サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2010.10.08
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 そのあたりの初年兵教育というか、表に出ない私的制裁が平然となされたのは、結局のところ、軍隊という組織が外界と懸絶して、それ自体で自転するために必要だったわけで、娑婆のニオイを徹底的に削ぐとは、何度も言うように個々の人間の「顔」を奪うことに他なりません。「兵士」とは個々の「顔」を持たないことによって、組織として最適に機能すると考えられたのです。「顔」がなければ(個別的な忖度をいっさい交えずに)、どんな命令もいくらでも発することが出来る。
 これは何も日本の軍隊だけの特色なのではなく、世界中のすべての軍隊組織は多かれ少なかれ自己完結的であることに意を注ぎます。軍服ヘルメットとは、まさしく兵士一人一人から「顔」を奪う目的で、編み出された装束でしょう。

 旧陸軍参謀部というのは、超エリート集団と言われてプライドも高く、外部からの干渉を極度に嫌い、この軍隊というもともと自己完結的な性質を持つ組織を、さらに内輪の整合性だけで自転させること、つまり組織維持だけを専一の目的として動いていたように見えます。平たく言えば、本来外界の敵に向いていなければならないはずの戦う集団が、いつのまにやら内側の上層だけを見る組織になっていたということで、それはいつ頃からどのようにして生まれてきたのか?
 そのあたり、海軍が合理的なマインドをある程度保持し、海軍軍令部というのが、何となく陸軍参謀部と比べて風通しが好いような印象を受けるのは、海軍という戦闘単位が艦隊行動のような組織運用の特質を持っていたからでしょう。しかし結局それさえも最終的には、「特攻」出撃という不合理の極致へ自己完結してしまったわけで、山本さんはそれを「空気」という概念で捉えようとします。

 あらゆる事実を付き合わせ、それらを冷徹に分析して、その中で出来るだけ合理的な対策を立てる、という考えかたは何も戦後に生まれたわけではなく、旧陸海軍でも少なくとも軍事教練では、口やかましいほどになされていたわけで、そんなことは誰でも知っていた。これは敗戦後の後知恵でも何でもなく、戦前戦中の軍隊幹部はもちろん末端の兵士たちもみんな知っていた。早い話、山本さんの所属していた砲兵など、測距儀による観測通信網と大量の砲弾がなければ、攻撃(防御)前面への効果的な集中砲火や弾幕は張れないわけで、ごく自然にその組織は合理的たらざるを得ない。
 不合理が闖入してくるのは、実は末端組織のマインドからではなく、まさしく本来合理的であるべき作戦部(参謀部)が、戦局が受身に廻った瞬間から、外部を冷徹に見つめ分析することを止めて、部内だけの整合性で回転し始めた時からでしょう。その結果出来した現場の混乱と不合理は山本さんの記録に生々しい。これ(「一下級将校の見た帝国陸軍」)を読んでいると、まさしく日本軍は自ら負けるべくして負けた。内部的整合性を完結させるために、自ら瓦解する(始末する、カタをつける)ことを望んだのではないか?とさえ思えて来るのです。

 このあたりになると、山本さんもガマンが出来なくなったみたいで、砲兵隊の陣地変換とか移動というのが、重機なしで行った場合どういう事態を出来するか、誰でも知っているではないか、と怒りを露わにされます。山本さんの怒りは現実と照らしての合理性よりは、部内的整合性でもって自己満足できるほうを重視するという、いわゆる官僚主義的マインドへの怒りから、次第に思考停止に陥ったとしか思えない上部組織への絶望とも取れる話に移って行きます。
 なぜ絶望し怨嗟せざるを得ないかといえば、現実には絶対出来っこない命令(それを作戦部は充分知っていた)を発して、それが実行できなかった場合、その責任はすべて現地軍のせい、要は現地の「精神力」が足りない結果だ、と罵倒して憚らない作戦部の官僚的マインドに向けられているのですが、山本さんは戦後もなぜこうした「空気」が生じ、それを誰も止められなかったのか、終生考え続けることとなりました。
 この一連の本の魅力はその原因を他所に求めるのではなく、山本さん自身の内部にも生じて来るマインドに求めたことで、そこがおそらく数多ある反戦文学やリポートと違うところでしょう。自身も一下級将校(少尉)として、うわべを糊塗する官僚的マインドでことを済ましていなかったか、氏はそれをあっさり認めるどころか、自身はそれに関してはたぶん部隊でいちばん優秀だったろうと記されています。

 批判すべき対象を外部に立てて、絶対的正義の立場から他人の批判を行うのは、分かりやすいうえに万人受けしやすい(今どきの政治家なども、よくやる手です)のですが、自身の内部にそれと通底するマインドが、逃れがたく存在することを認め、それは何なのか、ということを考えるとき、その表現はどうしても晦渋にならざるを得ない。
 この人の「山本学」とも言われる日本論は、すべてこのフィリピンの戦場とも言えない戦場の体験から発しているのです。こうした今次大戦の体験は司馬さんにも大岡さんにも、それぞれの仕方で日本及び日本人を考えざるを得ない契機となったものでした。

― つづく ―





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Last updated  2010.10.08 15:57:52
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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