HANNAのファンタジー気分

HANNAのファンタジー気分

May 28, 2024
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「すずめの戸締まり」 を今ごろ見たHANNAですが、 新海誠 の前2作よりは好きになれました。震災の残したものへの取り組み方とか、色々感想はありますが、何より”椅子”がかわいくて、意味深で、印象的でした。

 小さな木の椅子は、主人公鈴芽が幼いころ、母に手作りしてもらった誕生日プレゼントです。震災以来脚が1本なく、高校生の彼女にはもう小さいので、最近は部屋の片隅に置かれていた模様。

 ちょっと壊れた子供の木の椅子というと、 松谷みよ子 「おし入れにいれられたモモちゃん」 が思いだされます。モモちゃんは椅子を放り投げて壊してしまいます。ママに怒られおし入れの中で異世界ヘ転移した彼女は、ねずみのおひめさまとなりますが、玉座のかわりに置かれていたのは壊れた椅子でした。

  「おひめさまがおよめにおいでになるとき、もってきたいすですよ。」
                   ――松谷みよ子 『モモちゃんとプー』 よりおばあさんねずみのセリフ

 モモちゃんは椅子とともに異世界に来ていたのですね。古びて壊れてもう小さい椅子ですが、

  「モモちゃんのいすよう。あかちゃんのときから、おすわりしていたいすよう。」          ――同前書

とありますから、彼女にとって自分(アイデンティティー)の居場所であることが分かります。

 鈴芽も、子供の椅子とともに旅に出ることになります。「閉じ師」の草太が、封印の猫神「ダイジン」によってこの椅子に変身させられたからです。
 (ところでダイジンこそこの物語の狂言回しというか、典型的トリックスター。原初的なパワーといたずらで周りを引っかき回しながら物事の進展に深く関わり、最後には犠牲となる神話的英雄ですね)

 鈴芽の保護者である叔母さんは、鈴芽が家出した! と慌てるわけですが、子供の椅子を持って家出するというと、今度は絵本 『ピーターのいす』 E・J・キーツ )です。妹が生まれ、自分の椅子が妹用になってしまうのをおそれたピーターは、椅子を持って出奔するのです。

 ここでも、自分専用の椅子は子供にとって自分自身の居場所なのですね。だから家庭内で自分の存在が危うくなった時、ピーターは椅子を持って家出するのです。

 鈴芽の椅子も、おかあさんが作ってくれた点、”誕生”日プレゼントだった点で、鈴芽自身の存在意義=アイデンティティーの象徴といえそうです。それが、壊れたまま小さいまま、つまり震災のあの日のまま部屋の片隅にある。
 部屋が鈴芽の心だとすると、心の中の椅子はもう鈴芽自身が座ることもできない。まして他の人を座らせることもできない。自分自身の落ち着き場所もなく、他人を受け入れることもできない心。

 ここで ビートルズ の有名曲 「ノルウェーの森」 が浮かんできました;

  She asked me to stay
  And she told me to sit anywhere
  So I looked around
  And I noticed there wasn’t a chair
             ――Norwegian Wood より一部

 女の子の部屋に招かれて「どこでも座って」と言われたけど、見回しても椅子がなかった、という歌詞です。単に70年代の若者文化的な部屋だったのかもしれませんが、歌詞の主人公は彼女の部屋=心に、自分の居場所がない、そして彼女自身もきちんと落ち着くことのできない状態(歌詞のあとの方で鳥にたとえられている)であることを、悟らされる感じです。

 これが 村上春樹 『ノルウェイの森』 へと響いていくと、ヒロインの直子(名前の字からして、ピュアでまっすぐだけど妥協できない感じ)の心の中に、主人公ワタナベの居場所がなく、直子自身も精神的に落ち着けないというふうに思えます。彼女が自分自身(の居場所)を探し求めるかのように、東京の町(学生運動の時代で、乾いて荒廃した感じ)をひたすら歩き回る場面が印象的でした。常世の、震災後の荒廃した景色(これも隔絶された世界)の中で母(=自分の居所=椅子)を探す幼い鈴芽にも、ちょっとだけ通じるところがあるように思います。
 結局、あの話では、緑したたるサナトリウムの閉ざされた世界だけが直子の安らぐ居場所だったようで、その対比が切ないですね。

 けれども、鈴芽の場合はダイジン(トリックスター)の介入により、震災で静止した彼女のへやの椅子に、草太が憑依することになります。座れなくても、動いたりしゃべったりでき、触るとあたたかい椅子。生命と変化を感じさせます。
 この時から、鈴芽の居場所・存在意義は、草太である、ということになったようです。私が見ていて心地よかったのは、鈴芽が草太に恋愛感情をいだくのではなく、自分の分身のように一緒に生き生きと旅をしていくところでした。

 草太が椅子として封印の要石になった時を境に、鈴芽は初めて椅子なしで立ち、行動し、草太を他人として尊重し恋愛感情(とはまだ言い切れないけど)を抱きます。彼女は独り立ちしたのですね。
 それを知ってダイジンは要石に戻ります。トリックスターの役目は停滞した物事を推し進めて新局面を開き、その贄となることなのでした。

 というふうに、何だかすっきりと見終われて、よかった、よかった。
 大迫力でそれなりに美しいミミズも、 荻原規子 『あまねく神竜住まう国』 のドラゴンを思いださせて、恐怖というより「畏怖」を呼び起こす荒ぶる神様なんだな、とか思いました。
 かっこいい大猫が、草太の祖父かと思ったら東の要石だったのは、予想ハズレ!でした。





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Last updated  May 28, 2024 12:43:46 AM
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