サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2012.02.16
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カテゴリ: カーネーション
「地言葉」ということ
 比較的、指摘する人が少ないような気がするのですが、オノマチ糸子の繰り出す「泉州弁」は、決して「地」のものではなくて、私は「高度に巧まれた泉州弁」だと思っています。早い話、バラエティー番組なんかの「大阪お笑い芸人」の語感と聞き比べてみたらよい。同じドヤし言葉なのに、なぜか品下がる感触がきれいに拭われている。「地言葉」で話す人には、じつは案外これが出来ないのではないか?
 で、これまた不思議な結晶作用だと思うのですが、ほっしゃん。との掛け合いでも、むしろ尾野さんの語法が彼のしゃべりに「格」を与えている、という感じがするのです(他の相手を、想定してごらんなさい)。こういう品格のある「関西弁」をしゃべる人、昔「横堀川」でしたか、長門裕之と南田洋子の夫婦コンビの「船場言葉」は、子ども心にも「ほれぼれ」としたものでした。彼らも(そして尾野さんも)、たんに関西出身というのではなく、プロの役者としての発声法や語法を、徹底的に鍛えたに違いない。そうした「透過」作業があったうえでの「泉州弁」なのだと思う。

 同じようなことで、優子役の新山千春さんの「泉州弁」にも、じつは私は舌を巻いているのです。何度も言うように、現役の世に知られたデザイナーという難しい役柄にもって来て、泉州弁と東京語のバイリンガルを劇中にこなすというのは簡単な話じゃないですよ。さすがに役作りには多少「堅さ」があるものの、少なくとも言葉に関しては、よくある妙なイントネーションの違和を少しも感じさせません。彼女、ひょっとしてプロの役者として開眼したのかしらん。
 彼女の操る「泉州弁」にも、尾野さんと同じような「品」を、私は感じてしまうのです(誉め過ぎかなあ)。

 彼女のいかにも「お仕着せ」くさい「東京語」が、当時一般的だった東京へのあこがれの気分を浮かび上がらせると同時に、期せずしてそれぞれの「地言葉」を相対化してしまう。むしろ「東京語」のほうを、わざと異和化して聴かせることで、いったい「地言葉」とは何(だった)なのか?ということを、改めて考えさせてしまうのです。
 同じような「構え」は、じつは周防の「長崎弁」の取り扱いにも現れていたでしょう。彼の訥弁を糸子と一緒に聴くことを余儀なくされながら、視聴者はその「異和」の向こうに立ち現れている「同調者=共有出来るもの」のニオイを検知する、という仕掛けになっているのです。
 で、そういう感触を担保しているのは、このドラマで用いられている言葉が、キッチリ「透過」された「泉州弁」「長崎弁」「東京語」他で成り立っている、ということから来ていると思うのです。仮に無自覚的に「地言葉」で語る役者であったなら、ここまで「汎通性」のある「泉州弁」に聞えたかどうか?

 断っておきますが、これは何も「泉州弁」を標準語にしてしまえ、というような下世話な話ではありません。「泉州弁」と言わず「大阪弁」一般を、押しなべて「下品」とか「えげつない」と、無意識に決め付けているかもしれない我々の先入観とは、一体何なの(だったの)か?ということなのです。肝心なのは、そういう印象を日本全国に植え付けたのは、他でもないその「地言葉」をしゃべっている、当の大阪人だったのではないか?
 「地言葉」をわざとらしく東京(他地域)で使ってみせるという形で、自己を矮小化し阿諛する仕方で臨んだ結果、大阪一般のイメージを間違った形で発信し続ける、というミステークを犯している(犯した)と言っていいのではないか?自分自身が思っている以上に、大阪人は従来の様態において、損をしているのかもしれないのです(このあたり、実は大阪だけの話じゃないですよ)。

 先日の糸子と優子のバトルを思い出してみてください。糸子が優子に浴びせる言葉は、「泉州弁」として聞くから「えげつない」だけで、もしそれを仮に「標準語」として聞いたなら、これははなはだ気性の激しい肝っ玉お母ちゃんの罵声であって、普通に世界中に汎通するキャラクターなのです。実際、その時の科白は「標準語」にも「英語」にも、翻訳可能な言葉でしょう(と、言ったところで、「どの口が、言うてんのや。このアホが!」を、どう訳すかと言われると、それは専門家に聞いてください、となりますが??)。
 私が申し上げたいのは、尾野さんを通して造形されている糸子像が、その言葉も含めて「世界性」を持ったキャラクターだということなのです。いかなる意味でも、岸和田の異能親子に見られた、ごく「特殊的な話」ではありません(それを「特別」と見た瞬間に、この物語は我々の手元から飛び去ってしまう)。

 したがって、晩年の糸子を誰にするかを考えた時、おそらくスタッフは、このドラマの本来のテーマ(愛とか時間とか喪失とか、まさしく尾野「糸子」が造形した姿)を受けて、その「汎通的」な姿をそのまま具現化出来るタフな「役者」を、まず何よりも求めたに違いない。とくに今回はそれに加えて、「老い」を真正面から引き受けることの出来る人ということで、夏木マリさんが東京の人であるということなど、最初から全然問題にならなかったのではないか?
 小原糸子という人物像が、本当に「世界性」を持つのかどうか?そして三月からは「平成の世の糸子」ということで、より「今日性」を持った形で、どのように現れて来るのか?ますます楽しみになって来ましたね。

― つづく ―





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Last updated  2012.02.16 11:09:26
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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