むかしむかし、ある所に多恵という娘がいました。 とてもやさしい子で、よく家の手伝いをする子でした。 ある日、学校で歌が上手に歌えたと、先生に褒めてもらった事がよほどうれしかったらしく、家の手伝いをする時もずっと歌いながらしていました。 その日の夕方、多恵は風呂の火を焚いていました。 すると台所からお婆さんの声が聞こえてきました。 多恵は気になり台所に行きました。 「婆ちゃん、何か言ったぁ?」 「あらあら、聞こえたのかい。山椒の葉を摘んでくるのを忘れてしまってねぇ」 「婆ちゃん、私が摘んでくるから何か入れ物をちょうだい」 山椒の木は家の裏庭にありましたが、多恵は今まで摘んだことが無かったので、どんな木なのか知りませんでした。 「多恵、山椒の木は裏庭の畑の隅にあるからね。それと、1つだけ約束してほしい事があるんだけど・・・」 多恵は、何だろうと思い耳を傾けました。 「山椒の葉を摘む時、歌いながら摘んじゃだめだよ。多恵は今日学校から帰ってから、ずっと歌っているけど、葉を摘む時は静かにね。山椒の木は歌いながら葉を摘むと枯れてしまうんだよ。」 お婆さんは多恵にそう言いました。 多恵は少し不思議に思いましたが、頷いて裏庭に行きました。 山椒の木は、多恵の身長より少し大きい木でした。 多恵は黙ったまま葉を摘み出しました。 「どうして歌ったら枯れるんだろう?この木は生きてるの?耳があって聞こえてるんだろうか?」 多恵は色々考え、それでもお婆さんの言いつけどおり静かに葉を摘み取り、家の中に入りました。 それ以来多恵はその事が気になりました。 「もし本当に歌ったら枯れてしまうのかなぁ?歌ってみたいなぁ。でも、もしそれが本当だとしたら、婆ちゃんに怒られるかもしれないし・・・」 試してみたくなった多恵は裏庭に行き、山椒の木の前に立ちました。 しばらく木を観察して、「よぉし!」と思い息を大きく吸い込んだ時お婆さんが来ました。 「どうしたんだい?こんな所で」 多恵はびっくりして咳き込みました。 「山椒の木が気になるのかい?歌ったらいけないことが・・・・」 お婆さんは笑って言いました。 「婆ちゃん、本当に枯れてしまうの?婆ちゃんは歌った事あるの?」 多恵は聞きました。 「私もねぇ、子供の頃に聞いたことなんだがねぇ・・・むかし、歌のとっても上手な女の子がいて、その子はいつも家の山椒の葉を摘む時に歌っていたんだよ。近所の人たちは、きれいな歌声が聴きたいので、うちの家の山椒も摘んでほしいと言い出し、いろんな家をその子は歌いながら摘んでいたんだよ。でも、その子の歌が上手い事をねたむ娘達もいて、ある時、女の子が山椒を摘んだ後に、娘達はその木に農薬を蒔き散らしたんだよ。しばらくして、近所中の山椒の木が枯れ始め、その娘たちを筆頭に「あの子が歌いながら摘んだりしたからこんな事になったんだ」と言い出してなぁ。女の子が摘んだ木だけが枯れたので、周りの人達もそう思ってしまったらしい。それからは、『山椒の木を摘む時は歌ったら枯れる』って言われる様になって、誰もが黙って摘むようになったそうじゃよ。」 お婆さんは、静かに話してくれました。 「その子は、どうなったの?」 「さぁ、その町から消えてしまったそうだよ。」 多恵は、黙ったまま山椒の木を見つめていました。 そして時は流れ、小さかった多恵も結婚して今では子供が三人もいる母親になりました。 毎日子供達の世話や家の事で大忙しの日々でした。 ある日の事、多恵は子供達に山椒の葉を摘んでくるように言いました。 その時、むかしお婆ちゃんに言われた『歌いながら葉を摘まない』という事を子供達に言い、摘みに行かせました。 帰ってきた子供達は多恵が子供の時と同じように、どうして歌ってはいけないのか聞いてきました。 多恵はお婆さんに教えてもらった事を話しました。 その話を多恵の母親も一緒に聞いていました。 そして、子供達が聞きました。 「お婆ちゃんも、この話知ってるの?」 「あぁ、知ってるよぉ。あんた達のひいお婆ちゃんが教えてくれたんだよ。」 多恵の母親は優しく子供達に言いました。 その後、多恵は母の所へ行って聞きました。 「お母さん、その話知ってたんだぁ。その女の子の事はお婆ちゃん知らないって言ってたけど、お母さんは何か知ってるの?」 多恵は少し興味あり気に聞いてみました。 すると、母は少し間を置いてから話し出しました。 「多恵、あの話に出てくる女の子というのは、お婆ちゃんのことなんだよ。」 多恵は、あまりの驚きに言葉も出ませんでした。 「あんたがまだ生まれる前にお婆ちゃんから聞いてねぇ。お婆ちゃんはその騒ぎがあって町に居られなくなり、一人で遠くの町に行ったんだって。それ以来、その騒ぎのあった町には一度も帰らなかったそうだよ。お婆ちゃんは自分のせいで、よその家の山椒の木を枯らしてしまった事を悔やみ、例え歌ったからそうなった訳じゃないにしても、山椒が枯れないようにというおまじないも込めて、黙って摘むように多恵に話したんじゃないかなぁ・・私も今までそうしてきたし・・・」 知らず知らず多恵の頬には、涙が伝っていました。 そのお婆ちゃんは、多恵の花嫁姿を見た後に天国に行ってしまいました。 多恵はそれからも、山椒の葉を歌いながら摘む事はありませんでした。 きっと多恵の子供達が大きくなってもこの【おまじない】は受け継がれていく事でしょう。 死んだお婆ちゃんの思いと一緒に・・・・・ |
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ことわざ辞典 |
雀百まで踊り忘れず「すずめひゃくまでおどりわすれず」 |
どれだけ年を重ねても、幼い頃に覚えた事や習慣は忘れない。という意味です。 多恵の心の中には、きっと優しいお婆ちゃんの姿が思い出として残っていく事でしょう。 |