サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.01.30
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カテゴリ: 文学
 宮廷内部のいわば私的生活を、こまごまと仔細に描くことが、そのまま当時の権力のしくみをあぶり出し、またそのしくみが、宮廷に依拠し伺候する女たちや、その一族の生活や運命を描くことになるという視点は、当時のこの物語の主たる読者層であった女房社会では、もっとも関心高くかつ切実な話題であったでしょう。
 その方法として、彼女は宮廷社会を上から下まで自由に飛びまわり、かつ誰もそれを止めることができないというキャラクターを設定することで、実現しようとしたかのように思われます。

 しかし、それはたんに並々の女なら手当たり次第という、好色一代物語ではなく、厳密に相手は選抜されているので、
― かうやうに、例に違える、わづらはしさに、かならず、心かゝる御癖にて… ― 「賢木」(山岸徳平校注 岩波文庫)
とは、六条御息所の息女である斎宮の女御に、懸想する光源氏を描いたときの記述ですが、元の斎宮(伊勢神宮に仕える皇女巫女)であり、新帝の后であるというような、「例に違える」事例(ハードルが高い相手)には、かならず好色を催すという性格づけは、世間一般が「およしなさい」と止める(禁止する)相手にこそ懸想する、という意味で、彼の重要なキャラクターなのです。
 というわけで、「藤壺」との密通という天下第一の禁止を最初に飛び越えることによって、彼は希代のヒーローとなりえたのでした。やっぱりこの本来冒頭に描かれるべき決定的シーンがないというのはおかしいでしょう。爾後のエピソードは、いわばこの冒頭シーンの同義反復といっていいので、さながら宮廷内オデュッセイの観を呈します。

 しかし禁止のハードルが高ければ高いほど、ますます思いが募るという、光源氏の英雄的性格像は、同時に男と女の性の深遠を、彼女に見つめさせることにもなりました。セックスには禁止や不快感が、大きければ大きいほど、逆に大きな満足を得られる(かもしれない)という生物生理的矛盾が、本来内包されており、彼女はここでもまた科学的知見がない時代であったのも拘わらず、ある程度正確にそのあたりの性の深遠を見究めていたかに思われます。
 科学的知見とは、つまり個体としての生き物は本来異物を峻別し、外部と内部を厳密に区別することによって、その生命機能を維持しているのですが、セックスの場面においてのみ個体は外部に向かって開く、異物を受け入れることによって有限である個体の限界を乗り越えて、種全体の生存をはかっている、ということなのですが、そのときに起る性的快感というのは、日常的理性の統御する大脳系ではなく、はるか原始脳から発せられる快感物質(β-エンドルフィン)による一種の脳内麻薬作用で、マラソン選手のいわゆるランナーズハイ現象などと共通する作用です。そこでは苦痛や努力の歩幅が大きければ大きいほど、満足度も達成感も大きい(という感覚に陥る)。
 光源氏が手出し無用の困難な相手にぶつかったとき、彼の思考回路は瞬時に大脳から、制御不能な原始脳に切り換わるので、彼自身それを分かっていても押し止めることができない。この人間の内部に潜む制御不能な信号を、彼女はどのようにして感じ取ったのか。それを看てとるに好い例が、はじめのほう「帚木」と「空蝉」のヒロイン空蝉にみることができます。

― つづく ―





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Last updated  2009.01.30 11:50:49
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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