2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
全30件 (30件中 1-30件目)
1
シンクロニシティ:意味ある偶然の一致柳田 俊一さん[肩がこらないページ・現代語訳太平記]分室より足利高氏>(内心)うん、あのかすかな音は?・・・鈴の音かな・・・。あそこの神官が鈴を振っているんだろうか・・・。実に神々しいな。足利高氏>(内心)あの神社はいったい、どちらの神様をお祭りしているんだろうか・・・。これから戦場に赴く門出でもあることだしな、どんな神様でもいいや、とにかく戦勝祈願を捧げて行くとしよう。彼は馬を降りて兜(かぶと)を脱ぎ、祠(ほこら:注2)の前にひざまづいて祈りを込めた。(柳田注2)このページ後方にその「祠の写真」の掲載あり。足利高氏>(内心)願わくば、この神社にお祭りされている神様、今日の合戦が我らの勝利に終わり、朝敵・北条氏を退治できますように・・・なにとぞ、なにとぞ、我らに、ご擁護(ようご)のお力をお加え下さいますように。高氏はこのように祈り込めながら社前に座しつつ、そこに来合わせた神官に問うた。足利高氏>こちらのお社にお祭りされている神さまは、いったいどちらの神さまでしょうか?神官>あぁ、こちらにお祭りしとります神様はなぁ、八幡様(はちまんさま)でございますよ。その昔、八幡(やわた:京都府八幡市)の本宮からこちらのお社に勧請(かんじょう)たてまつりまして、ほいでもって、ここにお祭り申しあげとるんですわ。以来、「篠村の新八幡(しのむらのしんはちまん)」て呼ばれてますねん。足利高氏> なんと!・・・八幡さまと言えば、我が源家が先祖代々崇めたてまつってきた、いと霊妙なる氏神様ではないか! このような時にまさにこの場で八幡さまの社に出くわすとはなぁ・・・うーん・・・。足利高氏>私のような凡夫(ぼんぷ)の志でも神さまにちゃんと通じている、という験(しるし)以外のナニモノでもないですね! これはまたとないよい機会、よし、願文(がんもん)を一通こちらのお社に奉献(ほうけん)させていただくといたしましょう。おい、妙玄!疋壇妙玄(ひきだみょうげん)>ははっ!高氏の命を受けて、疋壇妙玄(ひきだみょうげん)はさっそく鎧の中から携帯硯(けいたいすずり)を取り出し、筆を構えてすらすらと願文をしたためた。そして、声高らかに社前にて読み上げた。==願文=====祈願の事、ここにつつしんで申し上げます。思えば、八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)さまはわが祖先の霊廟(れいびょう)、さらには、源家中興(ちゅうこう)の守護神であらせられます。八幡さまの本地(ほんじ:注3)のみ心は、極楽浄土(ごくらくじょうど)の天上(てんじょう)に輝きわたる月光のごとく、その垂迹(すいじゃく:注4)のお姿は、七千余の神々の座の中に光りを放っておられます。仏縁(ぶつえん)をもってして世の人々を教化(きょうげ)せしむるも、非礼(ひれい)の祭りごとをよしとされず、哀れみをもって衆生(しゅじょう)を利し、正直に生きて行こうとする者をご守護下さいます。ああ、大いなるかなそのおん徳、人々がこぞって我が誠(まこと)を、八幡大菩薩さまにお捧げしていくのも当然のことと申せましょう。(柳田注3)本体。(柳田注4)分身。さてさて、承久(しょうきゅう)年間の頃よりこの方、我が源家の家臣、あの平氏末裔(まつえい)のカタワレにすぎぬ北条氏の輩(やから)どもめ、ほしいままに天下を牛耳(ぎゅうじ)り、九代にもわたってその邪(よこしま)なる猛威をふるっております。あまつさえ、日本国の帝王たる後醍醐先帝(ごだいごせんてい)陛下は彼らによって西海(さいかい)の波の彼方に追いやられ、天台座主(てんだいざす)・護良親王(もりよししんのう)殿下も又、南方の山の雲中に苦しんでおられます。北条氏のその悪逆のはなはだしきこと、まことにもって前代未聞であります。きゃつらこそは、朝敵の最たる者。臣下としての道を踏み外し、神々に敵対する彼らに対して、天は必ずや誅罰(ちゅうばつ)を下される事でありましょう!いやしくもこの高氏、彼らのそのような積悪(せきあく)を見て、魚の薄い肉をもってまな板の上で鋭利(えいり)な刃物に当てるを決意、自らの貧弱な力をも顧(かえ)りみず、大敵北条氏に対して今ここに決起いたしました! その動機、自らの遺恨(いこん)を晴らさんがため、といったような、矮小(わいしょう)なものでは決してありません。いまや、義に生きるすべての勢力は力を合わせて打倒北条に立ち上がり、首都の西南に結集いたしました。かの総大将(注5)殿は八幡に、そしてこの私はここ篠村に。双方共に八幡さまの神域の中、ご擁護の懐(ふところ)にいだかれながら、決起いたしたのであります。なんたる不思議な一致を見た事でありましょうや! かくなる上は、朝敵討伐の成就(じょうじゅ)できぬはずがありません。(柳田注5)千草忠顕が大将と仰いでいる後醍醐先帝の皇子の事を指しているのであろう。我らが頼りとするは、「我、百代の帝王を鎮護(ちんご)せん」との天皇家グランドマザー・天照大神(あまてらすおおみかみ)さまの固いご誓約(せいやく)であります。我ら一同、この社前の狛犬(こまいぬ)を見て勇気を煮えたぎらせております! わが源家の先祖代々の帰依(きえ)の心に応(こた)え、必ずや、大偉神力(だいいじんりき)を現わし頂けることと信じております。南無八幡大菩薩(なむはちまんだいぼさつ)、かの中国唐の時代、敵陣中に金色の鼠(ねずみ)が現れて敵を撃破(げきは)いたしたごとくに、なにとぞ、なにとぞ、この「義の戦」に霊威(れいい)を輝かせたまえ。徳の風を草に加えて、敵を千里の外になびかせ、神の光をわが剣に得せしめて、ただ一戦の中に勝利をおさめることができますように。わが誠の心、かくのごとし、なにとぞ、ご照覧(しょうらん)下さいませ!うやまって申す。元弘(げんこう)3年5月7日 源朝臣高氏(みなもとのあそんかたうじ)敬白(けいはく)==========文章は玉を綴(つづ)るがごとく、詞(ことば)は明らかにして理(り)は濃(こ)まやか、八幡さまもきっとこの願文をお聞き届け下さったことであろうと、社前に集う人々はことごとく、八幡さまへの信を固め願をかけた。足利高氏は自ら筆をとってその願文にサインし、鏑矢(かぶらや)を一本それに添えて社殿にお備えした。足利直義(ただよし)をはじめ、吉良(きら)、石塔(いしどう)、仁木(にっき)、細川(ほそかわ)、今川(いまがわ)、荒川(あらかわ)、高(こう)、上杉(うえすぎ)以下、高氏に従う面々もみな、我も我もと矢を一本づつ献上した。かくして、社殿に矢はうずたかく塚のように積み上がったのであった。(注6)
2004年04月30日
コメント(0)
スキピオの夢はキルゴアの生き方を構成する考えのひとつです。キルゴアのコンセプト:今生、娑婆即寂光土 後生、欣求浄土は、スキピオの夢と密接に関わっています。「スキピオの夢」は霊魂の運命についての考察と、天体論的な宇宙論にあり。祖父は孫に、国家のために貢献し、慈悲と正義を行った人間の霊魂が、死後いかに神格的な崇高な世界に住むことになるかを教えるのである。回転する九層の天球とか、気高い役割を果たした霊魂の天界への上昇を描くものがたりです。古代ローマの大政治家スキピオが夢の中で亡き父に会い、愛国者として生きることを教えられる。スキピオは人の道を知るために、父の導きで銀河の中を旅し、そこから地球を眺める。 「父が指した所は、燃え立つ星々に囲まれ、眩しい限りの白熱の光を放っている輪形の道(銀河)でした…。そこに立って万有を凝視すると、まず、ほかのことごとくのものも、その壮麗きわまる驚嘆すべき姿を、私の目に見せてくれたのでした。この地上からは一度も見たことがないような星々がありました。どちらを見ても、まさかこの世界にあろうとは一度も考えたことがなかったほどの巨体が、目に入ってきました。 これらのうちで最小のものは、天界からもっとも隔たり、地上のすぐ手前にあって、余所からくる光によって光っている星(月)でした。また、星々の球体は、地球の大きさを軽く凌駕(りょうが)するほどでした。 そればかりではありません。いざ、わが地球はと見ると、その見える姿はあまりにも小さく、わが祖国の領土でさえも私どもはそこを足場に、地球上の点ほどの所に触れているにすぎぬ、といったありさま」と語られています。大宇宙からすれば、地球のことも、人間のことも、取るに足りない小さなものである。他方言う。国家に奉仕する者、正義の政治家は、その死後、至福の天上に行く。だから正しい政治をしなさい、全身全霊で。この両者は一見矛盾するもののように見える。 一方では宇宙のような壮大な世界のなかでは、地球はちっぽけだという。もちろん人生も、社会も、政治も取るに足りない。にもかかわらず、その政治に没頭せよというのだ。 このことは、取るに足りない存在である人間の生き方、人間のあり方をキケロなりにあらわしている。この両者はけっして矛盾ではない。規模と役割、意味と実践が融和した姿である。 キケロは言う。私利私欲を捨てて公共の福祉に身をささげること、これこそが、高貴な者のつとめである。すなわち、法によって結ばれた、「国」と呼ばれる人間の結合と集合に積極的に奉仕することが人間のあるべき姿である。 政治をする者は、名誉を求めてはならない。権威をかさに来て、支配と贅沢をほしいままにしてはならない。名誉は取るに足りないものである。地球は宇宙からすれば無にも等しい。人間は地球からすれば無にも等しい。したがってその間から徴収する名誉も無に等しいからである。 このような倫理の実践としての政治は、徳の実践としての≪活動的な生≫をキケロが要求したことのあらわれである。キケロの徳は国家への奉仕、すなわち人民への奉仕であった。 政治の方法は、正義に基づかなければならない。政治とは、国家のなすべき正義を実践することである。個人は自動的に国家へと突き動かされる。人間本性として、誰もが博愛を志向するものである。「人間は正義へと生まれついている」といわれる。 こうした原理によって、人間には死後の幸福が約束されている。徳のある人間が国家において正義をなしたならば、その者には至福の天上が待っている。この天上は、現世で受けることのできる名誉や権力の快楽などの比ではない。 こうしてキケロは、政治における徳の実践が、人間にとって理にかなったものだという理想をうちたてる。人間は元来取るに足りない存在であるが、小さな存在といえども小さな存在なりの義務や役割がある。 ちょうどアリが砂糖を運ぶことが人間にとって大したことのないように映るように、否それ以上に、宇宙の運動からすれば人間が懸命に政治を行い、精一杯生き切ることはくだらないことである。 だが、アリにとって砂糖を運ぶことが重大な義務であり、本性であるのと同様、人間には人間のあり方を全うすることが大切である。
2004年04月29日
コメント(0)

上山六郎左衛門の行為により、自分が今存在する。当家祖の高橋六郎左衛門の六郎左衛門はきっとこの上山六郎左衛門に敬意を表して名づけたのだろう。 士は己を知る者のために死すを心に刻み付けたい。上山 殿 合掌柳田 俊一さん[肩がこらないページ・現代語訳太平記]分室より楠軍に攻めかかってはみたものの、高軍側はさんざんである。たちどころに切って落される者50余人、腕を打ち落されて朱に染まる者200余人。楠軍に追い立て追い立て攻められて、「これはとてもかなわん」と、7000余の高軍の武士たちは左右に開き靡き、一斉に退きはじめた。退(ひ)き足は留まる所を知らず、淀(よど)や八幡(やわた)をも走り過ぎ、そのまま京都まで逃げ帰ってしまった者も大勢いた。高師直(こうのもろなお)の配下に所属する大勢の武士の中、いったいなぜ上山六郎左衛門(うえやまろくろうざえもん)ただ一人だけが師直の身代わりとなって自らの命を捨てたのか? それは、 「ただ一言(いちごん)の中に武士の情けを感じ、それに応(こた)えんがため一命を捨て」という事のようである。楠軍が高師直の本陣に肉薄していることに上山は全く気づいてはいなかった。上山>さぁてと・・・ちょっくら師直殿のとこへでも行ってこようかな。ゆっくり世間話でもしてこようっと。高師直の本陣に足を踏み入れるやいなや、陣中にわかに騒がしくなってきた。高師直軍メンバーA>敵襲だ! 敵襲だ!高師直軍メンバーB>なに! 楠軍がこんな近くまで?!高師直軍メンバー一同>タイヘンだー! 敵襲だ、敵襲だ!上山六郎左衛門>(内心)おぉ、こりゃいかん! ウーン、おれもウカツだなあ、鎧も兜も置いて出てきちゃったじゃないか、ウーン・・・。取りに帰っているヒマなんかないぞ!陣中を見回す上山の視野に同色の二個の鎧が飛び込んできた。上山六郎左衛門>(内心)しめた! あそこに鎧が! あれはいったい誰のだ? おそらく師直殿のものだ・・・ええい、かまうもんか、緊急事態だもんな、ちょっと拝借!(鎧のもとに走り寄る)鎧唐櫃(よろいからひつ)の緒を引き切り、中の鎧を取り出して肩にかけた。見とがめた高師直の部下が鎧の袖をひかえていわく、高師直の部下D>何をする! これは執事(しつじ)殿の鎧ですぞ! 一言の断りも無しに、無礼な!鎧を奪い返そうとする部下と上山とで引っ張り合いになった。これを見た高師直は馬から飛び降りて部下をハタと睨みつけ、高師直>バキャモン、ひっこんでろい!高師直の部下D>・・・。高師直>テメエ、いってぇナニ考えてやがんでい! その人はなぁ、おれの身代わりになって戦かうって言ってくれてんじゃねえかよぉ! そういう奇特な人にゃあ、千個だろうと万個だろうと、鎧なんかヒトッツモ惜しかねえや、どんどん進呈するぜぃ!高師直の部下D>・・・。高師直>(上山を見て)イヨッ! そこのイイ男、水もしたたるアデ姿! 「こんな男に着てもらって、あたしゃあトッテモ嬉しいわ」ってね、鎧もヒイヒイ喜んでますよ!自分の行為を一切責めたりせずに、かえって褒めたたえてくれる高師直の態度に、上山は感じいってしまった上山六郎左衛門>(嬉しそうな顔持ちで)・・・。事と次第とをわきまえず、その鎧を取り上げようとした高師直のその部下は、その後、自軍が危機的状況に陥った時、イの一番に逃げ出した。しかし、師直の情けに感じ入った上山六郎左衛門は彼の身代わりになり、討死にしていったのである。まことに哀れな事である。これによく似た逸話が古代中国にもある。戦国時代、秦のボク公はライバルの六国と戦いを交えたがあえなく敗退し、他国へ落ちた。急追する敵軍から逃れる途上に乗馬を乗りつぶしてしまい、やむなく後からやってくる乗り換え用の馬を待っていた。ところが、馬の口取りは馬を引いては来なかった。そのかわりに、後ろ手に縛られた疲れた兵士20余人を連行してきたのである。軍門の前に引き据えられた兵士たちを見てボク公は、ボク公>いったいこれはなんじゃ? 何事が起ったのじゃ? 馬はどうした?馬の口取り>申しあげます! お召し替え用の馬を引いてまいりましたところ、これなる戦いに疲れ飢えた兵ども20余人、事もあろうに殿のお馬を殺し、残らず食べてしまいよりましてござりまする。よって、死罪に処せんがため、こやつらを生け捕り、連行してまいりました!ボク公はさして怒る気色もなく、ボク公>死せる馬を再び生き返らせる事は不可能じゃ。よしたとえそれが可能であったとしても、卑しき獣を食べたというだけの罪でもって尊い人命を失うは非道の振舞い、そのような事は絶対にあってはならぬ。馬の口取り>・・・。ボク公>飢えて馬を食らいし人間は、その後必ず病気になるという・・・。早く手当てをせねばの。この者らの縛めを解け。酒を飲ませ、薬を与えて、適切な医療を施すがよいぞ。馬を食った兵士たち>・・・殿ぉ・・・殿ぉ・・・うううう・・・(涙)ボク公は彼らに何の処罰も加えようとはしなかった。その後、ボク公が再び戦に負け、まさに大敵の手中に落ちて討たれようかという時に、馬を殺して食べたこの20余人の兵士らは、自らの命をボク公の命に代えて奮戦した。その結果、大敵はすべて退散し、ボク公は死を遁れることができたのである。このように、古(いにしえ)においても現代においても、人の上に将たらんとする者は全て、罰を軽く行い宥(なだ)め、賞を厚く与えしむるのである。もし古のボク公が馬を惜しんだならば、大敵の囲みを脱出できたであろうか? 現代の高師直が鎧を与えなかったならば、上山は彼の身代わりになっていたであろうか? 「情けは人の為ならず(注1)」とはまさにこの事を言っているのである。(柳田注1)「人に情けを施しておくと、そのうちそれが自分の益となって返ってくる」の意。この時、総大将・高師直までもが一歩でも退く気配を見せたならば、たちどころに高軍は総くずれ、全軍ひたすら退却するばかり、それを追撃する楠軍は京都のドまん中まで進撃できたに違いない。しかし、高師直はいささかもひるむ様子を見せず、大音声をもって、全軍を叱咤(しった)する高師直>こらこらこらこら! そこのバッキャモンめら! テネエらキタネエゾ! 逃げるんじゃねぇ! 返せ、返せ、戦え、戦え、戦えってんだよぉー!高師直軍一同>・・・。高師直>テメエラ、いってぇナニ考えてやがんでぃ! 敵はたったあれっぽっちの人数じゃぁねえか! おれは逃げねえぞ、おれはここを動かねえからな!高師直軍一同>・・・。高師直>この戦場を捨てて京都へ逃げて帰って、それでいってぇどうするってんだよぉ! テメエラ、いってぇどのツラ下げて、尊氏(たかうじ)さまの前に出るってんだ、あぁ?!高師直軍一同>・・・。高師直>人間の運命なんか、天が決めてんだ、生きるも死ぬるも、天のご意向次第ってもんでぇ! いまさらジタバタしたって、ハジマラねえんだよぉ!高師直>見ろい、敵はたったあれぽっちじゃねえか! あんな小勢相手に逃げ出すなんて、テメエらそれでも武士のハシクレか! 恥ずかしくねえのかよぉ! 家の名前が泣くぞ! テメエラのご先祖さま、草葉の陰で泣いてござるぞ!目を怒らせ歯噛みして、四方に下知を下す高師直の勢いに励まされ、恥じを知る武士たちはそこに踏み留まって高師直の前後を固めた。その目の前を土岐周斉房の軍が通り過ぎていく。大半は打ち散らされてしまい、自身も膝を切られ血に染まっている。すげなく退いて行く土岐周斉房を高師直はキッと見つめ、高師直>ヤイヤイ、そこの敵前逃亡ヤロウ!土岐周斉房>・・・。高師直>いつも大口ばっかタタいてやがる土岐周斉房、いざとなったらブザマなもんだなあ、えぇ!土岐周斉房>ナァニィ! そこまであんたに言われちゃあ、わしも黙っとれんが! じゃあ、これから討死にするだで、よお見といてちょう! みんな、行くでぇ!彼は馬を返して楠軍のど真ん中へ駆け入り、ついに討死にしてしまった。これを見て、雑賀次郎(さいがじろう)も楠軍の中に駆け入って討死にした。楠軍は高師直にじわじわと肉薄し、両者の間の距離はついに半町ほどに縮まった。楠正行の長年の宿望もついにここに成就するかと思われた。ところがそこに、上山六郎左衛門(うえやまろくろうざえもん)が駆けつけてきて高師直の前を塞ぎ、大音声をあげていわく、上山六郎左衛門八幡太郎義家殿よりこのかた、源氏累代の執権役をおおせつかり、その武功天下に顕れたる高武蔵守師直とは、このおれ様のことよ!首が欲しけりゃ、かかってこーい!このように高師直になりすまして名乗りをあげ、殺到してくる楠軍を相手に戦い、上山六郎左衛門は死んでいった。その間に高師直は楠軍の遥か彼方に遠のいてしまい、楠正行はついにその本意を遂げることができなかったのである。上山六郎左衛門の首を、楠正行(くすのきまさつら)はじっと見つめた。楠正行>(内心)肉のついた顔や・・・なかなかの美男子、いかにも大将っちゅうカンジの顔や。楠正行>(内心)鎧はどうや? おお、輪違いの透(す)かし彫(ぼり)の金物つきやんけ。これは高家の紋やぞ! 間違いない、間違いないぞ!楠正行>やったで、ついにやったでぇ! みんな、これ見てみい! 高師直をついに討ち取ったでぇ! おれの長年の望み、ついに達成や! やった、やったぁ! ウーイー!彼は上山の首を空中高く投げ上げては受け取り、受け取っては投げ上げし、ボールのようにもてあそびながら喜んでいる。楠正時は兄の側に走り寄り、楠正時>お兄ちゃん、あかんて、あかんて・・・そんな事してたら首が痛んでしまうやんか。旗のてっぺんに付けて、敵と味方に見せつけたろうな。はよ、その首貸し。楠正行>(首を正時に渡しながら)やった、やった、ついにやったぁ!楠正時は太刀の先に上山の首を指し貫いて高々と掲げた。楠軍メンバーK>それ、高師直とちゃうで!楠正時>えっ!楠軍メンバーK>そいつはな、上山六郎左衛門っちゅうヤツや。師直になりすましやがったんや。正時は激怒して上山の首を地面に投げ捨てた。楠正時> おのれぇ、上山六郎左衛門とやら! おのれは・・・おのれは・・・おのれは日本一のツワモノじゃぁ! わしらの陛下にとっては、二人とない朝敵じゃぁ! ああ、くそぉ!楠正時>・・・そやけどな、高師直の身代わりになって死ぬとは、ワレもほんまに殊勝な男やのぉ。よし、ワレの武士ダマシイに免じてな、他の首とは別の所(とこ)に置いといたるわい。
2004年04月28日
コメント(0)
この日は、経営塾のあった日でした。本講義もおもしろかったけど、終わったあと、Hiroetteさんとのお話が珠玉でした。男女差から、スキピオとファビウスの差を話し、農業から、日本人と外国人の「やさしさ」の行動の差、勉強になり楽しいひと時でした。感謝です。
2004年04月27日
コメント(0)
うーむ、考えさせられます。日本の歴史を騒がせたこんなに困った人たち 【本の内容】歴史というものは単純で薄っぺらなものではなく、簡単には割りきれないところにおもしろさがあるのではなかろうか。善人か悪人か、勝者か敗者かといったものさしではなく、別の見方の尺度も必要なのではないか。その一つが、本書で取りあげる「困った人たち」という概念である。英雄たちの知られざる実像に、斯界の第一人者が鋭く迫る。【目次】1章 上司にはいやな男(織田信長―周囲が愚かに見える男の悲劇源義経―「戦さの天才」ではなかった ほか)2章 そのわがままが歴史を動かした(日野富子―わが子への過度のプレッシャー織田信雄―お坊ちゃん故の悲劇的人生 ほか)3章 トラブルメーカー(額田王―戦乱を招いた三角関係足利義昭―現状に満足できなかった男 ほか)4章 こういう部下はもちたくない(高師直―自信を持ちすぎる部下 梶原景時―ライバルを罠にはめる男 ほか)5章 友達にはなってほしくない人たち(石田三成―友達が少なかった超エリート大塩平八郎―庶民の感情が読めない知識人 ほか)6章 困った人にも「五分の魂」(明智光秀―使命感が招いた本能寺の変大久保彦左衛門―“天下の御意見番”の素顔 ほか)【出版社コメント】源義経、大石内蔵助、大石平八郎……日本史の英雄たちの知られざる一面。
2004年04月26日
コメント(0)
霞ヶ関や県庁所在地にいる辻 政信の亜流どもを叩きつぶせキルゴアは思うのである。日清戦争時の連合艦隊司令長官伊東佑亨提督は、清の北洋艦隊の丁提督に降伏勧告を送るときに、「旧来の墨守する制度が悪い」と看破して、清の敗北原因が、科挙制度にあることを指摘した。ドラえもんに、のび太くんが試験ではなく「あやとり」で成績評価がきまるような社会にする話があったような気がするが、今の日本は、記憶力はインターネットが代替するようになったにもかかわらず、いまだ科挙みたいな制度で試験に強いあやとりゲームの、のびた君的勝者が政策を握っているのが混迷の原因である。司馬遼太郎の話辻政信は...自分がやったくせに「ノモンハン」という小説まがいの読み物まで書いた。しかも読んでみると、驚くことに、あれだけノモンハンでは戦車にやられたのに戦車の知識がじつに乏しい。近代国家の高級軍人で、しかも統帥権という魔法の杖をもっている人間が戦車の知識がまったくないんですよ... 30代そこそこ、しかも幼年学校からずっと軍人教育ばかり受けていて、世間というものを全く知らない。だから国際社会なんてむろん知らないです。まして、人間の尊厳ということなど考えたこともない、そういう教育だけ受けてきた人間が魔法の杖を持つことを許された。これはとんでもない制度でしたね 。だからノモンハンの事件が起ったのでもありますが。本当の意味での愛国心をこの人たちはもっていたでしょうか。高文とか陸大とか高級官僚養成コースを出た人は、自分の階級が上がること以外考えていなかったのではないかと思われるフシがあるんですが...ソ連軍は往年のソ連軍にあらず日露戦争の時のソ連軍と思っては大変なことになる...というようなことをもし発言すると、絶対出世できなかった。うっかり言えば少将どまりになってしまう。だから口をつぐんだんですね。ぼくは、なぜ日本軍がそんなことになってしまったのかということを知るために、当時要職にいた人を何人も尋ね歩いたことがあります。会うたびに不愉快になりました...対談ノモンハン一兵卒と将校・下士官、司馬遼太郎/伊藤桂一より第6回「私の官僚改革試案--時代遅れの上級試験は要らない官僚の腐敗に関連する不祥事が暴かれるたびにノンキャリア組が問題になる。国家公務員上級試験に合格していないために、どんなに仕事をしてもしょせんは上級職には出世できない「一生下積みの役人」を運命づけられた官僚たちの犯罪が目立つ。 一方、最近話題になることが多いキャリア組の犯罪はノンキャリア組の積極的な犯罪とは異なり、何もしないことによる犯罪、すなわち「放置しておいたら将来大きな禍根を残すと分かっているのに何も対処しなかった」犯罪である。未必の故意という。あの深刻な薬害エイズ禍を引き起こした厚生省幹部のサボタージュがその好例であるし、最近では日本での狂牛病の発生を水際で防げなかった農水省官僚のサボタージュも暴露されたが、同様の例は枚挙の暇もない。 公務員の首切りなしで改革はできるか――「坂の上の雲」を再び(8) 中国と韓国で地方政府が国全体を蘇生し始めたことを書いた。背景には、地方住民の厳しい目がある。 住民の厳しい目が地方を変える 韓国で優れた行政手腕を発揮する3知事を描いた月刊朝鮮の2003年9月号。興味深い指摘がある。3知事にインタビューしたこの記事は前文で、こう書いた。「3知事に共通する言葉は『言行一致がもっとも重要な原則』だった 韓国でも日本同様、選挙民は「政治家の公約なんて当選するための空公約。どうせ実現はしない」と考えていた。だが、1997年の経済危機で失業率が10%を超す冬の時代が来た後は、選挙民は「政治家が本当に公約通りに苦境から救ってくれるのか」と知事や市長の“当選後”の行動を厳しくチェックするようになった。まさに、日本と同じ状況だ。ちなみに月刊朝鮮がとりあげた「優れた知事」は3人とも官選、民選時代を通じ連続して知事を務める「3選首長」だ。 中国では、省や市の首長は官選だ。だが、彼らの「言行一致」は住民から厳しく監視されている。国が大きいだけに産業政策は事実上、省や市の裁量に任される部分が大きい。隣の省や市と比べ、少しでも豊かさを実現してくれる首長なのかどうか、住民は彼らへ「評価」を日本人以上に口にする。「印刷の自由はまだないが、言論の自由は保証されている」時代に入ったからだ。地方の首長を任命する共産党中央も、首長の実績と人気をチェックし人事に大きく反映する。「選挙という“ガス抜き”がないから、逆に市民の声をより気にせざるを得ない」とうち明ける中国政府幹部も多い。 公務員を首にした韓国、中国 ただ、住民に顔を向けるとは言っても、首長と住民の間に“立ちふさがる”役人が改革のスピードを落とすことが多い。韓国では「伏地不動」という言葉がある。中国では「上に政策あれば下に対策あり」というジョークがある。いずれも、我が身大事で事なかれ主義の役人が、首長の新しい政策を面従腹背でやり過ごすことを指す。それはアジアに限らず、世界共通の現象なのだろう。 ただ、中国と韓国は変わった。すべての公務員が心を改めたとは言えないものの、首長の改革指示の浸透度は早まった。それは公務員が首を切られる時代に入ったからだ。 韓国では経済危機の際、初めて赤字国債を発行した。政府は健全財政を維持するために公務員を大量に解雇した。中国の市場経済化を担った朱鎔基・前首相も、財政難対策と政府の効率性向上のために中央、地方のいずれの政府でも多くの公務員を馘(かく)首した。両国の役人とも、首になるリスクを初めて実感し、スピード感を持って「働く」ようになったのだ。日本の「伏地不動」はいつまで続くか 8月29日、日本記者クラブで講演した石原慎太郎・東京都知事は以下のようなエピソードを明かした。もちろん、苦笑しつつ、だ。 森喜朗氏が首相だった時、排ガス規制を巡り、石原氏に言い訳した。「通産省、環境庁、運輸省の言うことが違う(ので解決できない)」。石原知事は驚いて答えた。「(彼ら役人を)束ねるのがあなたの仕事でしょう」。 石原知事は講演で嘆いた。「役人のヒエラルキーに(今の)政治家はしがみついている」。 もっとも、その前日、岩手県の増田寛也・知事は同じ日本記者クラブで講演し公務員の面従腹背に関し、以下の趣旨を述べた。 「首長が強いリーダーシップを持てば地方公務員は動く。当選して初登庁したら、私の公約を実現するための施策がちゃんと机の上に乗っていた」。 森前首相と増田知事の公務員への認識の違いはどこから来るのだろう。直接選挙で選ばれ選挙民への責任と結果をより強く問われる知事の方が、首相以上に役人への人事権を発揮せざるを得ないからだろう。経済産業省OBも言う。「首相だって中央官庁の局長以上の任命権を持つ。それを使っていないだけだ。要は政治家の姿勢の問題だ」。 日本の中央政府も国民の役人へ高まる不満を感じ取ってはいるのだろう。国家公務員の給料を少しずつ下げ始めた。ただ、それが本当に不満を解消するかは怪しい。 国民は役人の給料が高すぎることもさることながら、既得権にしがみつく彼らが「伏地不動」で改革に抵抗していることに反発を強めている。行政コストをほんの少し下げるだけに過ぎない「給料引き下げ」よりも「首を切られる恐怖」を背景に、役人が「ちゃんと改革に向け働く」ことを望むようになるだろう。 役人は「過去との比較」を持ち出し「改善」を訴えることが多いが、国際化したビジネスマン、つまり国民のある程度は韓国や中国との「比較感」で日本を見つめ始めているからだ。 いずれの場合も問題を認識しながら勇気をもって問題解決に立ち上がれなかったのはなぜか? 「何事も無ければ出世する」仕組みへの不信表明を キャリア組の犯罪は「何事も無ければ必ず出世するはずの立場」が、適切な時期に適切に行動する決断を鈍らせていることに問題の本質がある。"何事も無ければ"とは「在任中、特段の成果を出さなくても大きな失点さえなければ」ということと同義である。勇気をもって問題の発生を防ぐとか、誠意を持って患者の苦しみに対処することは、そもそも「何事も無ければ必ず出世するはずの立場」に反するのだろう。 役所が私企業と同じく公務員を公平に採用し、実務での実績に基づいて処遇する制度への改革を望むものだが、「何事も無ければ必ず出世するはずの立場」に安住し「どこかへ天下りできるまでは」これからもずっとしがみついていたいと願っている当の官僚たちに、この仕組みをぶち壊せるはずはない。それが出来るのは我々普通の国民を置いてはいないのだ。我々一人一人が、こういう魔窟を生む理不尽な仕組みへの不信を声高に表明することが重要である。また、マスコミも毎年、試験の合格者を、それも大学別合格者数などとともに報道するが、これは同制度へのお追従と知るべきである。皆で無視することから行動を起こそうではないか。そして、最も効果があるのは、国家公務員上級試験などに新たに応募する若者がいなくなることなのだ。例えば中国で、日本からの移民と企業進出が急増中だ。安い人件費を求めての工場進出だけではない。香港に本社を移し、中国で工場を稼働すれば法人税率は8%で済む。香港の個人の最高所得税率は15%で、消費税はない。一方、日本。今後、消費税や社会保障負担が高まるのは目に見えている。日本を逃げ出す日本人や日本企業が増えるのは当然だ。先例もある。英国病にかかった同国から優秀な英国人が香港に避難し、香港を急成長させたのだ。 日本の一部公務員は「愛国心がない」と彼らを批判する。だが、北朝鮮に拉致されても本気で取り返そうとしない国に、あるいは明らかに誤った政策をとった公務員が責任を問われない国に、忠誠心を求めるのは無理というものだ。なお、海外で勤務した高級公務員の中にこそ、教育のために子弟を海外に残して帰国する人が目立つ。 韓国でも中国でも、不良債権を増やして金融機関を破たんさせたエスタブリッシュメントは厳しく責任を問われた。けじめをつけてこそ、国民からの求心力を維持できることを両国の指導者は知っている。
2004年04月25日
コメント(0)
1.お知らせキルゴアは「魏武注孫子」に鑑みて、太平記をキルゴア的視点にて、事例をあげてエッセンスを読み解くプロジェクトを開始します。(孫子は実は、曹操が、書いたものである説あるらしい。)このプロジェクトのテキストは、柳田 俊一さんの、[肩がこらないページ・現代語訳太平記]分室です。びっくりするぐらいよい(=わかりやすい)現代語超訳です。感謝です。ちなみに不定期です。2.キルゴアのニューコンセプト今生、娑婆即寂光土 後生、欣求浄土「今生きてるときは、この苦しみに満ちた穢れ多き世界にこそ寂光(聖なる輝き)に満ちた浄土に創り変えるべく行動する意味を見出し、死んだ後、美しい浄土に生まれる権利を獲得する生き方」これは、聖道門(苦しみに満ちた世界にこそ寂光=聖なる輝きに満ちた浄土を発見すべきという考え)と浄土門(穢れ多い現世から死後に美しい浄土に生まれることをこい願う考え)という相反する考えを止揚した、キルゴアのニューモデルコンセプトです。「娑婆即寂光土」は「厭離穢土・欣求浄土(えんりえど・ごんぐじょうど:キルゴア注 これは徳川家康の旗印でした)」に対立する概念。親鸞らの浄土門に対して、この道元を代表とする聖道門の思想。
2004年04月24日
コメント(0)

異類異形のセンスをもつもの、己のセンスをもつ、他人より植え付けられる基準を唾棄するものであり、それは自我を確立せねば立脚できない感性である。キルゴア 2004.4.23現代の「異類異形 いるいいぎょう 」たち より 名古屋学院大学経済学部助教授 曽我 良成さん歴史好きな方は、南北朝内乱期に 「ばさら」 と 「異類異形」 と言う二つの独特な風潮が存在したことは既にご存知だと思います。 「異類異形」 とは、当時、 守護や荘園領主に敵対し反体制的な行動をとった「悪党」といわれる集団が、しばしば当時の常識とは異なった変わった服装・身なりをしていたこと から言われた言葉です。 どちらも、鎌倉幕府体制が崩壊し、次の足利の体制が不安定な段階で生まれてきた風俗・風潮です。古い権威や常識にとらわれず、むしろ常識から意図的に外れるという形で自己の存在を確認していた人々であったのかもしれません。古い権威や常識にとらわれている貴族や上級武士たちは、おそらく不快な気持ちで見ていたに違いありません。 「ばさら」 とは、サンスクリット語のバアジャラから派生した言葉で、 派手な、贅沢な、無遠慮なという意味で使用され、常識を外れた行動を表現しています。 ばさら大名として、連日連歌の宴を催した佐々木道誉や、どうしても天皇が必要なら木か金属で造って飾っておけばよいと放言したといわれる高師直などが有名です。今、我々が古さを価値として感じている法隆寺などの建築物も、当時は常識を超えた最先端の造形だったはずです。「ばさら」で「異類異形」に見える学生たちからしか新しい時代は生まれないのかもしれません
2004年04月23日
コメント(0)

「戦争もまた、 時代や状況が変われば、その進め方も変わらねばならないのだ。もしも、ファビウスが専制君主ならローマはハンニバルに負けていたに違いない。だが、ファビウスは、共和国の人間であった。共和国ならば、種々異なる性格をもつ人間たちを、かかえる自由もある。困難な状況で軍を率いていくのに適したファビウスのような人間もいるし、勝負を決する状況が訪れれば、それを一二分に活用できる、スキピオのような人物もいるというわけだ。」 マキアヴェッリ語録より キャンティ・クラシコ・リゼルヴァ・マキャベリCHIANTI CLASSICO RISERVA MACHIAVELLIファビウス(ポエニ戦争でカルタゴの名将ハンニバルと正面衝突して玉砕するリスクを避け、逃げ回りつつもハンニバルのあとを離れないという戦略をとったローマの将軍。)は、ハンニバルに徹底的にやられていた頃、ローマの指揮をとった。元老院首席の執政官です。このぐずぐず戦略には、敵ハンニバルもてこずったようだがある一人の若者が局面を打開した。その男の名をプブリウス=コルネリウス=スキピオ スキピオという一人の青年の功績で、彼は規定を破って若年で役職を得、見事な戦果を上げる。30歳以上が規定の役職に25歳で立候補したとき、ローマの市民たちは歓呼してそれに賛成した。護民官がそれに疑義を唱えると、この貴族の青年は、「すべてのローマ人が私がこの官職にふさわしいと考えている以上、私は必要な年齢に達しているのだ」と主張し、結局は承認させている。そしてハンニバルの本拠スペインを征服し、30歳で執政官(規定は40歳以上)になってシチリアに渡り、カルタゴ本国の攻略に乗り出す。そしてハンニバルの戦術を忠実に模倣してハンニバル自身を打ち破ることになる。この貴族の青年の横紙破りを平民派は苦々しく感じていたが、それでも民衆は彼をヒーローと見、彼が最高官である執政官についたことで、ハンニバルに苦しめられていたローマの雰囲気が一気に明るくなったという。平民派のファビウスは「ローマに英雄はいらない」と主張したスキピオは、ハンニバルの震源地である。カルタゴ=ノヴァに攻めてハンニバルの補給路を断ち、局面を打開した。このように、目の前のハンニバルに固執するよりは、一気に根拠地を叩くという、戦略的機動作戦は古いパラダイムの固執するファビウスには理解できなったようです。ファビウスはファビウスのよさがあり、スキピオにはスキピオのよさがある。どの時点で、その特性を使うかにすぎないのだが、その人材を適切に使える国、企業、集団は勝ち残ってゆくだろう追記 力量と運より特筆すべきキーワードがいくつかあります。その筆頭はVIRTU(ヴィルトゥ)です。これは理想的な政治家が持つべき資質や精神態度であり、英語のVirtueと同じ意味です。簡単に言うと、これは人間に大事業を起こさせる力、例えば集中的な意思力や未来への根源的な洞察力、仲間をひきつける力などの活力をさします。 一方で人間の行為は、その時点での情勢や環境-マキャベリはフォルトナ(運命=女神とされている)とんでいますが-このフォルトナに縛り付けられている事も事実です。マキャベリ以前の人は、このフォルトナはいたって気まぐれで彼女の気に入る人に微笑みかけるもの、と決め付けていました。だから多くの指導者には「神頼み」の心境が芽生えてきたのです。しかし、マキャベリは合理的で独創的な考え方で、これまでの見方を一転しました。それは「運命をコントロールする力は短い瞬間においてのみVIRTU(ヴィルトゥ)ある人間に与えられている。」という考え方です。つまり好ましい情勢を即座につかみとる力こそ、ヴィルトゥである。時代の流れを読み取り、もぎ取る力がVIRTUである、という考え方です。多くの人間は、何回かは環境を自分に都合よくかえるチャンスに恵まれるものである。その中でそのチャンスをつかめる数少ない人が、リーダーとしての資質を持っている。
2004年04月22日
コメント(0)
今日は、千葉のトマト農家の塙さんと飲んできた。(ここのトマトは絶品と評判です)下記掲示板で確認してみてください。)この掲示板で、いろんな事を一緒に咆哮してきた方で(特に農協批判では同志でした)不正を憎まれる、勇気ある方です。ほんとうに、あっという間の2時間半でした。キルゴア、熱くしゃべりすぎ 反省 です 塙さんに「ひかれませんか」といわれ、操体のりょうクンにも、濃すぎるとメールされました。確かにわかっています。でも、このURLは、まずは自分が楽しむためにはじめたものなのです。菊すい さんにも「すごい細かくて・・・んま凄いHPですね!」とまあ、好意的?に解釈していただけるのもありますがかなり細かく作っているのは、楽しくて没頭しているのです。僕のセンスに観音(=響く)するセンスのある方が10万人に1人いればよいのです。多分、同じような興味とセンスをもって、複眼的思考でみなければ理解できないメッセージというかメタファーを織り込んでいるので、謎解きURLとしても使えます。きっと、ある意図が同じ根でつながっているならビーンと打ち振るえてもらえるように作成してあります。この動物・人物の配置にもある意図が隠されていますしまだ完成ではありません。食傷気味の方には、さわやかな?ファーマー キルゴアにてヒーリングしてください
2004年04月21日
コメント(0)

キルゴアは少林寺拳士 である。いまは遠ざかってはいるが、少林寺なくせばキルゴアはないのである。「人間存在の尊厳を見出し、真の自信を身に付けると共に、他人を立てて、助け合うことを覚え、社会正義のために身を挺すべく行動力を養う」「かしこくて、やさしく、強い桃太郎のような若者がたくさん育っていけば、日本はみんなが楽しく暮らせる、平和な住みよい国になっていく(年少部読本31ページ)」という開祖 宗 道臣の思いを、ニューモデルの創設によって、実現するのも、金剛禅運動の一環といえなくもない。「人、人、人、すべては人である」「己こそ己によるべ」「半ばは自己の幸せを 半ばは他人の幸せを」開祖は、拳法を餌にして、人づくりを行われた。仏教ではこれを、方便といいます。開祖及び、1989年11月26日の武道館の審判の方への感謝の気持ちとして、金剛禅運動の最終アウトプット(成果物)としてのキルゴアであるように「平成の桃太郎」になるべくキルゴアは邁進するのである。
2004年04月20日
コメント(0)

野中 面白いことに、知の創造プロセスには、同時に矛盾する面があるんですね。だから、場を活性化させる場合、その場はカオスとか自己組織の 両面を同時に抱えている。自己組織でいけるのかというと、そこに Disciplineが必要になってくるんですよ。どうしても ある種の秩序というものが必要になる。 それをどううまく調和させるか、つまり、「either or」でなく、「both and」の共生が必要 なんですね。「共生」とは何だという議論になるので、もっと言葉を選ばなくてはいけませんがね。 実際には企業を見ると、面白い組織は、徹底的に効率を追及しながら、創造性も中途半端でなく追求している。つまり、 両極を強めると自ずから同調するのではないかと思いますよ。 たとえば、ヒューレット・パッカードでも「個の自立性」と言いながら、きわめてシビアな成果の測定をします。スリー・エムなどもそうでしょう。Creative Companyを標榜し新製品開発費が何%とか言いながら、徹底的な業績評価をするわけですよ。必ずコントローラがプロジェクト・チームに参加している。 これは矛盾なんですよ。だけど、実はコントローラとか「効率だ」みたいな議論をきわめていくと、必ず対極にある創造性とはものすごく厳しいものだな、ということが同時に分かるんだと思うんですよ。 創造性だけを同時にきわめていくと、やはり個の創造性がお互いのパフォーマンスにつながるためには、非常に機動的かつ効率的な形に落とし込まざるを得なくなる。そういうものに突き当たるんですね。 両極が際立てば際立つほど、実は同調するんではないか、というふうに思うんですよ。これを中途半端にやっているのが、いちばん具合が悪くてね。 陰と陽なんですね 。 いっぽうをきわめていくと、必ずつぎの展開のときには、その反対のなかに芽が出てくるわけですね。あれがほんとうだと思います。 だから、Creative Companyというのは、実は両側面を同時に追求しているということなんですね。中途半端にしないことです。それは絶対矛盾の自己同一という言葉を使うわけではありませんけれども、実は対極をきわめていくと、いっぽうの極が逆に見えてくるんですね。組織的知識創造論の新たなる地平―最新の理論展開をめぐって―より
2004年04月19日
コメント(0)

歩兵(のパラダイムにとらわれた者)に騎兵(の活用法)はわからない「坂の上の雲1」文春文庫 「馬」よりサンシール士官学校の名物教師カルパンティエ「天才的戦略家のみが騎兵を運用できるという。 騎兵は攻撃の性能のみで防御の力が皆無であることがその運用を難しくしているにである。」武沢信行さん頑張れ社長より [カルパンティエが秋山好古にかけた言葉]「君が天才であろうとなかろうと、この場合たいしたことではない。たとえ君が天才であっても君は最高司令官に使われる騎兵であるにすぎない。要は君の使い手が天才であるかどうかということだ」このあいだ、「顧客とのリレーション機能の強化」で、弊社の営業パラダイムを根底から変えるイノベーティブな営業ドクトリン(教義・操典)を提出した。内容は下記であるが、具体的な戦術は企業機密に属するので伏せる。要は、 ホームページを最強の営業マンにしましょうよということです。2月から、ホームページの勉強会に自費で通い、満を持して提出した海兵隊のエリス少佐 の太平洋島嶼奪取作戦「ミクロネシア前進基地作戦」(作戦計画712D=あのオレンジプランの原型となった歴史的作戦案)」なみの自信作でしたが、営業部長のパラダイムではお気にめされなかったようでお蔵入りです。(グスン)弊社の部長のデモは天才的で、現状のパラダイムの中では最高度の完成を見ている。が、それは歩兵としての考えを中心とした技量の完成度であり、属人的でシステマテッィクではない。僕は、Webという、軍事技術的にいえば1960年代のヘリコプターに匹敵するツールを中心とした空中機動戦術的な営業ドクトリンを作成した。 現状の歩兵パラダイムでは、属人的な部分が多く、年率成長150%が、今の人員では限度。もし、自分のドクトリンを導入すればそれこそ、現状のリソースで一気に300%以上は可能と考えた。でもそれは、今の部長のやり方を全否定するに等しい。機会とリソースの最大活用をモットーとするキルゴアとしては勇気をもって提出しましたが結果はお蔵入りです。やはり自らのパラダイムを壊してまでは改革したくないんですね。指揮官の決断 その一瞬が勝敗を分けた!未来を正確に見通していた男の悲劇ー米陸軍航空隊の創設者ミッチェル准将の逸話を読んで下さい。では続きベンチマークは、サイボウズとネオ ジャパン ディスクネッツです。この2つは、お客様の声をwebにのせ、自社の製品をアピールするのと同時に、お客様のPRにもなっている、win-winモデルです。概略は以下 顧客は「現在の既存顧客及び購入希望顧客」ソフト活用・稼働のための情報を提供し弊社の商品及びサービスへの満足度を高める メールマガジン・メーリングリスト・HP・掲示板・手紙・ハガキ・電話・直接訪問ヒアリング(ここは自分が実施 2004.9.31) 弊社10周年記念の際、「○○ユーザー会(仮称:コンソーシアム)」を発足させ既存顧客とのリレーション強化を図る 想定寄与効果・・・ユーザー保守料増大、ヴァージョンアップの増加、○○ユーザーの○○購入促進、お客の取引先に対する口コミ効果 用語説明コンソーシアム コンソーシアムとは、本来、生物が各々の個性を維持しながら、共生を通じ、個々の最適状態を発展させること。コンソーシアムのは、共通の目的を達成するために、それぞれが得意分野を持ち寄って提携した共同体または連合体を意味しています。さまざまな目的を持った組織・団体が増えていますが、今までは連携する機会はあまりありませんでした。共通の目的を持った組織・団体・住民によるコンソーシアムをつくることによって、以下のような効果が期待できます。・各団体・個人で個別に実施していた事業の体系化を図ることができる。・単独の団体だけでは実施できなかった事業が、協力することで可能となる。・各組織・団体が互いに多様な情報を入手することができる。 例:ロータスノーツコンソーシアムノーツコンソーシアムとは?ノーツコンソーシアムを語る(座談会)
2004年04月18日
コメント(0)

テレビでないたのは、天才バカボンの最終回だけははっきりいって覚えているのですが、今日のアニマルプラネットクルトの話には泣けました。グァム島にあるwar dog memorial参照正直いって、 このThe War Dog Platoonsの戦友の犬への絆には涙を流しました。実家にいる、クロちゃんへのなつかしさ故かもしれません。 Memorial to WWII War Dogs is Dedicated"Always Faithful" The Story of Marine War Dogs in World War II
2004年04月17日
コメント(0)

400年以上たっても慕われている。オレンジ公ウィレムはすばらしいクシャトリアです。宗教改革参照オランダ国歌(ウィルヘルムス)岡崎久彦著繁栄と衰退と オランダ史に日本が見えるよりオレンジ公ウイリアム起つ1555年、神聖ローマ帝国皇帝カール5世は老齢を理由に、その領土の内、スペインとオランダの統治権を子のフィリップ2世に譲ることを宣言した。当時のスペインは新大陸からの膨大な銀の流入で国力は絶頂期にあり、軍事力も世界最強を誇っていた。 スペイン貴族とカソリック僧の間で、典型的な専制君主として育ったフィリップにとって、父祖の例にしたがって、オランダの諸都市と同格の立場で、権利や義務を交渉することは、我慢のならない屈辱であった。フィリップは、これらの新教徒たちを法王の敵として根絶しようと考えるに至った。 1568年、フィリップが派遣したアルバ公はオランダの全住民を異端として死刑にすると布告した。事ここに至って立ちあがったのが、オレンジ公ウィリアムであった。カール5世時代からの重臣ウィリアムは、ドイツの出身であったが、その妻がオランダ出身だった縁から、この地の人々に対して同情と理解を抱いていた。 ウィリアムは先祖伝来の財産を売り払い、土地を抵当に入れて得た資金で兵を集めた。これがオランダの80年にわたる独立戦争の始まりであった。オランダ学Wilhelmus van Nassouwe Ben ick van duyt schen bloet,Den Vaderlandt ghetrouwe, blyf ick tot in den doot!Een Prince van Orangien Ben ick, vry, onverveert;Den Coninck van Hispangien Heb ick altijt gheeertウィルヘルムス・ヴァン・ナッソウエオランダの王わが国のため まこと つくさんその家柄を はずかしめず忠誠を イスパニア王に誓う
2004年04月16日
コメント(0)
フランシス・フクヤマの「歴史の終わり」のメガロサミアの概念は、キルゴアのクシャトリア気質を養成する上でかなり大きな位置を占めています。「気概」という歴史の駆動要因 ヘーゲルは、 人間を、他人から認められたいという欲望・願望を持っている点で他の動物とは異なる存在だ、と考えた。 動物は自己保存の法則に従ってのみ生きる。対して人間は、 時には自己保存の法則を克服してまで、純粋な威信を求めて闘争に生命をかける。古代、ふたりの戦士が決闘し、一方の戦士が生命の危機を感じ白旗をあげた時、主従関係が生まれ、歴史は始まった。戦いによる報酬は威信や誇りといった、生物学的に定められるものではない。ここにベーゲルは人間の自由を見出したのである。 この「認知への欲望」と同種のものは、プラトンにまでさかのぼって見出すことができる。 プラトンは、人間の「魂」には、欲望・理性・気概の3つの部分があると述べた。人間の行動の多くは、「欲望」と、それを効率良く満たす方法を教える「理性」のふたつで説明できる。しかし、人間は、自分や自分の所属する集団、その他さまざまな価値などを他人に認めさせたいと望む「気概(thymos:テューモス)」を持っている。この気質は一般に「自尊心」と呼ばれるものである。人間は、他人から「価値のない人間」として扱われれば「怒り」を感じ、自分の価値観に沿った生き方ができないと「恥辱」を感じ、自分の価値にふさわしく扱われると「誇り」を感じるのである。ヘーゲルは、こうした人間の感情や欲望が、歴史を動かしていると考えた。 先述のように、ヘーゲルは、この「尊厳をもつ人間として認められたい」という欲望が人間を戦いへと駆り立て、結果、進んで自らの命を賭ける主君と、死への恐怖に屈した奴隷とに階級が分かれたと説明する。この主従関係は、貴族制社会を生んだが、どちらの側の認知にも欠陥があった。なぜなら、奴隷が認知を求めることができなかったのはもちろんのこと、主君も、自分を認知してくれるのが人間として不完全な奴隷だったからである。そして、この双方の認知不足という矛盾が、次の歴史段階を生み出した(弁証法的発展)。契機となったのが、フランス革命とアメリカ独立革命である。ヘーゲルは、このふたつの革命によって、認知不足という内部矛盾をかかえる貴族制が、普遍的かつ相互的な認知をもたらす民主制に取って代わられたと考えたのである。確認されておいてよいのは、以上のような歴史観を継承するフクヤマが、ロックやホッブズ、あるいはジェファーソンやマジソンなどのアングロ・サクソン的な自由主義の伝統を、「理性」と結びついた「欲望」や「自己保存の法則」(つまり財産の保護や生命の維持)に従属しているとして、ドイツ観念論よりも一段下に見ているということである。アングロ・サクソン的な自由主義における、リベラルな社会とは、幸福追求(生命と財産の権利)を有する個人間の社会契約だった。つまり、互いに生活や財産に干渉しないという、市民間の相互的で対等な合意である。対してドイツ観念論におけるリベラルな社会とは、財産獲得の権利や生命の安全を求める権利だけでは充分でなく、市民同士がお互いに認めあうことが必要だと相互・対等に合意されるものである。 また、フクヤマによれば、「欲望」と「理性」は工業化のプロセスを説明できても、民主主義を求める戦いについては説明ができない。もしも人間にそのふたつだけしかないならば、市場経済志向の強い権威主義体制の下で生活することに、人間は満足するだろう。しかし人間は「気概」を持っているため、自由な個人として自分を認めてくれる民主的な政府を求めることになるのだ。これが、リベラル・デモクラシーへ向かって社会が進化し歴史を動かす原因である、というのである。 更に、この「他者からの承認欲求」は、自由主義経済においても機能しているとフクヤマはいう。労働倫理とは、物質的動機ではなく、むしろその社会における諸集団が労働に対して与える認知に支えられており、労働は認知のための行為でもあるという。自由主義経済の成功のためには、(そして恐らく、なぜ成功しようとするのか、という根本においても)不合理な「気概」というものが必要だと主張している。また、日本の経済的成功の裏には、会社での認知が「気概」を満足させるということがあったと指摘している1。 優越願望(megalothymia:メガロサミア)と対等願望(isothymia:アイソサミア) 繰り返しみてきたように、フクヤマは、ヘーゲル=コジェーブを継承し、自分の価値を他者に認めさせようとする人間の欲望が歴史を動かしてきた、と主張する。フクヤマは、この欲望をふたつの造語をつくって分類している。ひとつは「優越願望(megalothymia)」で、自分が他人よりも優越していることを認めさせようとする欲望である。これは暴君にもアーティストにも見られる性質である。もうひとつは、「対等願望(isothymia)」で、これは他人と対等なものとして認められたいという正反対の欲望である8。 フクヤマは、資本主義が巨大な富をもたらしたとしても、平等に認められたいという「対等願望」は満たされないままに残るだろうといっている。なぜなら、民主主義国における貧困の問題は、物質的な欲望レベルから認知の問題へと移っているからである。労働の分化は、たとえば清掃員やバスの運転手は脳外科医よりも低くみられるというように、異なった職業における尊厳の格差をもたらした。また、低所得者やホームレスの人を傷つけているのは、生活の苦しさというよりもむしろ、尊厳が得られないというところにある、と考えている。個人の認知を求める欲望と平等の欲望は、同時に満たすことはできないのである。この両者は、緊張関係におかれている。そのため、自由主義社会においては、自由と平等のバランスのとり方が、個人主義から社会民主主義までさまざまに存在する。しかし、リベラル・デモクラシーという原理が損なわれることはない、と説明している。また、明記されていないが、このふたつは、アメリカの政党でいうと共和党と民主党に相当していると思われる。
2004年04月15日
コメント(0)
昨日、「米倉涼子と小雪をはべらせ」と書いたが、キルゴアが一番、GOODとの評価しているのは、水野美紀さんです。彼女も美形ですが、彼女は努力しているのがキルゴアにはわかるので大好きなのです。1.「千里眼」や「恋人はスナイパー」のアクションの動きは本物です。彼女しか日本で香港映画に本格的に出れる女優はいません。ショウリンジャーのキルゴアは、この部分は目利きです。2.千里眼での英会話は付け焼刃ではない実力。ドリームの脚本家 市川森一さんのコメント 千春役の水野美紀さんとは、彼女が高校生の時に一度だけ会ったことがある。無名というよりは、まったくの素人で、タレントになりたくて田舎から上京したばかりの制服姿の少女だった。特技は?と訊いたら、「水泳」と答えたのを憶えている。彼女のことはそれからずーっと頭にひっかかっていて、時々、自作のドラマに推薦したりしていたのだが、縁がなかった。今回、ようやくめぐり会えてそれが一番嬉しい。千春の生命力と一途さは、僕が初対面で感じた水野さんへの第一印象そのままである。
2004年04月14日
コメント(0)
今日は、楽しかった。http://www.ki-dousen.net/起動線の図解でロジカルシンキング実習・入門編のオフ会で、おいしい中華を食べながら咆哮してきた。イラクの人質、日本人エトス論、プロテスタント、プラグマティズム、米倉涼子、水野美紀、森永害悪論など、盛り上がった。そこでお題、キルゴアが米倉涼子と小雪をはべらせれば日本は確実に元気になる、そのロジックをのべよ!風が吹けば桶屋が儲かるのような、論理を構築できるか?キルゴアはこれを、森永害悪論とからませ大熱弁の論理を展開しました。(爆)知りたい方はメールを
2004年04月13日
コメント(0)

キルゴアは敢闘精神溢れる男が大好きです。玉砕は悪ですが、この王の爽快かつ痛快な生き方は男としては、うらやましい。ティリー辺境伯のような強敵、ヴァレンシュタインのような、とんでもない敵役に恵まれてクシャトリア気質を十分に満足した生き方を送った方です。 危険など全く気にせず猛烈に飛び込んで いく王を見ると、将兵たちも士気が高揚して各自が英雄的な行動をとった これこそ、クシャトリアたるの真骨頂。プロテスタントの戦士たちは、本当にかっこいい。キルゴアはプロテスタントではありませんがプロテスタントは大好きです。表紙の男たちはすべて、プロテスタントの戦士達です。 「戦術の世界史」人物解説(17世紀)/ グスタフの容貌と行動には、祖先であるバイキングの血が色濃く現われており、気質やマナーにおいては率 直で、寛容、普段の態度は礼儀正しく威厳のあるものでしたが、時に激しいかんしゃくを爆発させることがありました。彼は王者の剛毅さを備えながらも近づき易く、穏やかで親切な態度をとることからカリスマ的な 魅力があり、将兵からは大いなる敬慕を受けています。戦場の敵軍に対しても、当時では考えられないくらい慈悲深い行為を示したので、敵兵士でさえも彼に対しては尊敬の念を抱かずにはいられなかったのです。 向こう見ずな彼の剛勇さはアレクサンダー大王さえも凌ぐもので、危険など全く気にせず猛烈に飛び込んで いく王を見ると、将兵たちも士気が高揚して各自が英雄的な行動をとったのでした。 「北方の獅子」と呼ばれたアドルフは、戦闘で13回も負傷しており、部下から「王は貴い命を危険にさら すべきではありません。」と注意されると次のように答えます。「自分でやってみなければ良くできたと思えないのが私の性質だ。何でも自分の眼で確かめなければ気がすまないのだよ。」
2004年04月12日
コメント(1)

苗字のいわれ 高橋編より高橋氏は古今に亘り栄えた氏で、現在この氏のない地方は稀であろう。これは全国各地に高橋という地名が多い事に因るのではないかと思われる。高橋氏を流派別に分類すると、天武帝裔という大阪の高橋氏・源姓伊勢の高橋氏・安倍氏族志摩の高橋氏・三河の高橋氏・遠江の高橋氏・駿河の高橋氏・駿河の藤原姓高橋氏・甲斐の高橋氏・伊豆の高橋氏・日奉姓西党の高橋氏・下総の高橋氏・岩代の高橋氏・越後弥彦大宮司の高橋氏・加賀国上代高橋連族の高橋氏・丹波の高橋氏・石見の高橋氏・播磨の高橋氏・備中橘姓の高橋氏・伊予の高橋氏・備前の高橋氏・秋月氏流の高橋氏・藤原南家相良氏族の高橋氏・惟宗氏族の高橋氏・菊地氏族の高橋氏等各流派の高橋氏のほかにも高橋氏が多くある。当家は、天武系の高橋氏である。当家は、大友家が朝鮮の役での不手際により、所領を没収された後、太閤蔵入地化(直轄化)により、大田飛騨守一吉とともに入植。役職大田飛騨守一吉配下の家老職であった 業績 旧大友配下の地侍の平定太田飛騨守一吉について 以下戦国武将列伝より小源五。飛騨守。丹羽長秀の旧臣であったが、多くの家臣と同様に息子の長重の代に秀吉に転仕した。 秀吉配下で美濃で一万石。天正十五年(1587)の九州征伐では兵百。ついで関東・奥羽征伐では三百騎を動員した。文禄元年(1592)の朝鮮出兵では渡海。翌年三月に牧使城を包囲した時は、兵八十を率いるのみであった。八月九日には名護屋で秀吉に謁して帰国報告している。 文禄二年(1593)閏九月、豊後大野郡の豊臣氏直轄領五万三千二百石の代官を務め、代官給として一万石を受けている。臼杵城で三万五千石を領した。飛騨守叙任は慶長年間に入ってからか。慶長二年(1597)七月七日、再び朝鮮に渡る。蔚山では敵の矢を受けながらも、群を抜く武功を立てたという。 関ヶ原の合戦では西軍に属しており近江の瀬田橋を警護したが、敗戦を受けて臼杵に帰城。しかし竹田城主中川秀成の攻撃を受けて開城した。のちには京都に在したという。
2004年04月11日
コメント(0)

輪違い紋 家紋の由来 参照しています 輪違い紋は、ふたつ以上の輪が組み合っている形をしている。輪違いはリングの連鎖だからいくらでも増やせるが、多くは二つの輪である。寺院などで、この紋を見ることがあり、「この世はひとりで生きることは難しい。ふたり以上互いに組んで生きてゆくこと。いわゆる二つの輪は仲良く手を組むことなのだ」と。また、大乗仏教では「この世は金剛界と胎蔵界とが組み合って、バランスがとれる。輪違いはこれを図示したものだ」と。【主な使用家】 基本形は二つの輪が組み合ったもので、脇坂氏の代表紋だ。もうひとつ、花輪違いがある。円を弧で四分割したもので、中に唐花などを入れる。こちらは高階氏の代表紋である。 輪違い紋は、「見聞諸家紋」に、出雲の塩冶氏、大和の萱生氏をはじめ、彦坂・高・増位・妹尾の諸氏がみえる。花輪違い紋は、宇多源氏佐々木氏流族が出雲に広まって、これを用いている。富士名・隠岐・木村・尼子氏など。笠 紋 笠は傘と違い。”被りがさ”をさす。種類は多く、市女笠、陣笠、編み笠、菅笠などがある。頭に被るものだから、大切でありがたいという気持ちと、形のおもしろさから家紋として用いられたとみられるが、やはり”さむらい”との関係が深いようだ。家紋の絵柄も多く、足軽笠、深被り笠、神宮笠、花笠などがある。笠紋は高橋氏の代表家紋とされる。また、将軍家指南役として知られる大和柳生家の「柳生笠」も著名。(丸に笠) 【主な使用家】高橋氏の代表紋の一つが「笠紋」である。これは、高橋氏に神職が多く、古代神は高い所に降りてくることから、竹などを立てて神を迎えた。そして、この竹を立てることから、竹・笹紋を用いるようになったのだという。さらにいえば、笠紋は「竹を立てる」を文字にすれば「笠」になることからきたともいわれる。 菊池氏高橋氏と菊池氏の関係より抜粋~日本家系図学会に出席した時に、某大学教授が高橋姓の由来は後漢の高祖に通じるのでは、という説を発表した。これは”ハシ”という語源がモノとモノを繋げる意から来ているという。箸は”口”と”食べ物”を繋げるモノ。橋は”あちら”と”こちら”を繋げるモノ。それで高橋は?となると、高いというものは天に通じるもので、高い山には魂が集まり、その山を経由して天に昇るもの。高い木もまた天に通じる依り代として存在し、高きは天に通じるものなのである。そこで高橋とは、天に通じる橋。つまり神との交信を意味するものと考えしまう。後漢の高祖は当時の中国では、神そのものであった。高祖は空を自在に飛びまわり、天に届く程の高さまで上がる鷹を好んで飼っていたと言われる。その神である高祖の鷹が、大陸から日本に流れて来たとしてもおかしくないものである。元々空を自由に飛びまわる鳥は、神の使者として信じられてきた背景があるからだ。つまり古代より日本人は高いもの、大きいものを神として崇め奉った痕跡があるからである~トップページに鷹をもってきたのはここから由来しています
2004年04月10日
コメント(0)
サーカーの社会サイクル論より人間社会は、シュードラ(庶民)、クシャトリア(武勇派)、ヴィプラ(知力派)、ヴァイシャ(蓄財派)の四つのメンタリティの特質をもった人々から成り立つ。あなたはどのタイプだろうか。シュードラをヴァイシャ(今の日本でいえば高級官僚か)の非人間的などん欲から守るために、シュードラの意識を高めなくはなりません。(シュードラ革命の前夜には、すべての非ヴァイシャ階級は、自分がシュードラのレベルに落とされていることを見いだします) しかし、率直に言って、私たちが理解するように、 シュードラの意識を高めることは可能なのでしょうか。シュードラを動かせる人々、すなわち一時的に革命にむけて彼らをまとめてゆく人々はクシャトリアです。シュードラは、彼らがすべきことを機械的に実行するだけです」物的身体的願望のみひきずられているシュードラを高めることは大変困難であり、ヴァイシャ時代の末期に、富の極端な格差からシュードラの反搾取感情は高まるけれども、実はそれはシュードラのメンタリティをもった人間が自発的に反搾取感情を高めたのではなく、 クシャトリアとヴィプラのメンタリティをもったものがシュードラ的な経済状態となり、彼らがリーダーとなってシュードラを組織して立ち上がらせたのだというのです。 実際、歴史上の人物を振り返るとシュードラ反乱のリーダーのメンタリティがシュードラであることはありえません。なぜなら物的身体的な領域で困難に陥っている社会の変革に挑むことは、物的身体的願望にひきずられているシュードラの心ではできないことだからです。革命や反革命の中心的リーダーはクシャトリアのメンタリティの持主です。シュードラはクシャトリアの勇気に従い、戦場で血の中に倒れます。勝利した場合には、自分はみじめな状態におかれても勝利したクシャトリアの旗をもって満足することになります。キルゴアは、修羅場を潜り抜けるタフネスと、概念構築能力をあわせもった"知的体育会系"を、概念構築力=バラモン的資質 修羅場を潜り抜けるタフネスさ=クシャトリアの資質を持つものと考えています。真・善・美を追求する戦士 バラモニック・クシャトリアというコンセプトの実現に邁進します。
2004年04月09日
コメント(0)
いついかなるときも、正法の衰微、非法の興起あるごとに私=(クリシュナ=インドの主神たるヴィシュヌ)は自らを大地に撒く。私は年を経て芽生え、そして目に見える形をとり、善を守り、悪をしりぞけるため、すべての善業の士らとともに動かしめ正法に再びその座を与えるのである。いでよクシャトリア 「私」がかつて存在しなかったときは一度もない。それは、あなたやこれらの王侯たちも同じだ。将来、我々が存在しなくなることも決してありえない。この肉体に宿るものは、それが、少年期、青年期、老年期へと移っていくのと同じように、次の肉体へ移っていく。これらの肉体には終わりがあると知られているが、肉体に宿るものは、永遠であり、不滅であり、無限である。それゆえ、バーラタよ、戦うのだ人が古い衣服を脱ぎ捨てて、新しい別の衣服を着るように、肉体に宿るものも、古い肉体を捨てて、新しい別の肉体をとる。生まれた者にとって死は必定であり、死んだ者にとって生は必定である。それゆえ、避けられないことを悲しむべきではない。自分のダルマという点を考慮したとしても、ためらうべきではない。なぜなら、クシャトリヤにとって、ダルマにかなった戦いに勝るものはないからだ。幸運なのは、天界に通じる門ともいうべきそのような戦いを、求めずして見いだすクシャトリヤである。したがって、もしあなたが、ダルマにかなったこの戦いにかかわらないのであれば、自らのダルマと名声とを捨て、罪を犯すことになるのだ。さらに、人々はあなたの不名誉を永遠に語り継ぐだろう。名声ある人にとって、悪評は死よりも耐え難いものだ。あなたは、殺されれば天界に達し、勝利すれば地上の世界を享受する。それゆえ、戦いの意を決して、立ち上がるのだ。喜びや苦しみ、利益や損失、勝利や敗北、こういった中にも心の平静を得て、そうして戦いに臨むのだ。そうすれば、罪を犯すことはない。行動のみを制御すべきであって、決してその結果を制御すべきではない。行動のために生きるべきではなく、また、無活動にとらわれるべきでもない。偉大さを欠いた行動は、実に、安定した理知からは程遠い、富の征服者よ。理知をよりどころとせよ。哀れむべきは(行動の)成果のために生きる者である。執着を捨て、成功や失敗の中にも平静を保ち、ヨーガに立脚して行動せよ。なぜなら、心の平静がヨーガと言われるから。それゆえ、執着のない状態にとどまり、常に、なすに値する行動をせよ。まことに、執着なく行動に従事する人は、「至高なるもの」に到達する。偉大な人が何かをすれば、他の人々も同じことをする。偉大な人が何か規範を示せば、世間の人々もそれに従う~バガバッド・ギーター~ 革命をおこすのはシュードラ的状態のクシャトリア 「経済的な視点からは、社会がただ二つの階級、すなわち搾取するヴァイシャと搾取されるシュードラに分かれた時に革命はおこります。しかし、心理的な視点からは・・・経済的にはシュードラだけども、心理的にはヴィープラもしくはクシャトリアである人々がいないならば、シュードラ革命は不可能です」
2004年04月08日
コメント(0)

カデットケリーを見た。以下 紹介ケリーは、自由奔放なニューヨークっ子。ところが、ママが軍の大将(キルゴア注 階級章みると准将でした)なんかと再婚しちゃったから、規則正しい軍隊学校に転校させられてしまう。訓練はマジ厳しいし、鬼隊長のストーン先生にシゴかれちゃってホント大変!それでもケリーは、持ち前のバイタリティで毎日の訓練をきっちりこなし、軍隊生活にも徐々になじんでいく。100分。2002年。(出演)ヒラリー・ダフ、クリスティ・カールソン・ロマーノ。海兵隊サイレントドリル小隊 この物語は、陸軍のドリル(海兵隊Silent Drill Platoon)小隊に入って、ケリーが頑張るというストーリーですが、このドリルがすばらしいここの映像で確認してもらいたい。このドリル、少林寺の演武とよく似ている。実際、少林寺の団体演武(12人編成) では、防衛大学がほとんど優勝する。僕らの現役時代も、防衛大学に破れ準優勝だった。防衛大学は、学校の行事につけて少林寺の演武会を行っているほどメジャーだ。このドリルや演武はコアバリューの徹底やチーム意識の共有(必ず勝つなど)なくば絶対に勝てない種目である。勝つ組織とはどのような組織かを、実際に経験した。今となって、そのときの暗黙知を形式知に変換できる能力が身についた。これからは、その実践によるダブルループ学習である。
2004年04月07日
コメント(0)

体化とは、知が身体にenbodied(具現化)されている状態を指します。概念、思考、考え、モットーなどを、体化してゆくスキルが求められていると感じている。これは、野中先生の「企業進化論」p323を自分なりに解釈しています。よく僕が思いを結晶化(クリスタイゼーション)という言葉を使っているのは、野中先生のアメリカ海兵隊からきている。 結晶化についてコンセプトに結晶化する能力とそれを具現化する能力を持つ知行合一のリーダーである。ドラッカーのいうように、ナレッジ・プロデューサーは、自発的に「何に取り組むか」を決め、そのためのコンセプトを創造し、そのコンセプトを具現化する実行力をもっている。知は「正当化された真なる信念」と定義されるから、コミットメント(自発的献身)なしには、自らの信念すなわち思いを正当化する(時に政治的な)難しいプロセスを執念深く乗り切ることはできないのである。このような人材を育成し、活躍できる場を整えられるかどうかが、今後の日本の活力を左右する。
2004年04月06日
コメント(0)

モットー解説もいよいよ最後です。First to Fight & Go for Brokeをどのようにブレークダウンしてきたか、そしてしてゆくかです。『日本病』への対処について 1月20日から着任して、たまたま2004年1月28日(水) 18:30~21:00/ツカサ五反田本社ビル5Fに、石井絋基氏の忘れ形見である、ターニャさんの講演があるのを検索していてみつけた。何かの不思議な縁と思い、会社をちょっと抜け出して参加した。 僕はかつて石井絋基先生が亡くられた時、先生に興味を持ち事務にメールしたのが縁のはじまりであった。そのメールが石井絋基先生のHPの「故・石井紘基議員と残された国民の皆様へ」にとりあげていただた。「人間の価値は棺に入るとき決まります。 多くの人が今となってその行動に対して感謝しています。 石井先生の志を消してはなりません。 今できるのは先生の著作を読んで 自分でできる事を見出すぐらいしかかんがえられませんが 何年かのち、石井先生は吉田松蔭のようなポジション であるように評されると思います。 私は猪瀬さんが改革の象徴のように感じていましたが 本当は石井先生の地道な活動がこの日本の危機を 初めてイメージさせてくれたと考えます。 最後に石井先生のご家族の方へお悔やみを申しあげます。」そのとき、一緒に先生の本を購入した。もう2年前の話です。当時の状況は「今できるのは先生の著作を読んで 自分でできる事を見出すぐらいしかかんがえられませんが」という感じだった。その後、1月28日(水) と2月27日(金)に「石井ターニャと語る会」があり、勇気を出して、応援したいと伝えた。今は維新塾の最前線に立とうとしている境遇の不思議さを思う。「これはやらなければならない」と感じた時、行動できなければ必ず運命よりしっぺ返しを受けると僕は感じている。 今後も、日本病の原因に対して真っ先に闘い(First to Fight)、立ちはだかるもの(=敵・臆病・恐れ・逡巡等)を打ち砕く(Go for Broke)意気で自分自身の思いの達成を切り開くべく行動する。 木村さん 金融維新 木村さんは「リスク戦略の発想法 」の中で、要するに、「株主責任を不問に付した」と騒ぎ立てるだけで、「株を紙切れにする」ための法律の裏付けや実務のプロセスを明らかにできず、「紙切れにする」ための法律改正案を提示できない評論家は、上述したような「無責任なコンサルタント」でしかないのである。そして、この手の評論家が跋扈することによって、世の中が改善されたためしはない。いま必要なのは、経営者の才覚を持つ実践的な政策立案者たちなのだ。と言い切っています。第45回「夢想家たちに改革はできない 政策論の基礎(1)――道筋なきあるべき論」第46回「夢想家たちに改革はできない 政策論の基礎(2)――りそな株主責任論は空しい」 第47回「夢想家たちに改革はできない 政策論の基礎(3)――政策立案者は経営者たれ」 僕も確かに、自分が木村さんに意見が採用されただけで喜んでいるだけの傍観者でいるのも確かに無責任なヤツだなーと感じていた。何かの縁か、農業を止め、ある方の紹介でいまの会社に入社した。ちょうどKFi Clubが始まって、ちょっとした頃、東京に転勤になった。kficlubには最初から入会していた。おこがましいがなんらかの応援をしたかった。かつてできる事は本を買うことだけだった。秘書の尾花さんは、多忙にもかかわらず、本の感想などを書いてメールしたら、「木村に回しておきます」と返信してくれた。こういった地道な努力が、根強い木村人気の根源だと感じている。僕は木村さんなら、ついてゆくに足る男だと思う。下記との比較で応援する理由がいっそう明白になる。この経済産業省の課長の主張をみて欲しい。「不良債権こそ日本経済の癌、銀行経営者を粛正すべし」といった議論は、経済・株価低迷のスケープゴートを求める人々の正義感を刺激し一時的な高揚感と癒しを与えるかも知れない。しかし、問題の複雑さをかえって隠蔽し、経済全体の状況を見渡して経済的負担を伴う総合的な解決策を国民全体で考えていく上では建設的ではない。銀行に同情するつもりは毛頭ないし、過去の金融行政に肩を持つつもりもないが、 批判だけすればいいという評論家やマスメディアの立場から行われる「犯人はおまえ」だといわんばかりの議論には、ポピュリズム、センセーショナリズムの臭いを感じて不快感を覚えると、この頃注目の的だった方といえば、あの方だろうと思う。この課長さんは、次にこのコラムでこのように主張している。我々は逃げるつもりは毛頭ない。しかし、政府がやれるのは、経営者が思い切った経営判断をするための環境を作ることに尽きる。過去の通産省はやったではないかと言うが、それは今と同じで環境を形成しながら、事実上働きかけただけであり、法制度上強制力を持ってやったわけではない。昔も今も中立的な第三者として助言し、支援措置をツールとして働きかけ、それを経営者、債権者、株主が納得して自らの決断として受け入れてこそ、はじめて事は成る。企業の生き死にを判断できるのは、事業リスクを背負う経営者、債権者、株主等市場だけだ。っと。ふーん、日本の経済参謀はいいよね。企業の生き死にを判断できるのは、事業リスクを背負う経営者、債権者、株主等市場だけだ。って、個人保証の事業リスクを背負う経営者の恐ろしさを体験せず、身分保障された位置からこのような言葉をよくはけるなぁって。俺は木村さんの下でなら、闘えるけど後方の参謀部にいて、リスクをとれといわれても、何の感動もよばないよ。
2004年04月05日
コメント(0)

Go for Brokeについて"You fought for the free nations of the world.....You fought not only the enemy, you fought for prejudice, and you have won." 諸君は自由主義諸国の為に敵と戦ったのみならず、偏見とも闘い、そして勝ったのだ1945年7月15日、降りしきる雨をも厭わずに政府高官、大群衆が見守る中、アメリカ合衆国大統領ハリー・S・トルーマンはホワイトハウスの庭で、凱旋したアメリカ合衆国陸軍第442連隊戦闘団の兵士達を前に、上の内容の演説を行って栄誉を称え、第442連隊旗に自らの手で七番目の「大統領部隊感状」を括り付けたのである。合衆国陸軍の歴史上初めての異例のことであった。また第100歩兵大隊の故郷ともいえるハワイには博物館が建造され、彼等の勇気と献身を永久に語り継ぐよう記録の保管が始まった。そして現在、442連隊の戦史を学ぶ事は米国陸軍の必修課程となり、多くの軍人が彼等の活躍を知る事になったのである。部隊のモットーは「ゴー・フォー・ブローク」。従来は「当たって砕けろ」「一か八か」などと訳される言葉である。このゴー・フォー・ブロークの著者は「撃ちてしやまん」という新たな訳を試みているが、その思いの深さも伝わってくる。キルゴアもはじめは、「あたって砕けろ」と訳してましたが、よくポーカーで「破産覚悟でいけ!」とかで使う言葉と同じですが、ちょっと玉砕的でよくない。でも「打ち砕け!」であれば、より積極的なのでこれにしました。Japaneseの血の誇りを呼び覚ます戦歴であり、キルゴアも驚くばかりのファイティングスピリッツです。彼ら442戦闘団に敬意を表し、彼らの実績にあやかるべくこれもモットーにしています。彼らなかりせば、シンセキ将軍の陸軍参謀総長就任も ありえず、アメリカでダニエル・イノウエ、スパーク・マツナガ両氏の非白人系初の上院議員就任、非白人系初知事のジョージ・アリヨシ氏のハワイ州知事就任もありえなかった。
2004年04月04日
コメント(0)

硫黄島での海兵隊 442nd Regimental Combat Team モットーの解説もいよいよ終盤。3.First to Fight & Go for Brokeについて。まずは、First to Fight「真っ先に闘う。先陣を切る」ですが、これはアメリカ海兵隊のモットーです。海兵隊賛歌にも「 First to fight for right and freedom, and to keep our honor clean」「正義と自由の為に真っ先に戦い我々の名誉を守り」とあります。 先陣を切るのは、古来より洋の東西を問わず、最精鋭に与えられるものです。その他海兵隊に関する言葉を野中郁次郎『アメリカ海兵隊』(中公新書)から抜粋"Send in the Marines"(海兵隊を送れ。)海兵隊が行けば何とかしてくれるという期待が込められている"Tell it to the Marines."(海兵隊に告げよ)"The Marines are looking for a few good men."(海兵隊は少数精鋭主義)THE FEW.THE PROUD.THE MARINES.(選ばれし者 誇り高きもの 海兵隊)Semper Fidelis (常に忠誠)Time tested Marines.(時代が海兵隊を試す)などあります。 明日は、Go for Brokeそののちに、モットーのブレークダウンを行います。
2004年04月03日
コメント(1)

泥棒国家(クレプトクラシー)の完成ベンジャミン・フルフォード氏は、自書紹介でこう語っている。現在の日本は、「泥棒国家」Kleptocracy(クレプトクラシー)である。日本をダメにした 「政・官・業・ヤクザ」連合という泥棒たちthievesが国民の金を巻き上げ、それで延命をはかっているだけだからだ。 次々に国有化される銀行や企業は、この国が共産主義「統制経済」controlled economyになったことを表している。そして、日本の国際的地位はますます低下し、いまやアジアも日本抜きAsia withoutJapanで動くようになってしまった。 日本人はいまこそ、勇気をもってこの構造structureを破壊し、自分たちの手で本当の民主主義国家democratic stateをつくるべきではないのか? 日本人はいつから、こんなに臆病cowardになってしまったのだろうか? 日本の危機Japan’s crisisは、経済の危機ではなく、日本人が勇気braveryをなくしてしまった危機である。それに対する、僕自身の回答は故石井紘基議員の維新塾を通じて、実践する。石井ターニャさんより 維新塾の準備会を開催したいと思います。 4月に第一回準備会を開催いたします。 ただ今日程を検討致しております。 皆様のアイディアなどお寄せ下さい。-------------------------------------------石井 ターニャ tanya@ga3.so-net.ne.jp維新塾の中に構造改革のための25のプログラムの実現を担うNew Models=25th PROGRAM Knight Corp を創設する。この啓蒙活動チームの行動が 「政・官・業・ヤクザ」連合という泥棒たちthievesからの抑圧を解放(De Opresso Liber)へとつながるのである。 New Modelsは、石井先生やフルフォード氏の著作や今後の日本についてを、読書会などで啓蒙してゆく。維新塾は,市民のための読書会のような啓蒙組織にするという案をターニャさんに進言している。オリヴァー・クロムウェルのニューモデル軍「新しい型の軍隊」は最初の大衆の民主的軍隊であった。兵士達は志願者であり、傭兵や強奪する男達ではなかった彼ら自身の言葉を借りると、 彼らは自分自身それに国民の正当な権利と自由を守るために 闘っていた。ニューモデル軍ではすべての兵士は同じ軍服を着、そして能力がある者は将校にもなれた
2004年04月02日
コメント(0)

ブログはじめました今日は石井ターニャさんと木村剛とブロガーのオフサイド取引にいってきました。ターニャさんと、「維新塾」キックオフについて話しパーティへ、いやぁ、まだまだ捨てたもんじゃないよ、日本もともと、木村応援団に入ったのは第22回「この『言いようのない不安感』の源は何処にある?」で自分の意見を取り上げていただいたことに始まる。例えば、前回のコラムで紹介したメールの中で使われていた「若いビジネスマンに無情感を与える社会は滅亡して行きます」という一文に感動した方から、こんなメールをいただいている。 「この言葉には極めて納得性があります。それは自分自身も同じ想いを抱いているからです。10月20日のサンデープロジェクトで、島本幸治氏(BNPパリバ証券チーフストラテジスト)が『20~30代の焦燥感は相当なものだ』と与党幹部に発言したとき、『自分達の気持ちを代弁してくれた』と盛大な拍手を送りました。同世代なら、この気持ちがわかるはずです。年金システムの虚構(本質はネズミ講)や財政赤字及びその歯止め対策に打つ手なしといった状況の中で、自分が60歳になったらどうなるのだろう、と焦燥を覚える層は実際多いのです」 「このままだと、李鵬が『20年後、日本などなくなる』といった予測が実現するかもしれません。それを回避するためには新陳代謝が必要です。マキャベリが国家も身体のように老廃物を排出することが必要であると述べているように、早く老廃物を出してしまわなければなりません。……我々が発展するには旧世代からの『くびき』を脱するしかない。そして、その『くびき』が取り払われれば、日本経済は自然と発展するに違いないのです。また先延ばしにすれば、無秩序・無気力な無法社会で国力はズタズタになります」 「20年後、日本などなくなる」という江沢民の予測を実現してよいと思う日本人は誰一人としていないだろう。「無秩序・無気力な無法社会で国力がズタズタになる」前に、何らかの手を打たなければならない。だからこそ、「竹中プラン」にゆるぎない魂を吹き込み、熱い血潮が日本経済を駆け巡るような改革を実現していくことにより、日本経済を再生させていく「グッドスタート」にしていかなければならないのである。 ここの部分である。やはり、とりあげられればうれしい。木村さんはファンとのコミュニケーションを非常に大事にしている。ターニャさんにはそれを感じてもらいたかったのだ。お父さん以外にも、本物の熱い男がいると。どうすれば、人の心をつかむかを木村さんは実践しているそこををベンチマークして欲しいと願った。
2004年04月01日
コメント(0)
全30件 (30件中 1-30件目)
1

![]()
![]()