サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.01.31
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カテゴリ: 文学
 「空蝉」とは、「帚木」の帖の前半に描かれる例の「雨夜の品定め」で、好き者たちの「中の品の女」談議に刺激された光源氏が、最初に手を出す受領の後妻のことで、彼から見れば取るに足らない階級の女なのですが、結局手痛いしっぺ返しを喰らうという話で、短編として読んでもとても面白い。
 いわば、ヨン様とかブラピのような天上の光り輝く貴公子が、しがない受領(しかも夫は単身赴任で家にいない)の妻に言い寄る構図で、最初からつりあわない相手であることは「空蝉」は百も承知。それでももとは中流貴族の出で、内心初老の夫の後妻であるわが身を情けなくも思い、光源氏にゆれる気持ちがある自分に気づく。ここに早くも寂聴さん云うところの「精神」と「肉体」の乖離というテーマが現われているのですが、私に言わせればこれは「精神」と「肉体」ではなく、「大脳」と「原始脳」の問題。

 ここで大事なのはいわゆる没落貴族であっても、高い教養と矜持を彼女が有していることで、もし設定が成り上がりの受領の妻ならば、「空蝉」にことさらな階級差の意識は上ってこなかったであろうということです(成り上がりの妻ならば、源氏の愛をへりくだりながらも、甘んじて積極的に受け入れたでしょう)。彼女の聡明さとか気丈さは、弟の小君に対する指示のしかたによく現われているので、言い寄る源氏に小君を介して「ああ言いなさい、こう言いなさい」「こう言って断りなさい」「ああ言って、会えないことにしなさい」などなど、姉というより母親のような指図ぶりです。
 対する源氏は小君を手元に引き取って、いわば「人妻落とし」のために彼を利用する。うまくいかないと小君を責める。「何とかしてくれ」と姉のところに赴くと、こんどは姉から怒られる、という仕儀で、それぞれの人物配置や語り口が冴えていて、最後はふられた光源氏が、小君に
― 「よし、あこだに、な捨てそ(お前は、私を捨てるなよ)」 ― 同上
と何となくユーモラスな感じが読後感として残ります。

 ダメだと分かっていても、一度でも契りをかわしてしまった我が身体のなかに、源氏を求める信号が点滅する。この存在を認め、それを記述しようとした紫式部というのは、やはりたんなる文学的天才女性ではなく、結婚し出産も経て、夫と死に別れるという、人生一般の経験をしてから、物語を書き出したというのが大事だと思うのです。さらに言えば、たぶん 結婚し出産した女でなければ、分からないだろう女の身体感覚 というものを、自身の体験と女房社会の女たちに対する怜悧な観察で、とことん見究めてみようという強い意志があったのではないか。
 はじめに光源氏の興味の対象は「年上貴婦人」というような話をしましたが、よく考えてみると、主人公が17歳前後であることを考えてみれば、恋の遍歴の相手はおのずから年上にならざるを得ないので、もう少し突っ込んで言うなら「空蝉」に限らず、あとに続く「夕顔」や、前後する「六条御安所」「藤壺」などなど、すべて相手は すでに男を知っている女たち だということです。
 もちろん具体的な記述はないにしても、光源氏が手近な若い女房たちにかたっぱしから手を出していたであろうことは、頭の中将などとの若気の至りの競い合いで容易に想像されるのですが、紫式部が文章に書き記すに値すると判断したものは、そうしたドンファン物語ではなくて、成熟した女の身体感覚から感じ取れる、大脳と原始脳の乖離の感覚だったのではないか、人によってはこれを「女は子宮で、ものを考える」というような言いかたをされますが…。

― つづく ―





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Last updated  2009.01.31 17:25:03
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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