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好きなんだそっか♪『がんばってるけど うまくいかないの~』ってのが大好きなのね私 「あんたってホント好きよね~~~」私 「ええ、大好きみたいです」あ~もう!大好きだ・・・コラッ
2007年06月26日
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価値を証明したくてどれほどの心と時間を磨り減らしてきたのだろう。価値を証明したくてどれだけ傷つけてきたのだろう。無視し続けた声が今も消えずに鳴り響いている。それは叶えられなかった失意の声ではなくて諦めずに導き続けてくれている温かさだ。手を離そういまは繰り返したっていいまたつかんでまた手を離そう声はきっと人生の声かもしれないのだ。
2007年06月25日
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僕が楽しいとき僕が僕を表現しているとき僕が楽しくないとき誰かで僕を表現したいとき
2007年06月22日
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私が好きな映画「シティーオブエンジェル」こんな言葉があるのに気づきました。『感じる心を信じるんだ・・・ もっと素直に』やさしく背中を押してくれるような言葉でした。もっと素直に・・・
2007年06月22日
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ここ数日は面白いようにいろいろなことが起こります。そう、まるで試すように・・・。心がグラグラしていました。そんなときに見つけたメモ・・・。いつ作成したのかわからないけれど確かに自分が作成したものでした。『なにかを否定してないかい?』スッ・・・と心に染みていきました。うん、そうだったねありがとう。
2007年06月21日
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3歳ころのことです。おじさんの住まいに親戚一同が集まりました。私の一家は、遠く離れた場所に住んでいたので、旅の興奮と久しぶりに親戚に会える嬉しさに舞い上がっていました。昼は会話が弾み、いつのまにか夜。楽しい夕食が終わり、ゆったりとした時間が流れていました。みんなはテレビを見ながらの会話を楽しんいて、私は部屋に置いてある珍しい時計や人形をいじくることに興味津々でした。ふとテレビを見ると、洋画が放送されていました。場面は夜主人公の男性が家に帰るところでした。庭は広くて 家は白く綺麗な一階建て。窓からの温かい灯りと夕飯を作っているのであろう白い湯気が立ち上っていて、 大切な家族が男性の帰りを待っているのが分かりました。玄関から出てきた綺麗な女性が「おかえりなさい」と笑顔で迎えてキスをしました。家の中は温かい光で満たされていました。エプロン姿の彼女は 台所に立って楽しそうに料理しています。男性は彼女の後ろ姿を幸せそうに見つめていました。画面は外に切り替わりました。家の外に 怪しい男が。二人を見ています。男は家の外を 音を立てず移動しました。そして台所の床下に箱状のものを押し込んで立ち去りました。家の中では幸せな時間が続いています。男性は忘れ物をしたことを思い出しました。それは車の中。彼はキーをもって玄関を出ました。台所では女性が料理をしている後ろ姿。とても幸せそう。もうすぐ料理が出来上がります。・・・その瞬間!!!!台所は真赤な爆炎。家は爆散して火柱になりました。忘れ物を取りに行った男性は呆然として立ち尽くしています。すべては砕け散って炎につつまれていきました。家も温かい灯りも最愛のひとも全部全部全て吹っ飛んだんです。それを見ていた僕はパニックになり泣き叫びました。「あのおんなの人はどうなったの?」「あのおんなの人はどうなったの?」誰かが言いました。「死んじゃったよ」僕「ウソだ!!死んでないよ!!」死んでないよ!!死んでないよ!!あまりに大騒ぎしている僕に、ウンザリしたのでしょうね。祖母が言いました。「あの女の人は爆弾が爆発したときに腕が吹っ飛んでいったのが見えたじゃろが」「だからもう絶対死んどっとよ」あの瞬間、僕は何かを決めました。なんとなくわかりますがなんとなくわかりません。そんな記憶を思い出しました。そして、いまも 何かを決めた幼いぼくが 心のなかにいるんだなって感じています。
2007年06月20日
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寝ていましたが 蚊が飛ぶ音で目が覚めました。それからしばらく蚊を追っていました^^すっかり眠気がさめてしまったのでなんとなくテレビをつけました。映画が始まりました。テレビをつけた瞬間に映画タイトルが画面に浮かんだほどのグッドタイミングでした。そのタイミングが面白くて「これって・・・見なさいってことですかね?^^」それだけで楽しい気分になりました。内容はバンドで歌っていた若い男が将来を考え、実家の寺を継ぐために総本山に一年間の修行に行くという話でした。盗み食いはするし、隠れてケンタッキーは食べるし托鉢中にスナックに飲みに行くし、彼女とデートするしとその度バレて罰を受けるが懲りない男が主人公でした。とても面白かったです。修行も最終段階に入り、重要な儀式が行われました。それを見学に来た一般客と、多くの僧たちが見守る中でいつも厳しかったある僧に「いつも戒律を破り、先程も女人と会っていたではないか?これはいったいどういう考えがあってのことなのか?」と問われてしまいました。誰もが 彼は答えに窮するだろうと思ったのでした。しかし、彼はスッと立ち上がり微笑を浮かべてその僧の前に歩み寄りました。そして彼は言いました「あるがままなり」私はその言葉を聴いた瞬間、頭に「カツーン・・・」と音がなったように感じました。最近ずっと悩んでいたことを一言で表現された感じでした。そしてこの一言を聞くために、この映画を見たのだなって思いました。不思議ですね。
2007年06月15日
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ねえ、感情には優劣がないというのならこのキモチも表現に値するのかな。人を羨んだり、自分を蔑んだり上がってくるネガティブなキモチたちも。理解されないと諦めていた心の隙間から一人は嫌だと芽を出してくる。一つ気付いた事があるんだ。自分は特別だって思っていたこと。ううん、人より優れているとかじゃないんだ。むしろ特別に 劣っているってそうどこかで思いたいんだってことに。自分を傷つけるだけじゃないかって?そうだよね。そのイメージはどこからきたのかなって感じてみたんだ。そしたら・・・笑えるんだ。自分は「いつかどこかで見たあの人」と同じピカピカ輝く光・・・だった気がするけれど諸事情により光らない電球フィラメントが切れたのか電池切れか分からないけど。いつか見たあの人のように光る存在だったって思っているんだ。どこかで。光り輝くはずの傷ついた電球がここにある。そんなイメージだったんだ。ある人がこんな言葉をもらったんだ「あなたは光じゃない、石だよ」僕はうわぁって思ったんだ。どうしてうわぁって思ったかって?それは僕が光が良いって思ってたからだと思う。僕は僕を光を忘れた電球、そのうちキレイに光る!かもね・・・。くらいにしておきたいんだと思うよ(笑)でもね、最近僕は思ったんだ。僕も石ころなんだ・・・って。最初は悲しかったよ。だって地味だし、重いし、たくさんあるしね。それに孤独な気がしたんだ。川底に沈む可哀想な石。そう思うと悲しかった。悲しくてしょうがないから、悲しさを見つめていたんだ。そして見えてきたイメージはいままでと違ったものだった。澄み切った水。底から見える空と緑は輝いていて。流れは石を優しく撫でながら、海まで運んでくれるんだ。石は独りじゃなくていつだって流れに抱かれていることに気づけたなら、その豊かさはなにものにも変え難いんじゃないかなって。悲しい電球という思い込みを捨てて。やさしい水に包まれ 身をゆだねかわりゆく景色に感動していけるんだ。全てが満たされて、僕はここにいる。光のかわりに与えられたものは、たくさんの優しさだったんだ。水はいつだってやさしくて。ときには厳しくて。僕を運んできてくれた。出会いと一緒に。僕は感じる石ころ。どこまでも輝く風景を見続けていきたい。そしたらさ喜びも、そして胸の痛みも苦しみも特別なことではないと気づいたんだ。この痛みはきっと誰かも感じているんだ。あのひとも きっとこの痛みを癒してきたんだ。僕を癒してくれたあのひとがしてくれたように、僕も誰かの痛みを癒す日がくるのかもしれないんだ。そして前を向いて歩いていくんだね。だから 僕は石ころいまあるがままの形、そして変わっていくんだ。たまに光に憧れながら(笑)
2007年06月07日
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オーストラリアに行っているジャスティンから連絡がありました。彼は海外を飛び回っていて音信不通になることがしばしばあります。今回のオーストラリアもそうでした。なんのあてもなく突然オーストラリアへ行き農園で働いているとかニンニク工場で働いているとかどこにいるのかさっぱりわからないのです。「どこにいるの?」と聞いても「オーストラリアの東側」と漠然。そんな彼から連絡が。どうやら一旦シドニーに戻って一週間ほどすごした後帰国する予定みたいです。私 「帰国したらどうするの?」ジャスティン「またオーストラリアかも、でも他の国にも行きたいし」すごい行動力だ
2007年06月06日
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ここ最近はずっとブレていて、低下気味の日々でした。いつから始まったのだろう、どこからブレたのだろうと自問自答。そうしたら、一つの答え。「言って欲しかったことを言って貰っただけ」これはショックでした。気付きを口にしながら、本当は賞賛が欲しかったからそうしただけ。でも、無意識だったんですって、言うことが僕に出来る唯一の言い訳です。僕の無価値感が、意図を発して、結果を生み出していたようです。一連の出来事は、僕が100パーセント意図した結果そのもの。いまはそれがわかる気がします。穴があったら入りたい・・・というのが今の感情。せめて、自分に染み付いて気付かない「無価値感を感じたときの補完パターン」の一端を垣間見て認識したことを評価するしかありません。学びというなら、えらい大きな学びだけれど・・・誰かに「thinkingmanは恥ずかしくないよ^^」って言って欲しくてこれを書いているぞ(爆)こうやって自分で、無価値感パターンを暴露することで潰していくしかない(爆笑)誉めて欲しかったら「ほめてくだちゃい~」って先に言っちゃうしかないじゃないか(再爆笑)無意識(オートマチック)に無価値感を補完しようとするのを阻止するしかないじゃないか無意識を意識化に引っ張り出すしかないじゃないか!もう、泣くしかないです・・・(笑)
2007年06月03日
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たくさんのことがあって終わって始まっていまは、ネガな感情が上がってきています。でも、いまは感じてほしい。そんなふうに自分に聞いています・・・。
2007年06月01日
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