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梅の木の近くにある柘植の老木は先端の葉が枯れ世代交代かと心配した。 庭師が延命策を模索して梅の木を強剪定し風の流れを変え環境を整えた。 梅は小枝を伐られても他に先駆けて2輪の花を咲かせ春を告げている。 柘植の老木はそんなに気兼ねしなくてもいいのにと慰めている様に見た。
2019.01.30
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昨日の朝は初雪。でも粉雪程度で生活上何の問題もなかった。 椋鳥は番で来て待機している連れに「OKょ!」と合図している図。 自然条件が変わると雀も鳩も群れるか番で行動し警戒を怠らない。 テレビの様に細かい注意点を指摘されないから自らの身は自ら守る。 * 買い物に出たが店舗内は通路に梱包商品を置いたり広げたりしていた。 安心して買物ができるべく設計した通路に陳列棚を増設したりもする。 空き箱、梱包の商品を通路に置く店舗の保安責任に問題ありと感じた。 それに躓くのは買い物客の責任と言わんばかりの店を早々に退去した。
2019.01.27
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旱魃の冬、小鳥たちも困っていると考え水鉢を増やした。 雉鳩が来て水を飲み始めたが何やら笑顔に見える。 己が姿が可愛いのか、水にありついたのが嬉しいのか。 何れにしろ近所の猫も来るから警戒を怠ってはならない。A
2019.01.26
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歩け歩けと言うがカメラを所持しない歩行は俺にとっては無意味。今日も3千歩程度の歩行で翡翠に逢い何とかカメラに収めた。目前でホバリングを見せつけられたが対応できなかった。ここ2,3か月お目に掛かれなかった翡翠。この冬を元気に乗り切れ!
2019.01.24
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偕楽園下の桜川の土手、鶫が遊んでいるとイカルのような鳥が来た。 鶫は見向きもせずに辺りを見ていた。 多分、鶫と同じ群れを構成し、守り護られの仲なのかもしれない。 ネットで調べるとコイカルのようだがはっきりしない。 * 千波湖の野鳥の種類は激減し、シメやイカルは珍しくなった。 約7翅でこの公園に来て鶫たちと合流したようだ。 正確な名前を調べて記録しここを訪れた野鳥の図鑑に載せたい。 野鳥が集まるようにするには小鳥が好む実のなる木を増やすことだ。
2019.01.22
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軒下の臘梅がやっと葉を落とし花が露わになった。鵯がその花をついばみ下の小松菜も容赦なくつ突いている。鵯は周りの人と親しみやすくなった。でも散歩中に出会う鵯は警戒心が旺盛で近寄りがたい。
2019.01.22
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昨日は大寒。 比較的暖かだったので梅の様子を観察するため偕楽園へ行った。 紅梅、白梅とも何時もの樹木は開花していたが花弁は寒さで縮んでいた。 しかし、太い幹に寄り添って咲いている花はパッチリと花弁を広げていた。 * 「寄らば大樹の陰」太い幹が寒風を避け陽だまり作ってくれるのであろう。 小鳥たちはアオサギをボデイガードとして群れになって遊び啄んでいた。 野生では生きる上の創意工夫の一つであろうが人の社会では苦労の始まり。 大型店舗が寡占体制を広げ中小店が潰れて独占体制の弊害が見え隠れする。
2019.01.20
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25年ほど前に植えた「膨れ蜜柑」。大寒の風にゆさゆさ揺れている。筑波地方の特産品として陳皮等に加工され地場産業の花形となった。寒風に晒されている果実を手に取り皮をむいたが酸っぱいくてーー。でも、膨れは「福来れ」に通じ目出度い蜜柑として大事にしている。
2019.01.20
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カスミ網が厳禁となって一網打尽に襲われた鶫の悪夢は癒された。しかし天の仕返しか、今は原発の脅威が人を襲う。自業自得と言えば言葉に詰まる。この青い空の下解決策がないまま列島沈没の危機が迫りくる。
2019.01.19
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最近、吾庭にも椋鳥のつがいが来て目を楽しませてくれる。 雉鳩の右の木の陰で神妙に順番を待っているのが椋鳥。 群れでは騒音、糞害をまき散らすが群れから離れると雲泥の変わり様。本来は、益鳥として愛され鴎外、賢治さん等文学者に親しまれた。 * 一茶は「椋鳥と人に呼ばるる寒さかな」と自虐的に詠んだ。 あのぼさぼさした姿も田舎者と呼ばれるわけだったに違いない。 自分も高齢者と蔑視される年頃になり衣服に気を付けているがーー、 散髪でもしてさっぱりとし、イメチェンを図るべく理髪店へ行った。
2019.01.18
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晴天が続き小川の流れも枯れかかりここぞとばかり鴫が餌を漁っていた。田鴫が小さな獲物をゲットした瞬間、目を見開き足を上げ前のめりの姿勢。体一杯で喜び、感激を表現して大地に感謝の意を伝えている図と見た。毎日変わらぬ食材、偶にピザに替えてもこの感激を忘れた自分を反省した。
2019.01.17
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帰宅して庭に鶫がいると留守をしてくれたかと心暖かくなる。 カメラを向けられても落ち着いて相手にしてくれるので有り難い。 その上庭の清掃もこまめに行い痒い所に手が届くほどでこれ頼もしい。 庭師が刈りこんだ木の葉の下に獲物がたんとあるから楽しみにしてくれ。
2019.01.15
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庭先に設置のトレリスの縁に雉鳩が留まった。 雉鳩は番と寡の二組が来るが寡は見ちゃいられないと暫く姿がない。 周りの梅、山茱萸の蕾は感化されて早咲きかと思うのはゲスの猿知恵。 冬将軍は厳然たる態度で花たちの采配を振るっている。
2019.01.14
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朝方、赤腹らしい鳥を道連れに庭に鶫(ツグミ)が来た。 急きょカメラを用意したが直ぐに飛んで行ってしまった。 外へ出てみると、鶫だけが近くの屋根に留まって辺りを見回していた。 連れの赤腹と別れたことを嘆いて媚斑を曇らせていたのだろうか。 * 一般的には鶫は番で暮らし一方は落葉の下のミミズ等を探しーー、 他方は近くの高枝で相手の安全を見張り警戒時には鳴いて合図する。 バードウォッチングでは珍しい鳥ではないが鳴き声が頗る優しい。 自宅に居ながらにして鶫の姿を捉えたことは稀有な事であった。
2019.01.13
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でも、私は他に操られて生きたくはない。昨日もPC関係でそれらしい電話が4回あった。何れも話法、筋書きは同じで眉唾物と断定した。嘗て書道の手本の「断」の文字を何度も書いたことを思い出した。
2019.01.12
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櫻川の遊歩道をゥォ―キング中にアオジの小群に出会った。 人が通ると藪に隠れ通り過ぎ去ると直ぐに道端へ現れる。 通る人ごとにそれを繰り返し人も見向きもせず無関心で通行する。 アオジは人と寄り添って生きて鵙等の天敵の襲撃から身を護っている。 * 厳寒になると毎年庭先へ小鳥の餌を撒いている。 妻は食卓からガラス越しに鳥の様子を観察して二人の話題とする。 時には小鳥の機敏な動きに感化され重い腰を上げ家事にいそしんでいる。古来、人は野鳥ともちつもたれつに生きてきたのだなぁと実感した。
2019.01.10
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庭に出入りしていた鵙はとうとう贄の事を思い出して頂いたようだ。 7日朝にそっくりあったのに8日の朝に翅、脚、胴の一部が残っていた。 「唐土の鳥が 日本の土地へ 渡らぬ先にーー (七草囃し)」と 七草を摘まむように贄も平らげようとしたと考えるのも乙なものだ。 * 今年ほど鵙の姿を毎日のように見られるのは珍しい。 昨日も桜川の柵に飛んできた鵙をキャッチした。 公園の鳥たちは人を見飽きた様で警戒心が少なくて撮りやすい。 自宅で撮ったものより鵙の全体像がはっきり撮れた。
2019.01.08
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久しぶりに見川城址から滝下橋の桜川を散策した。 自宅では見られない野鳥に出会い、結局、8千歩を歩いた。 先ず、櫻川では今まで見なかった黄鶺鴒に出会えた。 黄鶺鴒は清流に棲息するが桜川が清流になりつつある証左であろうか。 * 冬季は雌雄別々に縄張りをつくりエリアを固執するが今日も単独だった。 餌の少ない冬季は雌雄離別しての奪い合いせず種の保全を図る。 太古からこの訓えを忠実に踏襲している姿に哀れさを感じる。 草木の実等の雑食をして一緒に生きる知恵、改革ができなかったのか。
2019.01.08
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晩秋に交代した庭師に剪定された柿の木が小鳥たちに喜ばれている。小鳥ばかりでなく自分も見上げてその変化に釘付けにされている。未だに1,2枚の枯葉が小枝にぶら下がり自然にできた干し柿もある。今日はモズが獲物をくわえて得意満面である。 *庭師は枝先を団子状にせず柿の実が生り易く剪定したいと言った。実が生れば小鳥たちは喜び夕陽に輝く果実も風情があると同意した。鵙が此処を縄張りとして晩秋から居付き小鳥の被害が気が気でない。他方、冬芽が膨らみ春の息吹が感じられ庭の柿も満更ではない感じ。
2019.01.07
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暖冬を思わせる陽気に雀はスマートな姿で群れになって来訪した。 柿の木の頂上に留まって警戒しているのは偵察隊なのだろう。 厳しい表情で辺りを見回していると直ぐに飛び去った。 そのあとから鵙が飛び出してきたが不首尾に終わったのだろう。 * 学齢のころ鳥かごの中で襲われた目白を見て鵙を恨んだ記憶がある。目白も鳥かごの中で機敏な動きできずに命を落とした。 しかし籠の外であれば、藪に潜ったりして生き延びたに違いない。 正月の長閑な晴天の下でも小鳥たちは油断大敵と心している。
2019.01.06
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年が明けて庭先に鵙のような小鳥を数回目視したが撮れなかった。 昨日、庭を散策していると電線に留まったのでカメラを向けた。 正月の鵙は長居せずに無言で飛び去った。 晩秋に挿した早贄を探しているのだろうか。
2019.01.04
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画像は偕楽園郊外の徳川博物館の東崖下に咲く水仙の花。 一帯は海退時に那珂川の堆積物で各種河川が塞き止められてできた湖。 水戸光圀公(黄門)は渡船して別荘へ通い詩歌管弦に遊んだという、 中国古典では仙人を天仙、地仙と分け、水辺に遊ぶ仙人を水仙といった。 * 水仙の花を撮ったりして観賞していると将に黄門の人柄が偲ばれる。 してみると水仙は湿地を好み当地高台では自然消滅しがちなのだろう。 匂い、房つき、八房等各種を排水路周辺に植え盛りの花を楽しみたい。 特に触れれば各種の匂いを発する水仙を集めて春を楽しみたい。
2019.01.03
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昨日元日、庭に四十雀が訪ねてきた。 頭を垂れた画像となったが年始の挨拶をしているわけではない。 木の切り口辺りに巣くっていた虫を穿り出して食していたところ。 四十雀を追って行くと塵集積所にごみが出されている事を気づかせた。 * 此のままでは4日の塵収集日までに不法排出が増えると気付き片付けた。 四十雀は率先垂範してお疲れと言ってくれたと勝手に考え、同時に 四十雀は気が利くから今年は彼の好きな樹を増やそうと思い立った。 「天知る地知る」というが鳥は此の「天」に位置付けていいとも考えた。
2019.01.02
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予約中のお節料理が届いていたので一段目を今朝二人で食べた。話題は過去、未来の事はご法度。此処に至ったことは二人の 歩みそのもので話は尽きている。未来は然程先ではないから触れぬことにしくはない。*今日この瞬間だけの事でこと足りる。二段目以降は、明日に来る息子、 孫夫婦と一緒に開けたい。その話題は過去は自慢話、未来は忠告になりこれまた面白みがない。聴くだけで後は花鳥風月のことと心に決めた。
2019.01.01
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