サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2010.08.28
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 加藤さんのこの本は、中高生への講義という形を取ることで、それまでのご自身を含めた最近の歴史研究の成果を、いかにして分かりやすく一般に伝えるか、ということに意を尽くしているように見える。相手がかなりの歴史マニア、あるいはたぶん戦争オタクも含んだ若者たち(相当勉強してますよ)とはいえ、話はかなり専門性に富んでいて、決して一読してすぐ分かるという種類の本ではありません。
 さらについでに言っておくと、戦争史によくある例の「タラ、レバ」式の議論はここでは皆無で、そちらのほうでおおいに溜飲を下げたい人たちには、前もって言っておきますがこの本は向きません。厳格にかつてあった事実だけを取り上げて、なぜ当時の日本人がそれを選択したのか、そういう経過をたどったのか、ということを同時代の文脈の中で明らかにしようとする。当然その中からは、国内だけでなく同時代の外国の動向への目配りが出てくるわけで、この本の場合、とくに維新直後からの東アジア(大陸と半島)の情勢を見つめる目線は、とても魅力的です。

 明治維新というのが、西欧諸国の植民地争奪の脅威に対する対抗の結果として発生したのは間違いないとしても、同時代の文脈で見ていく場合、同じような状況は大陸や半島でも、ほぼ同時期に始まっているわけで、このかんどの国のどの方法がうまくやれるか、というのは少なくとも同時代の人たちには誰にも分からなかったのではないか?すべては同時にニュートラルに始まったのです。
 私たちはどうしても明治維新から日露戦争あたりまでの日本の歴史を、結果から判断してポジティヴに見、逆にその結果から周辺諸国のやり方を裁断してしまいますが、どこのやりかたがはたして成功するかというのは、同時代の人たちには施政者も含めて誰も分からなかったはずでしょう。後々の対中国朝鮮政策は別として、少なくとも日清日露戦争あたりまでは、西欧の脅威に対する対抗処置について日中はライバル関係、つまり主導権争いを演じていたらしいのです(で、その最初の表舞台が、おそらく朝鮮半島だったのでしょう)。

 結果を意識するあまり、そのバイアスのかかったまま過去を見る、というそれと同じ思考態度が、今度は真逆のネガティヴな方向に現れるのが昭和史で、未曾有の敗戦という結果を前にして、すべてをどうしても失敗と裁断してしまう。これもまた歴史をみる目という態度としては、とてもプリミティヴでこうした全否定の姿勢からは、何の意味も見いだし得ないでしょう。全否定とは何も見ない(何も反省していない)、と同義なのです。
 これは何も自虐的に自国の過去を暴き立てなさい、ということではなくて、多少はしんどくても同時代の目線と情報の中に身を置かないかぎり、今に一繋がりに繋がる日本の姿は見えてこず、結局この国の歴史の姿は常にブツ切り状態に置かれる、という仕儀になってしまいます。
 加藤さんのご専門は、そのまさしく日本がネガの状態であったと見なされている1930年代の外交と軍事で、「そんな下り坂の時代をやって、何が面白いのか」と、人からもよく言われると、なかば自嘲的におっしゃっていますが、敗戦後65年を経て、ようやくそうしたバイアスのかからない目線でものを語る、言いかえれば、そこにいま少し前向きな「面白み」を感じて、話が出来る時代になったのかもしれません。

 今まで数多く世に現れた日本現代史では、このあたりになると客観性を装いながらも、どうしても例の「タラ、レバ」を交えた嘆息や憤り、要は無意識の「感情」が入って、読み手はある方向に引っ張られるのを感じる。で、その結果導かれる読後感というのは、何とも重苦しいもので、そこからは前向きな気分などどこからも出て来ません。
 感情が入るのを出来るだけ抑えて、冷静に事実だけを時系列順に並べて、それを正面から見つめるには、やはりある程度の時間が必要なのかもしれません。同時代の当事者たちの証言は生々しくかつ悲惨ですが、実効的な戦争抑止を考える場合には、一方ではこうした冷徹なリアルポリティークなものの見かたも知っておかなければならないでしょう。
 それが戦前と戦後の日本人を、一繋がりに繋がった一個の生身の人間としてみる、唯一の方法のような気がするからです。それは今ここにいる私自身の内部に潜む戦前的なるもの、あるいは今そこここに発生しつつある戦前的なる心象とか振るまいかたを、鮮やかに見い出す手段にもなり得ると思っているのですが。
 歴史的なものの見かたというのは、断絶された絶対過去を懐かしがる(それは昔話というものでしょう)のではなく、過去の心象とか振るまいに今を見い出し、今とかかわって来てこそ意味があるので、厳密な史料批判や考証は不可欠とはいえ、たんなる事実調べだけでは歴史は何の意味もないでしょう。歴史に対する面白みとは、すなわち今ここにいる自分自身に対する面白みであると思うのです。

― つづく ―





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Last updated  2010.08.28 17:47:33
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
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