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梅雨入り宣言が早めにあり万事早め早めに回っている。鵯も、子育ての終了宣言を高らかにしている。鴉に雛を拉致されては再びの子作りをしなくちゃならない。今年は警備体制を確保したため万事うまくいったのであろう。*雀の子育ても順調で今日は何処か遠出をしているのだろう。アベノミクスが野鳥の世界にも心機一転の雰囲気を漲らせた。鶲たち冬鳥連中は彼の地で盛んに子作りに励んでいる。準備出来次第、早目においでよ。待ってるぜ。
2013.05.31
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昨日、梅雨入り。山紫陽花の花がほころび始めている。妻は山紫陽花が好きで毎年変わった品種の鉢を買ってくる。花のない時期の水遣りが空しいのでつい露地植えにする。結果、アプローチの一角は山紫陽花の列植になってしまった。*山紫陽花は小柄でどことなく脆弱、剪定するのも可愛そう。可哀想が高じて放任しておくと仕舞いには消えてしまう。結局、情が移り過ぎるから手も足も出ず枯らしてしまう。写真の様な花も咲いた。手塩にかけて創った人の努力に脱帽だ。
2013.05.30
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昨日もコゲラがもみじ谷入り口の同じ場所に戯れていた。春紅葉を見て病に冒され樹勢が衰えた証かと思ったのかなぁ。コゲラは熱心に目視し異常があれば打音、穿孔調査に移る。樹医であるコゲラは打音診察で仮病であることを見抜いた。*楓は老木になると枯れ枝が増え放置すれば枯死に至る。樹医コゲラはこのことを承知して清掃に余念がない。騙されたのではなくテリトリー管理の一環だと主張している。騙し騙されるのは人の世の事ばかりなのかなぁ。
2013.05.30
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桜川の川縁を散策していると雉の澄んだ鳴き声がした。偕楽園で雉の鳴き声を聞いたのは初めてであった。暫くすると、堤防に現れ約10メートルの対岸から撮れた。一本脚で起立する姿は宛ら、お前なんざ眼中にないという仕草。*考えてみると雉は「矢+隹」で正に狩猟対象の鳥という意味。鳥獣センターで孵化して放鳥もしているがそれも狩猟目的か。此処は公園。色色な規制をしているから安心して棲めるぜ。此処で繁殖し被狩猟ではなく国鳥としての品格を顕示してほしい。
2013.05.28
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所要の帰り道、緑の風を胸いっぱい吸い込もうとしてーー。もみじ谷に降りた途端に、小啄木鳥(こげら)の声が聞こえた。5,6翅の群れで春に巣立った幼鳥の訓練中なのであろう。嘴も紅みがあり飛ぶのもぎこちなくて木登りも下手だ。*小啄木鳥の雛は2~6か月間親と同じ縄張りで暮らすらしい。木を突く技術、冬を生き抜く特技をマスターさせられている。頭に赤い斑点があるのは雄らしく中々確認できないという。幼鳥たちは雌雄等しく両親の愛を頂戴しているに違いない。
2013.05.27
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桜川の土手を散策した。マムシも出没するというので踝も隠れる安全靴を履いた。土手には白い野薔薇が満開。それに忍冬も風に揺れていた。忍冬は、荒れた屋敷跡で散見したが原野の花と初めて知った。*日本原産の忍冬が他国で野生化し駆除の対象となっている。グローバル時代、植物にとっても国境がなく地球は一つだ。自己の生存権を誰が保障してくれるものかと一心不乱なのだ。此処でも薮を占拠したら次は畦を越え耕作地へと虎視眈々だ。
2013.05.26
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ウォーキング中、踏み石を進行すると瑠璃立羽蝶に出会った。シャッターを連射しながら進行しても席を譲ろうとしない。先順に固執して己の縄張りを主張しているのであろう。冬越え中に人間を十分観察し共存関係を会得したのかも。*この蝶に較べたら雀は毎日顔を見せているのによそよそしい。子雀の声を聞きに木に近づくと直ぐ親鳥がやって来て警告。子雀は鳴き止み新緑の葉に隠れてしまうから全く撮れない。色色な手段で親近感を働きかけても親鳥の警告で不首尾となる。
2013.05.25
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雉の声を聴きたくて3キロ離れた桜川縁へ行った。田植えしたばかりの水田は無農薬で空気が美味しかった。大枝で天空を掻き回すような風は寒くも暑くもなく心地良好。川の土手を歩いていて、大きなオオバコ(車前草)を見つけた。*花茎が長く実も蓄えた花に釘づけとなりシャッターを押した。学齢の頃、生葉を摘み乾燥させて学校へ持参させられた。都内の人達の食料に充てる目的といわれ葉摘みを督励された。終戦間際、食料事情の悪化をセピア色に思い出させる野草だ。
2013.05.25
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「B29が万年筆の中に爆薬を詰めてばら撒いたから拾うな。」 辛い戦争が終わって暫くするとその万年筆が大流行した。指を染めインクを調整した当時をインキ花が思い出させる。今は、複写式なので万年筆のサインは不可と言われ今昔の感。*今朝も淑やかに咲くインキ花を見ながら新聞を取りに行った。インキ花は一房に一つずつ咲いては後続に繋げて息が長い。花株もさして増殖せず、春が過ぎればいつとはなしに咲く。戦後の辛い事をすべて封印し楽しい事だけを思い出させる。
2013.05.24
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鶯に惹かれて散策していると匂いのキツイ大木の下に出た。タンニンに守られた植物の花の香りで栗、団栗と懐かしい。縄文時代からこの大木に守られ命を繋いだ母なる木の香り。どんな昆虫がいるかと天辺にレンズを向けたが赤い虫だけ。*「マテバシイ」と思うが、名称の由来は「待てば椎」らしい。椎の様に有用な大木になるという願望を込めた命名かなぁ。兎も角、生きとし生けるもの希望を繋がずには生きられない。希望の大切さを忘れず公園増設時これを移植した人は偉かった。
2013.05.22
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昨日、午前中はデスクワーク。午後ウォーキングに充てた。目的地まで車で行き鶯の道案内で木陰伝いに歩を進めた。鶯は新緑の中に埋もれて個体を確認できず全く撮れなかった。でも、高木の枝を観ながらの散策で背骨運動に効果的だった。*行き着いた所は耕作ができなくなった元水田の広い葦の原。若葉の先端にレンズを移動していくと葦切りが捉えられた。真っ赤な口を開けて緑に紅一点、ひたすら絶唱していた。縄張り死守の雄の声を聴きながら雌達は安らかに抱卵中の図。
2013.05.21
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(ニセ)アカシアが今真っ盛り。白い花が優美に揺れている。天辺の花にどんな野鳥が吸い込まれているかレンズを向けた。揚羽蝶が一頭戯れているだけで動物っけは皆無だった。高さ20米近くの大木の先端に居ては猛禽に襲われないのか。*アカシアの実の有毒性で野鳥が敬遠しているから安全なのか。花が蝶形のためアカシアの妖精と信じられ敬遠しているのか。蜜蜂、野鳥にも見放され更に外来種問題で白眼視されてーー。佐知子さんの様に「こンのまま死んでしまいたい」と歌っているかも。
2013.05.21
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ここ4,5日、雀や鵯が活発に動いている。個体の数も3倍に増加した様な気がする。雛が巣立ち親鳥が採餌、危機管理などを訓練しているのだろう。人間とは違い、親が付かず離れずに指導を重ねて頭が下がる。*軒先まで餌を求めてやって来るときもあるが給餌はご法度だ。その代り新鮮な水を用意し、ときには庭へ垂れ流しにする。野鳥が緑の木々を飛び交い沐浴する光景は癒しの効果がある。餌付けされた鳥では効果が半減し却って煩瑣な面が多々ある。
2013.05.19
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2013.05.19
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葦切をもう一度観察するため500ミリを持って出かけた。30分ほど待つと例のごとく柳の趙に留まって喚き始めた。待てば姿を現すという信頼関係が構築されたと自己満足した。それよりも驚いたことはなんと痩せ細っているかである。*喉に声を貯め痙攣させればさせるほど痩身が目立ち痛々しい。渡来して直ぐに縄張り確保に奔走し十分に採餌しなかったか。ハーレムを作り子作りをして夏が過ぎれば渡去をするがーー。これじゃ体がもたないぜ。愛の歌も適当にして体をいとえよ!
2013.05.19
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葦で囲まれた池に葦切りの姿を求めてたたずんでいるとーー。長い時間カメラを構えている姿に同情してか柳の趙に現れた。葦の茎に留まる図は見飽きたが高い枝に留まる姿は珍しい。縄張りが鳥瞰できる高い枝で闖入者を品定めしている様子。*口を目いっぱい開けて吠える姿は番犬の吠える姿にそっくり。島には4、5羽の雌が子育て中で邪魔するなと警戒している。一夫多妻は優雅にみえても身を削るほどの苦しみがある。宛ら、血を吐くほどの苦痛があるのだと感じ取った次第。
2013.05.18
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庭外れの唐棕櫚の花が咲いている。宛ら、天空から辺りを睥睨している様な格好に見える。その周りを鳩、鵯、雀が飛び交い正に花鳥風月の光景である。しかし70年前の一億総玉砕の危難の時代にもそうだったろう。*従って花咲き、鳥飛び交う光景を天下泰平と即断できない。そう速断することは即ち平和ボケと揶揄される。証拠にーー。狭い日本に限って見ても内外騒乱続きで天下多事である。せめて花を観賞し鳥の飛び交う光景を見てボケに徹するに限る。
2013.05.17
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庭先の木瓜の花が散り、子房を膨らませている。殆どの花は雄花に分化し、結局、実にならずに落下した。この二つだけはくっ付いていた他の花を落として意気揚々だ。でも、何を悩んでいるのか結実を躊躇っている。*結実を躊躇う訳は、親木の体調、環境、土壌が心配なのか。殆どの植物は環境悪化が加速すればするほど子作りに励む。盆栽の様に甚振られ脆弱なほどいい花を付けるのにーー。人間の少子化傾向じゃぁあるまし考え過ぎじゃあないのか。
2013.05.16
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今季になって2回目に見つけたキリギリス。いつも気にかかるのが、体長の2倍もの長いひげだ。触角として獲物の捕獲などの大切な機関でも長すぎないか。重たくないか。身の程を知らぬとはこのことではないのか。*このひげは沢山の節でできていて、皮があり脱皮もする。脱皮には20分ほどかかり、その間、天敵に狙われるらしい。そのため、無風の夜間に行われるが危険な賭けでもある。これを観て、俺も身の丈に合った生活の見直を痛感した次第。
2013.05.15
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庭先の八重浜茄子が咲き始めた。蕾が赤く割れ始め1週間経てやっと蕊を見せたスローな開花。早く昆虫を呼び喜ばせようとしない偏屈さが気にかかる。50個も開花し芳香を発しても昆虫を呼んだ花はこれだけだ。*これが殆ど結実せず大きな子房を無駄にしている原因かも。裏を返せば病虫害が少ない言い訳になるのかもしれない。その上、細かい刺が外敵に備えており自己防衛に余念がない。毎年豊富な花を付けるものの過剰防衛は否めないかも。
2013.05.14
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冬鳥が去った後の水辺や森は静まり返っているがーーー。葦の繁茂した池周辺は小鳥の声に溢れている。どんな野鳥が棲んでいるか足を休めて耳を澄ませていた。すると一羽の鳥が飛び上がり葦の茎に留まった。*暫くして近くの木の枝に乗り移ったが翡翠であった。翡翠は水中の魚を巧みに捕ることから魚狗、魚虎とも云う。鴉の様に黒光りするのは光線のせいかと思っていたがーー。狗、虎という禽獣に見立てられた原因は此処にもあるのかも。
2013.05.13
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2013.05.12
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小川の土手を散策中、ベニシジミ蝶に出会った。蝶の脚はなかなか撮りづらく、やっと3本を撮れた。対にすれば6本の脚が想定でき健常蝶ということになろう。俺は右肩の激痛でマッサージやリハビリで治療に専念した。*お蔭でいつもの型でブログを作れるまでになった。高齢になると手足に故障が生じ易くそれが命取りになる様だ。散策も足が命と思い足を守る靴は次の4点に拘ることとした。紐靴、革製、3足交互使用、使用前後に感謝の気持ちで研磨。
2013.05.12
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雪の下が咲き始めた。雪の下はーー。庭の彼方此方で何時如何なるときでも俺を見詰めている。映像の花は木石の根で適度な陽射しを受け、今季初めての花。年年歳歳、同じ姿で几帳面に咲いて力を授けてくれる。
2013.05.11
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昨日も雉の里へ行った。前日の映像が気にいらないため。鳴く辺りを歩いていると突然、土手から通路へ上がってきた。そして、俺を促すようにゆっくりと前進していく。驚いたことに、雉も右側通行だぜ。*多分、俺をまいているに違いないと思いながらついていった。曲がり角で見失ったが子の危難を救ったと満足しただろう。俺は巣を荒らしに来たんじゃなくて君の雄姿を撮りたいだけ。もうこの写真で満足したから邪魔しないよ。
2013.05.10
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2013.05.09
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近頃、肩が痛むので治療中。暫く映像だけにて失礼します。昨日はタイ式マッサージで治療。スッキリとし歴史と国際的知名ものだと感じた。
2013.05.08
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湧水の排水路にはいろいろな生き物の姿が観察できる。牛蛙の世迷言を聴かされその姿を観たいと思っていたらーー。突然、水面に身を乗り出していた牛蛙に出会った。2メーチルに近づいても泰然自若として身動き一つしない。*グロテスクと嫌悪感で見られていても牛蛙の責任ではない。大きな鼓膜が水面に映っているが何の働きがあるのだろうか。愛の賛歌を聴くためというが獲物の動きを捉える情報機関か?眼が可愛くて遠くを見渡せないため耳を発達させたのかなァ。
2013.05.06
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楓の花が終わり2枚の翼を付けた果実が揺れている。突然、四十雀が楓の樹木に留まり、挨拶をする仕草に見えた。子作りのため群れから離れ繁殖適地へ移動したと思っていた。が、鳴かず騒がず静かに子作りに専念しているのがいたのだ。*四十雀は番の内の他方が卵を温めているため単独でいる。声を発しないのは天敵から雛の存在を隠すためなのだろう。楓の枝に耳を澄ましている様な姿は鴉の動きを監視したり、天敵情報を聴取する見返りに幹の聴診をしているのだろう。
2013.05.04
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大和シジミ(蝶)があちこちに姿を現している。レンズを近づけると眼を見開き刺のある目で見ている感じ。食事中に邪魔されて気が気でないというのであろう。暫くして初夏の日差しの中、花から花へと優雅に飛んで行った。*大和蜆蝶の幼虫はカタバミの葉を食草としている。そして蝶も幼虫の食料事情を慮ってカタバミの葉に産卵する。大風が吹いて異郷へ飛ばされない限り代々此処に生きている。小さい生き物も郷土愛、縁の糸を感じとって生きている。
2013.05.04
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ウォーキングコースに牛殺しの白い花が健気に咲いている。寂しい通路に「ウシコロシ」の標識があり物騒極まりない。枝を牛の鼻輪に用いた由来が牛殺傷の道具の意味に聞こえる。事実、多くの辞書が鼻輪で牛を甚振る様相で説明している。*或る事典は「この木で鼻孔の仕切りに穴をあける」と記した。高価な財産の牛を殺害、虐待するはずがないではないか。殺すの言葉には「制御」の意があるのにそれを無視している。原因は人と家畜の愛の絆、牛との関わりの歴史の不知にある。
2013.05.02
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吐玉泉の湧水の先の小川にタニシの家族がいた。親は太く、子は細い足跡を残して家族旅行をしている。睡蓮が繁茂すると居場所がなくなってしまう。安全な場所に家族ぐるみで移動しようとしているのだろうか。*タニシはあっという間に増殖するらしいので飼育を止した。雌親は体内受精し、体内で卵を孵化し子貝になるまで育てる。体内で稚貝が十分育ってから一回に十数個を体外に排出する。天敵に備えてそれなりの工夫をしているタニシは---実に偉い!
2013.05.02
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