サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2010.05.07
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テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
 こうしたヒステリー性の身体発作というのは、かつてはロシア文学の女性などによく現れたものですが、文化や社会的条件の変化によって、その発現形態はずいぶん違ってくるようで、最近はこのような気鮮やかな症例というのは、あまり見られないようです。

 フロイト流に言えば、「ヒステリーは精神的葛藤が処理できず、無意識領域に抑圧され、その際の精神的エネルギーが形を変えて身体症状(転換ヒステリーあるいは転換性障害)や解離症状(解離ヒステリーあるいは解離性障害)となって現れたもの」(日本大百科全書)、ということになるのですが、今どきのような平和時では後者の解離症状が一般であるようで、「解離症状とは心理機能の一部が他と連絡を断たれて独自の活動を営む現象」(同)で、このところ「解離性同一性障害(いわゆる多重人格障害)と診断される例が増加している」(同)そうです。
 ちなみにヒステリー性発作といえば、何となく女性に多く見られる心病と見られがちですが、実際には男たちにも結構あるようで、ただその発現のしかたに違いがあるというのが正確なようですね。

 しかし平安中期も十九世紀後半のロシアも、今どきと同じく表面的には平穏で、精神的抑圧が極度に内向した時代だとすれば、なぜ前の二つの時代のヒステリー性発作が、戦争中の日本の将校のような「身体症状(転換ヒステリーあるいは転換性障害)」を発現し、今どきの男女には「解離性同一性障害(いわゆる多重人格障害)」が多く現れて来るのか、という疑問を解くのは簡単ではなさそうです。私は正直言って、この手のことにかんする、世のいわゆる心理学とか脳科学系の人の話はあんまり好きではありません。事柄を簡単に裁断しすぎているような気がする。
 であるなら、紫式部やドストエフスキーのように、原因の解析ではなく現象の現れかたの多様性とか底深さに、どこまでも喰いついて深掘りしていく、その執拗な眼線と姿勢のほうが好ましい。

 とはいえ、原因不明の病は基本的に外から取り憑いたもの、と解されていた当時、それを直すには取り憑いた物の怪を、患者の身体から叩き出すようにして追い払うという、まことに即物的な方法しかなかったようで、このあと描かれる加持祈祷というのは、今から見ると相当禍々しいですね。

― 夜一夜、打たれ引かれ、泣き惑ひあかし給ひて、すこしうち休み給へる程に、かしこへ、御文たてまつれ給ふ。 ― (山岸徳平校注、岩波文庫)

 (北の方は)夜通し、(加持僧に)打たれ引かれ、泣き喚き明かされて、(ようやく)少しまどろまれた隙に、(髭黒は)あちら(玉鬘)に、お手紙を差し上げなさった。

 すさまじい一夜の後にしては、髭黒の大将、イヤに落ち着いているじゃねえか、という感じがしないでもないのですが、私は当時一般にこうしたヒステリー性発作の発現というのは、わりとよく見られた、あるいはよくある症例として、世に知られたものだったのではないか、と考えるのです。であるからこそ、髭黒は玉鬘に手紙を寄こす余裕がある(それもヒドい話ですが)。もしこれが稀有の症例であったなら、とてもそんなことをやっている場合ではないでしょう。
 その意味でも、私は紫式部がこうした当時一般に知られた心理発作の症例とは別に、六条御息所というはなはだ今ふうの「離人症」的な、つまり「解離症状」の人格を見止めていたことに、大きな驚きを感じてしまうのです。

― つづく ―





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Last updated  2010.05.07 10:03:19
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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