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そろそろコンタクトレンズのストックがなくなるから・・・という理由で、今日は池袋の激安コンタクト店に行ってきたよ。コンタクトはどうでもいいとして、いや~久々の買い物だった。本当に母乳じゃなくてよかった!!独りでランチして、洋服見まくって、試着しまくった♪が、しかし、ブラジャーの試着をしたところ、背中の皮膚がブラジャーの上下にたるんでいた!妊娠中、確かに背中に肉もついただろうけどもう痩せたんだぜ。なのに皮膚はまだ伸びたままだったのだ!ラブリーなデザインだったけど試着失敗で私のエクササイズ魂に火をつけた!!私、頑張れ!!
2005/01/30
水曜日に熱を出した娘。熱も下がったし、ミルクは以前ほど量は飲んでいないが回数はいい感じ。病み上がりのせいかとにかくよく寝てる。早くいつものように元気になりますように!!
2005/01/29
結局38℃の熱のみならずミルクも飲めなくなってきた。どうも12月のRsウィルスがトラウマとなってしまったのか熱よりもミルクが飲めない事の方が気になる。ミルクが飲めない→点滴→入院・・・。いやだわさ~!そんなの!!ってな訳で時間外だったが昨日病院まで行ってきた。咽喉がちょっと赤くなっていたようだ。でも呼吸はさほど乱れていない。先生は「風邪よりも動脈管に細菌がつく事の方が心配だ」と言った。3ヶ月の赤ちゃんには解熱剤も使えないので、「熱はお母さんが頑張って下げてください。 細菌が動脈管につかないように抗生剤を出しておきます。」との事だった。「お子さんの場合、ミルクが飲めないのもあまり長く様子はみない方がいい。 帰ってまだ飲めないようだったら、明日また来てください。」・・・は~、やっぱり何も問題がない子よりは手が掛かるんだなぁ。帰宅後、パイナップル味という美味しそうな薬を無理矢理飲ませまた入院かも・・・という恐怖と闘いながら娘にミルクを与えたが全く飲む気がない。夕方5時から一時間おきにミルクを与えてみる。・・・だめ。深夜0:00、やっとミルクを飲んだ!今朝も飲んだ!そんな訳でとりあえず今日の受診は免れた・・・やれやれ。
2005/01/28
昨日は雪の中、K病院の心臓外来に行ってきた。まず先生が「体重よく増えてますね」と言ってくれた。聴診器を心臓にあてた後は何も言わなかった。相変わらず心雑音は聞こえているようだ。でも大きくなってきているので昨日は診察でおしまい。月に一度の通院だったが2ヶ月に一度でいいと言われた。検査は次回4月に心電図&レントゲン、またその次にエコーと決まった。やっと帰宅し昼寝。起きたら娘の額が熱い・・・38℃。は~、心配が尽きない。
2005/01/27
「年賀状の写真を見て心配して電話しました。 老けましたね、大丈夫ですか?子供の病気で大変なんですか?」先日、前の会社の7コ下の男の子から電話が掛かってきた。元々失礼な口調なヤツだから気にしないけど、こういう冷静な評価をしてくれる人が身近にいてくれるのは有り難い。そんなことを言いつつ、子供好きの彼が本当は赤ちゃんをダッコしに来たいだけなのはわかっている。////////////////////////////////////////////////////////この前の金曜日はスイミングで知り合ったKさんとTさんが遊びに来た。Kさんは56歳くらい。料理がとても上手、物凄く上手、何を食べても美味しい。ただ・・・いわゆるオバサンな部分が強い。人の話を聞かない。柔軟性がない。噂話が大好き。先日Kさんはスイミングで、あるオジサンに冗談まじりのちょっかいを出されたらしい。私もTさんもそのオジサンを知っているがそんな悪意のある話し方をする人ではない。Kさんは冗談を真に受け、その一言でそのオジサンと一生クチをきかないと心に決めたそうだ。うちに来ても何日も前のその出来事について、ず~~~っと話していた。終いには「死んじゃえばいいのよ!」とまで言っていた。それをなだめるTさん・・・。呆れる私。はっきり言ってくだらない。「そんなに文句があるなら本人に言えば?」20も年上のKさんに言っちゃった。Kさんは一瞬面白くなさそうな顔をしたが、すぐにTさんがその場を取り繕った。はっきり言って哀れだ。60近くになって未だに人付き合いが上手くない。楽しく水泳が出来ればいいじゃん。何言われたって流せばいいじゃん。面倒臭いのでしばらくKさんとは距離をおこう。
2005/01/25
昨日夕飯の支度をセッセとしていた時、リビングを覗くと夫が娘を楽しそうにあやしていた。ふと‘これが幸せなんだな~’としみじみ思った。娘が入院していた時には考えられない光景だからだ。それに・・・去年のその日、その時間、私は体外受精の為の採卵を翌日に控え緊張していた。「卵巣を針で刺す」って一体どんな感覚なんだろう・・・どんなに痛いのか、どんなに辛いのか、想像つかないのに想像したりして気を紛らわせようとしても、いつも頭の上に重たい石でも乗っかっているような感覚だった。陣痛促進剤を打つ前の日よりも緊張していたと思う。そして去年の今日、卵子を5個体内から取り出せた。その5個の中で勝ち抜いて、見事人間となったのが愛しい愛しい我が娘。なのに・・・なんで動脈管開存症なんだろう・・・腑に落ちないが娘は元気に生きてくれている。私達夫婦に言葉に出来ない程の幸福感を教えてくれた。毎年、この1/20を迎えると採卵の事、そして娘が我が家に来てくれた事について考えるんだろうな・・・
2005/01/20
我が家では去年の冬、リクガメのサクラくんの水槽にヒーターを入れ冬眠させないように飼っていた。その時、サクラの体長は甲羅6cmくらいだったと思う。そして季節は変わり、夏はバルコニーで放し飼いだったので水槽は使わなかった。‘冬はどうしよう・・・’冬眠させる自信もない。だからと言って体長10cm以上もあるサクラを満足させる水槽も買えないし、置く場所もない。困った・・・・・・考えた末、リビングで放し飼いとなってしまった。っていうか、ある日リビングで遊ばせていたらサクラがいなくなった。以前も2ヶ月以上に渡り、ご近所を徘徊していて近所の奥さんに見つけていただいた前科がある。部屋中捜しているとラグマットの一部がミョ~に盛り上がっていた。まさか・・・中を覗くとサクラが寝ていた・・・サクラは(と言うよりカメは)頭がいい。それから何度かリビングで遊ばせたが必ずラグマット下の同じ位置に潜り込む。リビングの地理を把握している。という訳でそこがかなりお気に入りらしく、一度潜るとしばらく動かない。だいたい一週間は潜りっぱなし・・・たまに生死が気になって中を覗くと迷惑そうに目を開けるが小春日和になると思い出したようにカタカタと出てくる。そしてその時、浅いオケに水と(食べないけど)餌とサクラを入れ、勝手に脱出するまで放っておく。気付くといつものラグ下のいつもの位置でまた眠っているかなり教科書とは違った飼育だが本人は意外と辛くなさそうだ。
2005/01/17
昨日私のお母さんが‘慣れない育児で疲れているだろう’と私を気遣って出張家政婦として来てくれた。心から感謝だ!昨日の娘は朝から夜中までグズグズだった。そんな訳で母も一日孫のグズグズに付き合わされた。「大変だねぇ~」と母はしみじみ言っていた。2泊3日で土曜日に帰る予定だったが、天気予報ではその日は大雪。そんな訳で急遽、金曜日に帰ることになってしまった。超サビシイ~。「残念だねぇ」私が母に言うと「でも楽しんで育児をしている感じがするし、特に手伝わなくても大丈夫そうだね。やっぱり若いとなかなかこうはいかないと思うよ。年をとって色々経験した後だからだろうねぇ。」と言われた。ビックリした。スゴイ評価だ!人が見たら楽しんでるように見えるんだ~、へぇ~って感じ。それに母の言う通り、この年だからここまで可愛いことに気付くような気もする。意味もわからず3時間泣きをされたりするとさすがにつらいがとりあえずその前に可愛いからね~。それに「育児は思い通りにはいかない」と散々様々な人から聞かされてきたのであきらめている部分があるせいなのかもしれない。これからも適度に気を抜き、手を抜き息詰まらないようにやっていこうと思う。そして今、上野の博物館で唐招提寺展をやっていて国宝級の仏像に会えるらしいので早速次回の出張家政婦の予約をしておいた。趣味の仏像鑑賞、健在!!お母たま、本当にありがとう!!
2005/01/14
1/8の日記に続く話例の6人の中の1人から年賀状が今日届いた。明らかに私のが届いて慌てて送ってきた雰囲気。きちんとした性格の子なので、もし積極的に彼女が出したとしたら1/3までにつく。ってか数年前にはそうだった気がする。彼女は私が数年前に絶縁状を送ったA子とのパイプが太い子なので、それを見せられて『ドン引き』したんだと察する。多分それでその内容をかなり誤解されているような・・・現に絶縁状を送って最初のお正月から年賀状の送られてくる時期が大幅に遅れるようになった。彼女との付き合いを切るつもりは全くなかったがあえて連絡して誤解を解くような気力も私にはない。そんなこんなで最近は年賀状でしかやりとりがなくなってきた上、唯一の年賀状でさえこんな感じ。年賀状の件の他にも色々思い当たる事もあるが私的には年に葉書代50円しかかからないし、パソコンのお陰で手間もかからないのであえて「もう出さない!」と、やりたくはないのだが彼女にとって私がどうでもいい存在になっているのなら、「ま、いっか」って気がする。また来年‘そういえば彼女から年賀状来ないな~’と気を揉むのもなんだしだったらもういいや。こうして人との付き合いって消えていくんだな~。「ハイ、消えた!」(愛川欽也 風)
2005/01/12
今日は私のお父ちゃんの誕生日だ!昭和10年生まれ。ってことは・・・ナ、ナント70歳!?ありゃ、ビックリだわ。たまにお父ちゃんの運転する車に乗ると「オヤジ、年とったな~」と思う。いつも強引に合流してたのに最近では合流するタイミングが遅くなった。安全運転になるのならいい事だが、流れを乱すほどトロくなったら危険だ。そこまでになってしまったら姉と私で免許を取り上げないとっ!とにかく元気に長生きして欲しいと思う私なのであります!
2005/01/10
私には中学時代からの友人グループ6人がいた。それぞれ結婚した。嫁ぎ先は皆バラバラで新潟、群馬、東京・・・結婚式が行われる度に私は、一人暮らしで少ない給料だったがお祝いを包んで快く出席した。私の結婚は29歳。グループで一番最後。結婚式は家族のみでハワイで行ったので、友人は都内で披露パーティという形で招待した。皆、忙しい中快く出席してくれたが、例の中学時代の友人仲間は?と言うと、切迫早産で外出禁止:2人(多分)お金がない:2人理由の記載なし:1人で、結局出席してくれたのは1人だけだった。・・・欠席なのは仕方がない。しかし、欠席した人からお祝いは貰っていない。それより「欠席でごめんね~」という電話さえもなかった。ただ一人出席してくれた友人は「みんな子供がいて大変なんだよ」と私をなだめた。そんなことは理由にならない。子供がいると大変・・・じゃあ、子供がいない人は大変じゃないのか?自分は祝福してもらって、相手にはそんな態度でいいのか?夫の友人で欠席した人は、後から現金書留でお祝いをわざわざ送ってくれた。タテ社会で学んだのか、夫の友人は義理がたかった。‘だからオンナっていうのは社会でバカにされるんだよ’オンナというよりは私の周りだけかもしれないが、私の身近にこんなカスみたいのがいたなんて!概してオンナってのは図々しい・・・と、淋しく思った。‘もう切ってもいいや’と思ったので、『お金がない』・『理由の記載なし』の人には辛辣な絶縁状を送った。その彼女たちが以前出産した時にも、ささやかなプレゼントと渡したが多分、自分が貰ったことなど誰も覚えてないだろう。風の便りで私が出産したと聞いても何にも感じないんだろうな。
2005/01/08
お笑いコンビのカンニング中島が白血病と聞いて驚いた。最近何で竹山がピンで仕事してるのか気になっていたが・・・頑張れ!中島!!頑張れ!竹山!!頑張れ!カンニング!!
2005/01/07
いや~、夕べの喧嘩はハードだった。最近、ウチの赤ちゃんは毎日意味不明の3時間泣きをする。だいたい19:00~22:00の食事中。私があやしている間に夫が食事。夫の食事が終わると私の食事。こんな感じで夫婦仲良くやっていた。昨晩21:00ごろ、私がダッコをしていて娘が寝そうになっていた。すると大きなテレビの音で娘がビクッ!と目を覚ました。「音、小さくして」娘の眠りを妨げないように夫に注意。聞こえてないのか無視なのか、全く動じない。「音、小さくして!」「音、小さくして!!」「音、小さくしてっ!!!」4度目でやっと聞こえたのか、と思ったら「じゃあ、消すよっ!」とキレてきやがった。クッソー、ふざけんな!今までの苦労が水の泡だろうがっ!!この時ばかりは理性が働く自分を憎らしく思った。最近ニュースに出てくるような若者だったら『ブスッ』とやっていたかもしれない。そのくらいアッタマにきた。悔し涙でしゃくりあげる私の顔を僅か2ヶ月の娘はキョトンと見てた。娘を夫に渡し、私はフスマをバンバン叩き蹴り飛ばし、限界までデカイ声で叫んで発狂した。夫は謝ってきたが、もう許す気さえない。それから深夜2:00まで話し合いをし、私にも落度があるという夫の話も聞いた。しかし、私は認めない。何故なら私は悪くない。今日になってみると理性の働いた自分に感謝する。夕べの話し合いはお互い睡魔でウヤムヤになり、今日はいつもの毎日に戻ったからだ。お父さん、お母さん!私に理性を教えてくれてありがとう♪
2005/01/05
わが娘、最近要求のわからない泣きをする。オムツ・ミルクとできることは済んでいる。‘こんなこともあるだろう’とあまり気にせずやっているが、ダッコってヤツにも体力がいる。産後2ヶ月の現在、全体的にイマイチ締まりのない身体になってしまった私はこれはチャンスとばかりにダンベル代わりに娘をダッコ。ダッコしながらスクワット。二の腕を細くする為、腕をひねってのダッコ。・・・まだ成果は出ていない。私の誕生日は3月。その日までにウエストを妊娠前に戻してみせる!!ついでに今年の目標は『前向きに生きる』(笑)超マイナス志向の私。試しに今年はプラス志向に生きてみる!何か変化あるかな~?でも細木数子ちゃんによると天王星人(+)の私は、「健康運に問題アリ」との事。早速イヤ~な気分になって、「あっ、違う違う!!ただの忠告だ!」と自分に言い聞かせるのでありました。大丈夫?私?
2005/01/04
去年は1月から体外受精というビッグイベントから幕開け。2月の節分に妊娠していることが判明!と同時に卵巣刺激薬の副作用で入院。でも思ってた以上に自分が妊娠していることを嬉しく思った気がする。安定期6ヶ月の6月になって、自分が妊婦ということに慣れてきた。8月、切迫早産で入院。真夏なのに16日間シャワーの許可が出なかった。10月、3日かかっての出産。翌日、赤ちゃんがケイレンを起こし小児科に入院。先天性心疾患と判明。ショックで自分が何処にいるのかわからなくなったのを覚えている。11月、手術を視野に入れ赤ちゃんK病院へ転院。産後10日目からセッセと毎日面会に一ヶ月通った。12月、赤ちゃんK病院を退院。緊急の手術を回避!しかしその4日後、Rsウィルスで赤ちゃんまた一週間入院。・・・いやぁ、激動の一年だった。でも幸せな事に、実りのある一年だった。娘が病気ということについては恐ろしいくらい辛い気持ちを味わったが娘のお陰で今までの人生で味わったことのない『幸福感』を感じる事ができた。「狙ってたオトコに口説かれて初デート」ってのも結構な幸福感だった気がするけどもっと心の奥底から満たされる感じだ。娘のお陰で当たり前を大変ありがたく感じる、という『トクする体質』になった。とにかく今年一年、幸せに過ごしたい。そして娘の『動脈管開存症』『心房中隔欠損症』がふさがるように!ついでに世界中の戦争がなくなりますように・・・
2005/01/02
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