『勝手にしやがれ!!』 セックス・ピストルズ 「Never Mind the Bollocks, Here's the Sex Pistols」Sex Pistols(77) 『ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン』『プリティ・ヴェイカント』そして幻の話題作『アナーキー・イン・ザ・U.K.』を含む全ロック・ファン待望の処女アルバム
A面 1.さらばベルリンの陽- Holidays in the Sun 2.ライアー- Liar 3.分かってたまるか- No Feeling 4.ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン- God Save the Queen 5.怒りの日- Problems B面 1.セヴンティーン- Seventeen 2.アナーキー・イン・ザ・U.K.- Anarchy in the U.K. 3.お前は売女- Bodies 4.プリティ・ヴェイカント- Pretty Vacant 5.ニューヨーク- New York 6.拝啓EMI殿- E.M.I. 2週間ほど前にPCがクラッシュして買換えたため、今更ながら今回の駄記事がWindows11での初投稿となる。まぁどうでもいいわな、勝手にしやがれ! ということで今回は英国のパンクバンド、セックス・ピストルズ(Sex Pistols)のデビューアルバムにして唯一のスタジオアルバムとなった「勝手にしやがれ!!(Never Mind the Bollocks, Here's the Sex Pistols)」を取り上げる。
原題の「Never Mind the Bollocks」は “くだらないことは気にしない” というような意味で、Bollocksは英国の俗語で “くそっ” とか “なんでやねん” といった俗語だそうだが(睾丸の意味もあるらしい)、「勝手にしやがれ」というのは60年に公開された仏映画「À bout de souffle」の邦題を拝借したものと思われる。販売元である日本コロムビアさんの単なる手抜きかもしれないが、このアルバムに相応しい邦題だ。
セックス・ピストルズのオリジナルメンバーはvoのジョニー・ロットン(Johnny Rotten)、gのスティーヴ・ジョーンズ(Steve Jones)、bのグレン・マトロック(Glen Matlock)、dsのポール・クック(Paul Cook)の4人であった。 72年にスティーヴ(当時はvo)とポール、gのウォーリー・ナイチンゲール(Wally Nightingale)の3人はストランド(The Strand)というバンドを結成し、盗んだ楽器を演奏していたという。バンドはロンドンのキングス・ロードにあったマルコム・マクラーレン(Malcolm McLaren)とヴィヴィアン・ウエストウッド(Vivienne Westwood)が経営するブティック「Too Fast to Live, Too Young to Die」によく出入りしていた。このブティックは「Let It Rock」という名で71年に開店したが73年の改装時に改名、更にその翌年には再改装して「SEX」という店名になった。その店で働いていたグレンがストランドに加入。 マルコムは74年に渡米してニューヨーク・ドールズ(New York Dolls)のマネージメントを一時手掛けていたが翌年帰国。スティーヴはマルコムにバンドのマネージメントを依頼、承諾したマルコムは早速ウォーリーを解雇し、スティーヴがgに転向することに。そしてvoにはオーディションでジョニーが決定。 75年にライヴデビューを飾り、76年にはEMIと契約してシングル “アナーキー・イン・ザ・U.K.(Anarchy in the U.K.)” をリリース。12月に出演したテレビ番組のインタビュー(生放送!)でのよろしくない言動で一夜にして有名になってしまう。その後も何やかんやあってEMIとは契約破棄に。 77年2月、バンドの楽曲の大半を作曲し、唯一演奏能力が高くて常識人でもあったグレンが脱退。後任ベーシストとしてジョニーの友人で演奏能力のないシド・ヴィシャス(Sid Vicious)が加入した。 翌年3月にA&Mレコードと契約するも、これまた何やかんやあって契約破棄に。プレスされていた “ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン(God Save the Queen)” のプレス済シングルもほぼ全てが破棄された。5月にはヴァージン・レコードと契約してエリザベス女王即位25周年記念祝賀行事に合わせて “ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン” をリリースしたものの、タブロイド紙から強く非難を浴びたうえ、いくつかの大手チェーン店はこの曲を販売中止にし、BBCラジオとテレビ、そしてすべての独立系ラジオ局で放送禁止となった。 77年10月にデビューアルバム「勝手にしやがれ!!(Never Mind the Bollocks, Here's the Sex Pistols)」をリリース。独立テレビ会社協会(Independent Television Companies Association)と独立ラジオ契約者協会(Association of Independent Radio Contractors)がアルバムの広告を禁止したり、ウールワース(Woolworths)やWHスミス(WH Smith)等の小売店も販売を禁止したりしたものの、見事全英1位を記録した。 しかし78年1月の全米ツアーは当初9公演の予定が7公演で打ち切られ、バンドはあっさりと解散したのであった。
アルバム1枚を残して花火のように儚く消えたバンドかと思いきや、96年にオリジナルメンバーで再結成して以降、何度か再結成を繰り返している。何だかパンクっぽくないような気がしないでもない。 その点、2代目ベーシストのシドは79年2月2日、21歳にしてオーバードーズで世を去った。“そのカリスマ性と過激なパフォーマンスに人々は魅了され、波乱に満ちた生涯がパンク・ムーブメントの伝説として語り継がれた” とWikiさんに紹介されており、86年にはシドと彼の恋人だったナンシー・スパンゲン(Nancy Spungen)の自伝映画「シド・アンド・ナンシー(Sid And Nancy)」が公開された。