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抑圧からの開放 これは、合衆国特殊戦部隊、グリーンベレーのモットーである。米国は常に、自分たちを解放軍と考えているので、自由を抑圧されている民を解放しているという信念で戦っている。自らが正義の旗の下に闘っていることは、人にカルタシスを与え、トランス状態へ誘う。営業でも、無駄な情報処理的ルーチンワークからウチのソフトを導入させて、 無駄からの解放を強く訴えかければ、必ず導入していただける。IBMの IBM means service的営業を自然とやってます。「ソフトを売って得られる効果・実績を売る」僕はソフトを買ってもらおうと思ってません。導入すれば、必ず良く変化できるのでそこで喜んでもらう事により、自分の存在価値を感じられるのです。こないだデモ先で、君はテレビショッピングにむいてるよというお褒め?の言葉をいただきました。明日は、第2弾 泥棒国家からの解放についてup
2004年03月31日
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Noblesse Oblige「高貴なる者の責務」よく臆面もなく、こんなことを書けるなぁ。と思う方もいらっしゃると思う。僕は、システムエンジニアを経験したことがあるので自分の家をシステムアナリシスの手法をもちいて分析した事がある。私の実家のある場所は、徳尾(とくのお)と呼ばれる地区である。なぜ、徳尾かとアナリシスしてみた。徳尾は風水学的にみて類い稀なる貴相をしているという自分の分析結果は以下である。結果:徳高き貴相を持った尾根の意味当家の祖高橋 六郎左衛門 が栗山攻めの際、見つけたと考えられる。それでは、風水的貴相の根拠とは何なのかこの地はまさに四神相応の地相なのである中国の家相書「造営宅経」によれば人宅(人の住む家)から左に流れがあることを青竜という 右に長道あるを白虎という 前に汚地(泥田など)ある、これを朱雀という 後に丘陵ある、これを玄武という これを最貴の地とす~この原則を徳尾に置き換えると、青竜=熊崎川白虎=北の川に抜ける道(ただし、現在は熊崎バイパス)朱雀=田んぼ玄武=横岩山を頂点とするの尾の部分に相当するこの地は、龍穴なんだ。エネルギースポット龍穴とは? 一級建築士事務所 江口希之建築都市研究所玄武:山脈の中央にある、とがった大きな山。一般的には、龍穴の北面にある。白虎:玄武の左側にエネルギースポット(龍穴)を囲い込む形で伸びている山脈。一般的には、龍穴の西面にある。 青龍:玄武の右側にエネルギースポット(龍穴)を囲い込む形で伸びている山脈。一般的には、龍穴の東面にある。朱雀:上記の三つの山脈で囲い込まれた場所。広い平地になっており、川の流れでさらに囲い込まれ、その向こうに山(案山)で囲まれている。一般的には、龍穴の南面にある。案山:広い平地(朱雀)を川を挟んでふさぐ形で伸びている山脈。一般的には、朱雀の南面にある。 龍穴そのものには、良質の水(泉、池、等)があり、木々が繁り、大樹が存在する場合が多い。上記の山脈や川が、水が枯渇したり、トンネルや大道が通ったりすると、気脈がとだえ、エネルギーは低下してしまう。龍穴そのものは、他の土と違い、赤または 黄色で渦巻き状などの不思議な文様をえがいており、かえるやへび等が土中から出てくることもある。また、軍事上の管制高地"The Commanding Heights"(203高地のような軍事上要になる軍の動きがわかる高地・丘)としても、自分ならここに布陣する。こんな、地区を選択した中(地区内での当家の屋号)の先祖はすごいと感じた。栗山攻めは、「大友興廃記」という大友家の歴史資料にも載っている事件である。これについてはいずれupします。大分県郷土史料集成 垣本言雄 上巻・大友興廃記 戦記篇大友興廃記続き他 少背傷み 昭13 2冊 58000円 上記3220のご購入はここ(買わないでしょうけど)また、中 家には、他の家にはないものがあります。1.先祖墓の管理(惣領家として確認させる)2.系図(武士としての誇りを確認させる)3.屋敷神 白鬚さん(惣領家として司祭権の確認) これの意味、つまり惣領家としての意識を持たせるためのシステムツールであると気づいた時、打ち震えました。バリバリの科学的思考が、こんなシンクロニシティを発見してしまうなんて、なんという偶然か。だからこそ、Noblesse Oblige「高貴なる者の責務」をトップにもってきているのである。系図を調べているとき、あの高師直の血を引いていると知った時、また驚愕した。会田雄二先生の「よみがえれ!バサラの精神」を読んで以降、偶然にも日本史でもっとも好きなキャラクターだったからだ。このような、不思議な縁に導かれ、今、自分が存在している。以下は、中 家の江戸期以降の歴史を関が原で西軍に組したため、帰農して、徳尾の小庄屋を江戸期は続けていました。明治に入り、家督が譲られてない長男は教師明治20年くらいの資料が自分の地区の小学校に残っており教導として7年勤務して、家領経営に励んでいました。
2004年03月30日
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今日のmajilifeさんの日記は珠玉だ。ついいっぱい書き込んでしまった。これを見て欲しい。インタビュアー(井上トシユキさん) 森永1203インタビュー抜粋なぜ300万円なんですか? 「現状、ハローワークで紹介される仕事がだいたい月収で20万円内外、それにボーナスを見込むと300万円ぐらいでしょう。それに、標準世帯で年収が300万円ならば、所得税がかからないからです。年収300万円という選択は、お金持ちになろうとするよりよほど簡単に選択できますし、私は年収300万円レベルで十分に暮らせます。事実、いまもそれぐらいの暮らしぶりですよ」 ――オブジェクションのもうひとつは、まさにその点です。要するに、森永さんは立派な会社の社員で、テレビや雑誌にも頻繁に登場し、ベストセラーも書いた。どう見繕っても300万円以上の年収を得ているのに、他人に対して年収300万円で我慢しろとは片腹痛いというものです。 「たしかに、いま、私の年収は300万円を遥かに超えています。しかし、固定給をもらっているわけではないんですよ。詳しいいきさつは本書に書いていますが、私は現在、月に80本ほどの原稿の締切があり、そのほかに講演やテレビ出演などの仕事があって、年間で5700時間ぐらい働いています。でも、ずっと年間300万円レベルの暮らしをしてきていますから、特に派手な生活をしているわけでもありませんし、心情的には庶民の生活ぶりにシンパシーがあります。ただ、おカネは欲しいんです。それというのも、ちょっとした夢を実現したいと思っているからなんですね」 中略本書のなかでも、各種制度を使った節税や工夫、株主優待やクーポン、フリーマーケットなどの利用などとともに、オークションなどインターネット(ウェブ)を活かした趣味の充実や生活リストラなども推奨されていますね? 「楽しみながら工夫をしようと思えば、いくらでもできますよ。ちょっとした知恵と手間をかければいいだけです。それで、肉体的、精神的に、かなり解放されるし、浮いた時間を自分や家族のために有効に使うことができるんです。お金持ちというのは、例外なく非常に頭の良い、優秀な人ばかりです。しかもケチ(笑)。しかし、たいていの人は普通の頭だし、ケチにはなりきれません。したがって、自分が非常に頭が良いと言い切る自信がなければ、勝ち組、お金持ちを目指してラットレースを続けるよりは、自分にとって余裕があり、幸福感を追求できる生活に切り替えたほうがいいのではないでしょうか」 ――しかし、国民の99%が所得税のかからない生活をやり出すと、それはそれで国家的には困るのではないでしょうか? そもそも、年収で800~900万円より少ない人々は、収めている税金の額よりも、受けている公的サービスの額のほうが高いという調査もあります。 「国家的に困らなくする方法や施策はあったし、その機会もあったわけです。でも、政府はそうしなかった。ジャーナリストの吉田司さんが、『年収300万円時代を生き抜く経済学』の書評で『これは逃散のすすめだ』と書いてくださいました。逃散とは、昔の農民たちが支配者、権力者の暴挙や無策に対して正面からクレームをつけるのではなく、安住の地を求めて郷里を捨てて逃亡を企てることです。逃げることによって、支配者側に経済的に大きな打撃を与えず、それでいて自分たちも重圧から逃れられるんですね。ただ、私は、そこまで大袈裟にいうつもりはありません。考え方、見方を変えれば、意外と楽チンな生活があるよ、ということを知ってもらいたかった」 ふーん、タカリの助長か?この本を読んで、ボケられた方には、村上龍の愛と幻想のファシズム読んでください。マキャベリの君主論でも可。
2004年03月29日
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最初にあるのは個人の「思い」であり、それを真実に向かって普遍化・正当化していくダイナミックなプロセスが「知」であるということです。それでは、僕の正当化された真なる信念(Justified True Belief=思い、夢、仮説、問題意識、モットー)はなにかを宣言します。1.Noblesse Oblige「高貴なる者の責務」2.De Opresso Liber「抑圧からの開放」3.First to Fight & Go for Broke 「真っ先に闘う」「打ち砕け!」です。では上記をどう、ブレークダウンして結晶化させるかですが。 1.Noblesse Oblige New Modelの育成内容現状をより良く変えてくれる力量をもつ人=ニューモデルと私は定義しています。では、具体的にニューモデルとは?1.旧勢力と闘える勇気をもっていることが前提条件2.論理思考・システム思考ができる3.簿記・会計能力があり複式的発想力がある4.コミニュケーション&ファシリテーションスキル5.モチベートスキル6.ジェントルマンシップをもっている事まずは自分自身の育成そしてそういった若者の育成です。ニューモデルはピューリタン革命に活躍したオリバークロムウェルのニューモデルアーミーからきています。オリヴァー・クロムウェルのニューモデル軍「新しい型の軍隊」は最初の大衆の民主的軍隊であった。兵士達は志願者であり、傭兵や強奪する男達ではなかった。彼ら自身の言葉を借りると、彼らは自分自身それに国民の正当な権利と自由を守るために 闘っていた。ニューモデル軍ではすべての兵士は同じ軍服を着、そして能力がある者は将校にもなれた 2.De Opresso Liber 現在の仕事面では、手形管理ソフトを通じて事務省力化させ手形に関する事務負担からの解放運動通じて実践もうひとつは、故石井紘基議員の維新塾を通じて、実践する。この件については、故石井紘基議員のお嬢さんの石井ターニャさんから、この維新塾の継続に対してコミットメントする機会を与えていただいたので、構造改革のための25のプログラムの実現に対して寄与する決意である。 3.First to Fight & Go for Broke 「泥棒国家」Kleptocracy(クレプトクラシー)との対決これは上記の行動にあたって、具現化してゆく。泥棒国家の完成 ペーパーバックス『日本がアルゼンチン・タンゴを踊る日』『ヤクザ・リセッション』に続く第3弾完結編! 小泉「構造改革」政権が続くかぎり、あなたの生活はどんどん貧しくなる一方である。なぜ、日本人はこのトリックに気がつかないのだろうか? 2003年11月の総選挙general electionで、日本国民は救いがたい泥沼に落とされることになった。「政・官・業・ヤクザ」の鉄の連帯iron coalitionは、ますます強化され、日本経済の復活rebornはありえなくなった。 現在の日本は、「泥棒国家」Kleptocracy(クレプトクラシー)である。日本をダメにした「政・官・業・ヤクザ」連合という泥棒たちthievesが国民の金を巻き上げ、それで延命をはかっているだけだからだ。 次々に国有化される銀行や企業は、この国が共産主義「統制経済」controlled economyになったことを表している。そして、日本の国際的地位はますます低下し、いまやアジアも日本抜きAsia withoutJapanで動くようになってしまった。 日本人はいまこそ、勇気をもってこの構造structureを破壊し、自分たちの手で本当の民主主義国家democratic stateをつくるべきではないのか? 日本人はいつから、こんなに臆病cowardになってしまったのだろうか? 日本の危機Japan’s crisisは、経済の危機ではなく、日本人が勇気braveryをなくしてしまった危機である。 日本人が臆病であり続けるかぎり、日本に未来はない。アルゼンチンの亡霊が姿を現す日が迫っている。 夜はやがて明け、日は必ず昇るものだが、「日が2度と昇らない」The SunNeverRises Again.ことだってある。著者についてB・フルフォード[Benjamin Fulford]米経済誌『フォーブス』アジア太平洋支局長。1961年カナダ生まれ。上智大学比較文学科をへて、カナダ、ブリテッシュ・コロンビア大学を卒業後、日本でジャーナリスト活動に入る。米紙の東京特派員を経て、現職。著書に『日本がアルゼンチン・タンゴを踊る日』『ヤクザ・リセッション』(ともに光文社ペッパーバックス)。●著者からのコメント 私のこれまでの2冊の本は、かなりの反響を呼びました。それは、正直に日本に対する思いを書いたからだと思います。この本も、また同じ気持ちで書きました。だから、かなり危ない目にもあいました。ヤクザからカマボコにしてやると言われたり、サハリンではロシア・マフィアに殺されそうになりました。 でも、私の本の担当者はヤクザより非情です。私が書きすぎて殺されたらどうすると聞くと、「その方がいい」と言うんですね。なぜなら、そうすれば、本は間違いなく大ベストセラーになるからです。 ともかく、私は日本が心配で本を書きました。それは日本を叩こうというのではなく、日本が好きだから、早く立ち直ってしてほしいという気持ちで書いたのです。本当にいろんな優秀な日本の企業人にもたくさん会っています。日本人の素晴らしいところも、いろいろ見ています。明治時代をつくった日本人は素晴らしかった。それなのに、いまの日本は、民主主義国家ではない、悪い連中が支配する「泥棒国家」(クレプトクラシー)です。 じつは、私の実家フルフォード家は、戦前から、この東洋とはつながりがあります。戦前は、上海に工場を持っていました。また、私の祖父はビジネス界からカナダの国会議員となり、戦前の排日移民法には、カナダの連邦議会でただ1人反対した人間です。 そんなわけで、私自身もまだまだ日本に惹かれているから、早く悪い連中を排除してくださいという気持ちなんです。
2004年03月28日
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経営的視点から人材価値を考える「知識とは深い思索や実践を通じて自分のものになっている情報だといえます。哲学的に言えば、 正当化された真なる信念(Justified True Belief)となりますが、信念は、思い、夢、仮説、問題意識 と言い換えることもでき、それらはすべて主観的なものです。ただそれだけでは他者に伝わりませんから、言語化して正当化されないと"知"は完成しないわけです。また先日バークレーで主催した「ナレッジとインターネット」と題したナレッジ・フォーラムでは、ITという言葉は半分くらいしか耳にしませんでした。ITよりも、人々の間にどのようにして信頼を生み出し、"知"を生み出していくかといったようなことが議論の主題であり、現在の日本の、ITがすべてといった風潮は、時代遅れだと思います。ITでは情報の共有はできても、そこに人間を組み込まなければ"知の創造"はなし得ません。ナレッジプロデューサーを育成するためには、いかに高質な暗黙知経験を形成するかが大切であり、それは修羅場経験だということもできます。そして高質な経験を概念に転換する能力が最終的には求められます。 修羅場を潜り抜けるタフネスと、概念構築能力をあわせもった人材 を、私は、 知的体育会系 と呼んでいます」(野中郁次郎氏) 2000 年 11月 10 日野中先生の試み知識創造企業私も北陸先端大学院の方で今度、知識科学研究科という科を世界で初めてつくりまして、来年からこの大学院大学で教えます。これは経営学、認知科学、創造性開発、生命科学、複雑性システムなど文系、理系を融合したもので、共通のコンセプトは知識創造なんです。つくりたい人材は知のプロデューサーです。ただコンセプト創造だけでなくて、それを実現する足腰も強い、 知的体育会系をつくろうとしているんですがと、もう5年前の話です。
2004年03月27日
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昨日の日記にも書いたが、知的体育会系の概念にうちふるえています。知的体育会原則1.justified beliefをもつ「哲学では知識を「正当化された真なる信念」と定義しています。最初にあるのは個人の「思い」であり、それを真実に向かって普遍化・正当化していくダイナミックなプロセスが「知」であるということです。他人や本から得た情報を「知」にするには思索、実習、実践などを通じて能動的に自分のものにしなければなりません。」と述べています。知は実践から生まれるのです。2.「クリエイティブ・ルーティン」例えば大リーグのイチロー選手。彼のすごさは自分の理想とするフォームをイメージし、実際のバッティングと理想のフォームとのギャップをフィードバックして改善し、常に理想に近づけていくところにある。実践と分析が一体化しているわけですね。これがクリエイティブ・ルーティンの真髄です3.綜合力をもつ一人ひとりの社員が高い志をもち、常にこうした力を磨いて、個人から集団へ、自己から組織へと絶えざる綜合、弁証法的飛躍を続けていく。つまり知の綜合力で勝負する。何でもやる総ではなくて正・反・合の「綜」、まとめるという意味の「綜合力経営」です。それにはまずSECIの原点に戻って、知を創造することです
2004年03月26日
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知識経営の泰斗、野中郁次郎先生の新しいコンセプトがプレジデントに発表されました。そのコンセプトは「知的体育会系」です。知的体育会系:論理分析と直接経験・理論と実践・形式知と暗黙知・一見矛盾しているものを自分の中でスパイラルに回しながら成長していける人材と定義この知的体育会系とは、自分が追い求めてきた姿です。大学時代、熱血武闘派体育会系であった僕は、当時、就職時安部一成先生から、伊藤忠のA副社長を紹介されて受けてみました。そのA副社長は、山口銀行に入った後、海外への夢をすてず、退職してフルブライト留学生になり、その後、伊藤忠に入社して副社長にまで上り詰めた方でした。A副社長は、安部先生の一期後輩でした。そのA副社長は、キルゴア君、君は英語は、どうだ!全然できません!簿記・会計はまったくですじゃあ、コンピュータはさわったことがあるくらいです。敢無く敗退!同時に商事では九州支社長のN支社長に最終面接で、ロジカルな質問をされうまく会話ができず、敗退。それまでは、「商事は海援隊の後裔、(海援隊から商事にいたるまでの歴史を延々と述べ)、少林拳士の僕が龍馬になります」などと、勢いと熱さでくぐり抜け、当時内定の合図といわれた「さいとうたかお著三菱商事」を手に入れ有頂天になり、支社長面接で論理的知力に欠けた馬脚を現してしまいました。キルゴア君、君はU市出身だね、はいU市はどんなところだ水がおいしく、空気もおいしいです。・・・・そうじゃないんだよ、君の出身は、ウチの三村(当時会長)の出身なんだよその他、創成期の三菱には、君の出身地の方がかなり活躍した。その風土を知りたいのだ。げ 後でわかったのだが、福沢諭吉はキルゴアの出身地のU藩に本を売り、それを元手に飛躍し、福沢は荘田平五郎やU市出身のその他の俊英を育て、U市の銀行が危機に陥った際、三菱が買収し、これが今の東京三菱の元になったのだ。その買収された銀行にいたのが、三村会長のお父さんだったのだN支社長はつまり、そんな人物を排出した風土をしりたかったのだ。なんて、キャッチボールのデキネーヤツ。反省です。それ以降も、うちの娘が10時頃、かえってくるんだ!キルゴア君、どうおもう!11時くらいまでならいいんじゃないですか? ・・・沈黙 何故、11時なのかね! いや、ただなんとなく・・・ほー、そうなんだ!11時までが正しいのかね。うん、わかった!じゃあ、時間だね・・・それ以降、システム・論理学・数学・簿記・会計には興味を持ち、システムと論理学に関してはそこそこに会話ができるまでには到達。簿記・会計は目下家庭会計学を打ち立てるべく画策中。数学は、社会人になって本格的に勉強し企画構築力と資料作成力がかなりついたと思う。うまくまとまらないがこれからも知的体育会系でいくぞ!
2004年03月25日
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この楽天日記に「自己主張しすぎる」、「濃すぎる」とまあ、忠告がある。これはプライベートな咆哮であるので、ビジネスの時のように状況にひたすらあわせて、適用させていこうとは思わない。仕事では、クソッタレな販売店に腸が煮えくり返る思いをして(こんな責任転嫁野郎は5%もいませんが)、自分を殺して、いや言葉が悪いな!相手に適応していかなければならない。今日は、言ったいわないで、切れて喧嘩口調でやりあってしまった。上司に、「たとえお前が正しくとも、相手は販売してくれるお客だ。お前がそのようにとられるような状況、もしくは発言をしたから、相手はそうとったのだ、そうとられるように演出した責任はお前にある。たとえ、相手が間違っていても」たしかに、一理ある。怒るのは、ガキだよね!うまくかわして、今後は気をつけますって、引いとけば相手も売り言葉に買い言葉で引くに引けなくなるからね。このように、自分の思いとは別に、ビジネスは環境に合わせていかなければならない。もう一方で、俺はこうなんだ!おかしいことはおかしいってはっきりいいたい。環境適応のため自分を押し殺していては、本当に自分を押し殺して、債権回収をやっているリビングデット(生ける屍=ゾンビのこと)な銀行員みたいになってしまう。不易な自分をここで再認識して、ビジネスで流行にあわせなければならない自分との葛藤を止揚(アウフーベン)してバランスをとっている。このHPはみんなに好かれるHPを目指さない自分自身の価値観と同じ、「自尊好縁」な人とアクセス機能を果たせばそれでいいのだ。マーケットにあわせるのは、思いっきりビジネスでやろう。プライベートは、おもいっきり自分を出す。ただし、周囲に迷惑には注意して 日本を今一度せんたく(洗濯)いたし申候事にいたすべく 日本を今一度せんたく(洗濯)いたし申候事にいたすべく歴史・運命の言葉 NHK総合 「坂本龍馬 青春の志・維新の舵をきる」 後11・00~11・45 歴史のドラマ。そこにはいつも「ことば」があった。「ことば」は時代を揺り動かし、国の運命を決め、人々に感動を与えた。 この番組は、「ことば」にこだわりながら、「ことば」が生まれた物語を伝えると同時に、「ことば」をめぐる背景分析・新事実発見・新たな史観の提示を融合する新しい歴史番組。今回の主人公は「坂本龍馬」。 明治維新実現の背景には、敵対し続けた薩摩藩と長州藩が手を結んだ「薩長同盟」があった。不可能といわれたこの同盟を可能にしたのは、土佐藩を脱藩した孤高の志士・坂本龍馬の力だった。 黒船来航を目の当たりにした龍馬は、当初、攘夷思想に傾倒し、異国船を打ち払い、異人を排斥し、天皇のもとにまとまる国を理想としていた。しかし、勝海舟との出会い・対話から、考えを180度転換させ、日本を世界に開かれた「新しい国家」にするという思想を持つに至る。 番組では、勝との出会いのあとの手紙に記された「日本をいま一度せんたくいたし申し候」という、龍馬の思想の転換点を鮮明に表す「ことば」を中心に、龍馬を取り巻く「5つのことば」を紹介。「せんたく」の意味を、単に幕藩体制を打ち倒し、新政府を作るということではなく、旧来の日本社会全体のシステムや日本人の価値観そのすべてを一大転換させ、欧米にもへつらうことのない新しい社会システム=自由国家の設立をめざした宣言として描き、薩長同盟実現に至るまでの新しい坂本龍馬像を提示する。石井ターニャさんも現代の龍馬が必要といっています。
2004年03月24日
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何事も貸方・借方といった複式簿記的に物事をプラス・マイナスでみて、プラスの可能性を見つけ出せる図太さが必要ですよね。ロビンソンクルーソーを見習いましょう。漂流して1年目の見方(棚卸)貸方=BAD「無人島に流れ着き、救いだされる望みがない」「私は人間から引き離され、人間社会から追放されて孤独だ」借方=GOOD「他の連中は溺れて死んだが、自分は生きている」「不毛な土地でも食料を与えられ、飢え死にしないですんでいる」最悪でも、こんな見方ができるようになれば可能性が開けます。今、フランクリンに学ぶ!マネーコントロールシステムの講座を準備中です。簿記を通じて可能性を追求する考えを伝えるつもりです。簿記・会計についてのフランクリンの考えフランクリン自伝P158~159「私がこんな事をのべるのは、他でもない、わが国の若い女性にこの方面の教育を進めたいからである。未亡人になった場合、音楽やダンスよりも、このほうが自分自身にもその子供たちにも役に立つのである。会計の知識があれば悪賢い男に騙されて損をすることもなくてすみ、子供が一人前になって後をついでやれるようになるまで従来の取引関係をつづけておそらく利益ある商売も営むこともでき、結局いつまでも、一家の利益、繁盛のもとになるのである。
2004年03月23日
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お亡くなりになられた、京大の西洋史学の会田先生の著作に「よみがえれ!バサラの精神」(PHP文庫)があります。そこに、バサラについて定義されています。これはそのまま僕にとってありたい姿・精神です。 会田雄二「よみがえれ!バサラの精神」/より「バサラとは金剛童子のもつ武器“バージラ”よりきたもの。実力と合理性を欠く旧来の権威の一切を否定、伝統による拘束を排し、思いのままに行動し、財あるものは財、能力者は能力のすべてを散じ尽して生きようという精神である。日本の社会、文化の諸相に光をあてれば、その内側に“たかり・狭量・矮小”ともいえる退嬰的精神が見え隠れする。日本が、さらなる発展と真の豊かさを築きあげるためには、一層の進取の気概、バサラの精神こそが必要だ!」散じ尽くす!まさにここに意味があるのです。キューブリックの2001年宇宙の旅でコンピューターのHALの台詞「私は自分の能力をを最大限に活かしたい」というのに通じるのです。そうです、持ちうる資源(リソース)を最大限に活かさなければ、運命の女神から見捨てられるのです。これは、今後マキャベリについて語る時、この意味が理解できるでしょう。親鸞会さんhttp://bookbook.cocolog-nifty.com/bookbook/2004/01/post_4.html
2004年03月22日
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今夜、ホームページを大変更した。さあ!出陣だ!ハンドルネームのキルゴア中佐についてはお気に入り一覧の「キルゴア中佐って」もしくは地獄の黙示録=ジゴモク キルゴアを参照ください。あと、プロフィールを見られた方、初代モールバラ公爵ジョン・チャーチル(1650~1722)についてもお気に入り一覧に資料ありますのでご覧ください。
2004年03月21日
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