HANNAのファンタジー気分

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October 11, 2018
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『赤い月と黒の山』 は、異世界ファンタジーのある種の典型でして、①主人公が異世界に投げ込まれる、②そこでの大事件に重要な役割を果たし、③また現実世界に帰ってくる、というもの。
 有名どころでは、 「ナルニア国ものがたり」 『ライオンと魔女』 (C・S・ルイス)や 『はてしない物語』 (ミヒャエル・エンデ)なんかがそうですね。
 読者の興味をそそるのは、①まず異世界の様相への驚きと好奇心。それから、②主人公が果たす、異邦人ならではの役割とは? さらに、③どのように現実に帰還するか。
 (お恥ずかしながら拙作『海鳴りの石』でもその辺を一生懸命追求しております。)

 『赤い月と黒の山』では、そのどれもが緻密ですばらしいのです。
 まず、異世界に転移した主人公の驚きととまどい、どのようになじんでいったかが、細やかに描かれます。ああ異世界に来たんだなあ、で終わったりしません! しかも、主人公が3きょうだいなので、それぞれが年齢と性格に応じた反応を見せますが、はっきり言って「ナルニア」の4きょうだいよりずっと深くて真に迫っています。
 異邦人ならではの役割についても、3人3様の役割があるのですが、最初から分かっていてそれ目指して進むのではなく、あとになって判明するように仕組まれています。
 それから現実への帰還も、予想どおりの帰り方をする弟妹と、予想外のなかなかたいへんな帰り方をする兄とが描かれ、迫力・魅力満点です。

 さきに挙げたルイスやエンデを初め、精巧に創り上げた異世界を披露する作家は多くいますが、ジョイ・チャントの異世界は精巧というよりリアルです。これは私がルイスよりエンデより、トールキンが好きである理由でもあるのですが、異世界の手触りがリアルなのです。

  道は突然、生きもののように見え、ただの固く踏み固められた土とずんぐりした草の帯ではなく、精神と意志を備えたもののように感じられた。自分を見限った人間どもの浮気さなどおかまいなしで、無視されようが気にもとめず、どこまでいっても終わりのない忍耐強い蛇のように、道標の脇を走り、昔ながらの終点へと続く。  --ジョイ・チャント『赤い月と黒の山』浅羽莢子訳

 これは主人公の一人ニコラスが古い街道あとに来た場面の一部です。ニコラスは兄や妹よりも客観的に異世界を観察し、考え深く味わいます。物語の本筋とは無関係な古い道の、このような描写を読むと、まるで作者が本当に異世界に旅して得た感慨をニコラスに語らせているかのようです。

 この本のまえがきによると、実際その通りなのです。作者は子供のころ自分が異世界の女王であると空想し、以来ずっと自分の世界を持ち続け探検しつづけてきたというのです。作者の成長につれ異世界は住民を増やし変貌し、歴史を持ち、豊かになっていき、大人になってその一端を、物語の形で他の人に紹介した・・・それがこの本というわけです。

 様々な異世界を次々と量産する作家も多いなかで、ほんとうに自分の心の拠り所である一つの世界にこだわりつづけたこの作者のやり方は、素人っぽいと言えるでしょう。しかし、その世界は濃密で細部までリアルで、空気の味や石ころの手触りまで、作者が愛でた通りに伝わってくるのです。
 トールキンも生涯、同じ「中つ国」の言語と歴史とを追求した人で、実在の世界の歴史や文化を研究するかのように、ああでもないこうでもないと、自分の創った異世界を探求しつづけました。

 だからこそ、年長の主人公オリヴァは最後に、異世界を忘れる飲み物を辞退して、現実に戻ってきます。

 「兄さん--あれ、みんな本当にあったの?」
  ・・・
 「そうとも」・・・「そうだとも、ペニー。全部本当に起きたんだよ」
                             --『赤い月と黒の山』

 このリアルが、すばらしいです。
 作者は続編、というか、自分の異世界の他の物語をさらにいくつか出版していますが、未訳のようで残念です。





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Last updated  October 11, 2018 11:48:23 PM
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