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2008.04.29
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カテゴリ: 治療
不登校の高校一年生             京都大学の河合教授著

カウンセリングはクライアントのペースで行うものですが、完全に相手のペースではなく、時間と場所に関してのみはカウンセラーのペースを守る事になっています。それさえ壊してしまいたいと、この母親は望んでいるわけです。私はそこまで譲歩出来ませんので改めて約束しなおします。すると約束の日にまた来ません。そして夜になると電話がかかってきて「私は用事があったのでよそへ行っていて、子供には行くように言っておきましたが来ましたでしょうか」と言われました。

これも、この母親の特徴です。自分では意識していないのだけれど、カウンセリングの場面から逃げ出して、子供を矢面に立てようとする。それでも勿論子供は来ない。それから連絡がなくなり、何ヵ月か後に電話がかかってきて「お蔭様で子供は学校に行くようになりました」と言うのです。

その時に私が思ったのは人格の変化を行わずに学校に行ってしまったなというものでした。つまりカウンセリングを受けて、この母親が変わり、この子も変わって行くという大変な仕事をするくらいなら、無理矢理、無茶苦茶でも学校に行っている方がまだ気楽だという感じなのです。ですから治って学校に行ったのではないのですから、どこまで続くか心配していましたが、やはりしばらくしてまた不登校になってしまったのです。

私としてはカウンセリングによって治してやりたいと思っているので、再度お願いできないでしょうか?」と言うものでした。そこで私は「カウンセリングは面接室に来て頂かないと出来ないようになっているので、そこまでの決心があられるのならば、本人を引っ張って来るように」とお願いしました。それから一週間後、祖父が本人を連れてやって来ました。すると本人は前よりも話す態度を持っていて「母親は僕の頭がおかしいから入院させようとしたが、僕はどう考えてもおかしいとは思わないので入院なんてしたくない」そういう話をする。この話の途中の様子として何度も途切れ溜め息を繰り返していました。そして、その時は続けてカウンセリングに来ると言いましたが、しばらくすると、また約束した時間に来なくなりました。この頃には、母親・祖父・本人も来なくなってしまいました。私自身の中の悩みとして、何とかしたいという気持ちはあるのですが、私から出向いていったりすると、あまりにも頼られてしまう。それでは何にもならないのです。だから、どうし向こうの意志で来るように頑張らなければならない。

   自分から「何故来ないのですか」「もっと来て下さい」という電話をしてはいけないと思い我慢をしていました。そうすると次にまた、祖父だけがやって来るようになり「家庭内暴力が出て来てしまった。母親を酷く殴り付けている」と言う。これは不登校の非常におとなしい子でも母親だけ殴り付ける。本人と母親の間の心理的な問題を如実に表わすものなのです。そして「これ以上先生が放っておかれると、うちの嫁と孫が死んでしまう。どうかうちに是非来て下さい」と言うのです。

私は、やはり「こちらへ来てもらわない限り会えません」と断る。これは非常に残酷のように見えますが、不登校の母親の言うとおりしていると、どこまで動かされるか分からない程、要求がエスカレートして行くのです。この頃私は、とことんやってみる決意をしていました。しばらくして祖父から電話がかかってきて「是非ともお宅へ御伺いしたい」と言う。私はこれまで自宅でクライアントと会った事は一度も無かったのです。両者は深くて親しくない関係であり、親しくなる事の危険性を嫌というほど知っていますので自宅では会わなかったのです。ところが向こうが自宅で会いたいという事は、祖父にしてみれば、私と早く親しい関係を持ちたいという表現であると感じました。切る事が出来ないし、行くのが恐いと思って随分と悩みました。自分の心に問い掛けた結果、結論が出たのです。危険であろうと、ここまでやってみたいと思うのならば、頑張ってみようと......

このへんは相当原則を無視してしまうアプローチですが、この場合の母親は冷たい心の交流のない人、ところが心の奥のほうでしっかり子供をギュット掴んでいる、そういう母親を相手にして、この母親を変えなければならないのにそんな人も出て来ない。私が死にもの狂いになってやる必要性を強く感じたのです。そして自宅に呼ぶ事を了承しました。祖父と母親がやって来て、まず申し上げた事は「来たからには、皆で心を合わせてやりましょう。お宅の子供さんが学校に行かないという事は、子供さんだけの問題ではなくて家全体の問題のように思えます。

お母さんもお爺さんも一緒になって、山登りをする事と同じです。その山登りを私と一緒によろうと言われる限りは、私も絶対に最後まで行きます」と申し上げました。そうするとこの人たちも随分心が近づいた感じを表わして来て「どうかお願いいたします」と言われました。私も「そう言われるのならば、原則を無視し明日お宅へ御伺いしましょう」という事になってしまいました。

翌日その家に行きました。昼に行ったのですが、本人はやはり寝ていました。しばらくすると、本当に嬉しそうにニコニコして出て来たのです。家へ行った感じとしては、非常に大きな家ですが、大きくて冷たく暗いといったものでした。私としてはその家の中でその子と話をするのが耐えられなかったので「君、自転車に乗ってどこかに行こう」というと喜んで外に出ました。実はこの子は昼は寝ていて、夜になると自転車でかなり遠くまで行っているという事でした。この子は、母親というか家の中に本当にガッチリ閉じ込められている感じで、学校へ行っていない。ところが母親とそういう感じで、心の底で結びついているような子は心の何処かでは、自立したい独立したいという気持ちが働いています。その時本当の自立は出来ないけれど、真似事としてせめて自転車で遠くまで夜中に飛び出していると感じたのです。この子の自立したい本当の動きは、そのまま動かずどこか陰の方で動いている。勿論本人も其れには気付いていないのです。その心の動きを私自身もやってみようと思ったのです。そして自転車で走り出すと、すごく話をしだしたのです。「実は、自分は小学校の頃も学校に行かなかった。幼稚園の時、中学の時も学校が嫌になった事がある」幼稚園から始まっているのですから不登校のつわものです。

その時思いましたのは、この子の治療というのは私の考えているような「深いが親しくない関係」というような事では駄目で、どこかで相当親しい関係をもたずには進まない。

  どうして学校に行けなくなったのかとか、自己実現の仕事をしようとしているのかとか、母親はどう考えているのかといった重要なカウンセリングを行う前段階の親密になるという事が必要であったと感じたのです。次の休みには一緒にハイキングに行きました。この日は初めて父親に会いました。それまでは、父親がおられるのかどうかハッキリ分からないぐらいの感じでした。だいだいの不登校児の家庭でそうですが、この場合も家では権力が強くない方でした。尚この少年は一人息子でしたが、これも不登校児に多いのです。そして、ポツリポツリと話すのを聴いていると「自分の家は農家だが、母親は商売もしていて仕事によく出て行く。父親は勤めているし、祖父は畑に出ていって自分は一人になる事が多くお手伝いさんに育てられた」と言う。つまり母親との接触が非常に薄かったわけです。大きい農家なのに何故母親が子供を放ってまで商売に行くか疑問に思いました。そんなに儲けなくても子供の為に家にいればよさそうな気がしました。

•家業を継ぐ為に修業に出ると宣言する

カウンセリングをはじめて8ヵ月した頃「絶対に僕は仕事をする。家の仕事を継ぐ。其の為には修業に行かなければならないので家を出るのだけれど、この家の仕事を継ぐ決心をした。そして今までえらくお世話になった高校へ挨拶に行きたい」これには私もビックリしました。ここまで言うのならば本当に就職する気でよくここまで思い切ったなと感心しました。実際に学校に挨拶に行った時は少し複雑な気持ちに陥りました。色々なものから逃げ出していた子が、ここまできちんと挨拶をして自分の家の仕事を継ぐのは立派だという気持ちと、こんなに元気になったら学校へ行ったらいいのにという気持ちがあるわけです。最後に彼に言いましたのは「君もえらい立派に考えてくれたけれど、今になったから私も言うけれど君は学校に行ってもいいし、行かなくてもいいしと言い続けてきたけれど、そういう気持ちのほかに私も半分は常識人で、半分の常識はどんな子でも高校へ行った方がいいと思っている。常識以外の方では高校に行こうが大学へいこうが勝手で好きな事をすれば人間は幸福だと知っているが、半分の常識な方では、高校を出ていないと損をする事が多いという事を私は知っている。そういう常識的な人間として私は言うが、やっぱり高校へ行って欲しい」と言いました。彼は「先生の言う事はよう分かるが、僕は行かない」と答えました。

そして「ここまで私が言わせてもらって就職するのならば、頑張りなさい」と伝えました。

•立派な青年になり、仕事に励む・

それでこの子は就職しました。ただ私の中には、やはり学校に行っていた方がいいのではないかという常識がありカウンセリングがこれで終わったとは思えなかったのです。この子も休暇で帰って来ると「先生帰ってきました」と言って遊びに来てくれるのですが、なんとなく淋しそうな顔をしている気がするのです。

そのような時は無茶苦茶でもいいから学校に行かせたらよかったかな、怒鳴りつけてでも行かせた方がよかったのではないかとさえ思った事さえありました。ところが段々とこの子が変わっていったのです。カウンセリングをスタートしてから8ヵ月すぎて就職をしたのですが、つぎの正月に遊びに来た時には非常に良い感じに変わっていて「先生行ってよかった、就職して本当によかった」と言う。そしてまた高校、中学と不登校で迷惑をかけた先生方に挨拶に行った。その後はクライアントとカウンセラーという関係ではなく、一個の人間として付き合うようになりました。3回目の正月が来た頃にはようやく商売も板についてきて、ようやく私も本当によかったなと思えました。

•このケースをかえりみて

常に悪戦苦闘していて、決して上手く行かなかった。実際にやってみるとこんな感じでそんなに上手くいくものばかりではないようです。この事例によって随分多くの事を私は学ぶ事が出来たと思っています。カウンセリングといっても、色々な場合がある事、多くの問題と困難さを持っている事などを知って頂きたかったのです。                   






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最終更新日  2008.04.29 05:00:42
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