サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2010.04.09
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テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
 私たちが見慣れたようなドラマ性を、なぜ紫式部はことさらと言えるほどに、何度も避けるのか?

 少し別の話をします。
 人生を一つの劇と見立てて、登場人物たちを次第に決定的瞬間に追い込んでいく、終りに衝突や和解の場面が現れて物語が決着する(神々の予言が実現する)、というのはギリシャ悲劇以来の、西欧文学の一つの骨法であったか、と思われますが、十九世紀の後半ぐらいから、そうしたおなじみの枠組みでは、人や社会の実相をつかみ切れないのではないか、という違和感が、あちらでは現れて来たようです。
 アリストテレスは衝突(catastrophe)のあとに生じる浄化作用(catharsis)に悲劇の本質を見たのですが、神無き近代社会以降、いわば神々の予言を司っていた、登場人物の背景を取り巻くコロス(合唱隊)が意味を成さなくなれば、こうした物語の枠組みがウソ臭く見えるのは致しかたのないところで、二十世紀以降の小説や映画などで、ときにはなはだ未決着な消化不良の終わりかたをする作品が現れて来たのには必然性があるのです(一時のフランス映画や文学、ここ最近ではC・イーストウッドの映画などにもそんな感触がありますね)。

 もちろん紫式部はそんな近代作劇法や、リアリズムの手法は知る由もなかったわけですが、彼女がときに繰り出す省略の手法とか未解決のままの話というのが、何となくいわゆる現代小説(近代小説ではありません)の読後感と似た感触があることもまた事実なのです。しかし、だからといって彼女が一千年の時空を飛び越えて、今どきの作法を見い出していたと看做すのはもちろん短絡で、古代物語や宮廷文学的語法が重層する中で、なかば偶然のようにしてそうした今の私たちを驚かす表現が顔を出す。
 私は古今の数多の傑出した才能が、ものを書いたり絵を描いたり音楽を奏でる、要は芸術的なパフォーマンス(表現)の衝動に駆られる動機の中に、時空を超えて人が共有するような欲求が潜んでいるような気がしてしかたがないのです。それはあるいは、この世のすべての生き物は時間の相のもとにあって、それと逃れ難く結びついている。その時間性の本質を少しでも表現したい、よしそれが叶わなくても、少しでもそれに近づいて時間性の後味だけでもこの世に残したい、という欲求なのではないか?
 で、もし「源氏物語」に私たちが共鳴できる部分があるとすれば、紫式部は生き物としての人間が、ずうっと抱いているそうしたいちばん根っこの欲求に、知らず知らずしてかなり接近していたのではないか、と思っているのです。

 何だか抽象的な小難しい話と思われるかもしれませんが、それほど大上段に振りかぶっているわけではなくて、例えば桜が散り初めはじめた今日この頃の風景を見て御覧なさい。これについてはちょうど去年の今ごろ(インテルメッツォ 42.2009年04月08日)取り上げたことがあるのですが、桜の花に日本人が見い出す美というのは、要するに新鮮な花をつけたまま潔く散っていく、いわゆる散華の姿にあるので、写真のように時間性を捨像して切り取った美しさで見るなら、梅や桃と桜の花はたいして変わりがないでしょう(まあ、今年は例年になく気温の変動が激しくて、桜のほうも何となく散り時を失ったような咲きかたで、はなはだ有り難味に欠けるのですが)。
 前にも言いましたが、大陸では桜より圧倒的に梅桃のほうが、(長持ちするので)愛でられるのです。同じようにエジプトのピラミッドや西欧のゴチック建築を見ていると、かたやで人間というのは我が身の有限な時間性を飛び越えて、どこまでも永遠性を求めて止まない存在でもある。しかしいずれにしても、その底に自分たち生き物が、すべからく時間の相に絡め取られて、そこから逃れられない存在であるという、痛い認識が潜んでいるのは共通しているので、要はそれを受け入れてそのものを美として祀り上げるか、逆にどこまでも抗いながら永遠性を求め続けて時間を超えようとするか、という現れかたの相違に過ぎないでしょう。

 これは生き物にとって抗いがたい時間の相というものに、逆に日本人は美の本質を見い出している、ということを示しています。何かにつけて新鮮なものを好む、という性向は早い話、企業の求人でも人生の手垢にまみれたキャリア組などよりは、今でも圧倒的に新卒が優遇される、という日本特有の社会風土を見ても分かるでしょう。
 そうした時間の相を美的に祀り上げる日本人の性向に、どうやら「源氏物語」は相当関わっているらしくて、それがどこから来るのか?これもまた、しつこくこの物語を読み続けている理由の一つで、結論から言ってしまえば私は「源氏物語」とは、時間そのものの感触を描いたものだ、と思っているのです。

 ずいぶん大それた話になってしまいましたが、まあしかし先は長い。底辺にそんなことを意識しながら、さてもとの話に戻るとしますか。

― つづく ―





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Last updated  2010.04.09 14:40:27
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
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