サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.06.17
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カテゴリ: 文学
 ある程度名声が確立した後、側仕えの書写その他の女房たちが、さまざまに感想を述べ合い、中味にかんする質問もあり、さらには口さがない道長(彼女は結構、道長の手腕を認めていた節がありますね)が、いろいろ意見を言ったであろうことは容易に想像がつくので、それに対して彼女はどう対処したのだろうか、ということを考えた場合、校正とか書き直しが出来なかったとすれば、取り得る方法としては、もとのすでに公けにした話のあいだに挿み込むしかなかったのではないか。
 当初の構想はともかくとして、途中から出てきたそうしたさまざまな感想や意見を物語に反映させていくのは、彼女の処世として当然あったであろうし、むしろそちらで評判をとるケースもあったのではないか、と思うのです。
 b系と言われる並びの巻とは、そういう意味で周囲の読者の声から出てきた物語とも見えなくはないので、例えば「帚木」の冒頭長々と語られる有名な「雨夜の品定め」の中味や、「空蝉」「夕顔」に描かれる男の失敗談など、おしゃべり道長の夜床の自慢話などを、おおいに参考にしたであろうと、やはり想像してしまいますね。
 どうしても男の生理の感覚でないと、分からないだろうという記述があるのです(これは前にも触れました)。ちょっと堅い語り出しの「桐壺」のあと、いきなり具体的記述に富んで、文章が跳ねている「帚木」「空蝉」「夕顔」を読むと、そのあとの「若紫」以下が少し堅い感じがするのは、この三つの巻には恰好の取材源があったからだろうと思えるのです(この中には、道長の話だけでなく、紫式部自身の体験も投影されているでしょう。空蝉で描かれた女の心理もまた、きわめて具体的なのです)。

 しかしそれら周囲の声が、すべてうまく紫式部の想像力にフィットするということは、もちろんなくて一生懸命書いても、どうしてもうまく収まらないケースも出てくる。前回あげた「蓬生」や「関屋」の帖など、まさしくあらでもの物語で、繰り返しになりますが、たぶん周囲の女御たちから「空蝉はどうなった」とか「末摘花でもう一回笑わせて」という声があって、止む負えず挿入した、そういう感じがするのです。
 しかしそういう流れで出来上がった今あるこの物語が、では源氏物語は宮廷女房や道長たちとの合作か、というと、そうではないということも、これまでの話で明らかでしょう。
 要するに個人の意識も権利意識もまったく異なった千年前の宮廷社会に、今どきと同じきわめて独立性の高い芸術性を持ち込んだら、本当の源氏物語は見えてこないと思うのです。
 ということで、本文に戻りますと、

―  前斎宮の、御まゐりの事、中宮の、御心に入れて、もよほし聞こえ給ふ。「こまかなる御とぶらひまで、とりたてたる御後見もなし」と、おぼしやれど、大殿は、院にもきこしめさむ事を、憚り給ひて、二条院に渡したてまつらん事をも、このたびは思しとまりて、たゞ、知らず顔にもてなし給へれど、大方の事どもはとりもちて、親めき聞こえ給ふ。 ― (山岸徳平校注、岩波文庫)

 前斎宮の、御入内のことは、藤壺の女院も、ことさらにお心なさって、ご催促なさる。「細やかな心づかいまで、して差し上げる御後見役もいないな」と、お思いになるが、源氏の大臣は、朱雀院の耳に入るのを、憚りなさって、(前斎宮を)二条の自邸にお移し申上げることは、このたびは思い止まられて、ひたすら、知らん顔をなさっているが、たいていのご用意は取り持って、親代わりのようになさっていらっしゃる。

― つづく ―





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Last updated  2009.06.17 09:49:16
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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