サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2010.05.03
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テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
 ちょっと話が逸れます。
 もし物語とか詩とか絵画あるいは音楽のような、いわゆる美的表現の本質が、それを享受する側の魂を揺り動かすもの、つまり真実の表現にあるとすれば、それを表現する側には恐るべき覚悟がいる。

― なぜなら美は
 怖るべきものの始めにほかならぬのだから。 ― (ドゥイノの悲歌 R・M・リルケ、手塚富雄訳)

ということになります。
 リルケ(1875~1926)というドイツ語詩人は美的表現のために、人生をすっ飛ばして青春だけを生きたような感じがする人で、十九世紀末から二十世紀初頭にかけての西欧芸術界には、こうした芸術至上主義のような流れがありますね。
 話は余談ですが、久しぶりにかつてわけも分からないまま読んでいた詩集が出て来たので、冒頭を引きますと、

 ああ、いかにわたしが叫んだとて、いかなる天使が
 はるかの高みからそれを聞こうぞ?よし天使の序列につらなるひとりが
 不意にわたしを抱きしめることがあろうとも、わたしはその
 より烈しい存在に焼かれてほろびるであろう。なぜなら美は
 怖るべきものの始めにほかならぬのだから。われわれが、かろうじてそれに堪え
 嘆賞の声をあげるのも、それは美がわれわれを微塵にくだくことを
 とるに足らぬこととしているからだ。すべての天使はおそろしい。
                 ― (ドゥイノの悲歌 R・M・リルケ、手塚富雄訳)

 それにしても、手塚さんの訳もすこぶるパセティックで、若いころの記憶が、ありありとよみがえります。詩とは不思議な文学形式で、意味が分からずとも、否むしろ意味不明なために、そのダイナミックな旋律性によって、散文より直に今の頭に響いてくるような気がしますね。

閑話休題
 しかし紫式部はリアルな人生を経た人なので、上のような芸術至上主義とは違うのですが、それでも飾りたてた貴族社会の表面を剥がして行って、人のあるいは生き物そのものの振るまいが、露わに姿を現すところまで見届けない限り、この物語を終りまで進めることは出来ないだろう、という確信をこのころから持ったのではないか?

 髭黒夫婦のあつれきを、つぶさに見つめるということは、いずれ立ち向かわざるを得ない光源氏と紫の上の行く末について、充分な心と方法の準備となるべきものでした。本編の主人公は、言うまでもなく夢物語に語られる人物たちであって、それをどういうふうに決着させるかというのは、おそらくこの物語を書き始めた相当はじめのころから、彼女はいろいろ考えあぐねていたことでしょう。紫式部という人は、自身の内部から止めどもなく沸き出して来る創作意欲について、ごく客観的に見つめる目を持った人であって、決して感情のままに物語を書き綴って行ったわけではないのです。
 そのあたり清少納言が随筆に、泉式部が和歌に傑出した才能を、意の赴くまま開花させたのと対象的で、物語とか小説という文学の形態というのが、我が身を対自化する態度が必要なのであってみれば、紫式部という人はまったく物語を書くために生まれてきた天才であった、と言うしかありません。

 というわけで以下続くくだりは、長い長い「源氏物語」の中でも、もっとも気鮮やかな場面の一つを現出させることになります。

― つづく ―





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Last updated  2010.05.03 10:41:18
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
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