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力いっぱい足を踏ん張って泣き叫ぶ娘の様子に、昇一さんは驚いてドアノブから手を離し、彼女を抱き上げてあやし始めた。
「おばけ? ははは、ノンちゃんは怖がりだなあ。 そんなものいないよ。 ここは昔パパが 使ってた部屋だもん。 おばけなんかいたって、パパがやっつけちゃうから平気さ」
昇一さんの首にしがみついて、女の子のご機嫌が少しだけ良くなった。
「ほんとう? パパはおばけより強いの? 怖くないの?」
「怖くなんかないさ。 パパは強いんだぞ! 今日だって、パパが生まれ育った『龍王』の店存続の危機だと察したから、こうして救出に飛んできたんだ。 パパにまかせておけば大丈夫だよ」
そのすきにたまこは全速力で階段を駆け上り、頼もしげに高笑いする昇一さんの足もとをすり抜け、ドアノブに飛びつくと、渾身の力でこれをぐりっと回した。
昇一さんの娘が、目を丸くしてたまこを指差す。
「あっ、パパ見て! 猫ちゃんがドアを開けるよ! 上手だね」
その声を背中に聞きながら、たまこは、まるで自分を誘い込むように簡単に開いたドアの、細い隙間に半身を滑り込ませた。
「え? 猫ちゃんが、なんだって?」
昇一さんが振り返って、娘の指差すほうを見たとき、たまこはもう、ドアノブから離れて一足飛び、真っ暗な部屋の中にダイブしていた。
たまこの着地と同時に、ばたん、と大きな音を立てて、ドアがひとりでに閉まる。
とたん、部屋の中が真っ黒な闇に沈む。
ドアの向こうでは、まだ、女の子の高ぶった声が響いていた。
「パパ! 今、猫ちゃんが、おばけのいるお部屋の中に入って行っちゃったの。 あの猫ちゃんは大丈夫? おばけに食べられちゃう?」
そして、狐につままれたような昇一さんの声。
「えっ? 今ドアが閉まった? 猫ちゃんが入ったから? ほんと? パパには何にも見えなかったよ?」
つづいてガチャガチャとせわしなくドアノブの回る音。
「・・・あれ? へんだな、開かないぞ。 母さんが鍵をかけたのかなあ。 ・・・だって、今このドア開いたんだよね? ノンちゃん、見てたんだよね?」