サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2010.04.04
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カテゴリ: 文学
 「藤袴」の途中ですが、今朝の新聞を見ていると、林真理子女史の「六条御息所 源氏がたり」(小学館)発売の文字、以前から執筆の予告はあったのですが、どうなったのかと思っていたところが、ようやく刊行開始のようです。光源氏を六条御息所の目を通して描く、という構想の由ですが、立派な単行本で定価1,890円、しかもまだまだ続きそうな気配ですから、当分は立ち読みでガマンすることにします。
 何といったって、六条御息所!という活字を見ただけで、別に今が春だからというわけじゃなくて、むやみに血が騒ぐほうですから、何としても概要だけでも知っておきたいところではあります。やっぱりこのヒロインは今も昔も独特の魅力を発して止まないようですね。

 それにしても、先月来ちょっと話題になっている、これもなぜか同姓の林望氏による「謹訳 源氏物語」(祥伝社)1,500円も第一巻が刊行開始で、何だかポスト源氏ミレニアム後の、源氏再ブームのような感じがしないでもありません。もちろんこのお二人は、そんなイベント事とは関係なく、ずっと以前からこの仕事に取り組んでこられたのですが。
 「謹訳 源氏物語」のほうは、男性の全訳としては、たしか谷崎潤一郎以来だと思いますが(いわゆる超訳物は、男の手でもいくつかあるようです)、このところなかば以上「源氏物語」といえば、女性方の専売特許の感をなしていたこの世界に、男の声が響くのは同じ男=オスの私としては、おおいに意を強くするところではあります。もちろん私など源氏千年紀のイベントがなければ、ここまで腰を入れて「源氏」を読むということなど、まだ当分なかったはずですから、何でもかんでもこうしたお祭り事をクサしているわけではありません、念のため。

 ものごとの取っ掛かりというのは、あんがい何でもごく他愛ないことから始まるのかも知れず、肝心なのはそれを、その後どうやって自分の心内で「本当の面白味として消化して行くか」、ということなので、いつからどうやって何でこんな事を始めたのか、ということはあまり意味がない。
 早い話、こんなブログを四年もやっているというきっかけは、何度も言うように荒川静香さんのトリノのFPを見たのがきっかけなのです。当時荒川ファンのブログも参考のために数多く見させてもらいましたが、なかなか良く出来た中味もあった一方で、「私はトリノの前から、こんなにシーチャン(荒川さんのこと)を知っていました!」式の自慢話をする人がけっこう多いのには閉口しました。一年でも一カ月でも早く知っていることが、書き込み欄での優位を確保する手段であるかのようで、私のようにいちばん後から参入して書き込みをしているらしい人たちは、一種の礼をその筋の先輩諸氏に取っているかのような感じがあって、思わず噴き出してしまった記憶があります。
 そのうちにそうしたシャベリ場の雰囲気に不満を抱いた諸氏たちが、グループを作って造反したりして、確か半年ほどでそのサイトは閉鎖されたようですが、まったく不毛な後味の悪い印象だけが残っています。皆いったい何に精出して一生懸命に議論しあっているのか、お互いに楽しむためにあるはずの場所が、いつのまにやら罵り合いや鼻持ちならない自慢話の溜まり場と化して、業を煮やした管理者が警告を発する、という始末。まあ私はさすがに年甲斐もなくそれに参入することはせず、眺めているだけで助かりましたが、音頭を取っていた数名の人たちは今どうされているのですかね(案外他のファンサイトに乱入していたりして)。

 さて「源氏物語」のほうは、もちろんそんな軽薄なブームであるわけもなく、むしろ千年紀ブームの終わったあと、かえって本当に古典を楽しむ雰囲気が出て来たようなのが、始めの二冊の本の出版なんかでも感じられて、私は気持が高ぶるのです。一年前の正月から始めた「源氏1000年」シリーズ、もともと初読の印象を忘れないうちに一カ月くらいで書き記しておこうという気分だったのが、風船のように大幅に中味がふくれ上がって、いつまで続くのか本人も分らない仕儀になっています。
 しかしそのあたりも、こうしたブログというヘンな媒体のなせるわざで、自分自身の内部で「本当に楽しんでしゃべれているか?」「本当に面白味を感じているか?」という感覚だけが、これを書き続ける推進力の唯一の尺度といっていい、こうした仕かけは本当に面白い。超低空飛行の読みをする毎に、ますます多様な面白味が出てくるわけで、これを読み続ける限り、おそらくそれまで私があれこれ小難しくしゃべっていた中味よりはるかに分りやすい話が出来るだろう、平成の世の今、この五十八年ほどのあいだに私が思い抱いていて来た中味を、ほとんどすべてブッ込めるだろう、という気がしているのです(もちろん全部ではないですよ)。

 それにしても、最近の私の読み、どういうわけか「源氏物語」を世にいう恋愛ものでも、もちろん性愛ものでもなく、はなはだ下世話な浮世の話として読んでいる感が強くて、前のほうを期待される向きには不興を買ってしまいそうです。それが私の個人的な趣味性向によるものか、玉鬘十帖のあたりがもともとそういう傾きがあるのか(後者だと言いたいところですが)、源氏物語前半の絢爛たる恋愛絵模様や、克明な心理の綾に比べて、後半は少なくとも光源氏自身についての色模様はほとんどないのです。やっぱりこの物語はいわゆる希代のドンファン物語ではなさそうですね。
 であるなら、紫式部はこの後、いったい何を私たちに読ませようとしているのでしょう?





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Last updated  2010.04.04 17:03:21
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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