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さあ、今日はハロウィン本番です。先日(1週間ほど前に)アレだけおおはしゃぎをしてしまったので「今更ねぇ」という気分でもあったのですがそれはそれということで、最近のお気に入りである近所の美味しいメキシカン・レストランへ軽く仮装をして出かけました。そのいきさつは、わがパートナー氏が数日前に「これもらった!」と嬉しそうに印刷物を持って帰ってきたのです。出かけることにしたメキシカン・レストランのもので“ハロウィンの仮装で来てください、お菓子を用意して待ってます。”とありました。先週末のイベントでは、私だけ楽しんでしまったので彼は「いいなぁ、いいなぁ」と羨ましくて仕方が無い様子。私も久々にそこのお店に行きたかったので「じゃあ、仮装かんがえといてね~」と約束をし今日に至ったわけです。さて、仮装。上の写真を見てください!この頭は絶対にさせたかったの!!(本人は「そんなに面白くない」と言っていましたが)茶色の作務衣を着て、着ているもののポケットに小さい熊のぬいぐるみを入れた。その上にジャケットを着て、ジャケットのフードをかぶり店まで。店に入り“ジャーン”と脱ぐと、先に来ていたお客さんや店の方々大喜び。ほら、やっぱりうけた。本人もご満悦でした。タイトルは「クマ」だったのですが衣装の感じと合わせて見ると、「ヤマトタケルノミコト」にも見えなくない。でも、もっとギャグっぽいので、やっぱり間違えた「クマ」でした。お食事が終わってチェックの際に、お店の方がかごに入れたお菓子を持ってきてくれた。「いくつでもとってくださいね!」といわれて彼が最高に幸せそうな顔をしたのを、私が見逃すはずがない。チョコレートとアメを1つずつもらい、帰途につきました。歩きながら全部食べちゃった・・・いいハロウィンだったね、クマ。来年は何の格好にしようか?P.S. この髪型はしっかり彼の自前の髪の毛でやったんですよー!結構すごい・・・
2003.10.31
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年下の友達からこんなかわいいメールをもらいました。>Nina 様>ご無沙汰してます。>つかぬことをお伺いいたしますが、>私との「おデート」、忘れてなあい(;;)彼女とは、私が某ブライダルの会社の仕事で、汐留にできた某ホテルのウェディング用写真撮影にかかわる諸々のアドバイザーというか、雇われディレクターというかプロデューサーというか・・・そんな感じの仕事をした際の担当者でした。彼女は私よりも確か5歳くらい若いのですがお姉さんで、落ち着いていて、冷静で、勉強家。会社に所属していながら、その会社に依存していないその姿勢が潔く、自分の仕事に対するプライドのもち方と真摯な態度が素敵でプライベートでも食事に行く仲になりました。彼女は知らないでしょうけれど、その仕事の最中、何度気持ち的に助けられたことか。出すぎず、引っ込みすぎず、私をしっかり見ていてくれるそんな人と仕事することができるのは本当に幸せだと思いました。“今すぐは無理だけど絶対に貴女に私の仕事を手伝って欲しい”などという熱烈なラブコールもしたことがあったくらい。年齢なんて関係ないなと思うのはこういうとき。できる人には心から敬意を払いたいと思うのです。毎日かなり遅くまで仕事をしている彼女。定期的なお休みはブライダル業界の定休日火曜日とその他何処かなのですが、忙しい時期にはなかなかお休みが思うようにとれないみたい。そんな彼女と空いてる日がお休みの日の私。「10月の終わりくらいに食事行こう!」などと大まかな日程の約束をしていたのですが私の方でここのところの色々な行事やらハプニングやらがあり、気がつけば10月も残すところ明日1日のみとなっていた。私の方も「うわー、ごめん!!」と思っていたところだったのでした。そんなところに彼女からのこのメール。向こうも話したいことがかなり沢山たまってきたみたい。話をしていて、「私の方が神経図太くなっちゃってるな」と感じる時が、私の方が数年長く生きちゃっているのねと苦笑してしまう時。仕事の話、プライベートの話、多分募る話が沢山あって今回も時間を忘れて話すんだろうなぁ。いつにしようかな。
2003.10.30
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私の場合、年がら年中慌しいようなそうでもないような状態なのだけどここのところずっと気ぜわしい日々が続いていたなぁ。不摂生も確かに続いていて朝の5時くらいに就寝なんて当たり前当然起きるのも早いわけじゃない・・・悪循環。健全な人間の生活からかけ離れてしまっていたかも?それでも、落ち着いて考え事をしたり作業を進めるのって夜中が一番なんです。でも、今回痛感しましたこのペースをあまり長く続けすぎてはいけないと。見事に体調最悪でした。携帯電話よりも復活が遅くなるとは何てことでしょう!「悔い改めなくては!」なんて思っているのですが宵っ張りの私がいつまでそんなことを言っていられるかまあ、見ものです。なんにせよ、健康は幸せの基本。だって、鼻の良い私が何のにおいもしない上にものの味が分からない・・・何を食べたいのか分からないなんて不幸だわー!
2003.10.29
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今日は雨降り。でも、携帯電話を少しでも早く復活させないと気が気ではないので、頑張ってお出かけ。昨日の仕事の際に「Ninaは携帯使用できません」の連絡をしてあった人に使用不可能になるまでのいきさつを話したら、「それと同じ話何処かで聞いたわ」とのこと。彼女によーく思い出してもらうと、何と私と同じ機種を、偶然にも同じ日に違う場所で購入した彼女と私共通の知人女性のことでした。今回の私と同じように、気付いたらリア・カバーが外れて電池パックも無くなっていたらしい。「大騒ぎしてたわよー」とのことでした。そうだろう、そうだろう彼女はいつも日本に住んでいるわけではないから(NewYorkに居る方なので)私のようにDo○mo shopに駆け込むこともできないものね。この機種、二つ折りになっているタイプの物で表側の部分を、お着替えさせられるのが売りになっていたS社の商品。メタリックの水色が気に入り買ったのだけど最初の頃から、鞄の中でリア・カバーが外れていたり手元からテーブルにホイッと置いただけでカパっと外れたりしていたことも思い出しました。私の日記に書き込みをしてくださった浩士さんによると>最近の携帯は「薄く軽く」を実現するために>バッテリーケースの蓋が弱くなる傾向にあります。>それなので、ちょっとひねりが加わったりすると>簡単に外れてしまうんですよね。>昔は頑丈だったんだけど。。。なのだそうです。それでも「困るよ~!」と思いながら、昨日取り置きをお願いした別の店に到着。カウンターの女性に、「簡単に外れなくなる方法って無いですか?」などと無謀な質問をしてみたところ、一生懸命に考えてくれる。やはり“両面テープ作戦”しかないとのことになり自宅にもどり、早速両面テープでリア・カバーを補強。もうあんな冷や汗かいちゃうような状況、困っちゃいますから。コレでちょっとやそっとじゃ、開かないようになりました。よーし、携帯電話本格的に復活!でも私自身が本格的に復活してない・・・私は携帯よりもダメダメかぁ、あーあ。
2003.10.28
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今日は講座の初日。別に私が何かを受講するわけではなくて私自身がトレーナーなのです。アメリカでトレーニングを受けたメソッドをそのまま取り入れたイメージコンサルタントのプロを養成すると言う内容で、1回の時間が3時間。通常講座を行う場合、2時間程度が平均だが3時間と言うのは少々長め。これって必死で全速力疾走できるのは200m走、までで無謀なことをすると自滅してしまう中距離とも短距離とも言えない大ッ嫌いな400m走に似ているような気がするのです。(実際、選手にさせられてヘロヘロになって走った苦い思い出があります)一昨日・昨日と続いたコンディションの悪さは抜けつつあるがまだまだ本調子でない今日の私に、3時間全力疾走ができるか否かは限りなく不安でしたが受講生や、その前の打合せでお目にかかる方にはそんなの甘っちょろい言い訳にしか過ぎない。心配させるのが何よりもよくないので自分に渇を入れて自宅を出る。まず、昨日の日記に書いた使用不可能になってしまった携帯電話を復活させるべきDo○mo shopへ。しかし、パーツは取り寄せの上に数週間かかるとの悲しい事実「困る~、困る~」と必死の形相でごねてみるとやさしいお姉さんは、隣駅のお店に連絡をとってくれ翌日まで取り置きしてくれるように頼んでくれました。おねえさん、ありがと!携帯の復活が1日先に延びてしまいましたが目処がつけば大したことではない(本当か?)。それから打ち合わせの為に移動。途中自分の顔が具合悪そうに見えないかを鏡でチェック。十分元気そう。打ち合わせもスムーズに終了。講座が始まる前にもう一度顔をチェック。夜にこの元気そうな顔なら十分合格ライン。元気に見える服と化粧を施してきたもんなぁと我ながら自分の化けっぷりに笑えてしまいました。19:00から3時間ほぼぶっ通しの講座。人数が多いスクール形式に(教室みたいに列に机が配置されている形式)なっての講座の場合、「話し手の私は決してイスに座るまい」と決めているのですが、今回は人数が少ない。このような時には圧迫感を与えないために同じ目線になるように着席させてもらっちゃいます。今回の救いは座っていられたこと。3時間終わる頃には、しゃべりっぱなしで喉が痛いし、蛍光灯の明かりで目がチラチラする。「もし立っていたら・・・」と考えると、ちょっとこわいなぁ。やはり私の仕事は体力勝負であることを痛感。それにしても、私って具合が悪いのが周りに伝わらないらしい。昔、インフルエンザで高熱と嘔吐(ごめんなさい)が続き抱えていた仕事の締め切りが翌日だったため近所の内科に行って注射をうってもらったのですが「いやー、元気そうじゃない」だって。信じられない!相当具合が悪かったのに~!真っ直ぐ立っていられないくらいだったのに~!!まあ、その話は置いておいて本日の打合せ・3時間ぶっ通しセミナーと続く400メートル走、一応疾走できたようです。なんとか上手い具合にペースとパワーの配分ができたようで一安心。「元気だよね」といわれる自分の顔も武器だと言うことで、納得しようかな。P.S. 上記の内科ですが、そんなこと言われてから、 そこの医者にはかかってないもんね~
2003.10.27
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昨晩の興奮の為か、アルコール系赤色水分にやられてしまった為か、いやはや大変なことが起こってしまいました。なんと、携帯のリアーカバーが知らない間に外れて無くなっており、当然のごとく電池パックももれなくなくなっていた!頭の中が真っ白。コレじゃあ、携帯が使用できない!!!文明の利器である携帯電話、本当に便利なのだけれど、もともと当たり前に使用していたものが突然使用不可能になってしまうってとんでもなくまずい状況になることを実感。携帯の留守番電話センターに入っている件に関しては普通の電話からも確認できるのですぐにそのメッセージが入ったのかはキャッチできなくてもとりあえず確認の方法はあります。(これを知ったのも、重要な時に限って携帯電話を忘れる困った私の経験から教えてもらったのでした)しかし、携帯メールに関しては自宅のコンピューターで見ることができないとのことを知り、ますますあせる。留守電はいってるかぁと確認すると私のことを「大丈夫か?」と電話をくれていたAちゃんの(私のNY時代からの友人であり、現在beat-takさんの奥方)心配そうな声が入っていたのが後になって分かったのです。ごめんねAちゃん。とにかく月曜日に仕事関係で会うことになっている人々にはPCからのメールで「携帯使えません」とお知らせしてさて、心配かけたAちゃんにメールしなきゃと思っていたところにAちゃんのダンナbeat-takさんが、「Nina大丈夫~?」と心配そうに自宅に電話をくれました。ありがと、二人とも。今日はすきっ腹にアルコール系赤色水分摂取のお陰で何にもできない日曜日。携帯に必要物に関しては、明日仕事に出る前に手に入れることにしました。ここで携帯にもらったメッセージを普通の電話で聞く方法をお教えしましょう。(ご存知の方もいらっしゃるかとは思いますけどね)090-310-1417にかける ↓自分の携帯番号11桁を入れる ↓届けてある暗証番号を入れるこの流れです。まあ、こんなことしなくて済めば一番良いのですけどね。当たり前のことって、どんどんその有難みが薄らいでいってしまうのでしょうね。無くして初めて、本当に大切だったんだなぁとか役立っていたんだなぁと思うものなのですよね。この機会に携帯電話にも感謝しておこう。
2003.10.26
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NewYorkのHALLOWEENはすごかったなぁ・・・ふとそんなことを思い出します。「綺麗な格好で歩いちゃだけだからね」などと注意されなんのこっちゃ?と思っていると待ち行くタクシーはフロントガラスに卵をぶつけられた跡が・・・夜になると、ダウンタウンの辺りでは怪しい仮装をした人々がうじゃうじゃいるのです。私の記憶に一番残っているのは、MASK(ジム・キャリー)の扮装の人があちらこちらに出没していたってこと。あの映画の直後ではなかったのですけどね。確かに分かりやい上に、仮装っぽいといえばうなづけるのですが。そして、女性ではバニー・ガール。コレは、多分自分のスタイルにある程度自身を持っているか思いっきり笑いをとる為にやるかのどちらかでしょう。(不細工なバニーちゃんを見なかったところから考えるにやはり前者しかできないのかもしれません)BARにいけば、不思議なお化け屋敷のように飾り付けてあったり友人と練り歩きながら大笑いできる面白いイベントです。本来HALLOWEEENハロウィンとは万聖節(11月1日、天国の諸聖人を祭るキリスト教の祝日)の前夜祭なのですが今日はちょっと早いHALLOWEEN Partyがあったのです。まず、駅にてNewYorkつながりの友人と待ち合わせ、会場より少し手前で同じく友人であるbeat-tak夫妻と合流。会場前でbeat-takさんのお友達を待っている間にりりHCTVさんと司法書士のYさんにばったり!まもなくお待ち申し上げていたデザイナーのSさんも到着し会場に乱入。「皆、仮装を一生懸命考えてきたのね」と関心。私なんて、一応コレにしようかなぁと思っていたものがあったで出掛けに衣装を身につけ、メイクもいつもよりも濃い目の仕上げてみた。それを着たまま歩くのはちょっとはばかられたので黒のロングトレンチを着用し、サングラスをかけたらそちらの方が仮装っぽく見えたので、偶然の産物ということでそれに急遽変更。タイトルは大雑把に「スパイ」でした。なのに、皆さん想像力が豊かでいらっしゃる。もっと具体的な仮装のタイトルをつけて下さったのです。“マトリックスのトリニティー”ありがとう、皆さんに名前を頂きました。会場受付を行っていらっしゃるのは存じ上げた方々・・・会場内でも、面識のある方々・・・すごいなぁ。大人数で席を陣取り、しばらくするとNECのM氏が到着。失礼かなぁと思いながら、私達の仲間になってもらいました。それからどれくらい経ったか、jediokiさん到着。うーん濃いメンバーです。奥の席に座って、音楽に負けないように会話をしているとどんどん喉がからからになって来るので、飲み物だけはもらいに行くけど、食べる間もなく、いろんな人と話す、話す、また話す。久々にテンションがあがって、アドレナリン出っ放し。それにしても、あそこに集まった方々は本当にパーティー慣れしている。誰とでも話ができて、色々なことに興味を持てる前向きで無理のないいい感じ。興奮が冷めないうちに、場所を変え2次会突入。今度はもっと近い感じで話ができたのですが、またもや、固形物を入れることなく今度はアルコール系赤色水分を沢山摂取したが為にさらにハイパーになっていたかもしれない私。その後も楽しい時が流れ、長~い夜は更けていったのでした。皆さん、トリニティー(今日だけ)はゴキゲンでした。楽しい夜でしたよ~
2003.10.25
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昨日の日記で、「私はスキーで怪我をしてその後からは人が自分の隣をすり抜けて滑って行くだけで恐怖で涙が出た」と書きましたがスキー場で涙を流したのはそれが最初ではありません。実は毎回毎回なのです。寒くて泣いてる訳でも、こけて痛くて泣く訳でもありません。私の目の粘膜は非常にデリケート(いいことばだなぁ)なのです。冷たい風と、明るさがダブルで来るともう涙が出て出て仕方が無いのです。弱い部分を守ろうとして、水分を出している身体の摂理なのでしょうが自らの化粧がはげてみっともないことになるのは勿論のこと、私と一緒に歩いてくれている女友達をビックリさせ、男友達にいたっては大変迷惑をかけてしまうことになるのです。まず、スキーの際にはサングラスは必須。(コレが原因で怪我したんだけど)コレを忘れたりしたらもう大変。スキーの醍醐味である風をきってすべる感じを満喫しようとすると・・・下に降りきるまでに何度も涙を拭かないといけない。ファンデーションは崩れるわ、マスカラはとれるわ、最悪。そんな訳でサングラスを外せないで滑る為逆さパンダになるのはさけられないのです。(雪焼けしないように日や目止めを塗っても、結構やけるんです)究極の選択なのです、泣き続けるか、逆さパンダになるのか。どっちも嫌。まあ、これらは自分が納得すればよいことなので仕方が無いとしても、友人・知人をビックリさせたり迷惑かけたりするのは大変申し訳ない。女友達に驚かれた時のエピソードは5年ほど前、冬のNewYorkのことです。友人Aちゃんがもうすぐ日本に帰国するということで「記念になることしよう~」とミッドタウンでお買い物をしロックフェラー・センターのスケートリンクに二人でデビューしようと向かっていた。その日もとっても寒くて、ビル風もすごいマンハッタン。サングラスをしてくるのを忘れた私はその風が直撃し、涙が止まらない~と思っていた。しっかり手袋をした手ではポケットの中のハンカチを上手く取り出すこともできず、もぞもぞ・・・。Aちゃんは後ろにいた私を振り返ったときに涙を流している私を見てたいそう驚いたそうだ。先日我が家に遊びに来てくれて、その頃の写真を一緒に見ていたら「そうそう、あの時振り返ったら泣いてるからビックリしたんだよね~」という思い出話になり、「そりゃそうだ、私でも驚くもんなぁ」と改めて思った私。何か辛いことでも思い出したのかしら?と女友達なら思うかもしれないもんね「ごめんね」なのです。そして男友達に迷惑をかけてしまうのも状況は同じ。留学当時つるんで遊んでいた年下の男友達Nクン。弟と同じ位の年だったのと、ごっついルックスに反して中身がやさしいいい子だったので、半分ボディーガード、半分弟分のような感じで、学校の帰りなども良く一緒に帰ったりしました。冷気と吐く息の水蒸気で、Nクンのひげも凍るほど。そんな風に吹かれながら歩いていると例のごとく涙が出てくるわけです。悲しい訳でも、寒くて我慢できないほど辛い訳でもないのに。一生懸命涙を拭こうとしている私を見て「Ninaさん、俺が泣してるみたいじゃないっすか~!!」とあわててる。まあね、自分の彼女じゃない上に、つれの女が泣いているときたら男が泣かしたって思われるよね。でも、そんな思いっきり迷惑そうに言わなくたってさ~まあ、君のせいではないもんねこれも「ごめんね」なのです。このほかにも色々驚かせたりしてるんだろうなぁ、私。この涙流す私の姿、日本でも見られるんですよ。これからの季節が全盛期です。夏にもサングラスが必須ではあるのですが私の場合、冬の方がもっと真剣に必要。最近ではサングラスを日常生活の中でも上手に身につけている人々が多くなってきたのでそれほど目立たなくなりましたが夏でもないのになにサングラスかけて「かっこつけてるんじゃないの」と思われていたことか・・・かっこつけてるんじゃないんです、そんなに素敵なもんじゃない。最低限かっこ悪くしないようにしてるだけなんですゥ。これからはちゃんと持って歩かないと周りの皆さんにご心配・ご迷惑をおかけしてしまいますので。でも、もし泣いてたら許してね。もしかすると本気で泣いていることもあるかもしれないのでその時はちょっと慰めてくれると、いいかも(ほっといてくれるのも、いいです)「切ない季節だから涙が出る」という訳ではないところが思いっきり私っぽくて、その事実に涙が出るかも(苦笑)後者のN君、彼とはずーっと連絡をとっていないなぁ「元気でいるのかなぁ」と思います。いいミュージシャンになれているといいな。前者のAちゃん、彼女は現在結婚をしbeat-takさんの奥方となっており、10月23日が結婚記念日だったそうです。おめでとー!!(言っちゃった、ごめんね)そして以前、日記にイニシャル名で書きましたが、友人の結婚式というのはAちゃんとbeat-takさんの結婚式。その際に、会った人でその後全く関係の無い場で偶然出会ってしまったのがjediokiさん。そして最近(というか特に今週)jediokiさんには色々な場所で遭遇しているのです。明日はすごいぞ、Aちゃん&beat-takカップルとjediokiさん、その結婚式にきていたらしいSさんという人全部集まっちゃう。OH、話がまったくちがった方向に向いてしまいましたが色々なご縁が重なってゆく、これこそ涙して喜ぶべき幸せなことなのでしょうね。なんだか綺麗にまとめちゃった、ははは
2003.10.24
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明日から結構冷え込んでくるらしいと聞きました。「嫌だなぁ」と思う気持ちと裏腹に心の何処かがワクワクしている自分がいるのです。なんででしょう?何を隠そう(隠してないけど)私はウィンタースポーツ狂だったのです。スケートは小学校の頃から父に仕込まれ、中学・高校のスケート教室では(そんなのがあったんです)上級クラス!!(自慢にならないか)スキーも同じく小学生の頃から訓練され学校で希望者が参加できるスキー教室なんぞに行ったりもし、中学時代は毎シーズン家族でスキー旅行高校・大学時代は友人とがんがんすべりに行っていたのです。私が大学の時、当時スキー全盛期だった為、夏の終わりと同時にバイトも変え、「良い板と靴が欲しい!!、それだけでなくエブリディ・スキーな生活をしたい」とばかりにVictoriaで頑張ったものです。バイト代は全てスキー関係に消えてゆく生活。スキー板は絶対に面白いいいものを買ってやるーとばかりに売場のエキスパートにアドバイスを貰いながら男性が履く長さで、レーシング用の、跳ねる板を社割で買ったりして、ウィンタースポーツライフを満喫していました。しかーし、悲劇が・・・当時20才で、自分で言うのも何なのですがちょっとしたインストラクターならできるかもという位(なつもり)に滑れて恐いもの知らずだった私。山の上の方から滑り降りてくると雪が凍ってアイスバーンになってしまっていたのです。「良くすべることー」などと思っていると皆がカーブしてくる場所でゆっく~り、ボーゲンでおすべりになっている女の人がいました。仕方が無いので、それをよけたつもりがその人の板の尻尾の辺りにちょっとだけ引っかかってしまいすごい勢いがついていた私はその小さな衝撃で身体がぶっ飛んでしまったのです。スキー板は足からはずれ、ストックも片方だけ手から離れたのですが一方だけ手に引っかかって残っていたのです。それが勢いで私のハナの辺りに・・・ぶっ飛んで堅い雪面に落っこちた私があまりの痛さに起きられずにいると、一緒にいっていた友人がすっ飛んできてくれました。「Nina、大丈夫!!」と言われ「大丈夫だけど~」と答えながら、ハナを打ってしまった為に抑えていた白いグローブを見ると、真っ赤な血がついてる!「鼻血でた」と驚くでもなく言う私に友人もカナリ冷静に「違う、顔が切れてる」と告げました。そこでさらに質問をする私「どれくらい切れてる?」友人「1センチ、2センチってところかな」私「ああ、そう~。困ったねぇ、今日来たばかりなのに」この会話、既にずれてます。「顔を怪我して、病院にいかなくちゃ!!跡って残っちゃうのかな、どれくらいで治るかな」コレが普通の女の子の考えることでしょ。その上、「ここから滑り降りて下の診療所まで行くには沢山の人をおどろかせてしまうなぁ、スプラッタだもんなぁ」なんて自分で滑り降りるつもりでいたのでした。結果は、近くにいらした方がレスキュー隊を呼んでくれて大げさにも大きなそりのようなものに寝転ばされ上からシートをかぶされて、下まで。足でも骨折した人みたいでした。下につくと、診療所ですぐに治療。切れていたのは鼻と左目の間のくぼんでいるところで切れた原因は、サングラスの鼻に当たっているところがストックの衝撃でぶつかり、切れちゃったわけ。(でも私の顔を傷つけたサングラス、どこも壊れてなかったのがちょっとムカつく。)処置は・・・縫合でした、それも麻酔なし。そんなに痛くは無かったけれど、ちょっとヤナ感じ。治療が終わり、開口一番に私が聞いたことは「後2日あるんですけど、滑っていいですか?」でした。「すべりたんでしょ、いいですよ」そう言ってくれた先生もすごいなぁと今になると思います。そんなこんなで、治療した翌日もその翌日もばっちり滑った私でしたが怪我の前とは大きな違いが起きてしまいました。人が近くに滑ってくるのが本当に恐くて誰かが隣を滑りぬけて行くと、涙が出るのです。「やだー、こわーい」などの本気でない恐がりではなく心臓に悪いほど、恐怖になってしまったのです。その時思いました「スキーは今シーズンで卒業だな」家に帰ると、母が「嫁入り前の女の子の大事な顔を~」と嘆きました。そうよね、ごめんね母。自分の中でのスキーブーム最高潮までやってそのスキーで怪我して最後にしたなんて「リングの上で死ねれば本望さ」というボクサーに似てる?(違うか)その後、弟の友人にスキー板も超格安で譲っちゃったしスキーに対する未練は全く無くなっちゃった私。潔いと言うか、何と言うか・・・昔、誰かにいわれたなぁ。それは全然違う系統のことだったのだけど「もう一回チャレンジしたら?」って。私の場合、真剣にやっていたことに関しては完全燃焼したらあとは引きずらないし引きずってみたくても気持ち悪くて出来ない性格なんです。それは遊びでも、仕事でも何でもそう。先が見えてしまうことに、魅力を感じられない。常に変化し、ワクワクすることが好きなんです。でも、辞めてしまったことも全て私の身になっています。しっかりした脚腰作りが出来たことや、怪我をしたときの傷を隠すにはどうしたらいいのか一生懸命コンシーラー使いのテクニックを磨いたりそれより、なにより、顔から血を出している私を驚かせずにケアしてくれた友人との思い出とか。まあ、スキーをやめてから随分経ちますがそんな私でも寒くなるとワクワクしてしまうのはウィンタースポーツ狂だった私の血の中にある何かが勝手に騒ぎ出すからなのかもしれません。身体が覚えている記憶がある。P.S.今スキーをやっている人って本当に少なくなりましたよね。私は“先見の明”があったのかしら?
2003.10.23
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私は時々仕事でメイクを行うことがあります。イメージコンサルを受けられた女性には簡単な基本メイクをして差し上げますがそれとは別に男性にも。ポートレート(写真)を撮る際には特に、男性にも必要なのです。先日も某会社の専務のポートレート撮影がありメイクをしたのですが、彼は初めての体験だったらしく(あたりまえですけどね)「何されちゃうんだろう~」と心配そうな様子でした。どうしても女性のお化粧を想像してしまうものなのです。完了して、鏡を見て差し上げると「どこが何って言うのではないけど、顔がしっかりした感じ」とおっしゃって下さり、写真もきっといい感じに撮れているはず。鏡で見るよりも、写真で見たほうが絶対にその違いが明確になっているものです。特殊メイクや、仮装のメイクは変身ですが基本的なメイクアップというのは、決して変身ではありません。その人の持っている雰囲気をより上手く伝える方法であり、その時身につけている服装とのバランスをより良くするためのアクセサリー(小物)と一緒なのです。男性メイクを身につけるものに置き換えて言うのであれば、「ここに素敵なカフスボタンをしていればもっと雰囲気が出るのに」などということと一緒なのかなあと思います。1つ手を加えるだけで、自然でいてとっても素敵に見えるのであればその一手間は惜しんではいけないと思うのです。写真って色々なところに載ってしまうものそして、不特定多数に見られてしまうことが多いもの。より良いイメージを与えるためのツールにするのであれば写真うつりをよくする下準備も大切ということです。このお客様にも、良く撮れた写真を手にして、自分のことをより良く表現する方法をもっと知りご自分の目指すイメージに近づくことを義務ではなく、楽しんで行っていって欲しいと思うのです。男性でも女性でも、自分のプロフェッショナルな部分をいかに表現するのか(プロらしく見せる方法)とそこにどのように自分らしさも表すのか(自己表現)がとても大切なのだと思うのです。写真撮影だけでなく日常生活においても、眉が薄い男性が自然に見える様にちょっとだけ書き足しそれでご自分の表情に自身がもてるのであれば良い効果だと思うのです。メイクでも何でもそうですが、何事も適度にバランス良く!が重要ポイント。それには自分のことを良く分からないといけないですね。イメージを強く与えるところがどこなのか?あまりインパクトが無いところはどこなのか?自分のどこがすきなのか、自分は何をやりたいのか。どう見えたいのか?etc・・・とは言っても「自己表現だから」と、普通の男性が女性のように毎日しっかりお化粧をするようになってしまったら、それはちょっと困るかも?!
2003.10.22
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私のハンドルネームである「Nina」はアメリカ留学時代に友人がつけてくれたもの。この名前とも、気付けば10年以上のお付き合いです。私の名前は、外人には発音しにくいらしく何度言っても、何度教え込んでも上手く発音できる人が少ない。発音できないということは、当然記憶できないということで名前を呼んでもらえない寂しさを何度と無く味わいました。その当時、コロンビア大学のALP(アメリカン・ラングエッジ・プログラム)でクラスを取っており、滞在しているところはドミトリーでした。部屋は1人1つずつあるのですが、5部屋で1つのスイートになっておりキッチン、バス、電話、リビングもどきが共有。日本人なんて沢山いるので、私のほかにもう一人日本人の女性がいましたが台湾人、韓国人、スペイン人そして日本人2人という年齢も何もムチャムチャな集まりでした。毎日顔をあわせ、挨拶をし、生活をともにする時間があると名前を呼ばないわけにはいきません。でも、私の名前はなかなか覚えてもらえず呼んでもらえないほうにも諦め感がそして名前を覚えられない方にも妙な罪悪感が不思議な具合に漂っていたのです。そんな時に最年少だった台湾人の女の子が「あなたの名前覚えられない!私がアメリカンネームをつけてあげる!!」と言い、その場で名づけられてしまったのが「Nina」でした。それからというもの、特にヨーロッパ系の友人やアメリカン人の先生が私の名前を呼びたがって(?)ことある毎に「Nina!」「Nina!!」可愛がってもらったし、色々と面倒も見てもらいました。色々なことが広がったなぁと思った瞬間です。名前はきっとその人のイメージを表す物の1つ。それがかけていると、バランスが取れない。私の場合は、Ninaという名前が上手くはまってくれた様であとあと、友人にその話をしても「Ninaって感じするよ」といってもらえるのです。新製品を出す時のネーミングで開発者たちが本気で悩むのはその影響の大きさをよく知っていてそれ如何では、売れるか売れないか、認知されるかされないかが大きく左右されてしまうからでしょう。それが人間でも有り得るということを身を持って体験した私。その名前をつけてくれた友人は台湾人だったので本当の名前があったのですが、アメリカンネームは“Tiffany”でした、コレには???。思うに、自分で自分につけたんじゃないかなぁ名前を。自分の事って自分じゃ分からないもの。「自分のイメージって?」というのが自分では分からないのと同じことだと思うのです。他にも、もう1つ面白いアメリカンネーム(?)を日本人の人につけられたことがあるけどそれはその場にいた人としか使ったことがありません。ちなみにその名前は「ローラ」(ついつい西条秀樹を想像してしまう・・・)まあ、そんなわけで私は“Nina”、名刺にもミドルネームの様にしっかり「Nina」と入っているのです。コレも今の私を作り上げた大切な歴史であり、私を表すのに欠かすことのできないものだから。ここでオチが1つ。私は“Nina”がアメリカンの名前だと信じて疑わなかったのですが、実はラテン系の名前だそうだ。なるほど、スパニッシュの友達Mariaが嬉しそうに私をしょっちゅう呼んでた訳だ。ねぇTiffany、知らなかったでしょ~
2003.10.21
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今日は面白いメンバーでお食事会。リリHCTVさんhttp://plaza.rakuten.co.jp/lilihctv/ jediokiさんhttp://plaza.rakuten.co.jp/medicinema/ 大久保で女性クリニックを開業しているK.M.先生社会保険労務士事務所のお仕事をされているY.Sさんそして私。今日集まった人々、それぞれ業種も違うしどこでどう知り合ったの?というこのメンバー。その出会いは、9月末に行われた女性起業塾セミナーの交流会で知り合った同士なのです。なので、合うのは2回目、3回目という感じ。しかし、そうとは思えない位の勢いで話すわ、食べるわ、飲むわ(笑)その打ち解け方は昔からずっと知っている友達だったかのようでした。何よりも話が嫌な方向に向かないところがスゴイ。そして、言いたいことを言っておなかを抱えてヒーヒー言いながら大爆笑の連続。ゴキゲンでお開きになり、そこから駅まで女性3人でガールズ・トークをしながらプラプラと帰ってきました。その時、K.M.先生が言っていた言葉が印象的でした。意訳してしまいますが、「自分は女で、経営者で、同じ目線で物を見て判断できる人がいなくて、東京に来て初めてこういう関係ができて嬉しい」と・・・そうね、きっと私達は皆、業界が違うからこそ、それぞれの辛さも持っていて一人という孤独を理解できることが共通だからこそ損得関係なくお互いにやさしくなれるのかもしれないね。だから、仕事顔のスイッチを思いっきりオフにしてほんらいの自分をカイホウすることができるのだと思いました。時にはお酒の力を借り、自己カイホウを越え何かの殻をホウカイすることも必要なのだと。様々なストレスや辛いことを忘れ去るためではなくいいお仕事をする為に、より良い方向に気持ちをスイッチできる様に『自己カイホウ、ときどきホウカイ』を私は推奨いたします。でもコレには前提が1つ。どんなにホウカイしても翌日はしっかり正気でお仕事をするってこと!(爆笑)
2003.10.20
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「1年ぶり」という友人と会いました。彼女とは2、3年ほど前に仕事で知り合って仲良くしてもらっている関係。私よりも5つほど年上なのだけれど何故か年齢の差を感じず、いつ会っても親しく話をさせてもらえるのです。(きっと彼女が私に合わせてくれているのでしょうありがとう)それぞれ仕事をしていて、それぞれの生活があると学生のように、しょっちゅう会うことが難しくなってしまい、今回の私達のように「気がつけば1年経ってた」なんてことになるのもまれではありません。しかし、その1年のブランクをまるで感じない今日の再会にまるで先週にでも会っていたかのように話が弾みました。それも、まるで当たり前のように。よく考えると、私の友人関係って、今日の友人との関係みたいな形がとても多いことにふと気付きました。お互いバタバタしていて、なかなか会えないのだけれどその会えなかった時間など無かったかのようにお互い受け入れている。「どこどこの会社で何々をしている」という風に相手を見ていない人ばかりなんだなぁとつくづく思いました。私が今まで自分のペースで苦しい思いをすることなくやってこられたのは、私個人をそのまま見ていてくれた友人達に恵まれていたからなんだなぁと今日会った友人と別れた電車の中で、しみじみ思いました。家族の前以外でも、そのままの自分でいられて必要以上に飾ったり、強がったりせずにすむそんな環境に恵まれた自分をとても幸せだと思いました。わざとらしくなく「会おうよ」って言ってくれる人が沢山いること、そしてまるで昨日会ったかのように自然に一緒にいられることは私のように、実は照れ屋という人間には何にも変えがたい財産です。どうもありがとう、放っておいてくれてそして絶妙なタイミングで声をかけてくれて。お陰で私は淋しい思いをしないで済んでいます。私の周りに居てくれる人々は、計算ではなくタイミングを計るのが恐ろしく上手。私はあなた達のようになれるのが目標です。わざとらしくなく、誰かのところに寄り添って自然な感じで後押ししてくれる。だから、会って別れた後は知らない間に「元気」がチャージされている。私が関わらせて頂く人々にとって少しでもそんな存在でいられたらいいなぁ、そうありたいなぁと思う夜です。
2003.10.19
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先日我がパートナーのライブに行ってきました。バンドメンバーは4人。そのうち2.7人が外人、1.3人が日本人。さて、2.7人と1.3人というところに疑問を感じることでしょう。そうでしょう、そうでしょう。その半端な0.7と0.3という数を出しているのは我がパートナー・・・。beat-takさんの日記にも描写されているようにhttp://plaza.rakuten.co.jp/figbeat616/ 「小グマなニューヨーカーのベース弾き」なのです。この人を、私の友人・知人に合わせるとたいていの人はとっても驚いて衝撃を受けるらしい。“おっかない”とかではなくあまりの不思議さ故に・・・彼の国籍はれっきとした日本でれっきとした日本人の血を持っています。生まれは東京渋谷区、9歳で家族そろって渡米してから25年間NewYork生活。都会っ子中の都会っ子、帰国子女中の帰国子女。人生の1/3しか日本で生活したことが無く一番色々なことを覚えたり感じたりする時期に日本に居なかったのと、家族や友達とも英語で話していたのだそうで、英語がネイティブ、日本語はセカンドという状態。(でも私はずっと日本語で話してるなぁ)ただ、「三つ子の魂100まで」とはよく言ったもんだと彼を見ていてつくづく思うことがあります。彼の場合なんとなく感覚が日本人っぽく、考え方が思いっきり外人。日本語の発音が普通の日本人、しかし日本語の語彙力は小学校3年生くらい(それより下かも)。とても不思議なミックス現象がそこには起きているのです。本人に曰く、「セイン・カミュの反対バージョン」なのだそうですが、私にしてみれば「反対になると、こうも違うか・・・」と納得出来ないような、仕方が無いような複雑な思いです、笑えるけど。そういった訳で、0.7アメリカン+0.3ジャパニーズという我がパートナーを見ていると、小さいことでくよくよしていることがとってもバカバカしくなってきます。のほほんとしていて、いつも嬉しそうに見えるけれどこの微妙な0.7+0.3という人生を送ってくるのは想像できないような色々なことがあったんだろうなぁと時々思うのです。その彼が、日本に住んで早3年。日本に来るにあたっては、25年間当たり前のように生活していた環境を離れることに悩んだり苦しんだりしたでしょうし日本に慣れるまで、辛いこともあったはず。普通でないことをするのはとても大変だし周りの人にはなかなか理解されないこともある。でも、それをすべき人っているんだと思うのです。何かと何かの端数を持ち合わせる人は自分で作り出して行かなければならない事が沢山あるって。その分、嫌でも自分たちのオリジナルの生き方をしてゆくことができるのだから、「楽しいわ」と結構わくわくしています。NewYork行きまであとちょうど1ヶ月。小グマなニューヨーカーは「友達とジャムセッションするんだ!メールしなくちゃ」などと楽しみにしていながら、なかなか連絡をしない。非常にショート・メモリーなのである。いいのか、それで?まあ、毎日が楽しければいいか。私、このペースにもすっかりなれました。P.S. このニューヨーカーと出会ってから我が両親はとっても弾けた感じがします。スゴイもんだ。
2003.10.18
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自分に自信を持てるか否か、その自信をどこに持つのか人ってそれぞれのタイミングでつかんでゆきます。しかし大人になればなるほど能力的な自信だけでも、ルックス的な自信だけでもだめなんだと言うことが明らかになってきてしまう。能力、ルックス、そこに加えてそれまでどれ位自分と向き合って自分のダメなところも良いところもじっくり見つめてきたのか・・・「コレが自分」って、きちんと受け止められたのかそういうことなのではないかなと思ってしまうのです。自分のことを好きになれるかそうでないかはその人が身を置いている環境にも左右されることはあるけど最終的にはその人自身の「力」なのだと思います。生命力にも似た何かそういった感じのもの。「人間的魅力」「人間的魅力」って、人それぞれの内面と外見、そしてその状況との絶妙なバランスの取り方なのではないかと思うのです。そのバランスのとり方にはそれぞれあるのだから人と比較して涙することなんて全くないと思うし自分を卑下することも全くない。かくいう私も、素敵な優れた人を前にして自分の不勉強さを思い知らされることは多々あります。でも、その時にはその人から沢山沢山学ばせてもらいます。「この人の素敵さって何だろう?」と興味を持っていっぱいお話をさせてもらうことにしているのです。そして、これは鉄則。“その場では自分との比較は決してしない”もし、そんなことをして気分がブルーになっちゃった時相手には訳が分からないし、大変失礼に当たるから。色々な人と会ってその人それぞれの魅力を感じる。落ち込んでもいいけど、その原因を見つけよりよくなる方法と方向を見つける。そして人とのコミュニケーションの中で自分が評価してもらった良い部分をどんどん磨いてゆく。自分の思い込みだけでなく、客観的な自信の持ち方・見つけ方を上手にしていくことが人間的魅力をつける、そして磨く方法なんじゃないかなぁ。私も自分に「人間的魅力」があるかと言われると「さて?」と言う感じですが、よりよくありたい、色々な方から学びたいと思っています。色々教えてくださったり、心配してくれたり、寄り添ってくれたり、時にご褒美のように褒めてくださったり。自分が大切にされてることを実感させてもらえるのは「人間的魅力」を感じてもらえたのかなと嬉しく思えて、自分に自信がもてたりします。そして、その様な人々に囲まれている自分の環境を改めてとてもありがたく思います。こんなことを今日は考えてしまいました。
2003.10.17
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今日、表参道から原宿方面へと並木道を歩いていた時前方から私に近づいてこようとする人が一人。その女性「手相を勉強しているんですが」ああ出たという感じ。無視して歩着続けていると「素敵なネックレスしてらっしゃいますね」ほめてくれるのは嬉しいけど、手相の勉強と関係ないじゃん。その時私が思ったのは、この人が何者で本当は何をしたいのか(その手の人であるのは分かっているけど)そんなのかんけいないけれど“幸せじゃないオーラがでてる”と言うこと。手相の勉強をしていると名乗るこの人一応「占い」を自分を説明するものとして私にアプローチしてきたわけです。そう、この占いなのだがコレを職業にしている人に幸せそうな人があまりみられないのは何故なのでしょう?中にはいると思うのですが今まで直接お目にかかったり、写真で拝見したりした占い師さんでとても幸せそうに見えた方ってどうしても思い浮かばないのです。どちらかと言えば、ダークで幸せとは違った方向にいる人のイメージ。なぜなのでしょう?人は幸せになりたいおから、何かを確認したいから占いをしてもらいに行くはず。なのに、その占う側がそういう感じっていかがなものなのでしょう。ミステリアスでいて特別なものを演出する為にあの雰囲気を演出していることは分かっているけど・・・色々な人の様々な人生を見てきてしまったから?私はとても納得いかない気分になってしまいました。私も今まで何人かの占い師さんに見てもらったことがある。しかし、とっても明るくて和やかなおひさまのように温かな感じの人にはお目にかかったことがないなぁ。こういう人は神秘的に見えないからダメなのでしょうかね?私、幸せって、幸せそうに笑っている人のところにどんどん集まって来るものだと思います。だから幸せそうな占い師さんの方が幸せになるヒントやチャンスのつかみ方を教えてくれる感じがしていいなと思うのは私だけでしょうか?どうでもいいことなのに「手相の勉強・・・」の人に会ってこんなことを考えてしまいました。今、私の友人が占い(アストロジー)の勉強をしています。彼女が占い師デビューするかどうかは分からないけれど願わくば幸せそうで、温かな占い師さんになって欲しいなぁと思っちゃいました。P.S. 最近、占いってみてもらったこと無いなぁ。デモね、ここだけの秘密。某雑誌とかに載っているその日のラッキーカラーを私は利用しているのです。その日の洋服やアクセサリーを選ぶ際、ラッキーカラーを基本に考えます。そうすると、洋服のコーディネートがマンネリ化しなくてすむ上に、決めやすい。そして「何だかいい感じ」のような気がする。なんだかんだ言って、縁起を担ぐのは嫌いではないんだよなぁ。
2003.10.16
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明日着る服、「どうしようかなぁ」と考え中です。明日の私の予定は午前中は久々にGYMに行き午後一に「ゆっくりお話したい」とずっと思っていた女性経営者の方と遅いランチをご一緒します。今までに2度ほどその方とお目にかかっているのですが、両方とも“お仕事”な感じ。お互いの話をできるような状況ではなかったのです。お仕事の場で出会った方なのでいきなりラフな格好で会うわけにはいかないにしてもカジュアルな雰囲気で親しくお話させていただけるような格好を考えたいなぁと思うのです。相手の方がどのような感じなのか男性なのか女性なのかその時のシチュエーションがどんなものなのかなどなどを考えてお互い気持ちよくその時を共有できるムード作りその1つが装いだと思うのです。そして、その様に自分が装ってゆくことは相手にとっての礼儀であり、好意の表し方なのだと私はいつも思います。カジュアルな雰囲気で話す方が良い時にいきなりビジネススーツで来られたらつい緊張してしまいますし、きちんとした話をする場に砕けた格好で来られた日には「本気じゃぁ無いのね」と思ってしまいます。どのような時にもTPO、コレがとても大切。しかし、常識だとかマナーがどうとか、エチケットだとか・・・そんな堅苦しく考えることではなくその時を共有する相手に気持ちよくいて欲しいと言う気持ち。そして、自分も相手とのコミュニケーションが上手く取れていい時間だった、また次も楽しみですねとこれから先に続いてゆく関係作り。コレが何よりも大切なことなのだと思うのです。その為には自分らしさも出しつつ、相手に対する誠意を示しその場にふさわしい装いがどのようなものなのか常日頃から考える訓練をしてみることが大切。そして、その服装をスケジュール帳にメモしておく。そうすると、その人に次に会う際に同じ服装をしなくて済むのです。山のようにお洋服を持っているわけではないですからね。これも結構大事。さて、そのハーフ・プライベート、ハーフ・ビジネスのランチが終わったら、その後は市場調査。夜には我がパートナーが池袋でライブを行うのでそれに参加。http://www.ikebe-gakki.com/web-ikebe/event/index.htm そういう日であれば、スーツは却下だな。こうして自分のライフスタイルを見つめてゆくとどんなワードローブが必要なのかそれにあわせたアクセサリーが何なのかなんとなく定まってくるものです。いやはや、結構悩みます。しかし、とても楽しい悩みだな。
2003.10.15
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私はほとんどスカートを持っていません。しかし、ここのところ急に寒くなりちょうど良いスーツがなくなってしまったため今日は仕事にスカートのスーツを着てゆくことになってしまいました。外にでれば、雨がかなり降っていて雨で足元がビチョビチョになるのが予想でき、ああ、洋服選び大失敗・・・。しかし着替える時間も無かったのでそのまま外出し、打ち合わせ場所へ。そうすると、「Ninaさん色っぽい、どうしたの今日?!」てな具合にすごく反応してくれた人がいました。ちなみにその人は女性です。色は紺で、形も基本中の基本のビジネス・スーツ何が違うかと言えば、普通にスカートだっただけ。しかし、女性もが反応してくれるくらいに私のスカート姿は意味を持ち、OKなのかなと思うと(勝手にそう思っているだけかな?)“冷たい雨もなんのその”と言う感じがしました。いつもと「ちょっとだけ」違う装いをしそれに対する周囲の人の反応を見られるということはある種の問題提起というか、謎かけを相手にしているので“そのこころは”と言う感じでその問題提起を介した自分自身に対しての新鮮な反応を見ることができてけっこう楽しく、色々と分かることがあります。それと、普段とほんの少し違う服装と言うだけで常日頃当たり前のようになってしまっていた自分の立ち居振る舞いや、色々なことを意識するきっかけてなり、良い確認作業ができました。そこで、今日の自分的結果・総評。同性である女性に評価いただけたのは何よりも嬉いこと。今年の秋冬は体を引き締めて、スカートも増やそうかななんて本気で思っています。新しいアイテムを加えることができるのは自分の新しい面が発見でき新しい技や武器が増えたことを意味します。楽しみだなぁ、この秋冬。
2003.10.14
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昨日の日記をつづっていたらすっかり記憶の端っこにしまいこんでしまっていた私にしてみれば苦く、他人にしてみれば笑えるそんな思い出が「あんなこともあった、こんなこともあった」と芋づる式に思い出されてきた。正式に留学したときから足掛け10年。それを記念して(?)、今日もNewYork留学生活、笑える話第2弾です。私と会った事のある人ならお気づきかと思うのですが「女性っぽい顔」と言うのとは違います。「男顔」でもないみたいなのですが、この中途半端で怪しい顔がアダとなったことがあるのです。結果からお話しましょう。女装の男性と間違われてしまったのです。うすうす気付いてはいました、自分の顔がなんとなくそちら系に見えてしまうこと。お化粧をすればするほど、ますますそっち方面にいってしまうのです。渡米前、日本でメイクアップアーティストのレッスンを受けていた時当時の私のメイクの先生に聞いたことがありました。すると、「骨格がねぇ、男性っぽいんだよなぁ」とのこと。男性メイクのレッスンをした時男性が一人もいないグループだったため先生は迷わず私をモデルに指名し、「男前にしてやる」とおっしゃいました。喜ぶべきか、悲しむべきか?そしてその1年後、アメリカでそのことは起こりました。その日、私はある場所で友人と待ち合わせをしていました。その場所に着くと、まだ相手は来ていませんでした。その場に立っていると、アメリカ人の男の子が声をかけてきてなんだかんだと話を始めました。「友人と待ち合わせなんだ」とかなんとか他愛のない話をしていたらその男の子が突然こんなことを言ったのです。"Are you gay?"びっくりして、一瞬絶句してしまいました。この人は何を思ってそんなことを言ってるんだ?と「私、そう見える?」と聞くとその(バカ)正直な彼は、「ウン」と言うのです。「私、違うから。ストレートだから」と説明していたところに、タイミング悪く友人登場。それも「ごめーん、待った?」と明るい調子で。ヤツはそちらの方と間違われても仕方がないルックスをした人でした。ああ、私の弁解は水の泡と消えた・・・その瞬間に分かりました。別にいいんだけどね、喜ばしいことかもしれないですから。NewYorkの女装のゲイの方はとても美しくて、そこらの女性なんて足元にも及ばない位ゴージャスなのだから。しかし、この経験から1つ学びました。本来自分の顔が女性っぽい人はいいかもしれませんが骨格的に男性っぽい人の場合メイクアップをして女っぽさを強調しようとすればするほど自分の本来持っている特長からその方向性が外れて行きお化粧だけが目立ち、元の男っぽさも目立つ。そこに運悪く私の声はちょっと低め。英語で話すとますます低くなるらしい。(自分では分からないのですけど)仕草や動き方は普通に一応女性なのでそのバランスたるや怪しいこと極まりなかったでしょう。その上、何よりも大きなポイントがありました。待ち合わせをしていた場所そこはゲイの方のメッカ、クリスファー・ストリート。駄目押しです。全ての条件がそろってしまっていた訳。私を女装の男性と間違えた彼は決して悪くない。悪いのは、そういう顔をした私との待ち合わせにそんな場所を指定してきた友人である。(人のせい、ははは)話しかけてきた彼にバイバイして歩きだしながら友人に言いました。「私、ゲイとまちがえられたのよー!!」一瞬固まった後、ヤツは大爆笑。「アメリカ人にゲイと間違われるNinaってすごいよなぁ」だそうです。もう、何とでも言って!
2003.10.12
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寒くなってくるとNewYorkでの留学生活とその時の食生活が機会ある毎に思い出されます。私が渡米したのは冬。NewYorkに寒波が来ており、本当に寒くて悲しいわけでも、辛いわけでも無いのに涙がボロボロでてしまうといった状態でした。そんな時期から一人暮らしを始めた私の思い出の食べ物がある。それは“ぶっこみ肉&野菜おじや”である。これは、NewYorkで留学生生活をしていた頃の私の定番で得意料理でした。「味噌汁やスープを作った中に御飯を入れて煮ただけでしょ」と言われますが、そういうわけでもない。実は、半分くらいは当たっていますけどね。留学当初、どうしても外食しがちでなかなか自炊することの無かった私。だって、外食が日本みたいに高くないんですもん。自分ひとりの分を作るとなると材料は余ってしまうし、アレコレ作る気にならない。それより、ほかの事でいっぱいいっぱいだったから。しかし、外食を続けているうちに、肌がどうも調子が悪くなってきていることに気付いたのです。極寒の外気と南の楽園のような室内の温度この急速冷凍、急速解凍を繰り返していたらきちんとした食生活をしないと肌も髪も若い身空でボロボロになってしまう!!そんな恐怖感から、肉も野菜も食べられてお腹にやさしい、体の温まる簡単な料理を作ろうと考えた時思い出したのです。留学前に中学・高校と一緒だった友人が、「野菜をいっぱい入れたシチューやスープを味を色々変えて食べなさいね」とまるで小さなお母さんのように言ってくれていたことを。そこから私の健康に気を使った(?)生活スタート。御飯は一気に沢山炊いて、1回分ずつラップし冷凍保存。スープは買ってきた材料を大きな鍋に全部入れて大量に作るり、出来上がったものを1回分ずつジップロックしてコレも冷凍保存。さて、食べ方はどうするのかというとこのような手順です。①両方1回分ずつフリーザーから取り出し、 少しやわらかくなるくらいまで しばらくマイクロウェーブで温める。②次に大きな器に両方を入れ、 今度はしっかり温まるまで(煮えるまで) マイクロウェーブで“チン!”元気のあるときは②の工程の際に鍋に移し温まったら卵を落としたりする。「ぶっこみ御飯じゃない」といわれれば反論のしようが無いが、沢山作って美味しく仕上げ、いつでも食べられるように冷凍保存し一応マイクロウェーブを利用してやわらかく煮て体のことを考えたお食事だったのだ。クラスメイトの男の子に「Ninaさん、どんなもの食べてんですか?」と聞かれその話をした時、「えらーく、おっとこ前な食事ですね、さすが!」と褒めているのやら何やら分からないニュアンスで驚かれたことを覚えています。毎日おしゃれな食事なんてしていられる身分じゃあなかったんだもん!それにしてもすごいですかね?書いているうちに、食に関して「あんなことも、こんなこともあったなぁ」と沢山思い出してきてしまった。又続きは今度書くことにしましょう。
2003.10.11
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10月も3分の1が過ぎ、「今年も本当に残すところあとわずかなのかもなぁ」などと感じさせるものを発見してしまいました。2004年のスケジュール帳。毎年この時期くらいから、翌年のことを考えながら手帳をどのようなものにするのかけっこう真剣に考えるのです。来年はもっともっと予定が入って時間のスケジュールが細かくなるだろうから沢山記入できて、整理しやすいものが絶対に必要だ!来年用にどんなものを見つけようかなと考えるのです。それは使う楽しみだけではなく、後になってからの楽しみも実はあります。私は過去に使用した手帳をとってあるのです。それにはセミナーや講座をした時や、何かあったときに着ていた服の組み合わせや走り書きのようなメモも色々と書き込まれており、見返すだけで日記を読むのと同じようにその時のことが鮮明に思い出されるのです。今のシステム手帳の外側も使い始めた当初はナチュラルレザーのベージュ色でしたがしっかり手に馴染み、あめ色になって見事に貫禄が出てきました。買い換えちゃおうかなあと思いながらも過去の手帳の中身が思い出になっているのと同じだけの何かを刻んできたのかと思うと替えがたい物になってしまっているのです。しかしこの季節になると、ついつい浮気心が出てレフィルだけのつもりが新しい手帳まで物色してしまう私。新品の綺麗なレザーの風合いを「いいなあ」などと愛でて見るのですが結局購入までしたくなるものは1つも無し。やはり今の手帳に愛着があるのです。多分来年も私の元で、過酷な労働にも耐え文句も言わずに(言われたらこわい)、けなげに寄り添ってサポートしてくれるのでしょう。いつもどうもありがとうね。今日はミンクオイルでマッサージして日ごろのお疲れをねぎらってあげようかな。きっと来年もその次の年もその先も使い続けるのだろうから。なんだか浮気な男が、長い付き合いの彼女に「アレはあそびさ、やっぱり君が一番」なんてなだめて言ってるみたいな感じ?いやいや私は一筋ですよ、何においても!
2003.10.10
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もうすぐ、私が講師を行う「イメージコンサルタント養成講座」が開講します。今までも養成講座は何度も何度も行ってきましたが専門学校の意向や方針等があり本等の意味でのプロを養成することができずに歯がゆい、悔しい思いをしてきました。よく言われていたことは専門学校やカルチャーの講座の生徒さんはお客さんだから、とりあえず終了させて終了証を出してあげないといけない。その人がどんなに出来が悪くても・・・「なにそれ?」という感じでした。しかし、今回行うのは本当にプロを養成する講座。私がニューヨークでトレーニングを受けたそのテキストを自ら翻訳し、世の中に通用する人をトレーニングします。あの分厚い英文テキストを頭がおかしくなるかと思うほど真剣に訳したということからどれだけ意気込みがあるのか分かってもらえるだろうと思うのです。コレを受けた人は、今までのカラーアナライズやイメージアナライズというものが何だったのだろうと思うはずです。なんだか宣伝のようになった上に攻撃的な日記になってしまいましたがいい講座がはじめられることになりました。講座開始に関しての説明会を行うこととなっており数名の参加希望者が既にいます。いいコンサルタントを育てたい。なんだかわくわくしています。それにしても、時間もあまり無かったこともありあの翻訳作業は近年まれに見るハードな仕事。頭くらくらして、訳し終わった後、数日間寝込んだという後日談付(ははは)。
2003.10.09
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先日友人から宅配便が届きました。宅配便の中身は、教室に置くように私がお貸ししていた物。それには手紙が添えられてありその内容にとても切なくなってしまいました。彼女はカラーアナリストで横浜でマンションの1室を借りお教室をしていました。内容はこんなかんじのものでした。「教室の契約を解除しました。カラーに火がついた時代から約10年、世の中も随分変わってしまいました。1つの時代が過ぎていくのですね。今はこらえる時期なのかもしれないけれど性分的にこらえられず、このような形をとりました。今はすっきりした気分ですまた、会いましょうね」このような内容でした。私は彼女と同じ時期に最初にカラーアナライズを勉強しそれだけではいずれ仕事が無くなると思いカラーアナリスト、メイクアップアーティストとしての修行(?)もしながらイメージコンサルティングの本家アメリカへ留学をしました。カラー・アナライズが主流で、本来その大元となっているイメージコンサルティングの知名度がまったく無く、なかなか認知してもらえなかった時代にアメリカから帰国しまだ若かった私は、悲しくて仕方がない思いもそれなりにしてきました。(今になってみれば大笑いですけどね)でも何故か「辞めよう」とか「諦めよう」と思ったことが一度もありませんでした。私の家族・親戚がそろって専門職な上に、周りに存在している人々がアーティストだったりミュージシャンだったりと感覚的に自由で縛られない人が多かった為、我慢の時期が長かろうがなんだろうが私は幸せにも何の不思議も感じず、ここまで諦めも悪く、やってくることができたのでしょう。そして今、新しい何かを考えようとする事さえできる逞しくもある(ははは)私がいます。「こうしたら良いかも」と応援してくれたりアドバイスしてくれたり、心配しれくれたりする沢山のありがたい存在もあります。私がやっと何か次のことを考えられるようになったそんな時に、彼女はまた彼女なりの決断をしました。何かを続けることだけが素晴らしいわけでもないしでも、こらえなくてはならない時もあったりする訳で、どのような決断をどのタイミングにするのかが、何よりも難しいなあとつくづく思うのです。そして今は、自分がこの仕事を続けて来られたことを心から感謝すると同時に何か1つのことを決断した友人に新しい風が吹くことを心から願っています。またいつか一緒に何かをしたいね。
2003.10.08
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先日夜中に一緒に仕事をしている人から突然電話がありました。「○○さんからビジネスのメールが入ったからそっちに転送したの。返事を送っておいて!」何をどのように伝えたいのか?何をさらに聞いておきたいのか?どのように話を持っていきたいのか?などなどを確認し、日本語でメモを取り電話を切りました。その時私はすっかりリラックスモードだったためいきなりお仕事モードに切り替えなくてはならなくなってしまったことと最近では友人・親戚とのみ使っている英語でビジネスメールを送らなくてはならなくなってしまたことこれら両方が一気にやってきてしまい久々に「大丈夫、私?」と心配になりました。できるだけ英語を聞くようにしたり専門分野の英文を読んだりはできるだけしようと心がけていたのですがビジネスメールはちょっと別。「初めてメールをやり取りする人に向けて妙な文章を送るわけにはいかない」とかなり緊張しました。文章のところどころにエクスキューズを入れながら必死で書き、できるだけ早めに送らなくては!とあせりなんとか仕上げて送信したのは夜中の2時ごろ。ビジネスイングリッシュやお手紙(メール)の英文ってきちんとできないとまずいかも・・・と真剣に思い英語べらべらの(というか、日本語の方が妙な)我がパートナーに「英語どうしよ~、本気でまずいよこのままじゃ」と言うと思いもしなかったお返事がかえってきました。「お友達作るか、それともNOVAだな」???「そういうことではなく、君はお手伝いしてくれたりしないのですか?」と思わずあっけにとられ、聞いた私がバカだったとも、反省しました。NOVAウサギが欲しかっただけなんだろうなあ、私が入会すればもらえると思ったということただそれだけなのでしょう。NOVAウサギは要らないけどすっかり錆びきった英語能力を何とかしておかないとまずいなと痛感し、効果のある対策方法を練っている最中です。私の英語耳になるための最も楽しくて早い方法は、字幕スーパーの映画を字幕をなるべく見ずに何度も何度も(ここがポイント)繰り返し見ること。せりふの言い回しさえも音で覚えてしまうようなかんじ。字幕って意訳してあって本当の意味とは違うことがとても多いので、後でニュアンスとしてこんな感じと言うことだけチェックするようにします。そんなことしなくても大丈夫なくらいになりたいものですが「○○をやりながら△△をする」コレが得意な人にはこの英語耳取得方法はもってこいかもしれません。画面を見ずに耳だけ聞いていてストーリーを追いかけなくてはならないからね。そんなのんきな方法でいいのかなあと自分に突っ込みを入れながらやる気になっただけ良いと、お気楽な私。とりあえず、今の目標「磨こう英語能力」なのです。
2003.10.07
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私はステーショナリーショップが大好きです。(文房具屋さんと言えばいいか)ハンズや銀座の伊東屋、その他普通の文房具店に至るまでそこにいて物を見ているだけでとにかくワクワクしてしまうのです。特に手帳(ノート)とペン、これには何故かやられてしまうのです。いつも持ち歩くことになる文具の代表で、自分らしい知性を表すことのできる代表的なアクセサリーだと思うのです。コレを見るとその人本来の好みと知的おしゃれ度合いが面白いくらいに表れています。ですから、人と会って目の前で何かを書いたりする機会が多いであろうと思われるお仕事の方は中身がきちんと整理しやすく、書きやすい紙質で自分の用途に合ったサイズの手帳と書きやすく、すっきりした質のよさそうなペンを携帯していることが大切なのです。形から入る感じがするかもしれませんが機能的で素敵なお気に入りの筆記用具と手帳は気分がシャキっとして、お仕事をやる気分になるのです。今日も青山のスパイラル・マーケットで気になる手帳を見つけてしまいました。黒い表紙のシンプルなイタリアの手帳。コレにあうペンが欲しい・・・
2003.10.06
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今位の時期から着られるスーツかジャケットが欲しいなあと思い「秋冬物がそろいました」というお知らせも頂いていたこともありお気に入りのショップにちょっと顔を出してみました。ここで購入したスーツは、とにかくラッキーなのです。それはなぜかというと、私の骨格にピッタリ合ったジャケットが見つけられる上にもともとのデザインを壊すことなくお直しもしてくれるから。私は日本人女性にしては骨格がしっかりしている方。なので、日本製のお洋服はサイズ的に問題がなかったとしてもどうもマヌケになってしまうのです。ジャケットの命は肩が決まるかどうか?Vゾーンが顔を生かしてくれるものか?脇のライン、襟から合わせのラインが綺麗に出ているか?かっこよく見えるかどうか?そして、自分でそれが好きかどうか?ああ、うるさい私の洋服選び。でもでも、コレはとても大切なことなのですよ。20代も後半になったら男性も女性も絶対に気にとめてもらいたいポイントなのです。それに、ジャケットやスーツというのは仕事着だったり、ちょっときちんとしなくてはならない時に着る物。気持ちよく、自信を持って、自分らしくのびのびと能力を発揮できるようなアイテムでなくては!と思っています。これらの条件をクリアーできているということはよく見えるだけではなく、着ていて体も楽。自分のサイズ・形に合っているということはその様なメリットがあるのです。いい状態の自分でいられる上に、見た目も良い。そんなジャケットやスーツに出会ったら絶対に“即買い”です。プレゼンや面接、何かの勝負のときそれだけではなく一緒にいる人の反応がなんだか違うことが分かるはず。男性にはハンサムジャケット女性には美人ジャケットぜひぜひ、自分の基本となる1着をどの人にも見つけてみて欲しい。自分が自分らしく素敵に見えること請け合いです。ああ、今日試着した素敵なジャケット忘れられない。きっと近々私のワードローブに加わるのだろうなぁ。
2003.10.05
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8月6日に「Women21ネット」という働く女性を支援しているサイトに主催していただき『エレガントな自分を演出するテクニック』というセミナーを行いました。先日その状況がWEB上にアップされていたのでそれについて書いてみようと思います。http://www.women21-net.jp/topic/vol010/index.html (レポートが載ってます)参加者の方々のお仕事はそれぞれで参加型のセミナー形式にし皆さんに少しずつ自分らしさの表現方法について感じていただけるようにしてみました。この回は、対称が女性限定でしたので男性には無い、女性特有の自己表現方法であるメイクアップについて主にお話させていただいたのですが、いつも思うことがあります。このようにセミナー等で一度に様々な方にお目にかかり、皆さんそれぞれ違ったお仕事やライフスタイル、好みを持っていらっしゃいます。お顔立ちも体型もまったく違いますし、個性もそれぞれなので、表情も違います。身につけていらっしゃるものや、持っているものもそれぞれです。でも、お仕事をなさっていたり、社会に通じた生活をされている方々はどのような年齢になってもその年齢なりに魅力的でありたいとおもっているのでそれだけで魅力的です。ただ、その魅力の表現方法が忙しさの中で見失われたり分からなくなってしまっているなあとそのことを強く感じるのです。お仕事でも通常の生活でもその人らしい素敵なイメージを相手に与えられたら色々なことがスムーズに進みます。「また会いたい人」相手にそう思ってもらえる自分らしさの表現方法はその人それぞれです。自分らしさの無い作ったような“いい人なイメージ”はわざとらしさ以外の何物でもありません。ナチュラルに、エレガントに、インテリジェンとに自分を表現することのできるポイントは衣服・アクセサリー・メイク話し方・仕草などなど沢山あります。Women21ネットのWEB上でセミナーの様子をアップしてくれてありますので是非見てくださいな。http://www.women21-net.jp/topic/vol010/index.html 魅力的になるには「そうなりたい気持ちに素直であること」コレが一番の近道です。
2003.10.04
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「自分のこと、好きですか?」そんなシンプルでいて難しいとも思える質問をされたらどうこたえるでしょうか?ものすごく自信家に思われてしまうかもしれないけれど私は自分がとても好きです。欠点も、どうしようも無いところも苦笑してしまうようなところも含めてコレが素の自分だと思えますし「まあ、いいか」と認めることができます。何故このようなことを思ったかというと今日、悩める乙女に出逢ったからです。彼女は20代後半、未婚・お仕事をされている方でした。ルックス的には決して悪くは無い、でも・・・ご自分を愛することができずにいてご自分を大切にすることができていない。初対面の印象はそういうものでした。「いい人」かもしれないけれど「いい女」ではないのです。男も女も20代後半からは「自分の顔は自分で責任を持つように」と言われます。それはただ単純に表面的な「顔」のことだけでなく外面というのは内面がコレだけかかわってきて内面の豊かな綺麗な人は基本的なパーツがあまり美形でなくてもとても綺麗に魅力的に見えるということ。反対に、どんな綺麗な外見を持っていても内面が充実していなければぺらぺらで安い感じに見えてしまうということ。それは、よくも悪くも若さで何とかなっていた部分が消えそこまでに培ってきた自分の人生が表れてくるということなのです。20代後半は1つの分岐点かもしれません。若さがある日突然無くなったようなそんな気がして自分以外の人がきらきらしているように思えて淋しくて悲しくてやりきれないのかもしれません。誰も自分のことを見ていてくれない気がして・・・そんな彼女のコンサルをしながら私も自分の20代後半を思い出していました。確かに複雑だったよなあと。どの年齢になっても、それなりの悩みはあるけれど一種独特で、乙女独特の最大の悩みはあの頃に集中していたんだよなあと思い出しました。具体的に彼女の悩みをここではかけませんが「自分は誰かから愛してもらえるのだろうか?」というのが悩みの本質なのではないかと感じました。そんな彼女を励ますことができるように控えめな彼女をあたたかく応援できるような春の光のようなお洋服をアドバイスし、清潔で、明るい、笑顔の似合うお顔になるそんなメイクアップ方法を伝授し送りだしました。彼女は今日お誕生日を迎えました。思い悩むことはこれからだって沢山あるだろうけれどその「悩み」などと思っている1つ1つが彼女を魅力的にしてゆくためのトライアルであることに気付いて欲しい。だから、本当は「悩み」だなんて思って欲しくない。チャレンジなのだから。いっぱいいっぱい工夫して自分らしさに気付き、それを分かってくれる人の存在に気付き思いっきり幸せでチャーミングな女性になって欲しいです。心のそこから無邪気に彼女が笑える日を今日のよき日に私は心から願います。「自分のこと好きですか?」来年のあなたに聞いてみたいです。
2003.10.03
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自分の元の髪の色で生活している人って今どれくらいいるのだろう?一時期ほどではないが、たいていの人が自分の髪の色よりも明るめの茶色にしているのではないでしょうか。実際、若い年代になればなるほど色素が明るい方がとても増えてきているのでカラーリングしなくても茶色の髪の方はかなり多い。さらにダークカラーの髪の方が明るくしているとなると茶色の髪がマジョリティーになってきます。真っ黒で、自然に大きなウェーブがある髪をもつ私は、マイノリティー。ちょっと昔だったら、重苦しいとか言われ茶色にトライした時期もありましたがあまりのみっともなさに辞めました。自分の髪の色のまま過ごして数年経ちますが最近、「コレ、本当の色?」とか「綺麗な色に染めてるね」とか妙に注目を浴びて好評だったりするのです。とても面白い現象。でも最近思うんです。第三者が、それも一人二人ではなくほめてくれるということは、客観的に見ても良いと思ってくださっているんだなぁと。コレは最高に嬉しく、良かった失敗してないという確認ができるのです。私がコンサルをする時にモットーとしているのは「その人のもともと持っている物の中にこそ最高に素敵に見えるバランスがある」ということ。髪の色を変えて、不健康で無理なダイエットをし魅力をわざわざ壊すような服装をする。満足できるのはほんの短い間だけでまた本来の自分と出会えずに流行に流され放浪してしまう・・・このようにファッションにもてあそばれる人をファッション・ヴィクティムといいます。10代から20代の前半までくらいであればまだお勉強期間ですがそれを越えたとき、自分を見つけられていない人はとても辛い。自分の表現方法を知らないということは自分のことを知らないということになってしまうのです。大人になると回りはなかなかコメントをくれなくなってしまうもの。なかなか自分のことを知る機会って無くなってしまいますが、色々な人と出会って、最初の頃に言われたこと何をほめられたかな?とかを考えてみると気付かなかった自分の魅力を見つけるヒント得られるかもしれません。ちょっと恥ずかしいから面と向かってではなくメールとかで知り合いに聞いてみるのっていいかもしれませんよ。大発見があるかも。
2003.10.02
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今日から10月。衣替えの時期がきました。夏物はもうお洗濯に出して秋冬物を本格的に出さなくちゃとワクワクしてきます。毎年思うのですが、基本的に好きなタイプの服やアクセサリーは決まっているのですが少しずつ何かが変わっていっています。その時の仕事関係でお目にかかる方や仕事のスタイル、それにはどのような服装をしていた方が良いのかどのような服装が自分らしさも出していくことが出来るのか。人間は日々進化・変化・成長しているものですからそれに合わせて服装も「進化・変化・成長」をさせ、内から外から今の自分を表現しなくてはもったいないと思うのです。そんなことを考え、「さてこの秋冬、私は何をしようとしているのかな」などとワードローブ戦略を練り中。さあ、何を買い足そうかな。
2003.10.01
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