちゃうってなんとなく分かるから。だから正解を演じる僕のパターン今までありがとうなるべく一人で頑張ってみます(おいおい曖昧だな)
2007年03月03日
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かなりの長文を書いたのですが、「あともうすこし~」ってところで消えてしまいました。ぐわぁ~~~ってなりました(笑)結構ショックですよね。でも、一度書いたことですので内容は覚えていました。ですので、彼女に最初から話してみました。彼女「とっても面白い内容だけど消えちゃったってことは、消えたことに意味があるんじゃない」う~ん、そうか、そうだよね書いていたことが途中で消えちゃうってこと、結構ある話みたいですね。その後の、他の方のブログなどを覗いていた時、消えてしまった内容に近いものに出会いました。有名な方の歌う歌詞の一部です『Desperado』 Eagles孤独な私もう気付いてもいい頃だこれまでずっと一人で生きてきたずっとすっと長い間自分の困りにカベを作ってきたもちろんそのわけはいろいろあったけど今の私の生き方はなぜか私を傷つけているこんなふうにしていても自分が満たされることはない私の心をなごませ満たしてくれるものは何だろうこれまでにも人の愛が得られる機会はいくらでもあったのにずっとずっとそれを拒んできた他の和訳も調べてみましたが、この訳が一番好きです^^この歌は、最近のドラマ木村拓哉主演の「華麗なる一族」で主題歌として使用されていたそうですね。EAGLESは知っていましたが、この曲は知りませんでした。以前、友人のハネコさんが好きだといっていたEAGLESの曲ってこれだったのかな書いた文は消えてしまいましたが、もっと良いものに出会えたような気がしました。『もう気付いてもいい頃だ♪』そう、私も もう気付いてもいいのかもしれないなぁなんて気づきたいなぁそう思う今日この頃です(感謝)
2007年03月01日
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