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次男くんの誕生日が近くなったある日、聞いてみた。「なーんでも好きなもの作ってあげるから、ママにリクエストして!」そしたら次男くんったら「ごめんね、ママ。お家じゃなくてレシュトラン(レストラン)でお誕生日やりたいんだ」と言われてしまった彼には、大都会の真ん中なのに全面ガラス張りで緑が見えて明るい、御贔屓にしているレストランがある。私たちも大好きだが、特に次男くんお気に入り。そこを指定してきた。あの…予算オーバーなんですけど??長男くんなら「ママの〇〇が食べたいな!お部屋も飾ってパーティしてね!」となるのに次男くんは本当にハッキリしている。家庭料理じゃなくて、お外のごはんを指定するあたり、すごく彼らしいパパに、レストランを希望されたと言ったら大笑い。次男くんらしいね!ぜひ叶えてあげよう!とレストランに決定。プレゼントもパパ直々にリクエスト。「お兄ちゃんは子ども聖書を持ってるけど僕は持ってないから、聖書にしてね」と。パパは絵がとってもきれいな、ストーリーバイブルを買ってきた。食後にもらった時はご満悦の顔4歳になった。今春からは幼稚園。すごーく小さく生まれたけれど、周りを圧倒する生命力で今までぐんぐん大きく育ってくれた。赤ちゃん言葉は相変わらずで、夜のオムツもいまだに取れないけどしっかりとした自分を持った、可愛い&かっこいい男の子に育ってくれている。これからもずっと、みんなの予想を遥かに超えた発言で笑わせてね
2011年02月28日
韓国の帰省はやっぱり体にハードだったのか、帰国して数日して長男くんから順番に、弟くん、私、パパとインフルエンザに。感染力の強いA型。39℃を超える高熱、全身の痛み・倦怠感、鼻水、咳…家族全滅ようやく終盤に差し掛かり、まだパパが少し微熱があるぐらい。あー、きつかった
2011年02月16日
前回の秋夕の帰省に引き続き、半年弱での帰省、今回は若干短めの一週間。帰る前から「氷点下の極寒」に怯えていたけれど、行ってみたら幸いなことにちょうど寒さが緩んだ数日間で日中は暖かい日差しが出てそんなに凍えることはなかった。寒さも、想像していたより、心地よい寒さ。日本のようにジメッとした寒さではなく、乾燥したピリッとした寒さなので気温は断然韓国の方が寒いはずなのに、嫌な寒さではなかった。が、やっぱり田舎の野中の一軒家。一度は外のボイラーの管が凍りつき、オンドルが効かない状態に。外出から夜7時過ぎに帰宅して夜中12時過ぎまで動かなかった時はまさに凍えた。一畳半分ぐらいの電気マットの上に布団とかけて、みんなで潜り込み、寒さを凌いだ。今回の滞在中、大きなイベントとして、子どもたちの成長記録として写真のアルバム作成。日本では七五三の時期に着物を着せて記念撮影をするけれど、我が家は七五三はせずに、教会の幼児祝福式にだけ出たので、きちんとした写真が残らない。でも、可愛い時期の姿を撮り残しておきたい!という気持ちが強かったので韓国の写真スタジオで着せ替えしながら、いろんなポーズを撮影することに。もちろん日本にもスタジオはあるけれど、韓国のなんとも言えないキメキメポーズや、衣装のわざとらしさ、背景の作り込み、が素敵な韓国スタジオで是非とも撮りたい!ということでスタジオを義姉に予約してもらった。ちょうど前日に上の前歯が抜けた長男くんは歯抜けの写真で可笑しかった。以前、長男くんは一歳記念に韓国でアルバムを作ったが、次男くんはやってあげてなかったので(二人目は写真が少ないとは本当…)今回は兄弟で仲良く写真撮影。弟くんは撮られることに快感を覚えたらしく、悦に入っていた(笑)家族写真も撮ってもらい、いい記念になった。実家では祭祀準備。今回は前回と違って、出産を終えた義弟のお嫁さんも交えての料理。子どもを産んでアジュンマの仲間入りしたお嫁ちゃんは以前よりも明るく交わりができるようになっていたが、それでも…。何でも自分で率先してやることを美徳としているのか、全て「私がやります」と取って行く。でも、全てを取られてしまうと私もやりようがなくて困ってしまう…。外国人でも、韓国語が上手じゃなくても、マンミョヌリは私なのにたててくれようとはしない。パパは「~してくれる?」「~しておいて」とかパンマルでいいんだよ、というが私にそれらを使う機会はほとんどなかった…。義母のキツイ方言はただでさえ難しい韓国語の中でもかなり上級。指示が聞き取りにくいので戸惑うことが多い中お嫁ちゃんも「私も方言はよくわからないんですよ」と目配せしてきたり。なんかちょっとイラっとしてしまう、小さい私だった祭祀料理準備の前日、実は私の体調は最悪だった。夜中、胃がムカムカして吐きそうだし、お腹はしくしく痛んで今にも…。だけど、その日は義弟たちが夜中高速道路を移動して田舎に朝方到着予定。リビングでウトウトしながら彼らを待つ義母がいる手前、何度もトイレに行くことはかなわない上に立ち上がることすらきつくて、海老のように背中を丸めて耐えていた。だから一睡もせずに冷や汗をかきながら暗い部屋で待って、朝方到着と同時にお迎え。きつかったなぁ。だから次の日、次々と焼きあがるチヂミや天ぷら各種もひと口も味見もできず油の臭いに吐きそうになりながら、ただひたすら焼き続けた。その日はほとんど絶食。食べ物を入れたら最後、悪くなるのは分かっていたので、胃がすっきりするメシル(梅汁?)だけ飲んで過ごした。もちろん義母たちは心配気だったが、私が食べたくない、いや、食べられない状態だということをパパが説明してくれたのであんまり強くは言われずに済んだ。今回の滞在のビッグイベント2は韓薬を作ったこと。舌や脈診に続いて問診。そこで私が最近続いている体調不良をぶちまけるのを全て横で聞いていた義母。あーあ、みんなバレちゃった。それにしても、すっご高いのね~韓薬私だけでなく、パパと義母も作ったので、支払いは10万円ぐらい?(よくは知らないけど)これだけあれば旅行できるよ…とパパに不満気に言ったら、健康になってから言いなさい、と逆に怒られた。私は薬がすごく苦手。でも、パパの強い勧めで今回はどうしても実行。どうしよう、飲み続けられるかな、臭い韓薬そして、最後にまたまた事件が!祭祀が終わり、それぞれの実家から義姉家族&義妹家族も駆けつけ総勢15人になった私たち。なのに、なんと、水を配給するブレーカーが壊れたとかで村の上部一帯の水が出なくなるという事態に!!!初めは数時間かと思われた断水も、結局丸二日半続き、結局私たちが帰国してからの復旧となった。私たちの滞在中、村の下部の知り合いのうちに水をもらいに行ったり飲み水を大量に買いに行ったり、それはもうサバイバル状態。それでも食事は手を抜かない韓国人、ソルコジできないからお皿は山のごとく積み重なっているのに、時間になるとしっかり食べる。恐れ入りますホント、今回もいろいろ体験させてもらいました今回は一週間とはいえ、中身が濃くて、一週間とは思えない心身共に疲れた滞在だった。だけど、2回目となった祭祀の準備は少し要領も得てきたからよかった。そして、特に印象に残るのは、子ども達が成長したということ。長い移動も、仕方なく連れ出した夜の用事も何もかも、全てにおいてうまくこなしてくれて大きくなったんだなと感心。今回も無事に帰ってこれて感謝~!!
2011年02月07日
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