サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.03.09
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カテゴリ: 文学
 紫式部の性格を推し測るうえで、清少納言は比較するに格好の人物として、いつも取り上げられるのですが、これは別に清少納言を貶めることにはならないでしょう。紫式部には、そうした無防備さは、ここから先もなくて、自分の人生や内心を探られないように、おそらく意図的に完全にベールで覆おうとしたかとも思われます。しかし「紫式部日記」があるじゃないか、といわれそうですが、これは宮廷日録のような質のもので、何かにつけて「私は~と思う」というように、「我」がすぐ顔を出す清少納言の随筆とはまるきり性格が違いますね。

 こうした韜晦(とうかい、自分の本心や才能・地位などをつつみ隠すこと)癖は、父の藤原為時の知的性向と教育にもあったのでしょうが、娘時代から兄を上回る才能に注目されながら、為時はそれが必ずしも当時の社会で、女の幸福に繋がらないことをよく知っていたのでした。
 とはいえ娘時代には比較的自由に、男の素養とされた漢詩・漢文や日本紀などに触れる機会があったのは、当時の女性としてはきわめて珍しいことであったでしょう。この父は娘に本を読む自由を与える代わり、繰り返し物事を知りすぎることの危うさや、世間を立ち回っていく場合の困難さを、我が身の苦労になぞらえて教え諭したかと思われます。あるいは東宮の副侍読を務めて式部大丞まで出世しながら、帝の退位で散位して10年間、越前の受領に任官するまで、苦労した父の背中から嗅ぎ取るものが、彼女にはあったのかもしれません。

 しかし彼女の娘時代から、当時としては比較的遅かった結婚出産までの時期が、中間貴族階級の社会的身分の不安定という当時の時代的状況から敷衍して、まるきり暗く鬱屈した人生であるかのように思うのは早計で、同じような境遇の女たちは彼女のほかにも数多くいたのです。
 小倉百人一首の
― めぐりあひて 見しやそれとも わかぬまに 雲がくれにし 夜半の月かな ―
という歌も、娘時代に親友として付き合っていた女友達との、つかのまの再会と別れを謳ったものとされ、彼女特有の屈託はここにはありません。新婚時代の父ほども年の離れた夫、藤原宣孝をからかった歌にも人生的な内省性などなくて、あっけらかんとした印象だというのは、山本淳子さんの指摘されるところでした。

 したがって、宣孝との結婚が(多少年上過ぎるということは別として)、そのまま平穏に過ぎて行ったのであれば、いくら彼女に文章や和歌に秀でた才能があったとはいえ、世界に冠たる長編小説を書くに到るというような話にはならなかったはずで、彼女の名は歴史の中にたちまち埋もれていったことでしょう。
 というわけで、やはり彼女の人生的な最初の転機というのは、結婚二年ほどの宣孝の急死に始まると言っていいのではないかと思います。当時すでに彼女は一女・賢子をもうけていましたが、一歳の赤子を抱えての夫との死別というのは、ごく一般的に見てもかなりのダメージであったと想像されるのですが、それから中宮彰子の女房兼家庭教師役として仕えるまでの、七年ほどのあいだに何があったのか?
 しかしこれもまた、傍証資料などであれこれ想像するよりも、彼女の書いたものを読みながら推測していったほうが、実体からかけ離れていくということがないように思われるので、ふたたび本文の「源氏物語」に舞い戻っていかざるをえません。

― つづく ―





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Last updated  2009.03.09 11:04:12
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
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