サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2010.04.16
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テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
 この肝心の部分をカットして、その後の人々の動きだけを書き記す、というやり方は彼女の得意技の一つで、読む方は否応なく実際にあったことを、各々思い描かざるを得ない。人によって想像力の高低はあるにしても、相当すさまじい状況が繰り広げられただろうということだけは、みんな納得させられるという仕儀に相成ります。
 このあたり、えげつない状況を書かずに想像させることで、かえってそのすさまじさを暗示するという紫式部の語り口は、ホントにどうやって考えついたのだろうと思ってしまいますね。西欧ではこういった天才の心憎いばかりの技の冴えを、ときに「自分の魂を悪魔に売って、手に入れた」というような言い方をするようですが、さしずめ彼女は「物の怪に魂を売って、それを手に入れた」といったところでしょうか。

 さて、その髭黒の玉鬘に対する求婚のてん末について、大野さんは暴行に近いものだったのではないかとされるのですが、丸谷さんはさすがに疑問を呈されます。というより、そもそも当時の婿取り婚という形態には、略奪婚的な性格が本来的に含まれているので、多少の乱暴狼藉の危険は常にあったのではないか、というのです。さらに言えば、そうした招婿婚が一般であった当時の社会にあって、はたしていわゆる処女性というものの価値観というのが、どれほどの意味合いを持っていたのか?という、これまたごく基本的な疑問に突き当らざるを得ない。

 これは「求婚譚」というもともとの発想に対して、根本的な見直しを迫っているわけで、それはこの「玉鬘十帖」という物語が、処女性の価値を前提にしているからに他ならないからです。もし「かぐや姫」が地上の男と交わって、月へ昇天したとするならば、「竹取物語」の有りがた味は吹き飛んでしまうでしょう。ここには古代以来の自然の運行や振るまいに対する畏れ、及びそれを言祝ぐ人々の生活がこだましているわけで、自然性を象徴する魔物や化け物に対して処女を捧げるという話は、世界じゅうの神話に数多く見られますね。
 とはいえ「かぐや姫」の物語の根底に、そうした生贄信仰的な発想が宿っているにしても、それが長い歴史世界の中で説話化され、すっかりリファインされた相貌を呈していることもまた事実なので、これが大陸由来の古物語であったろうということは前にも触れました。日本古来の古物語には天体の運行に絡んだ説話はないのです。
 「天の岩屋戸」伝説は、日蝕と関係してるじゃないかと言われそうですが、これは間違いで、太陽の神様(天照大神)が岩屋戸に籠もって世界が暗闇に閉ざされるというのは、毎年の冬至近く日の光が弱まって行くのを、八百万の神々が言祝いでこれを復活させる、いわゆる死と再生の復活儀礼を説話化したものなのです。それは当然翌年の豊作を願う古代農耕儀礼から来たものなので、百年に一度あるかなしかの天体ショーに動議づけられたものではありません(天体の運行や暦に、たいそうな関心を示したエジプトとかメソポタミア、あるいはインカやアステカというのが、どういう文明だったのか、これまた面白い話題なのですが、長くなるうえに別の話になるので、ここでは触れません)。

 大陸文明というのが日本のような農耕一色の文化と異なり、多種多様な文化が入り混じって、しかもそれを消化していった年数も日本と比較にならないくらい長い、ということになれば、そこに洗練とか新たな倫理性が付加されていくのは当然で、古代律令制の施行から三百年近く経た平安中期といえども、いまだ入り婿婚の形態を残していた日本の社会習俗の中で、この大陸由来の処女性に対する価値観というのは微妙な問題を生じて来るわけです。

― つづく ―





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Last updated  2010.04.16 10:14:34
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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