サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2010.01.02
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テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
― 年立ちかへる朝(あした)の空の気色、名残なく曇らぬうらゝかげさには、数ならぬ垣根のうちだに、雪間の草、若やかに色づき初め、いつしかと気色だつ霞(かすみ)に、木の芽もうちけぶり、おのづから、人の心ものびらかにぞ見ゆるかし。まして、いとゞ、玉をしける御前(おまへ)は、庭よりはじめ、見どころ多く、磨(みが)きまし給へる御方々の有様、まねびたてむも、言の葉足るまじくなむ。
 春のおとゞの御前(おまへ)、とりわきて、梅の香も、御簾(みす)のうちの匂ひに吹きまがひて、生ける仏の御国とおぼゆ。さすがに、うちとけて、安らかに住みなし給へり。 ― (山岸徳平校注、岩波文庫()筆者)

 年の改まった朝の空の様子、どこも曇りなく(晴れ渡った)うららかさというのは、取るに足りない(家の)垣根のなかでさえ、雪の間の草は、若々しく色づきはじめ、(早くも)春かと思わせる霞に(誘われて)、木の芽も萌え出でて、自然と、人の心ものびやかに見えるようである。まして、玉も敷き詰めた(かのような、六条院の)御殿は、庭をはじめとして、見どころが多く、装い凝らしていらっしゃる姫君方のご様子など、説明するのも、言葉が尽くせないほど(すばらしい)。
 春の御殿(紫の上)の御庭は、とりわけ、梅の香りが、御簾の内のお香と紛うほどで、(さながら、これこそ)この世の極楽浄土かと思われる。(上は)さすがに、くつろいで、落ち着いてお住まいになっていらっしゃる。

 まったく駘蕩(たいとう、平穏でのんびりとしているさま)とした書き出しの「初音」の帖の冒頭ですが、さすがに元旦の日ぐらいは、日頃の憂さはいったん棚上げにして、のんびりしていたいというのは、変わらぬ人の心で、紫の上も少しは落ち着いているようです。
 とはいえ「雪間の草、若やかに色づき初め、いつしかと気色だつ霞(かすみ)に、木の芽もうちけぶり … 」という早春の自然の鮮やかな点描は、昨年秋に六条院にやって来た玉鬘という新姫の鮮やかさも反映しているので、いつも以上に御殿全体が浮き浮きした(浮ついた)感じを暗示していると言えなくもない。源氏の大臣も落ち着いたもので、各姫の御殿を次々と訪れてはご機嫌を取るという具合で、まことに順風満帆、屈託するところがなく、六条院の雅びな様子が描かれて行きます。
 このあたり、新しく完成した六条の大御殿の様子と、優雅に住まう各姫君方の様子を、ことさら奇を衒うでもなく、ダラダラと描いているというのは、何かある種の読者に対して大サービスを行なっているのではないか、という気がしないでもありません。そのあたりは本文を読んでみてください。

 この「初音」から「胡蝶」「蛍」とつづく三帖というのは、この六条院にやってきた新姫をめぐっての殿上人たちの恋の鞘当てと、本来親父格であるべき光源氏の玉鬘への思い懸けを、歳時記的に季節の推移とともに描いている、ということが出来るでしょうか。
 実はここの三帖、「源氏物語」中でももっとも退屈な部分ではないか、と私は思っているのです。この場合の退屈というのは、あくまで今どきの小説的ストーリーの面白味とか、心理的な駆け引きの妙を期待した場合、という意味で、古来和歌や有職故実を重んじてきた貴族や貴種を愛する人たちは、逆にここの三帖をこの物語中もっとも良く出来ていると喧伝してきたそうです(例の鎌倉初期の歌論「無明抄」に載っているそうですが、私は読んでないので知りません)。

 だから「昔の人は源氏物語の読み方を知らない」と、大野晋氏は例の丸谷才一氏との対談(「光る源氏の物語」中公文庫)で、こき下ろされているのですが、私はかえって、そこに昔人の本音と建てまえというか、うわべはどうでもいいような帖を誉めそやしておいて、実際は御簾の内に隠れて別のところを愛でるという、はなはだひねくれた感性というのを、鎌倉以降の落剥した貴族たちは持っていたのではないか、と思ったりもしているのですが。

― つづく ―





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Last updated  2010.01.03 14:17:29
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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