サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2012.06.18
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テーマ: ギリシャ(35)
カテゴリ: 旅行
コリントス
 ギリシャ観光と言えば、アテネ・パルティノン神殿とエーゲ海クルーズというのが、云わばお決まりのパターンなのでしょうが、三十年近く経ってみると、むしろこのはなはだ「らしくない風景」のほうが、強い記憶として残っているのです。
 この何の飾り気もないドーリア式の古拙な石柱には、何だかショボ降る雨がよく似合うじゃないですか。
 紀元前九世紀頃から入植したらしいドーリア系のギリシャ人によって、この神殿は紀元前六世紀半ばに作られたものですが、ここがペロポネソス半島の北の首根っこを扼する位置でもあった関係で、都市自体はミケーネ文明(紀元前十五世紀頃~十二世紀頃)の時代から存在していたらしいのです。ミケーネとかミノア文明と言えばエーゲ海さらに地中海の海洋交易文明と切り離せないので、商業港としてのコリントスはギリシャ以前の古くから見逃せない地勢的位置を占めていたのです。

 それに加えてこの都市は神話上の創建者がシーシュポスとされたり、街の守護神がアプロディーテーで、さらには魔術の女王メーディアが英雄イアーソーンとここにいたとなれば、何がなし古典ギリシャ的な知性と秩序以前の混沌とした感じを、どうしても抱いてしまいますね。

 下は、そのアポロン神殿に連なる回廊から、街の守護神を祀った大神殿跡のあるアクロコリントスの丘を臨んだ写真です。山頂に見える凸凹のあたりがアプロディーテーを祀ったアクロポリス跡で、千人の聖娼(遊女)を雇い入れていたと言われるところです。
コリントス01a.jpg

 「世界最初の職業は売春だった」などというヨタ話は、こういうところから出てくるのかもしれませんが、古代において性と豊穣は神話的に同一であり、まして祀る神様が豊穣神アフロディーテーとなれば、それを寿ぐ聖娼(遊女)が数多く周囲にいたというのは、ある意味当然のことなのです。
 それにしてもこの石畳みの回廊、歩いていると「確かにここを二千数百年前に、商人や聖職者や兵士のような人々が歩いていたのだ」という感触がムクムクと湧いてきて、不思議な感覚に捉えられたものでした。

― つづく ―





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Last updated  2012.06.18 15:25:06
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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