サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.06.11
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カテゴリ: クラシック
辻井伸行というピアニスト
 「源氏物語」の話の途中ですが、またまた天才が出てきたので、今の私の印象を話しましょう。私としては一年ほど前の神尾真由子と同種類の興味があって、この「盲目のピアニスト」を見ているわけですが、Van Cliburn国際ピアノコンクールで優勝したことで、にわかに注目が集まっています。
 かつて彼が天才と騒がれたときに、私はたんに盲目であるというマスコミ受けのする話題性とは別に、彼にかんしては、むしろ眼が見えないことが、とりあえず彼の音楽にはプラスに働いているんだろうと思っていました。音楽にとって視覚とはいったい何なのかということです。もう少し言うと、音楽芸術というのが、視覚とか言語とかとの関係でどういう位置づけにあるのか、ということを考えていったときに、逆に眼が見えないということが、ヒトと音楽の関係性をある面で(全部ではありません)、明らかにすることがあるのではないか、というようなことをあれこれ例によって詮索していたのです。

 図式的にいうと、クラシック音楽とは楽譜という視覚言語を媒介にしないと、本来音楽は立ち現われてこないのですが、聴く側の立場に立てば、私たちは楽譜の介在をまったく意識することなく、音楽を聴いています。では私たちはまったく視覚を捨像して、音楽を聴いているかというと、どうもそうではないらしい。かつてはLPレコードとかカセットテープとか、基本的に視覚を介さずに聴くというのが、音楽鑑賞の主たる享受方法で、私などもそれでとてつもなく大きな空想を描いたりしていたクチですが、ここ最近になってライブ演奏の魅力を知ってからは、むしろクラシック音楽といえども積極的に見る芸術ではないか、と思うようになっています。
 前にも触れたことがありますが、ライブとはそのつど演奏者と聴衆との一回かぎりの共有の現場であって、それはその場にいる人同士にしか享受できない、かけがえのない時間感覚の味があるのです。そしてその中には、抽象的に空中に立ち現われてくる音ではなくて、げんに生身の人間が生み出している音であって、まさしくそれは見守っていないと、すべてを聴きとどけることができません。ヘンな話ですが、私は演奏会場でずうっと目を閉じて聴いている人が信じられないのです(まあ、これは好き好きですが)。

 神尾のヴァイオリンが神尾真由子の姿で立ち現われるように、辻井伸行のピアノも辻井の風景によってしか聴くことはできないのです。しかしここに眼の見えない演奏家がいるわけで、私たちはどうしてもまた視覚を捨像した音楽とは何なんだ、という命題に突き当たらざるをえません。

 ところで彼が本選で選んだ曲というのが、べートーヴェンのピアノソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」のそれも第4楽章だった由で、前にも書きましたが、これは聴覚を失った晩年のべートーヴェンが書いた難曲中の難曲で、とくに第4楽章の長大なフーガは聴覚的というよりは、あきらかに譜面上の視覚的美観で書かれたのではないか、と思わせる部分があり、ずいぶん辻井さんは思い切った選曲をしたものだと思ったものです。
 彼は「同じ障害者としての音楽を弾いてみたかった」とか、おっしゃっていたみたいですが、視覚障害が何だ、聴覚障害が何だ、という気分で取り上げられたのであれば、まさしくアッパレということになります(ただしそれと音楽の出来とは別で、それでも耳ざわりの好い向こう受けのする曲なんか弾きませんよ、という気概がエライと思う)。私など素人ながら、できれば第3楽章の長大な緩除楽章を、ぜひとも聴いてみたいと思うたちです。

 彼の音楽の特徴とか個性とかを話するのは、神尾さんもそうですが、まだまだ早い。二人に共通するのは卓越した技巧と、驚くほど明晰な音の粒立ちで、こればかりは誰も真似できない、というより生得のものといえるでしょう(もちろんものすごい努力があってのことですが)。くれぐれも望むべくは、例によって妙なマスコミの騒ぎに巻き込まれて、一回限りのシンデレラボーイにはなって欲しくないな、ということです(皮肉にもクライバーン自身そうした運命になってしまいましたね。天才と謳われながら巨匠とか大家になれなかった芸術家は何人もいるのです)。放っておいても日本でも(おそらくアメリカでも)「盲目の天才ピアニスト」という、退屈なレッテルが張り付いて離れないでしょうが、成し得るならばクラシック音楽のピアノ的美観の内奥を、どんどん深掘りしていって欲しいと願うばかりです(その意味では彼の本当の試練は、今始まったと言えるかもしれません。もちろん彼自身そのあたりは充分意識しているでしょうが、勲章をもらうということは同時に、天才ゆえの重い義務を課せられたということです)。
 それこそが音楽芸術と視覚言語世界の関係性を明らかにする、たぶん唯一の道であり、真の意味で一般人と視覚障害者とを結ぶ、本当の道を開くことなると思うからです。
 何だか難しい話になってしまいました、すいません。





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Last updated  2009.06.11 15:08:54
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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