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12月10日 朝6時30分、トルクメニスタンの首都、アシュガバードに到着。まだ真っ暗なので、駅で夜が明けるのを待つ。 8時頃、やっと明るくなってきたが、少し雨が降っている。小降りになるのを待って、宿を探しに出た。大通りを渡ろうとしたら警官に「信号のあると所で渡れ」と怒られた・・・。 宿の場所を描いた地図が簡単すぎて、なかなか見つけられず、結局1時間半ほど探し回って、やっと見つけた。今日の宿は民泊(個人の家で部屋を貸している)で、5ドルで朝夕食付だ。 荷物を置いて、まず、トルクメ航空のオフィスを捜しに行く。この国は航空運賃も非常に安く、鉄道で一晩以上かかる距離を、なんと、1ドル20セントで飛行機に乗れるらしい。多分、世界一安い飛行機だろう。 これは為替の公定レートと、闇レートの差が5倍ほどあり、普通、闇レートで両替をしているからだ。 トルクメ航空のオフィスを見つけ、中でトルクメンバシュまでも航空運賃を聞くと、32200マナト(約1.2ドル、闇レート)と言われ、喜んでパスポートを出したら、「外国人はUS$12を銀行で(公定レート)両替し、そのバンクレシートを持ってきてくれ」と言われた。しかも、料金も56000マナトらしい。 10倍と思うとバカらしくなり、飛行機はあきらめ、鉄道で行くことにしたが、良く考えると、12ドルでもむちゃくちゃ安かった。 鉄道駅に行き、切符売り場に並ぶ。二等寝台(21000TM=約0.8ドル)の切符が買えた。とりあえず、一安心だ。 街の中心にある、トルクメンバシュ・タワーに昇る。なかなかの景色で、新しく近代的なビルが建ち並んでいる。 タワーから綺麗なモスクが見えたので、近くにいた人にモスクの名前を聞き、タクシーで行ってみた。 ここも新しい建物だが、すごく綺麗なモスクだった。
2008.10.31
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1TM (トルクメニスタン・マナト)=0.005円12月9日 朝8時に宿を出て、大バザール近くのミニバス乗り場に向かう。ミニバス(約60円)に乗って、1時間でカラコルという所に着いた。そこでアラート行き(約30円)に乗り換え、約30分で到着。 ここから国境までは、タクシーしかないらしく、ヤツらは強気だ。たった20Kmなのに3ドルまでしか値切れなかった。あきらめて、3ドルでタクシーに乗った。もちろん、乗り合いだ。 11時に国境に着いた。国境はレートが悪いが、現地のお金がなかったら困るので、先に両替(US$10→20万マナト)。最初、1ドル→1万マナトと言ってきた。無茶苦茶や。 1ドル→2万マナトで両替をしたが、後でイミグレのオフィサーが「今は1ドル→2万6000だ」と教えてくれた・・・。 ウズベク側でレギストや税関申告書を調べられたが、ちゃんとしておいたので問題なく出国出来た。 緩衝地帯を2Kmほど歩き、トルクメ側へ。ここでレギストカード代に10ドル払い、入国。 国境から乗り合いタクシー(3万マナト=約150円)で、トルクメナバットという所まで行く。そこからミニバス(225円)でバイラムアリという小さな町まで行った。 ここでタクシーをチャーター(8万マナト=約400円)し、メルヴ遺跡に向かった。 メルヴ遺跡はトルクメのなかで一番来たかった所で、その昔、シルクロードの交易の拠点として栄えた都市だったらしい。 この遺跡もすごい。クズ・ガラやスルタン・サンジャール廟など数箇所を見学。広すぎて全部は回れなかった。 もうクタクタなので、この町で一泊したかったが、5日間のトランジットビザなのでゆっくりしていられない。そのままタクシーで鉄道のマルウ駅まで連れて行ってもらい、アシュガバード行きの切符を買う。 トルクメ人は並ぶことを知らない。インド人よりひどいかもしれない・・・。なんとか、寝台(125円!むちゃくちゃ安い!)が買えた。 待合室で座っていると、地元の子供グループが話しかけてきた。全く言葉が通じないので、身振り手振りで会話を楽しんだ。 夜9時に列車が来たので乗り込み、9時40分発車。駅舎は綺麗だったが、列車はかなりくたびれていた。
2008.10.24
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12月8日 朝7時半に下の食堂に降りる。昨日、言っておいたので、すぐに朝食の用意をしてくれた。 どうやってトルクメニスタンに行こうか考え、結局、ブハラまで戻って、そこから国境に向かうことにした。 9時に宿を出て、バスターミナルに向かい、宿で一緒だった、フランス人のセバスチャンと二人でバスを捜す。 ブハラ行きのバスが見つかり、乗り込んだがなかなか発車しない。セバスチャンが聞きに行くと、「このバスは11時発だ」と言われたらしい。まだ1時間半もあるが、待つことにした。 が、11時になっても出発しない。しびれを切らして、他の車を捜しに行き、「乗り合いタクシーで行こうか」と相談している時に、やっと出発すると言ってきたので、また最初のバスに乗り込んだ。結局、11時40分に発車。 お昼に一度、休憩をして、夕方5時40分にブハラのカルバン・バザールに着いた。 そこからミニバスでアルクまで行き、前回、泊まった「2番地の家」に向かった。しかし、満室だと断られ、どうしようかと考えていたら、別のひと(多分、家族)が僕のことを覚えていてくれて、寝るところを作ってくれた。もう時間も遅いし、助かった。 晩御飯は、近くのケーキ屋でエクレアとチョコケーキ。
2008.10.19
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12月7日 朝8時に起き、ゆっくり朝食を摂り、9時過ぎに町に出る。雲ひとつない快晴だ。 「イチャン・カラ」と言われる旧市街を歩く。巨大な「カルタ・ミナール」や「タシュ・ハウリ宮殿のハラム」を見学。 「カルタ・ミナ―ル」は当初、中央アジアで一番高いミナレットを目指して造られたが、高さ26mで中止されたらしい。でも、26mでも高いし、色付きタイルがふんだんに使われていて、すごく綺麗だった。 さすがに「博物館都市」と呼ばれているだけあって、この小さな旧市街の中に、巨大なマドラサやモスク等が密集している景色は圧巻だ。 夕方、宿の屋上から夕日を眺める。サマルカンドやブハラも良かったが、ここも本当に素晴らしい所だ。
2008.10.17
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12月6日 朝7時半に朝食を頼んであったが、食堂(宿の家族の居間)に行くとまだ用意が出来てなく、これから作るようだ。 8時に部屋まで運んでくれた。朝食を食べてから、出発。 バスターミナルでウルゲンチ行きのバスを捜す。しかし、バスが見つからず、タクシーばかりだ。最初10ドルと言われたが、7ドルまで下がったので、そのタクシーに乗り込み、9時30分出発。 車はティコ(日本の軽自動車)で、乗り心地は悪かったが、定員の4人しか乗っていなかったので、楽チンだった。 車は100~120Km/hで快調に走る。ウルゲンチの50Kmほど手前で停まり、別のタクシーに乗り換えさせられた。直接、ウルゲンチまで行くものと思っていたので、ちょっと戸惑ったが、まあええかと次の車(ふるいメルセデス)に乗り込んだ。 そこから1時間近く走り、午後3時40分にようやくウルゲンチに着いた。先にトルクメニスタン行きの切符を確保しておこうと思い、鉄道駅で降ろしてもらった。 窓口で行き先と日にちを書いたメモを見せると、「ニエット(無い)」と言われた。えっと思い、違う駅名を言っても「ニエット」だった。英語が通じないのではっきり判らないが、どうもトルクメ行きの列車が運休しているようだ。ブハラからも無いらしい・・・。 えらいこっちゃ!!入国日まであと3日しかない。今日はここ、ウルゲンチに泊まるつもりだったが、とりあえずヒヴァまで行って宿の人(英語が出来るだろう)に事情を聞いてみよう。 ヒヴァ行きのミニバスに乗ったのに、なぜかその車は元の場所に帰っていてしまった。ヒヴァまで行く客が僕の他にいなかったからなのか、信じられないことをされてしまった。 一旦払ったお金を返してもらい、トロリーバスに乗り換える。もうすぐ暗くなるのに、40分も無駄にしてしまった。 6時少し前にヒヴァ北門に着いた。もうかなり暗かったが、真っ暗ではなかった。急いで宿を探す。 今日の宿は、「B&B Meros(シングル、$10、ホットシャワー、朝夕食付き)」。 ここの息子が英語が出来たので、鉄道のことを聞くと、どうもトルクメへ行く列車はなくなったらしい・・・。他のトルクメへの行き方を聞いたら、今の時期はバスは無く、タクシーしか無いらしい。ブハラからならバスがあるかもしれないので、ブハラに戻ろうか迷う。
2008.10.13
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12月5日 今日も快晴。気持ちが良い。ぶらぶら歩いていると、土産物屋で綺麗なお皿が売られていた。 宿から1Kmほど歩いたところにある、「チャール・ミナール」を見に行く。「チャール・ミナール」とは、タジク語で「4本のミナレット」という意味らしい。 でも、モスクでもなく、ミナレットでもなく、マドラサ(イスラムの神学校)の門の一部で、マドラサそのものは、もうなにも残っていなかった。 商店に絵葉書があったので、20枚ほど買い、郵便局から日本に送る。切手の下に「年賀」と書いたが、元旦に配達してくれるだろうか??
2008.10.10
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12月4日 今日は宿を引っ越す。20分くらい歩き、ラビハウス近くの「Hotel Rustam Zukhra(ツイン、$10、ホットシャワー、トイレ、TV,朝夕食付き)」にチェック・イン。 今日は快晴なので、昨日見たところももう一度ゆっくり歩く。やはり、青空の下で見るモスクは一段と美しい。 美しい建築物だらけだが、なかでも、「カラーン・モスク」がすごく綺麗だった。↓↓ 食堂に入り、ケーキとチャイで休憩した後で、「ウルグ・ベクのマドラサ」に行き、見学。中に土産物屋があり、愛想に良いおばちゃんに、言葉巧みなに土産を買わされてしまった。 ブハラの古いお札だそうだが、最初、「5ドル」だと言われたので、つい、「1ドルなら買う」と言ったら、じょじょに下がっていき、それほど欲しくなかったので外へ出ようとしたら、1ドルになってしまった。 最初に1ドルならと言ってしまったので、まあええかと思い、買ってしまった。
2008.10.04
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12月3日 朝8時にブハラに到着。駅前の広場からミニバスでラビハウスまで20分。そこから歩いて今日の宿、「2番地の家(無許可の宿なので名前が無い)」に向かう。 宿泊証明は出ないが、一泊2ドルという安さに惹かれ、行ってみたが、4ドルに値上がりしていた。とりあえず今日はここに泊まることにして、明日は違う宿に引っ越すかもしれない。 サマルカンドで一緒だった伊勢さんがここに泊まっていて、今日の夕方、タシケントに戻ると言うので、それまで一緒に旧市街を歩く。ここも綺麗な町だ。 何軒か宿を探した後で、町の食堂でフライド・ラグマン(この店オリジナルか?)を食べたが、味は酸っぱいイタリアンスパゲティみたいで、ちょっと無理があった。 伊勢さんが出発するので、バス停まで見送り、その後で「アルク」へ行った。「アルク」とは城塞のことで、昔の偉い人達の居城だったらしい。 すごく大きく、迫力のあるお城だったが、時間が遅かったのか、見学出来るところが少なかった。 帰りにシャシリク(羊の串焼き)とパンを食べ、宿に帰った。
2008.10.03
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