サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2010.12.11
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 まあ中国の話はさておき、今回の「尖閣ビデオ漏洩事件」というのは、いったん店頭に並びかけた商品を、政府が「国家機密」というタグをつけて「お取り置き」したにもかかわらず、海保職員が「義憤にかられて」タグを外し、その「取り置き商品」を勝手に店頭に並べた、という図柄なのです。こうした「不届き者」というのは、何度も言うように政府組織に限らず、一般社会でも必ずいるもので、肝心なことはそうした次第で、怪しげに店頭に並べられた商品を、どういうふうに租借吟味するか、という受け手のほうの態度にあるのでしょう。
 私が本題をだいぶ離れて、ながながとこの問題をしゃべり続けてきたことの大半は、この受け手側の態度、特にマスコミと政治家の振るまいかたの方が、はるかに重大だと思っているからです。この事例が、まるで絵に描いたように漫画的な展開を見せているうちに、日本のメディアと政治家たちに、さらに追い討ちをかけるようなリトマス試験が今展開していますね。
 他ならぬ「ウィキリークス」の問題です。

 今、日本のマスコミ、政治家は「ウィキリークス」から垂れ流される、検証されない一次情報に手をつかねて、ひたすら沈黙しているように見える、どう扱って良いか分からないからです。
 「尖閣ビデオ漏洩事件」であれほど海保職員を称揚した一部政治家は、こういう事態にどういう態度を取るのか?理屈的に言うと、アサンジ氏も同様に賞賛しなければならないことになってしまいます。さらにいうと「尖閣ビデオ」を何のコメント・クレジットも付けずに、再三にわたって垂れ流し続けたマスコミもまた、理屈から言うと、まがいもなく彼らが「反権力」であることを、マスコミの金科玉条と押し頂く信条からして、この検証されない一次情報に嬉々として飛びつくことに、本来はなるはずなのです。

 それを何となくためらっているところがあるのはなぜか?
 簡単な話で、漏洩した海保職員は「マジメ」で、真剣に「義憤」を感じたらしいからであり、アサンジ氏はそれに比べて、何となく「不マジメ」で、いくら偉そうな口舌を垂れても「愉快犯」的そぶりを感じざるを得ないから(何しろ、元ハッカーですから)でしょう。しかしそうした判断をした時点で、自身が「法治的」なものの捉えかたを放棄して、「人治的」な判断、すなわち北京政府と同じ判断基準に、自分たちが陥っていることを認めることになるのです。
 それにしても、見た目そぶりの「マジメさ」と、事実的に彼らの背負っている「危険度」はどちらが大きいのか?どう見たってアサンジ氏のほうが、文字通り「身の危険」を負っている。海保職員は今だに自身の処遇すら、何ら下さずに傲然としているでしょう。

 かといって、日本のメディアは「いや、そんなことはない!」とばかりに、ウィキリークスから次から次と飛び出して来る一次情報を、「尖閣ビデオ」同様、何らの検証なしにそのまま垂れ流す、といった度胸はないのです。なぜなら、すでに指摘があるとおり、その情報の中には現時点で、人の命を危険に曝す内容も含まれているらしいからで、早い話、日本の原発や海底ケーブルの埋設地その他、直接我が国のライフラインつまり国家安全にかかわる情報も含まれている。こうなると途端に、マスコミも政治家もいっせいに口をつぐんでしまう。
 ではこれも繰り返しになりますが、「尖閣ビデオ」が「フジタ社員拘束」と、明らかに連動していたことについて、彼らはどう説明するのか?彼らの開放について、何か別の施策を持っていたのか?
 やはり、こうした一貫性の無いそぶりを、私は「狡い」と断じざるを得ないのです。

 という意味で、もともと調査報道とか、自社の見識に強いプライドを持っている「ニューヨークタイムス」とか「ガーディアン」紙が、ウィキリークスの一次情報を自社の見識で判断して報道し、一時アサンジ氏と提携もしようとした(結局、決裂したようですね)ことは、メディアのあるべき姿としては、とても潔いと思う。垂れ流される一次情報に、とにかくその信憑性を確かめるウラを取り、さらにその情報をなぜ「報道」するのかについて、詳しいコメントをつけ、そのうえでその情報の意味するところに、通常の解説論評を加えようとする。
 彼らは良く分かっているのです。報道の由って立つ存立基盤というのは、「反権力」でも「スッパ抜き」でもなくて、ばら撒かれてそこにある一次情報に対する自分たちの姿勢(見識)だけであると。どういうふうに租借吟味し加工して世に送ることが出来るのか、そこにのみマスメディアとしての存在意味がある、ということをです。彼らがそうした見識を持っているからこそ、そこで取り上げられた報道内容には、たとえ読み手(特に政治家)にとって不愉快な中味が含まれていようと、一定の評価を与えざるを得ないし、政治記者が実際の外交場裏に顔を出す(ニューヨークタイムスのJ・レストン)、ということもあり得る(これはどこかの新聞社主が、政治家とタッグを組んで政界再編を画策する、というようなレベルの話とは違いますよ)。
 政府権力とは独立した見識を持っていると、米ソ両政府から信任されたから、両政府の会談の橋渡しを求められたのです。この信任の意味するところは、ニューヨークタイムス(J・レストン)に任せれば、ある意味「国も運営できる」と言えるほどの見識であったということです。
 さて、今どきの日本のマスメディアの皆さんの「見識」はどうなのか?

― つづく ―





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Last updated  2010.12.11 14:55:21
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
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