サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2010.04.21
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テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
 この頃の玉鬘は、というと、

― 女は、わらゝかに、にぎははしくもてなし給ふ本性も、もて隠して、いといたう、思ひむすぼほれ、心もてあらぬさまは、しるきことなれど、おとゞの思すらん事、宮の御心ざまの、心深う、なさけなさけしうおはせしなどを、思ひ出で給ふに、はづかしう、口惜しうのみ思ほすに、もの心づきなき御けしき絶えず。 ― (山岸徳平校注、岩波文庫)

 女は、(もともとが)ネアカで、賑やかなご気質だったのが、(すっかりその気が)失せてしまい、たいそうひどく、ふさぎ込んで、(誰が見ても、これが玉鬘の)本意でないということは、明らかなのであるが、(彼女は、今さらながら)源氏の殿のお考えになることとか、(蛍兵部卿の)宮のお心使いが、まことに、情深くていらっしゃったことなどに、思い到られると、(ただただ)恥ずかしく、口惜しいお気持ばかりがつのって、何かと満ち足りないご気分が絶えることはないのであった。

 六条院に移り住んで一年、ようやく都の様子にも慣れ殿方とのやりとりも、光源氏といういわばプロの仕込みで、うまくやり過ごす術を飲み込んだような彼女ですが、そうした手練というのは一皮向けば、あられもない男女交合の偽装に過ぎないのかもしれず、押し寄せてくる男=オスのあからさまな圧力には何の抗う術にもならない。玉鬘自身もそしておそらく当時の読者も、多少はほのかに期待していたかもしれない王朝夢物語的な結末は、はなはだ無残な結果となって、彼女たちを退屈なしかしシリアスな現実(うつつ)に連れ戻さずには置かないのです。
 紫式部はこうしたドンデン返しを、おそらく「玉鬘十帖」のごく始めから構想していたでしょう。「藤袴」の帖の終り、蛍兵部卿に対して、玉鬘が多少好意があるかのような書き方をしていたのは、どうもこのドンデン返しの伏線とも取れ、何だか今どきのサスペンスドラマ風のヘタな仕掛けの感じがしないでもありません。もともとが何もかも理想的な殿方として描かれた光源氏に対する、意趣返しのような構造を持つb系物語だったのですが、彼女はここへ来て姫君に対しても(そして読者に対しても)、現実(うつつ)のあられもない姿を見せつけることをためらわなかったのです。

 光源氏の本編が「貴種流離譚」的な王朝物語で始めたところが、だんだんその古い枠組みでは到底この長い物語を語り継いでいくのは難しくなって来た。そこで「槿(あさがお)」の帖でいったん本編を離れ、スピンアウト系の物語を「求婚譚」を下敷きに書き始め、とくにその前史にあたる「帚木」以下「夕顔」あるいは「末摘花」の帖あたりまでは、おおいに筆が進んだかと思われます。
 しかし、この傍系の本編に当たる「玉鬘十帖」を書き始めるころには、紫式部も周辺の目の肥えた読者も、早くからこの「求婚譚」という古物語の枠組み自体が、本編と同様の理由で、この物語の趣旨に馴染まないことが分かっていたのではないか?その理由とは、正しく当代の自分たちの気持を、リアルにすべて描き切るには、こうした昔物語の枠組みは古すぎると。

 「玉鬘十帖」の最後に置かれた、はなはだアンチクライマックスなドンデン返しというのは、形上は光り輝く貴公子の世に語られることのない失敗談の総仕上げ、という体裁を取っていますが、実体としては古物語の否定という意味も含んでいるように思えるのです。

― つづく ―





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Last updated  2010.04.21 15:03:38
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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