サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.03.06
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カテゴリ: 文学
 紫式部の文章は、つねに両義性(どっちとも読める文体)を孕んでいるので、これは話し上手の条件の一つとも言えるのかもしれません。早い話、推理小説は文章の両義性で成り立っているようなもので、一義的なら犯人は最初から分かってしまう(物話は最初から成り立ちません)。よく考えてみると日本で最初に発生した韻文、和歌もまた両義性の文学で、掛け言葉や本歌取りといった手法がなければ、これもまた成り立ちません。そして彼女は言うまでもなく和歌の名手でもありました。
 枕草子の清少納言が、和歌が苦手といわれ、また彼女が物語ではなく「随筆」に卓越した冴えを見せたのは、紛れもなく彼女の文章が、明晰な一義的文脈に貫かれているからで、この文体は和歌にも物語にも向かないでしょう。

 紫式部の文体の両義性という持ち味は、どこから生まれてきたものでしょうか。
 話し上手というのは、意地悪い言いかたをすれば、ウソが上手という見かたもできて、今はやりの「オレオレ詐欺」も、あるようなないようなもっともらしい話で、相手を 心理的に追い詰めていく 。騙されたお母さんが「ウソでもいいから振り込ませてくれ」と銀行員に懇願したというのは、この心理の局面を代表するもので、このお母さんは追い詰められた自分から、お金を振り込むことで 心理的に開放されたい のです(その際、息子を助けるとか、かわいそうというのは、実は二の次なので、そばから見ていて「何で騙されるんやろ」と思う大半の人が、この点を見逃しています。だから「私は絶対、そんなことでダマされへん!」と思っているお母さんが、一番危ない)。

 宮廷に伺候するときに、彼女が漢字の「一」の字も読めないふりをした、という有名な話は、おおいに暗示的で、清少納言が何かにつけて自己顕示的であったのと対照的ですね。彼女は 自分を隠しおおす必要を、何か内心に大きく抱えていた ようで、それは「源氏物語」の高い名声に比べて、彼女にかんする逸話がごく少なく、さらに彼女の生涯が薄ぼやけている(生没年もハッキリしない)のに照応しています。

 これまた清少納言が、自分の触れたくないことはちっとも書いていないにもかかわらず、 書くという行為自体が、彼女自身を自からドラマティックに、露呈させてしまう のと対照的ですね。
 清少納言は清原元輔という傍系の貴族の娘で、この元輔という父が、「葵祭り」の折に落馬して冠がとれ、禿げ頭を光らせて、それでもどこ吹く風といったふうで、歩いて行ったという逸話が、今昔物語に伝えられているように、この人は宮中ではヲコ系の人として知られていたようです。伺候するためには自分の形ありさまが哂われるのも厭わなかった、という傍系貴族の悲哀のようなものは、清少納言の娘心を深く傷つけるものがあっただろう、というのは西郷さんの指摘されるところです。
 枕草子中、有名な「すさまじきもの」のなかの「除目に司得ぬ人の家」や「大進生昌が家に」など、「ヲカシ」の精神で昇進にかからなかった一族の様子や、小役人生昌(なりまさ)の家に中宮定子が寄宿した折に、小心な生昌をさんざんにからかって、悦に入っている彼女をみていると、「除目…」のほうは恐らく仕官運動に苦労した父の記憶があっただろうし、「大進生昌…」のほうは中宮定子が藤原方の彰子勢に圧されて、宮中を離れた折のことだけに、何とかして定子勢を元気づけようとする彼女の孤軍奮闘ぶりがひとり目立って、かえって辛いところがあるのです。
 清少納言は当時からユニークな女性として注目されていたようで、定子が不本意なまま若死にし、彼女が宮中を去って落剥したあとの逸話や噂話が、いろいろ伝えられているというのも、その行動や言動が期せずして、ことごとくゴシップ的な話題になってしまう、というある種の人物性格の典型を成しているからでしょう(今でも脇からの攻撃にまったく無防備で、その結果本人が意識せずとも、やることなすこと喜劇的にみえる人というのはいますね)。
 要は、彼女は自己を 対自化(客観的に見る) する、という習慣をいっさい持たなかった人なので、内省性などとというのは、彼女の発想からはもっとも縁遠いことがらなのでした。それをして世に稀なほど、一義的で明晰な彼女の文章が生まれたのです。

― つづく ―





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Last updated  2009.03.06 11:23:23
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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