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まだ続く軟禁状態。パレスチナの小さな町。命がけのドナ。前回の続き パート2=================================== 2004年4月イラクで、米軍包囲下のファルージャに人道救援活動のために入り、その帰路、地元のレジスタンスによる拘束を経験したオーストラリア人女性ドナ・マルハーンは、現在パレスチナに滞在しています。彼女は、西側報道ではガザ地区での実質停戦が伝えられるなかヨルダン川西岸北西部の小さな町で、イスラエル軍による外出禁止令のもと命をかけて住民のために奔走しています。西側諸国にはほとんど報道されない事実を、身をもって体験しているドナが伝えます。 (翻訳:福永克紀/TUP)===================================サイダ村――占領5日目ドナ・マルハーン2005年1月30日お友達の皆さんへ 土曜日:今日でサイダ村の軍事占領は5日目になります。地元住民の欲求不満、我慢の限界、絶望感は誰にでも分かるものとなっています。 この無力感は、いまや誰の心にも宿ってしまっているのですが、それを実感するのは胸が痛むものです。 ヨルダン川西岸のこの町の住民3500人は、火曜日の朝7時に戦車と装甲軍用ジープの大群が町を支配したときに、集団拉致にあったようなものです。 いくつかの拡声器から命令が流されました――だれも家から出てはいけない、さもなくば致死的軍事力が行使されるだろう。それは字句どおり単純なことでした。屋上に戦略的に配置された狙撃兵によって、この規則は偉大な成果をあげたのです。 こうして、次の4日間、住民たちは家にあったものだけで生き延びなければならなかったのです。 男は誰も働きに行けなかった。女は誰もお店に行けなかった。まったく、どのお店も開けることができなかったのです! 誰も身内の様子をうかがいに行くこともできなかった。医者に行くこともできなかった。牧畜業者は家畜に餌を与えに行けなかったのです。農家の人は作物の手入れに行けなかったのです。町を訪れていた人たちは誰一人、町を出ることができませんでした。窓から外を覗き見ることさえ命がけだったのです。想い描いてみて下さい。 4日目には飢えが広まり始めました。食品棚の多くはからになり、食料が必要になったのです。この軍事作戦は人道上の大災害になり始めたのです。 私たちが町をあちこち動き回って住民に必要なものをたずねると、彼らが求めたのはもっとも根本的なものでした――「どうか、兵隊が町から出て行って、私たちが安全に家から自由に出れるようにして下さいませんか?」 無力感に打ちひしがれながらも、私たちは、この包囲作戦の終了に手を貸せると思われる人や、そんな人に連絡を取れそうな人たちに、だれかれとなく電話をかけました。1日目には始めていたロビー活動を、本格的に再開したのです。いくつかのイスラエルの人権問題グループが、軍の指揮官やイスラエルの国会であるクネセトの議員に、率先して圧力をかけてくれました。 国内外の焦点はガザ地区の動きにあてられていて、包囲攻撃を受け飢えつつあるヨルダン川西岸の小さな町サイダのことは、脇に押しやられ忘れられているようでした。 ついに、昨日の午後遅く小さな前進がありました。町はまだ軍事占領下にあり、道路封鎖で外の世界からは遮断されたままですが、一時的に外出禁止令が解除されたのです。 それが発表されると、人々は非常に用心深く家の外に一歩を踏み出し、やがて堰を切ったように表に出てき始めました。通りは安堵の笑みを浮かべた人でいっぱいになり、強く抱き合って挨拶を交わしたり、エル・ハムディララ(神様、感謝します!)と叫びながら握手をしたりしていました。まるで大晦日のようでした。 お店は人で混雑し、農家の人たちは飢えた動物たちの被害を調べに急ぎました。 しかし、軍はサイダを支配下に置き続けると明言していました。外出禁止令が一時的に撤回されたのも、明確な根拠があったわけではありません。装甲ジープが街中をパトロールし、道路を封鎖し続け、いくつかの家は兵士たちに占拠されたままでした。 兵士たちに尋ねてみると、外出禁止令の解除は24時間だといい、「問題」があればいつでも再命令を出せるというのです。 しかし、最大の不満は、村から出て行くという行動の自由がいまだにないことでした。 この村に閉じ込められてしまったが出て行かなければならない人たちの列が、検問所の前に続きました。でも、拒絶されたのです 21歳のナセルは、最も絶望的だった一人です――ナブルスの大学まで行って、今日から始まる最終試験を受けなければならなかったのです。もう試験も受けられず、今度できるはずだった彼の卒業は、おそらくだめになってしまうでしょう。 また、隣村のエルハル村にある高校での初授業を受けるため、どうしても高校に行きたかった中学卒業生がたくさんいたのですが、町を出ることができませんでした。そればかりか、サイダ小学校の先生たちも町に入れなくて、小学校は廃墟のようになっていたのです。 それから、アーメド、近くの町トゥルカレムのスクールバスの運転手です。学校では今日から新学期が始まるというのに、休日明けの初日の巡回をするためにその町へ行くこともできずにいるのです。 他にも仕事や商売で、村の外へ行かなければならない人たちがたくさんいます。彼らはもう賃金を手にいれることもできず、機会をそこね、おそらく職を失ってしまうでしょう。 彼らは、いまや軍事地区、本質的には牢獄と化したサイダの町の境界内で、ビクビクしながら、先のことも分からず、孤立感にさいなまされながら、とらわれの身のままになってしまうことでしょう。皆さんの巡礼者ドナより追伸: もしどなたか、イスラエルにあなたの声をきく人がいるなら、イスラエル政府か国防当局の職員の誰でもいいから、緊急に連絡を取って、どうかサイダの住民のために声をあげることを考えてください。追追伸: いま、もう土曜の夜で、外出禁止令が再発令されています。先の不透明さが続きます。追追追伸: 国際ニュース番組で、ガザ地区の停戦と和平会談の進展を耳にするのは勇気付けられることです、しかし、ここパレスチナの地で地元の人たちが感じているのは、一種の幻滅と懐疑だということを、お伝えしなければなりません。イスラエルの部隊がガザ地区から撤退したといわれてから、4人のパレスチナ人が殺害され、その一人は自宅の裏庭で遊んでいた3歳の少女でした(オーストラリアでは、こんなニュースは聞いていないでしょう?) 一方ヨルダン川西岸では、村民たちは恒常的に暴力と脅迫を受け、イスラエル軍の包囲攻撃下にあるのです。パレスチナ抵抗勢力の譲歩を得て平和への機会を見出すには、この占領の特徴である人権蹂躙の数々は言うにおよばず、イスラエル軍がこの種の行為を停止しなければならないのは、当然のことだと思います。追追追追伸:「最悪の監獄は閉ざされた心であろう」――ローマ法王ヨハネ・パウロ2世 (翻訳:福永克紀/TUP)[関連情報]*ドナとともにサイダで活動していたアーロンさんの報告についてhttp://0000000000.net/p-navi/info/column/200502020418.htm*アーロンさんが撮ったサイダの写真http://gallery.cmaq.net/album30?page=1原文:Saida village - Day five of occupationURL: http://groups.yahoo.com/group/ThePilgrim/message/148
2005年01月31日
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●ジャーナリスト横田一さんが、女性国際戦犯法定とは別な、もっと最近のイラク報道番組改変問題を取り上げています。他にもあった番組改変事件 エビジョンイル子飼い理事が「ボツにしろ!」 漏れてきた「クローズアップ現代」中止の真相 (05年1月20日(19日発行)付け「日刊ゲンダイ」より) NHKの幹部による理不尽な圧力といえば、03年5月12日に放送予定だった「クローズアップ現代 終わらない戦争」が放送直前に中止になったケースも生々しい。こちらも現場は訳がわからず、大混乱になったという。企画・提案・編集は報道局国際部と番組制作局社会情報番組部が進め、外部の記者は四月下旬にかけてバグダッドの市民生活を密着取材。自爆テロを警戒して子連れの父親にまで銃を向けるアメリカ兵、自由に街を歩くことも出来ない市民、戦死した市民の遺体を庭に埋めるしかない病院、それを掘り起こして行方不明の家族を探す人々などの映像を収めた。編集は四月末から始まり 試写をした国際部の記者からは「自信をもって放送できる」という声が出たが、放送予定の五日前の五月七日、番組担当の管理職が「クローズアップ現代」担当の諸星理事に呼ばれ、「番組は没にして他の番組で埋めろ」と唐突な中止命令を受けたのである。諸星理事は海老沢会長と同郷、子飼い理事とされる。諸星理事は「NHKが取材していない内容を主とする番組を放送する訳にはいかない」と説明、外部記者の映像に頼ったことを問題視したというが、そもそも、この企画が持ち上がったのは当時、NHKがイラク国内から記者やカメラマンを退去させ、そのため、米軍に従軍している記者からの一方的な映像ばかりになってしまった事情がある。イラク側の視点からも戦争の現実を伝えるべきだとの声が出て、苦肉の策として外部記者による取材が始まったのである。企画は正式な会議を通り、取材、編集、試写までいっていたのにひっくり返された。担当の管理職たちは納得せず、諸星理事との交渉を繰り返したが、最終的に決裂。別の放送枠で復活させる話も潰されたという。 NHKは「自主的な編集判断」としているが、番組にかかわった関係者からは「この会社には一般常識がないのか」の声も出たそうだ。イラクの悲惨な戦争映像を自主規制したのであれば、ブッシュの戦争のPR報道機関と同じである。 <NHK広報局の回答>・クローズアップ中止事件全体に対して:「番組の放送が決定していたわけではなく、外部の記者の映像などであるからということで中止したことはない。あくまでNHKの自主的な編集判断によるものだ。諸星理事が中止命令を出したのかなど、細かな経緯については、取材制作上の問題であり、回答を差し控える。外部の記者の映像だから放送中止にしたわけではない。NHKは日常的に外部の方が取材したものを使っている」ーーNHKの規則で、取材制作上の問題は回答をしないというルールでもあるのか。「編集の経緯のことなので、回答を控える」ーー(中止命令に対し)現場が反論をした、という話を聞いている。「アメリカ軍の被害を受けたイラク人家族だけではなくて、テロとか様々なことで犠牲になった家族もいたりするわけですので、そういったところも取材する必要があるかなと。公平性を保つためには、もっと多角的に取材をする必要があるという判断があった」。ーーアメリカ軍の攻撃による被害者だけでなく、テロの犠牲者も一緒に紹介しないと、アメリカ軍批判に偏った印象を与えかねないということか。「それが中止の理由の一つだ」ーー番組制作の背景として、イラクの現場にNHKのカメラマンが残ることを希望したが、トップが認めなかった。そこで、外部の記者との共同制作を選び、外部の記者の映像を使って編集をして試写の段階まで行ったが、トップの方がご覧になって多角的な視点が欠けると判断したと。 「はい」ーー多角的視点の不足が放送中止の理由なら、テロの場面を追加取材をして放送することにはならなかったのですか。 「質問項目以外については、即答はできない」http://blog.melma.com/00126388/20050131025958
2005年01月30日
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いつまで続くか軟禁状態。パレスチナの小さな町。ドナが命がけで行く。=================================== 2004年4月イラクで、米軍包囲下のファルージャに人道救援活動のために入り、その帰路、地元のレジスタンスによる拘束を経験したオーストラリア人女性ドナ・マルハーンは、現在パレスチナに滞在しています。彼女は、西側報道ではガザ地区での実質停戦が伝えられるなか、ヨルダン川西岸北西部の小さな町で、イスラエル軍による外出禁止令のもと、命をかけて住民のために奔走しています。西側諸国にはほとんど報道されない事実を、身をもって体験しているドナが伝えます。 (翻訳:福永克紀/TUP)===================================パレスチナで軟禁ドナ・マルハーン2005年1月28日お友達の皆さんへ 私は今、3500人の住民を軍隊が軟禁状態にしている町、ヨルダン川西岸サイダのパレスチナ人一家の居間で、蝋燭の灯りをたよりにこれを書いています。[訳注:サイダ Saida ヨルダン川西岸の北西部のイスラエルとの境にある町トゥルカレム近郊の小さな村] 私を親子同然として迎え入れてくれているこの家族の居間は、人でいっぱいです。白いスカーフを巻いた聡明な顔つきのおばあさんが、彼女の子供13人のうちのいくつかの家族たちと、一緒に暮らしているのです。陽気な4人姉妹といろんな部族の血を引くその子供たち、それと年下の兄弟3人に従兄弟が数人です。 一家は、室内にとどまっているほかにすべはないのです。もし、表のドアを開けたなら、3日前にのどかなこの農村を侵略して占領している重装備のイスラエル兵数百人のうちの一人がかまえる機関銃に直面することになるのです。 石油ストーブの輝きとコーヒーテーブル上の蝋燭2本の明かりがあるだけで、暗くて寒いです。というのも、イスラエル軍が電気を止めてしまっているからです。もう食料雑貨を買いに行くこともできなくなってしまったというのに、この女性たちは私たちに食事とコーヒーを振舞ってくれます。町の小売店も、もし店を開けると爆弾にやられると警告されています。 数夜にわたり軍隊からテロ行為を受けたあと、この一家が私たちに彼らの家に滞在するよう求めたのです。もし異国籍の者たちがいれば、インシャラー(神がお望みならば)、兵士たちが彼らの貴重品を打ち壊すことも、彼らを叩くことも、誰かを殺してしまうこともないだろうと思っているのです。でも、一番恐れているのは、家をブルドーザーで踏み潰してしまうことなのです、ものすごい数のパレスチナ人の家を襲った悲運のように。 この町の軍事占領が始まってから、明日で4日目になります。これによって、幾千人もの人間の生活を大混乱に落とし込めてしまっているのに、オーストラリアではニュースにもなっていないのは間違いないでしょう、というのも「白人」たちが関係していないからです。 私はここに3人の異国籍人と一緒にいます。英国人女性2人とカナダ人男性です。この侵略と占領を見届け、人権蹂躙を監視し(いっぱいあります)、人々のために声を上げ、食料と援助を届け、険悪な状況に介入するために、私たちはここにいるのです。 機関銃装備の若い兵士からのいつもの脅しにもかかわらず、私たちは、この地の人々を自宅に閉じ込めている24時間外出禁止令を無視することに決めました。住民たちは、仕事や隣町の店や野良仕事に行くことはもちろん、バルコニーに出ることさえできないのです。 この町への侵略は、集団的懲罰行為であり、国際法上では戦争犯罪とみなされるものです。軍隊は、この町にいるといわれている手配中の8人を探しているというのです。 3日間の激しい砲撃や銃撃と家宅捜索のあげく、彼らはその手配中の誰一人として発見することもできず、やったことといえば、兵士が来るのを聞きつけるとテーブルの下に隠れてしまうような6歳の幼い少女リハブや、私たちに今日パンを求めた75歳の老婦人や、大学に行こうにも町から出られない21歳の学生ナセルに、恐怖を与えたり、暴力をふるったりすることだけです。 だから私たちは外出禁止令に従わないのです。それが違法だからというだけではなく、食料や医薬品やその他多くのものを生きぬくために必要とする人間が、屋内に閉じ込められているからです。私たちが、人影もなくなった通りを忙しく歩き回っていると、窓や屋上から人々が私たちに呼びかけるのです。私たちを見つけてホッとしているのが、その表情からよく分かります。彼らが必要なものを言えば、私たちはそれをどこかで探してきて持って行きます。ヤギの餌を取りに行くのに一緒に行ってくれという男性もいました。家に上がりこんで話を聞き、彼らのことを心配している人たちがいることを伝えたりもします。 この小さな町が、イスラエル政府公認のテロでこんなにひどく苦しめられていることを誰かが知るまで、一体何日かかるのか私には分かりません。 中東に平和を打ち立てるには双方からの善意がなければならないということに世界の指導者たちが気づくまでに、どれだけ多くの侵略と屈辱と死が必要なことでしょう。 パレスチナ選挙後に政治家たちがあれほど平和について言葉巧みに語ったあとなのですから、サイダの住民がいささかの幻滅を感じても許されるでしょう。 彼らはいまだに、和平の相手となるはずの人々からどんな好意的態度も見せられたことはありません。それどころか、すさまじい銃撃によって自由を剥奪されて3日になり、それがあと何日続くのか、私たちには分からないのです。皆さんの巡礼者ドナより追伸: これで、近頃しばらく沈黙していたわけが分かっていただけると思います。インターネット接続も難しいし、パレスチナの村から村へと渡り歩きいろいろな緊急状況に応えるのに忙しい上に、そのすべての恐ろしさに自分自身呆然としてしまいます。書くことが難しいのです、ここでは思っていた以上に状況は悪く、たいがいの日については、語るべき言葉がないのです。追追伸: 私の新電話番号は[訳注:番号省略]です、気兼ねなくかけて「グダイ」と言ってください。サイダの住民の話に興味を持ちそうなどんなメディアに教えてもらっても結構です。[訳注:グダイ G'day (Good Day の短縮形)オーストラリアで「こんにちは」の意味。現在では実際に使う人は少ないが、オーストラリアのシンボルのような挨拶言葉。オーストラリアでは、しばしば英語の「エイ」は豪語の「アイ」として発音され、「グダイ」と発音される]追追追伸:「怪物と戦うものは、自らが怪物にならないように気をつけなければならない」――ニーチェ原文:House arrest in PalestineURL: http://groups.yahoo.com/group/ThePilgrim/message/147 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2005年01月29日
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「方向を間違えたとわかったら、速度を倍加すればいい」!?*****************************************************************昨日(1月26日)届いたイラクのスレイマンさんからのメールには、「私たちはみんな家の中でも外でも、病人みたいに見える……私たちにとっては、まるでこの世の終わりが来たようだ。これがどんな選挙だって言うんだろう?」とありました。以前はこの選挙に期待していた彼をもう励ます言葉もなく、胸が締め付けられるようで、返事に困りました。また、メルボルンのピース・ネットワークのサイトに紹介されていた米兵の本音。「おかしくて時々笑っちゃうんだけど、テロリストも僕らも望むことは同じなんだ。僕らはここにいたくなんかないし、彼らは僕らにここにいてほしくないのさ」(第5海兵隊、第2大隊下士官 ジェイミー・サットン イラク、ラマディにて)「もし俺たちがここでやったことの半分でも国でやったとしたら、刑務所行きだよ。イエス(キリスト)が一体どこで『政府のためなら人を殺してもOKです』って言ったんだい? そんなことを言う牧師がいたら、絶対信頼できないね。(匿名の海兵隊軍曹、従軍牧師と話したあとで。イラク、バクバにて)始まる前から“あんなに”止めたくて、もうすぐ2年にもなろうというのにいまだに止められない、不当で違法な侵略と占領。両サイドからの嘆きを聞くたびに、自分の非力がなんとも悔しくてたまりません。そんな私の言いたいことを、きっぱりと述べた記事をみつけました。千早/TUP翻訳メンバーMay Earth be Filled with Peace and Happiness!*****************************************************************われらが兵士たちを擁護し、彼らを家に帰せハワード・ジンマイアミ・ヘラルド紙 2005年1月22日 私たちは、イラクから私たちの軍を引き揚げさせなければいけない。それも早ければ早いほどいい。理由は簡単だ――イラクに私たちがいることがアメリカ人にとってとんだ災難であり、イラクの人々にとってはもっと大きな災難でしかないからだ。 ワシントンのお偉方の多くが言明する「イラクを侵略するのは間違いだったが、われわれがあそこに留まることは正しい」というのは奇妙な論理だ。最近、ニューヨーク・タイムズの社説は現状を正確に要約していた。「アメリカの侵略開始から21ヶ月ほどたち、合州国の軍隊は、予見し得る将来に決定的な成功を収められるというなんらの明確な見込みもなく、拡大する一方と見られる反乱軍と、実質的にただ一人で闘っている」だが、とてつもなく不合理な結論として、「他国が自主的に名乗りを上げずにいる以上、唯一の答は米兵の増強と見られる。それも現在計画されている春までにとどまらず……兵力は新兵補充の強化によって拡大されることを必要としている」と述べた。この論理には欠陥がある。「この侵略において、私たちは世界の中で孤立している。反乱軍は拡大の一途だ。成功の見込みは全くない。だからもっと兵士を送ろう」って? 「狂信」を定義すると、こんなぐあいだ――「方向を間違えたとわかったら、速度を倍加すればいい」。 これらすべての中には「軍の勝利は、成功を作り出す」という、検証されていない前提がある。 莫大な兵器を所持するアメリカは、多分最終的にイラクのレジスタンスを壊滅するかもしれない。でも代価は膨大だ。すでに何万、いや何十万人もが命を失っている(もし全人類が「生きる権利」を平等に持っていると信じるなら、「彼らの」犠牲者と「我々の」犠牲者を区別してはならない)。それは「成功」だろうか? 1967年に、私たちが今耳にしているのと同じ議論がベトナムからの撤退に関して行われていた。米国は、その後6年も兵を引き揚げなかった。その間、戦争は少なくとも100万ものベトナム人と、3万ほどの米軍人を殺したのだ。「私たちはイラクにとどまらなければならない。そうすれば、あの国に安定と民主主義をもたらすことができる」と、何度もくり返し言われている。だが、もうすぐ2年になろうという侵略と占領のあと、認識できる民主主義の名に値するものなどはまるで見当たらず、私たちがあの国にもたらしたものは混乱と、暴力と、死だけだということは明白ではないのだろうか? 街を破壊し、爆弾を落とし、人々を自分の家から追い出すことで民主主義が育まれるとでも言うのか? 私たちがいなくなったらどうなるかは、定かではない。しかし、私たちがいるが故の結果については疑問の余地もなく確かである――両方の側の死者が増えるだけだ。 イラク市民の死亡者数は、殊に衝撃的である。英国の医学雑誌ランセットは、この戦争の結果10万人の市民が死に、その多くは子供だったと報告している。アメリカ側の犠牲者数には1350人以上の死者と、何千もの障害を負わされた兵士――手足を失った者や視覚を失った者――が含まれている。加えて、何万人もが(戦争の)後遺症として心理的な損傷にさいなまれている。 被占領者たちを助けるフリをしただけの「帝国の占領」という歴史から、私たちは何も学ばなかったのだろうか?「偉大な帝国」の最新版である米国は、私たち自身の過去を含めて歴史を忘れ、多分これまでで一番ひどく自分自身を欺いているのだ。その私たちの歴史とは、50年に及ぶフィリピンの占領、ハイチの長期的占領(1915年~1934年)、またドミニカ共和国の(1916年~1924年)。そして東南アジアにおける軍事介入やニカラグア、エル・サルバドルとグアテマラでくり返された介入だ。 私たちの軍隊がイラクにいることは、私たちをより安全にするのではなく、より危険にしている。中東の人々を怒らせ、それによってテロの危険を拡大させている。ブッシュ大統領が主張した「ここで闘うより、向こうで闘う」どころかこの占領は、激怒した侵入者たちがここアメリカで私たちを攻撃する可能性を増大させているのだ。 撤退にあたり、スンニ、シーアとクルドの間の調停役となる、主にアラブからの国際的な交渉チームを組織させ、それぞれのグループにある程度の自治を持たせる連邦主義を達成すれば、平和と安定の可能性を改善することができるだろう。サダム・フセインと米国占領軍の双方から解放されたイラクの人々の、「自分たちの未来を築いていく能力」を決して過小評価すべきではない。 しかし、まず第一歩は「サポートする(支援、擁護する)」という言葉が持つ本当の意味で兵士たちを支えること――彼らの命を、四肢を守り、そして正気でいられるように保護するのだ。彼らを家に帰すことによって。(翻訳・千早/TUP)[ハワード・ジンは、ベスト・セラー『民衆のアメリカ史』の著者]<筆者より、TUP速報配信許諾済み>原文URL:http://www.miami.com/mld/miamiherald/news/opinion/10705669.htm?1c
2005年01月28日
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「いい政府」のふりぐらいしたら・・リバーベンドの日記1月27日=============================== 戦火の中のバグダード、停電の合間をぬって書きつがれる24歳の女性の日記『リバーベンド・ブログ』。イラクのふつうの人の暮らし、女性としての思い・・・といっても、家宅捜索、爆撃、爆発、誘拐、検問が日常、女性は外を出ることもできず、職はなくガソリンの行列と水汲みにあけくれる毎日。「イラクのアンネ」として世界中で読まれています。すぐ傍らに、リバーベンドの笑い、怒り、涙、ため息が感じられるようなこの日記、ぜひ読んでください。(この記事は、TUPとリバーベンド・プロジェクトの連携によるものです)。(TUP/リバーベンド・プロジェクト:池田真里) http://www.geocities.jp/riverbendblog/===============================2005年1月27日 木曜日水不安シンドローム 急いで書かなくては。あと2時間ほど電気が通じているから――願わくばだけど。昨夜、水が出た。ほんの少しぽたぽたと出ただけだけれども、ぜんぜん出ないよりずっといい。 Eが真っ先に気がついた。みんなでリビングルームにいたとき、Eがとつぜん跳びあがり、聞き耳をたてたのだ。「聞こえる?」と彼はたずねた。私は飛行機かヘリコプターか銃声でも響いているのかと耳を澄ました。 何も聞こえない・・・でも、待って・・・何かが・・・せせらぎのような・・・水? そんなことってある? 出るようになったの? 私とEはバスルームに走った。この8日間、ほんの少しでも水が出ないかと期待して蛇口を開けておいたのだ。やっぱりそうだ、水が出ている。ほんの少しだけれど、決心がつかないかのように水がちょろちょろと出たり止まったりしていた。Eと私は流しの前で祝福の声をあげ手を叩いてちょっとした勝利のダンスを踊った。 それから沢山の仕事をした。夜中、水を入れられる物にならなんにでも水を入れた・・・やかん、なべ、カップ、ビン、バケツ、なんにでも。今は階段の下の空いていた場所に、幾つもの水の入った大きななべに、虫やほこりが入らないようにトレイや急場しのぎのカバーで蓋をして置いてある。 昨晩はほとんど眠らなかった。また水が止まってしまうのではないかと心配だったから。事実、まだ水が出ているだろうかと、午前4時にそっと階下に降りてみたら、Eが同じように降りてきていてバスルームの入口に立っていた。母は「水不安」シンドロームと呼んでいる。夜になれば水の出がもっと強くなるのではないかと願っていたのだけれど、水圧は今も本当に低い。もし水がずっと出ていたら屋上の大きな水タンクをいっぱいにしておこうと昨晩決めたので、今朝はEも私も早起きした。このタンクの水が電気ヒーターに直接行くことになっているのだけれど、しばらく使っていなかったので、それを閉めて予備の貯水庫にすることにしたのだ。もう無防備でいることはできない。飲み水の値段もあがって先週は1リットルあたり1000ディナールにもなったのだから。 Eと私は一日中、何回もバケツで水を上に運んだ。水の流れが弱いので10リットルのプラスチックの手桶をいっぱいにするのに17分かかる(時間をはかってみた)。今まででバケツ10杯分運びあげた。キッチンの蛇口までは水がきていないため、汚れた食器をバスルームまで持ってきて、今、そこで洗い物をしている。残念なことに電力事情は悪化している。私たちの地域では20時間ごとに4時間ほど電気がきているけれど、ほかの地域ではどうなっているのかまったく分からない。誰とも遠く隔たってしまっている感じだ。 バグダードはこの数日、不安定だった。先週は幾度か爆発があって、その回数には驚かなくなった私たちも、幾つかの爆発のすさまじさにはたじろいだ。間もなくの選挙とそれにまつわるさまざまなことには本当に恐ろしさを感じている。投票所に学校が選ばれたことも私は気に入らない。今、学校は休みだけれども、警備に不安があるのは目に見えている。投票所が爆撃されるのは分かっていること。学校はようやく設備をそろえたり整理したりしている最中で大切なときなのに、爆発のトラウマがそれに加わったらたまったものじゃない。学校を使うなんてひどい考えだわ。 夜間外出禁止はこれから午後6時に始まることになり、その上、一般の禁止に「車による外出禁止」が加わる。正確な時間は知らないけれど、一日のうち数時間は、徒歩で外に出るのはよくても車では出られないのだ。こんなことを強制するなんてまったく理解できない。 ガージー・アル・ヤワル暫定大統領が昨日、LBCでインタビューを受けていた。候補者リストの最初に誰の名を置くかで決裂したので、彼とアラウィが同じ選挙人リストにはもう載っていないことは確かだ。ガージーはリストの1位は大統領だと提案したが、アラウィはシーア派の誰か(つまりアラウィ自身)がふさわしいと主張した。今、アラウィ派が285人、候補者名簿にあがっていて、ヤワル派は288人だと思う。 インタビューで私が気に入ったのは、チャラビが逮捕される可能性についてどう思うかという女性リポーターの質問だった。ガージーは狼狽して、自信がなさそうだった(きっと彼は海外にいてCNNをみていなかったのだ)。彼が実際にはどう答えたかというと、チャラビが指名手配されていると言った人間はおそらく自分の「個人的」意見を述べたまでであって、それが「政府」を代表する発言ではなかったはずだというもの。その人間というのが国防相であってもいいのかしら。きわめて公平に言って、彼はどの政府のことを指しているのか言わなかった。私には彼が言っているのが米政府か、英政府か、それとも今の傀儡政権か分からない。彼が言うには、チャラビが逮捕されるには本人が何か悪事を働いたという「証拠」がなければならないそうだ・・・インターポールが彼を指名手配しているだけでは十分ではないらしい。 現政府がこれほど調整がとれていないのをつぶさに見るのはがっかり。内部で話し合ってさえいないように見える。罪を誰が犯していて、誰が犯していないか、それすら決めることができないのが分かって本当に残念だ。「正義のビシー政権のふりをするための愚か者向け虎の巻」はないものかしらね。(訳注:ビシー政権は、第二次世界大戦中のフランスにおける親独政権だった) うわさでは、間もなくあらゆる連絡手段が途絶えることになるという。今でも電話はよく不通になるし、携帯電話は何日もつながらないことがときどきあるけれど、そのうちウェブでのアクセスもできなくなるかもしれないと聞いた。今は学年度の中間休暇中なのに,学生は誰もどこにも動こうとしていない。みんな自宅に縛りつけられているのは警戒態勢が厳しいし、どこかへ行って爆発でも受けたら恐ろしいと思うからだ。爆発で殺されなくても、イラク保安軍か米軍に殺される恐れはあるし、殺されなくても、頭に紙袋をかぶせられてアブ・グレイブ刑務所に連れていかれるという危険は誰にでもあるのだから。 この数週間というもの、辺りに不安が募っているのが手にとるように分かり、みんなの神経をぴりぴりさせている・・・燃料不足、水不足、電気不足。どこもかしこも戦争が始まった頃に似ている。 ホァン・コールが「ブッシュがするべきだった演説」を載せていて、それがとてもいい。私の意見では、今年の就任演説でブッシュはこんな風に最後を締めればよかったのにと思う。 「は! 私が本当に再選されるなんて信じられないよ! 信じられない! 虐待がだ~い好きな人間もいるんだね」午後4時29分 リバー (翻訳:リバーベンド・プロジェクト:高橋茅香子、池田真里)http://riverbendblog.blogspot.com/
2005年01月27日
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龍村仁監督の人気映画『地球交響曲(ガイア・シンフォニー)』シリーズに登場する(ガイア説の提唱者でもある)英国のジェームズ・ラヴロック博士が、日本原子力文化振興財団の新聞広告で「世界中の電力はすべて原発で!」と檄を飛ばしたことは11月30日の書き込みでご紹介したが……http://blog.melma.com/00067106/20041130165724 案の定というべきか、こんどは同じシリーズ登場人物の一人で、女性信奉者の多い「森のイスキア」主宰者・佐藤初女さんが、青森県六ヶ所村で世界最大の核燃料サイクル基地建設を進める日本原燃の広報誌『新かわら版・青い森 青い風』(2005年1・2月号)に登場し、同社社長と和気藹々(あいあい)の新春対談をしている。困ったものだ。環境や自然、オルタナティヴな価値観、精神世界などに関心を寄せる人びとを、原子力容認や積極推進のほうへごっそり取り込もうという政府・電力会社の戦略に、まんまとはまっている。映画シリーズ第4番から後援に東京電力が入ったのは、これが狙いだったに違いない。 龍村さん、ラヴロック博士、佐藤さん、いずれも個人攻撃をしたいのではない。龍村さんは友人だし、ラヴロックは初期2冊を翻訳し、ガイア説を紹介もさせてもらった。しかし、社会性が弱すぎるエコや精神世界は権力に利用されやすい。多くの女性や若者を引きつけるだけに、なおさら危うい。原子力発電がどういう技術なのか、不要なプルトニウムを生み出し、未来永劫、膨大な放射性廃棄物という負の遺産を残すばかりか、核武装への隠し駒である核燃料サイクル計画がどれほど危険で愚かなものか、もう一度よく勉強してほしい。以下、トホホなやりとりの例――。-------------------------------------------------------------社長「……今のエネルギーの多くは大地の下から取ってきた石油、石炭、天然ガスの類で、炭酸ガスをたくさん出す。これがない原子力は非常に大事な選択肢なんです。そして、エネルギーは大地の恵みみたいなものだから、感謝しながら大事に使うという気持も肝要です。これぞ文化の問題と言えますね」佐藤「ほんとにね」-------------------------------------------------------------★星川 淳 @ 屋久島発 I_n_n_e_r_n_e_t_S_o_u_r_c_e #103よりhttp://blog.melma.com/00067106/
2005年01月26日
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民主主義より安全より、せめて水を・・リバーベンドの日記1月22日=============================== 戦火の中のバグダッド、停電の合間をぬって書きつがれる24歳の女性の日記『リバーベンド・ブログ』。イラクのふつうの人の暮らし、女性としての思い・・・といっても、家宅捜索、爆撃、爆発、誘拐、検問が日常、女性は外を出ることもできず、職はなくガソリンの行列と水汲みにあけあけくれる毎日。「イラクのアンネ」として世界中で読まれています。すぐ傍らに、リバーベンドの笑い、怒り、涙、ため息が感じられるようなこの日記、ぜひ読んでください。(この記事は、TUPとリバーベンド・プロジェクトの連携によるものです)。(TUP/リバーベンド・プロジェクト:池田真里) http://www.geocities.jp/riverbendblog/===============================2005年1月22日 土曜日暗いイード・・・ きょうは、イードの3日目。イードはイスラム教の祭日で、ふつうなら大家族が集まって食べたり飲んだり、お祝いするとき。今年のイードは違う。今年のイードは、耐えがたい。始まりの日に何とか集まったが、誰もが祝祭気分ではなかった。何回か爆発があった。遠くのものも近くのものもあったが、これすら、日ごと高まっていく緊張に比べれば何ということもない。 6日間、蛇口から一滴の水も出ない。6日間。占領が始まったのは、いつも水不足になる夏だったが、そのときでさえ、庭の水道栓の一つからはちょろちょろと出て、まったく止まってしまうことはなかった。いまは、その蛇口からも出ない。ずっと料理用と飲料水に水を買っている(値段は高騰した)。掃除はあきらめること。イードの間、家をきれいにしておくのが習慣だから、掃除ができないのは、ほんとうにいらいらする。イードが近づくと、モップ、ほうき、雑巾、消毒剤が総動員の大活躍だ。掃除をすると、自分も新しいスタートができるという気になる。家も、その家の住人たちも生まれ変わっていくようだ。今年は違う。皿を洗う水がやっと。入浴は、灯油ストーブで温めた鍋の湯数リットルで間に合わせなくてはならない。 水は平和に似ている――奪われるまで、いかに大切なものか真に知ることはない。流しに近寄り、蛇口をひねって、うなり声だけで何も出てこないと、頭にくる。トイレも使えない。皿は、二人がかりで洗うまで、山積みになっている。一人に水を注いでもらいながら、もう一人が皿をこすり洗うのだ。 どうして、こんなことになったのか。電力事情が悪いせい? もしそうなら、以前そうだったように、1日数時間は、水が出るはずだ。それとも、選挙へ向けての集団処罰みたいなものか? そんなことある? はじめ、この地区だけのことかと思っていた。でも、聞いてみるとほとんど全地区が(全部ではないにしても)この干ばつにあっているらしい。 この国の外にいる人々は、きっと「集団処罰」という言葉を聞くと、信じられないというように首をふるだろう。「リバーベンド、それは違うよ。そんなことありえない」。 しかし、きょうびは何でもありなのだ。多くの地域では人々は、もし選挙に行かなかったら、スンニであれシーアであれ、毎月の配給食料の量を減らすとおどかされている。イラク国民は、90年代の初めからずっとこうして配給を受け続けてきていて、多くの家庭にとっては、主要な生存の糧なのだ。いったい、選びたい人もいないのに強制的に投票させる民主主義って、何? アラウィとその一派は、数日前、パンフレットを配った。低い位置の蛇口なら出るかと思って、庭に出てみたら、代わりに見つけたのは、庭の門の下に押し込まれた紙切れだった。点検してみるや、占領下イラクに安全と繁栄を最優先で約束しますという、「アラウィに1票を」のたぐいのパンフレットだとわかった。まったくの役立たずだわと思ったが、そうでもなかった。Eが最近飼い始めたインコのかごの下敷きにちょうどぴったり。 ヨルダンとひょっとするとシリアとの国境も閉鎖されているという。きのう、バグダードには入れなくなっていると聞いた。バグダードに入る主要道路には米軍の検問所があって、どこから来た車も帰されているという。状況は最悪で、いまはこれからの見通しも暗澹としている。 状況がどんどん悪くなっていくと、望みもどんどん小さくなっていくのは、驚くばかりだ。イラクには、それを表したことわざがある。「Ili yi shoof il mawt, yirdha bil iskhooneh」。「死ぬんだったら、熱なんてなんでもない」。民主主義、安全、電気でさえあきらめた。水だけ出るようにして。午後4時19分 リバー(翻訳:TUP/リバーベンド・プロジェクト:池田真里)http://riverbendblog.blogspot.com/
2005年01月25日
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ほんとに選挙はあるだろうか・・イラク週報第1便================================== スレイマンさんからのイラクからの報告、続報をお届けします。第1便とされていますから、定期便にするようです。これが届く間は、少なくとも彼は無事ということで、読んでも読めなくても、私たちにとってつらいことになるでしょうが、今後の注目をお願いします。(TUP/池田真里)==================================イラク週報 2005年1月14日~20日イラク発スレイマン電気事情: 今週に入って電気事情は改善しました。現在は、3時間通電しては3時間の停電という状況です。水: 今週、バグダードの多くの地区で、深刻な水不足が起こっています。いま、これを書いている今現在で、断水はすでに5日目です。バグダードのサイディヤ、カデシヤ、ハイ・アル・アメルなど多くの地区で断水しています。人々はプラスチックのびんをかかえて、水を求めて右往左往しています。飲料水の値段は、15リットル8ドルです。これまでは、わずか1ドル50セントでした。選挙準備: バグダード中ポスターがあふれています。政党が選挙運動をしているのです。しかし、立候補者の名前は聞こえてきません。結局、誰やら知らない人に票を投じに行くことになるでしょう。どうして、こんなことになっているかというと、立候補者は身の危険を感じて、名前を出すことができないのです。また、政府は、選挙本部のある通りをあちこちで封鎖し始めました。さらに選挙開始数日前から、夜間外出禁止令が出ると予測されています。シリア、ヨルダンとの国境は閉鎖されました。私は、選挙は行われないのではないかという考えを捨て切れません。治安: 今週始め3日間は、落ち着いていました。しかし、昨日は、ひじょうに荒れました。バグダードでひじょうに多くの爆発がありました。この日、ある24歳の女性は、重傷を負いました。片目、手の指3本を失い、両足を骨折したのです。アル・エルウェヤ病院で働いている人です。道路はいつも人影がありません。誰もがとてもおびえていて、以前にもまして外出を控えようとしているからです。学校: 大学も含めていま休みです。選挙が終わるまで、授業は始まりません。食料品価格: 私が知る限りで、いままでこんなに高かったことはありません。多くの人は、野菜すら満足に買うことができません。病院の状況: ものすごくひどい状態です。患者が、病院の能力ではどうしようもないほど多いのです。負傷しても、治療を受けるまで丸一日も待たねばならないこともあります。 ほんとうに最悪の状況ですが、でもまだこれすら、嵐の前の静けさだと私は思っています。私の考えが間違っているといいのですが・・・(翻訳:TUP/池田真里)
2005年01月21日
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パレスチナでの選挙――何が変わったのか?ドナ・マルハーン2005年1月11日お友達の皆さんへ パレスチナ選挙――おそらく皆さんは、ラマラで旗を振っている若者の姿を見たのではないでしょうか? それとももしかして、平和への新たな機会について語るジョージ・W・ブッシュや他の指導者の楽観的な言葉を聞いたのでしょうか? しかし、いま私が座っているヨルダン川西岸のナルブスからみれば、確かなことがひとつあります――実際には存在もしない国家の代表を選出しても、ここに住む人々の生活にたいした変化は起こらないということです。 パレスチナ人が誰よりも強く、平和的で優良な政府を求めているのは明らかです、しかし最近メディアで言いふらされている、熱はこもっているが、しばしば押し付けがましいだけの決まり文句「アラブの民主主義」を耳にしたあとでも、事実は変わらないのです――パレスチナが占領下にあるかぎり、パレスチナ人は本当の民主主義を経験することはできないということです。 昨日の選挙はそのひとつの例です。政治的意識の高いパレスチナ人にしては、比較的円滑におこなわれた選挙でした。発生した諸問題は、歓迎されざるイスラエルの介入によるものだけでした――軍が道路を封鎖して人々が投票場に到着するのを妨害したこと、および東エルサレムではイスラエルの役人が登録有権者に実際に投票することを許さなかったということです。 外部の世界からの陽気な美辞麗句にもかかわらず、パレスチナ人は現実を理解しています――平和への実際の権力が、イスラエル首相アリエル・シャロンと彼の最大の支持者ジョージ・W・ブッシュに握られているかぎりは、新選出のマフムード・アッバスが奇跡を起こすことなどできないということです。 パレスチナ人が今朝目覚めたとき、ことによると、新しい指導者を得ていたかもしれません、しかしそれでも彼らは、占領には何の変化もないという冷厳な現実に対処しなければならないのです。いまだに、自分たちの土地を自由に動き回ることさえできないのです。何時間も列に並び、畜牛のように回転ドア式出入り口から一人ずつ歩いて入り、到着した軍の検問所で19歳のイスラエル兵にIDカードを示さねばならず、仕事や学校やどこであろうとこの先の道のりを続けていいのかどうか、決めるのはその子なのです。 私が泊めてもらっている家族には、20年の刑期を受けていまだに収監されている若い息子がふたりいますが、その理由はいまだに明らかにされていません。 ガザの住民たちはいまだに、先月イスラエル兵にブルドーザーで押しつぶされた隣家の瓦礫を目にしなければならず、またほんの先週イスラエルの戦車の砲弾一発で粉々に吹き飛ばされた7人の子供の死を悼まなければなりません。最近の何年かでは、パレスチナ人の子供の死はあまりに当たり前になってしまっていて、ニュースになることも、もう、まれなのです。 ジャエウスの農場主は、樹齢100年のオリーブの木々が、農場の真ん中を通るコンクリートのアパルトヘイトの壁(隔離壁)を立てるために根こそぎにされた事実に向き合っていかなければなりません。 一方ヘブロンでは、パレスチナ人の家族は、すでに彼らが住んでいる政府認可の「入植地」に無理やり入り込んできて、登校途中の子供たちに熱湯を投げかける、極端で暴力的なイスラエル人不法占拠者を、いまだに相手にしなければなりません。 イスラエルが、国家認証の暴力をパレスチナ人の頭上にふるい、彼らの生活を絶えがたく屈辱的な地獄となし、そのことによって住民の一部を過激化させているのです。 パレスチナ人が今朝目覚めたとき、やはりこの過酷な現実から逃れているわけではありませんでした。彼らが言うには、この問題こそが、イスラエルに対するパレスチナ人の暴力の核心にあるのです。 もし、イスラエル政府によるこの暴虐すべての目標が、政府が主張するごとく、この地に治安をもたらすことだったとしたら、つまり、もし本当に、2000年以来900人以上のイスラエル人を殺害してきたパレスチナ人の暴力を終焉させるつもりなら、それにはもっと簡単な方法があるはずです。さらに暴力を引き起こすようにではなく、歯止めをかけられるようにする方法が。 もしイスラエル政府がこの暴力を別の観点から、つまりイスラエルに対するいわれなき攻撃としてではなく、占領への抵抗だと見ることができれば、解決策はもっとたやすく見つかります。すなわち文化を、占領の文化から共存の文化へと変えること、入植をやめること、パレスチナ人が独立国家に住めるようにすること、これら全部を後回しにせず早急にやることです。もしこれら全部は困難すぎるように聞こえるなら、人生をこんなに悲惨にし敵愾心に油を注ぐだけの過酷な非人道的措置を、少しでも緩和することから始めるのです。 イスラエルに対するパレスチナ人の暴力の終焉、これがマフムード・アッバスの願いであり、パレスチナ人とイスラエル人の大半の願いであり、実に世界中の願いなのですが、そのためにはアッバスには多大なる支持が必要でしょう。 イスラエルが、この4年間に3400人以上のパレスチナ人を殺害し、何千人をも負傷させたその過酷なやり口を抑制した場合に初めて、アッバスは戦闘勢力の支持を得て占領への暴力的抵抗を終焉させることができるのす。 パレスチナ占領に抵抗するためには非暴力手段に訴えるというこの新議長の計画は、パレスチナ人や世界の指導者たちから温かく歓迎されていますが、それはそうであるべきでしょう。しかしその目標が成功裏に終わるためには、彼には助けが必要です。本当の助け、言葉だけではなく、国際社会とイスラエル政府の助けが。彼一人の力でなしうるものではありません。 近い将来、アッバスに変革への権限を持たせることのできるイスラエル政府の側で、なんらかの前向きの動きがあるとしても、平和への望みが実現されるのを見るのは、まだまだこれからのことでしょう。 パレスチナ選挙は、今日の何も変えたわけではありません、しかし、もし皆が責任を引き受けるなら、明日への変革をもたらす機会となるのです。皆さんの巡礼者ドナより追伸: 選挙の速報として、パレスチナ人が生きる過酷な状況を私の意見をまじえて書きました。いずれまたの話として詳しく説明するつもりです。イスラエル人が生きる状況についてもです。聖地から母への手紙も続けてお送りしたいと思います。追追伸: バグダッドにいたときのように定期的に話を送れなくてごめんなさい。時間をとるのも、書く場所を見つけるのも、インターネット接続できるのも、ここではずっと難しいのです。追追追伸: 私は元気です(こんなに寒くなければね、ブルブル!)。ブルドーザーで倒されたオリーブの木を植えなおしたり、イスラエル人活動家たちと一緒にアパルトヘイトの壁の反対デモに参加したりと、忙しくしています。明日は、ヨルダン川西岸のジェニンに行って、農家のオリーブ収穫を手伝いに行きます。イスラエル人の武装入植者から攻撃を受け続けていて、私たちに手助けを求めてきているのです……やることがいっぱいです!!追追追追伸:「真の平和とは、単に緊張の不在ではなく、正義の現存なのです」――マーチン・ルーサー・キング・ジュニア原文:Elections in Palestine - what has changed? URL: http://groups.yahoo.com/group/ThePilgrim/message/146
2005年01月20日
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幻だった大量破壊兵器、リバーベンドの日記1月15日=============================== 戦火の中のバグダッド、停電の合間をぬって書きつがれる24歳の女性の日記『リバーベンド・ブログ』。イラクのふつうの人の暮らし、女性としての思い・・・といっても、家宅捜索、爆撃、爆発、誘拐、検問が日常、女性は外を出ることもできず、職はなくガソリンの行列と水汲みにあけあけくれる毎日。「イラクのアンネ」として世界中で読まれています。すぐ傍らに、リバーベンドの笑い、怒り、涙、ため息が感じられるようなこの日記、ぜひ読んでください。(この記事は、TUPとリバーベンド・プロジェクトの連携によるものです)。(TUP/リバーベンド・プロジェクト:池田真里) http://www.geocities.jp/riverbendblog/===============================幻の大量破壊兵器 もう1週間近く電話が通じなかった。ようやく今日つながったばかり。6日間というもの、受話器を取っては耳を澄ませたけれど、まったく音がしない。ゼロ。どこまでも沈黙。だから、私は空しく「もしもし」と繰り返し、人差し指で手当たり次第に番号を押してしまう。もちろん、いつもこうなるとは限らない。日によっては、受話器を取ると「もしもーし、おーい」と叫ぶ大勢の人声が聞こえてくる。ある時など、Eはまったく見ず知らずの人と電話でおしゃべりを始めた。その人も電話がつながるのを待っていたから。Eは叔父に電話しようとしていたし、相手の女性は孫息子に電話したかったの。 通話音はほぼ1時間前に戻ってきた(朝からチェックしていたの)。このチャンスを利用するわよ。 電気事情はそれほど改善していると言えない。電気の供給は1日に(ほぼ連続)2時間、それから停電が(連続)8時間。燃料不足のため、発電機はまだ長時間は回せない。灯油不足は本当に悩みの種になってきた。はじめ私たちはそれほど深刻に受け止めていなかったと思う。イラクが灯油不足に直面したなんてきっと初めてのことだもの。不足しているとは今なお信じがたい。1991年にガソリン不足が起きて、湾岸戦争の間からその後しばらくはガソリン不足が続いたときですら、灯油は常にたっぷりあったと聞く。残念だけど今回は当てはまらない。私たちの買う灯油はとんでもなく値がつり上がって、ランプとヒーターにしか使えない。 誰もかれも出られる人は選挙前に国を出ようとしているように思える。噂によると、シリアとヨルダンとの国境は選挙の1週間前に国境封鎖されるかもしれないという。だからみんな急いで荷造りして出ようとしている。学齢期の子どもの学期末テストや大学の試験の終わるのを待ちかねて一緒に出ようとしている家族も多い。 二三日前のおもしろいニュースをひとつ紹介しよう。 米国政府は、米国がイラクにおける大量破壊兵器(WMD)の現地での捜索を終結したと発表し、第一次ブッシュ政権がイラク侵攻の主な理由として挙げたのがこの大量破壊兵器の捜索であると述べた。 http://sify.com/news/fullstory.php?id=13647921 なぜ私が驚かないかって? 誰もびっくりするわけないでしょう? 私はいつも思っていた。大量破壊兵器がもとでこの戦争が起きたと本当に信じた人は、病的な妄想にとりつかれたアメリカ人か、そう信じ込まされた海外在住のイラク人か、あるいはその両方だと。現実にイラクの国土で何百何千とアメリカ人が命を失い、十万人を超えるイラク人が死んでしまった今、アメリカ人はこの現状を一体どう捉えるのだろうか。もうひとつ尋ねたい。この記事は「ドルファー報告」に触れているけれど、その記載によると大量破壊兵器は一切なく、情報機関が全部間違っていたのだという。報告書の発表は2004年10月のはずだ。それで、聞きたいのは次の通り。「この報告書は大統領選の前に公表されたの? アメリカ人は報告の内容を知ってなおブッシュに投票したの?」 はじめて聞いたわけではないという意味で、この話題は当地ではニュースと言えない。こんな結末は過去2年にわたって予想してきたのだもの。大量破壊兵器をめぐる茶番全体が出来の悪いブラックコメディにすぎないと認識しつつも、ブッシュが自分の誤りを認める声明を出したと聞くと、いまだに動揺する。動揺するのは、それが最悪の事態を追認することにほかならないから。つまり、アメリカ人の右派はイラク戦争の正当化など気にも留めていないってことを確認することになるから。あの人たちは正しいか間違いか気にもかけなければ、人が巻き添えになって死んだことも、もっと大勢死んでいくことも気にしない。彼らは、以前は多少ゲームの主導権を握っていた。自分たちのぼんくらな大統領がイラクのどこにも大量破壊兵器を見つけそうもないと見て取ると、矛先を集団墓地に向けることにした。程なく、主権国を「解放」しに来た当の本人たちが、以前を上回る人数のイラク人を集団墓地に葬りはじめた。スマートウェポン(訳注:賢い武器の意)という名の精密兵器が「おそらく罪がないだろう」一般市民を愚かしく殺しはじめた(「間違いなく罪がない」のはイラクの現保安軍かアメリカ兵とともに活動している場合だけ)。再び事態は、かわいそうなイラク人を現状から救い出すということから、アメリカ人を「テロリスト」から守るというところへ、変化した。この構図におあつらえ向きにザルカウィが登場したってわけ。 ザルカウィは大量破壊兵器よりはるかに具合がいい。小さくコンパクトで可動式。ファルージャからバグダード、ナジャフからモスルへと、制圧の必要がある県や都市ならどこでも自在に出入りできるのだもの。もうひとつ好都合なのは、ザルカウィの容貌が典型的なイラク人男性だということ。黒い髪、黒い目、黄褐色の肌、中肉中背。ザルカウィの実態は前に私たちが保有していたとされていたWMDと似たようなもの、と平均的アメリカ人が気づくようになるまで、いったいどのくらいかかるのかしら。 今や私たちは、大量破壊兵器は決して存在しなかったという「公式」表明を聞かされた。イラクが壊滅させられてしまった後になって、あれは間違いだったと言われる。バグダードを見てほしい。その光景には胸がつぶれる。荒れ果てた街、異様な灰青色の空。火災と兵器から立ち上る煙と、車と発電機から発生するスモッグが混ざり合った空の色。ある地域では突如出現するかに見える壁が延々とめぐらされて、グリーンゾーンに所属する人物たちを護衛する。街を行きかう人に共通する表情は怖れ、怒り、疑い。それに不安定さと迷いがつきまとう。この国は一体どこへ行くの? 少しでもいいから普通の状態らしくなるまで、一体どのくらいかかるの? 私たちは一体いつになったら安心できるの? ひとつ問いかければ次々に疑問が生まれる。大量破壊兵器が存在しないのなら、なぜ科学者たちを解放しないの? フダー・アンマシュ、リハーブ・ターハー、アミール・アル・サアディを始めとするイラクの科学者が、なぜいまだに刑務所にいるの? もしかすると、拘束中の科学者が都合よく刑務所で死んでくれるのを待っているわけ? そうすれば、多種多様な拷問のテクニックや尋問のし方をばらせるものがいなくなるし…。 アメリカ人がテロとの戦いを異国の地に持ち込んで、気分すっきりだといいのだけれど。テロリストを―チャラビ、アラウィ、ザルカウィ、ハキムを―イラクに連れ込んでおいて、この現状がどうやってアメリカの安全保障に役立つというの? 怖れとカオスの中で育った世代がそっくり10年後にアメリカをどんなふうに見ることになる? 誰か訊いた人いる? アメリカ人は9.11の後、一握りの狂信的な人たちがしたことのために、集団外国人恐怖症にかかることに決めたわ。にもかかわらず、イラク人は占領下でのあらゆる経験を経てなお、私たちは忍耐強く感謝の念を持つはずだと思われる。なぜ? 食事の小麦が増えたから? 恐怖とは、飛行機が超高層ビルに衝突する姿に気をもむことだけではない。テロリズムとは、国家保安隊がアメリカ軍のハムヴィー(訳注:多目的装甲車)かイラク高官を通すという理由で、渋滞の最中に、ほんの数メートル先でカラシニコフ銃の炸裂音を聞かされること。恐怖とは、自分の家が家宅捜索され、ほんのつまらないことでアブグレイブに連れて行かれて兵士に拷問され、殴打され、殺されるかもしれないと知ること。恐怖とは、マシンガンの連続音が止んだ最初の瞬間、必死に頭を上げて、愛する人がまだばらばらにされていないかどうか確かめるとき。恐怖とは、近くが爆破されたために粉々になったガラスの破片を居間のソファーから拾い集めようとして、もしここに人が座っていたらどうなっていただろうかと想像しないように努めること。 大量破壊兵器は存在しなかった。まるで愛する人が犯してもいない罪状によって死刑を宣告されたようなものだ――あげくに自分の国が見分けもつかないほど焼かれ爆撃される。そして、2年間にわたって死者を悲しみ、失われた国の主権を悼んだ後になって、兵器隠匿の罪を犯していないと聞かされた。私たちはアメリカの脅威ではなかった... おめでとう、ブッシュ。今こそ私たちは脅威よ。 午後10時53分 リバー(翻訳:リバーベンド・プロジェクト/岩崎久美子、池田真里)
2005年01月19日
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スマトラ沖地震の影響で生じた大災害の全貌が徐々に明らかになって来た年末12月30日「インターネットでナショナル・パブリック・ラジオ(NPR)での国際経済研究所(ワシントンD.C.、Institute for the International Economics)所長のフレッド・バーグステン(Fred Bergsten)の発言です。『香港、ジャカルタなどの経済センターだったらたいへんだった。人的被害は大きかったかもしれないが、貧しい国の貧しい地域だったので、経済的にはたいしたことなかった。保険をかけている企業も少ないような地域なので、保険会社も損をしない。これで、この貧しい地域にも復興の資本が呼び込まれ、発展の契機となるだろう。究極の災害たる戦争を見よ。壊滅的打撃を受けた日本やドイツは戦後すばらしい発展をとげたではないか。戦後一時期、貧しい国は戦争して負け、マーシャル・プランのような援助をもらって復興するのが、発展の近道だというジョークがあったくらいだ』 何度も「人的被害は大きかったが」と言い訳していましたが。これが、大国、大資本の本音でしょうが、隠そうとも繕おうともしなくなっているところがこわい。(参考:一説では、復興には140億ドルかかるといわれている。保険会社の損失は、数億ドルから2、30億ドルの間と見られ、2004年のフロリダの台風被害による損失200億ドルに比べて格段に小さい。[保険の項、保険情報研究所(ニューヨーク、Insurance Information Institute)のロバート・ハートウィグ(Robert Hartwig)談]http://www.npr.org/templates/story/story.php?storyId=4250603 クリントン政権のブレーンであったバーグステンには、『ノー・モア・ジャパンバッシング』No More Bashing: Building a New Japan-United States Economic Relationshipという日本の経済学者との共著がある。かれは経団連の招きで来日したこともあり、日米関係ばかりではなく、韓米関係にも詳しいという点で、アジア通と言ってよい、気鋭の経済学者である。ボストン郊外にある名門タフツ大学から1969年に経済学のPh.D.を得ている。民主党寄りということもあり、現在のブッシュ政権とは一線を画す立場にあるのかもしれないが、震災数日後にして臆面もなく発せられた、この発言は、先進国の経済界、つまり大企業・大資本の側の冷徹な論理を代弁している。
2005年01月17日
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ファルージャは人が帰れる所ですか、選挙に誰が行くのですか・・・=================================== イラクからのスレイマンさんの声、続報です。戦場のような町の中で、人々の暮らしはますます苦しくなっているようです。ファルージャのようす、選挙を前にした人々の気持ちなど、マスコミの伝えない生まの声にぜひ耳を傾けてください。(TUP/池田真里)===================================スレイマンさんからの手紙イラク発2005年1月12日みなさま、 しばらく具合がわるくてふせっていまして、お便りできませんでした。まだよくないのですが、何かしなくてはといたたまれない思いです。それで、このお便りを送って、現在のイラクの状況を知っていただきたいと思います。 天候――まだ寒く、雨は降っていません。日中の気温は15度、夜は2-3度くらいです。 治安――2003年4月9日(訳注:この日米軍がイラク全土の制空権を確保し、バグダードのサダム・フセイン像が引き倒される)以降、治安は悪くなるばかりです。いつどこで何が起こってもおかしくない状態です。一日当たり50人以上が、いたるところで起こる爆発や殺人で殺されています。ここ数日でも政府の重要人物が何人も殺されました。ラマディ、モスル、サマラ、バクバ、ファルージャ、バグダード、ティクリート、ラティフィーヤなど多くの都市が文字とおり戦闘地域になっています。たとえば、今日一日で、イラクで20件以上の爆発がありました。モスル市への出入りは、完全に米軍の監視下におかれています。レジスタンス側のほうが、米軍やイラク政府より格段に強いように思えます。 経済――物価は、私がものごころついて以来、最高の水準です。たとえば、トマト1キロは、わずか3カ月前には250ディナール(170セント)であったものが、今は、1000ディナール(685セント)。交通費は、この2週間で2倍になりました。 燃料――現在、たいへん深刻な問題です。ガソリンは、1リットル1000ディナールもします。3週間前にはわずか200ディナールでした。多くの家庭では、暖房用の灯油を買うことはおろか売っているのを見つけ出すのもたいへんです。 電気――先週、電気事情はこんな具合でした。20時間停電、2時間通電。今週は、改善して、5時間停電しては、1-2時間通じています。 選挙――この頃私が会う人の多くは、選挙に行くつもりはありません。なぜなら、いのちが危ないからです。もし、米軍が10キロほどの空港道路の治安を守れなかったらどうなるでしょうか。この2年間、米軍が人々のいのちを守ったことがあったでしょうか。毎日、この道路で、レジスタンスが米軍を攻撃しています。これまで米軍は何もしてこなかったし、これからも何もできない。 ファルージャ――今日、米軍は8500人の市民がファルージャに帰ってきたと発表しました。もしこれが事実だとしても、ファルージャ人口40万人とくらべて、なんとも少ない数字です。しかも、これは事実ではないのです。なぜかというと、ファルージャはとても人の住めるところではないからです。その理由はとてもたくさんあって・・・電気はなく、水道もなく、いたるところに死体があり・・・住めない理由は、とても全部あげることができません。 さらに、米軍は町に入ろうとする人々に、戦闘の間、家に残しておいた食物を食べないようにという注意書きを渡しています。これは、米軍が、何か特殊な兵器を使ったからではないかと思われます。こんな状態で、どうして町に帰れますか。8500人も戻ったなんて、とびきりのジョークか、とんでもない大嘘です。 学校――小学校始めイラク中の学校は、今学年中期の試験期間です。1月18日に終わることになっています。それがすむと、イードの祭日が始まります。そして春休みが2月1日まで続きます。選挙の翌日です。 もし、選挙があればの話ですが・・・。 (訳注:イードとは、イスラムの2大祭。断食明けの祭り(イード・アルフィトル)と犠牲祭(イード・アルアドハー)のことを指す。この場合は、イード・アルアドハーのこと。)(翻訳:TUP/池田真里)
2005年01月13日
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「ラジオ・バグダッド」著作:パティ・スミスおよびオリバー・レイ隣人の苦悩を黙認することなかれ隣人の無力さを黙認することなかれ手をさしのべよ手をさしのべよさもなくば、おまえは都市のはざまに消え行くかすかな痕跡にすぎない消滅したただの亡霊おまえが受け継いだ遺産おまえが知っていたあらゆる知識科学、数学、思想が無残に衰弱してしまうであろうチグリス・ユーフラテスから水脈を形作る疲れ果てた灌漑システムのように平和の領域では全世界が全世界が完璧な円のまわりをめぐっていたバグダッドの都学者たちの都経験豊富で謙虚な世界の中心灰にまみれた都バクダッドの都バグダッドの都荒々しい虚無感が漂うああ、メソポタミアに流れる虚無感は深い偉大な河の水脈の深みそれはエデンのふもとを形づくっているのだそしてあの木知識の大樹が空に向かって枝を広げるあらゆる分野の知識あらゆる分野の知識文明をやさしく支えるゆりかごやさしく支えるゆりかご平和の領域では全世界が完璧な円のまわりをめぐっていたああ、バグダッドよ世界の中心灰にまみれた都神の口からほとばしり出た多くの偉大なモスクがモザイク模様の空にむかって広がるまだらの鳥のように灰の中から立ち上がるああ、雲につつまれてわたしたちはゼロを創造したのだだがおまえたちにとってそれは何の意味もないのだろうおまえたちにとってわたしたちはただのおとぎ話でしかないのだシンドバッドやシェヘラザードを産み落としたただの膨れ腹でしかないのだろうわたしたちはああ、ああ、ゼロを産んだのだ完全なる数字わたしたちはゼロを発明したというのにそれはおまえたちにとって何の意味もないのだろうわたしたちの子供たちが通りを走り去るおまえたちは火炎を送り込んだおまえたちの流星群衝撃と畏怖衝撃と畏怖どこか21世紀映画の戦争モノめいて騎士道も武士道もあらばこそああ、西洋の倫理などとうに失われてしまった初めからなかったのだろうそれがどこにあるというのかおまえたちは一国の人々を全滅させ西からやってきたそしてわたしたちのところへやってきたわたしたちはおまえたちよりもはるかに年長なのにここへ来て、ここへ来て文明のゆりかごを略奪するというのかそれなのにおまえたちは、おまえたちは、創世記を読むというおまえたちはあの木のことを読んでいるはずだおまえたちはあの木のことを読んでいるはずだ神が産んだというあの木のことを空にむかって枝を広げるあの木のことをあらゆる知識の枝を支える文明のゆりかごのことをああ、メソポタミアのチグリス河とユーフラテス河の川岸には深い虚無感が漂う振り返るイブの顔彼女が見たのはどんな空なのだろうか彼女の足元にはどんな楽園があるのだろうかおまえが掘り返している場所だおまえが掘り返し大地の血を吸い出している石油の小さなしずくを腕輪にするちいさな宝石サファイアおまえは自分たちの世界のまわりに腕輪を施すわたしたちは涙を流して嘆いているルビーそれをおまえたちに捧げるわたしたちはおまえたちにとって単なるアラビアの悪夢でしかないわたしたちはゼロを発明したのだそんなことはおまえたちにとって何の意味ももたないのだろう単なるアラビアの悪夢でしかないのだろう綺羅星の都学問の都科学思想の都光の都都灰にまみれた都あの偉大なカリフが歩いたという都彼は裸足で円を描いたそしてそこに彼らは都を構築したバグダッドという完璧な都を平和の領域では全世界がまわりをめぐったというのにそして発明をしたというのにそれらはおまえたちにとって何の意味ももたないのだろうおまえたちにとってまったく何も意味しないのだまったく無意味なのだお眠りわが子よ、眠りなさい眠りなさい子守唄を謡ってあげようわたしたちの都への子守唄バグダッドの子守唄お眠りわが子よ、眠りなさい眠りなさい眠りなさい眠りなさい逃げて逃げて逃げて逃げておまえたちは閃光を送り込んだおまえたちの爆弾わたしたちの都市に向かって爆弾を送り込んだ衝撃と畏怖狂ったテレビ番組のよう彼らは文明のゆりかごを略奪しているのだ彼らは文明のゆりかごを略奪しているのだ彼らは文明のゆりかごを略奪しているのだ隣人の無力さを黙認することなかれ黙認することなく手をさしのべよ原文URL: http://www.pattismith.net/trampin/radiobaghdad_lyrics.htmlPatti Smith and Oliver Ray (c) 2004 Druse Music, Inc. (ASCAP)andHierophany Music (ASCAP)
2005年01月12日
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津波とイラクマージョリー・ラスキーイラク占領監視センター速報2005年1月4日。================================ インド洋津波がすさまじい被害と多くの死者をもたらしたことをうけて、先週、何人かの評者が、似てはいるが異なる二つの恐るべき事態について意見を表した。自然が起こしたもの(津波)と人間によるもの(イラク戦争と占領)の二つについてである。どちらも最新の推定で、死者数10万人から12万5千人という。正確な数字は知るべくもないが、驚くべき数字である(英誌『ランセット』の調査の数字を参照のこと。ファルージャ攻撃による死者数を引いても、イラクの一般市民の死者数は、控えめにみて10万人と推定している)。http://www.occupationwatch.org/article.php?id=7486 ジョージ・カパチオは、津波のイメージを、ここ10日間にイラクで起きた事件として描写している。「米国国務省古層深部の巨大な政治プレートが、先週、突然動いた。何十年にも及ぶ内部抗争で蓄積されたメガトン級の圧力が、巨大波をイラクめがけて送った。イラクの老朽化した国防軍はたちまち崩壊し、イラク国民を圧倒的な力の前に置き去りにした。12年にわたる経済制裁と2つの戦争、それに残虐な独裁政権によってすでに疲弊しきっていたイラク国民は、こんどはいわゆる人道に対する罪によって苦しむこととなった。モスルからバスラまで、戦車、ミサイルの業火、機銃ヘリコプター、F16戦闘機が次々ときりもなく押し寄せては破壊し、町々は丸ごと叩きつぶされ、何万人もが家を失った。」(「見えない暴神:津波イラクを襲う」)(ジョージ・カパチオは米国マサチューセッツ州在住のフリーランスの記者、作家。1997年以来何度もイラクを訪れ、その体験を書いている。)http://www.occupationwatch.org/article.php?id=8591 津波被害に対する米大統領の当初の「しみったれた」対応について、多く論評された。その中で多かったのが、ブッシュ大統領とイラク占領に米国が日々投じている途方もない額の金を比較したものであった。ブッシュ大統領が、津波被害国に対する援助を1500万ドルから3500万ドルに引き上げると発表した後、ヘザー・ヴォークシュは、次のように書いた。「ブッシュ政権はしみったれというのは、的はずれ。たんに優先順位が違うにすぎない。これまでのところで、ホワイトハウスは2005年財政年度に約一千億ドルをイラク占領に要求している。これは、ひと月当たり83億ドル、一日当たり2億7千万ドルである(同政権の当初の津波被害援助額の18倍以上にあたる)。イラクだけの数字でこれだ。(「しみったれですって? とんでもない、大量破壊兵器と戦争のためなら」)(ヘザー・ヴォークシュは、オーストリア在住のアメリカ人、フリーランス・ジャーナリスト)http://www.occupationwatch.org/article.php?id=8597 しかし、「有志連合」の片腕である英政府だって米政府と同じだと、ジョージ・モンビオは、イギリス住民の津波被害に対する惜しみない善意(英米政府とはまったく正反対である)を分析して述べている。「これまでのところ、米政府は津波被害者に3億5千万ドル提供すると約束している。これに対し、英政府は9600万ドル。米国はイラク戦争に1480億ドル支出した。これに対し、英国は115億ドル。戦争は、656日続いている。これでいくと、津波被害に米国が約束した金額は、イラクで使われている金の1日半分である。英国が出すといった金額は、英国のイラク戦費の5日半分である。戦費を海外援助総額と比較すると、もっとひどい。英国は、イラク以外の国々の窮状支援のための年支出総額の2倍の金額を使って、イラクに惨状をもたらしているのである。米国の海外援助額はわずか160億ドル余である。これまでイラクで浪費された金額9分の1にも足りない。」(「イラク戦争の犠牲者でもある津波被害者」)(ジョージ・モンビオは、イギリスの作家、ジャーナリスト。「ガーディアン」の定期寄稿者。) http://www.occupationwatch.org/article.php?id=8637 クリストファー・デリソは、「米国が津波にさほど関心をもたないのは、その原因にあることは、言うまでもない。制御不能の天災だからだ。簡単に引きずり出して非難できる、人間という要素がからまないような天災は、時の権力にとっては面白みがない。政権転覆命令や「衝撃と畏怖」爆撃という反撃に出る余地はないからだ」と言う。(「戦争と津波」)(クリストファー・デリソは、マケドニア在住のフリーランスの記者。バルカン諸国を歩いて、多くの記事を書いている。) http://www.occupationwatch.org/article.php?id=8589 二つの惨事、津波とイラク戦争・占領を前に、デイビッド・モースは次のように言っている。アメリカは、迷惑がられているイラクから撤退し、「必要とされているところ、我が軍と巨大な兵站能力が多くの人名を救うことのできるところ、浄水施設、野外キッチン、発電施設、浮き橋を配備できるところ、治安維持を支援できるところ」へ行かなくてはならない。(「イラクから撤退し、地震被害者を支援せよ」)(デイビッド・モースは、米国コネチカット州在住。イラクについての評論を多く書いている。) http://www.occupationwatch.org/article.php?id=8615 いっぽう、BBCは次のように述べている。「世界がアジアの災害に注目している間に、イラクの状況は非常に悪化し、反乱は、ほとんど戦闘状態というところまで拡大した。」(「激しい攻撃がイラクの選挙を脅かす」) http://www.occupationwatch.org/article.php?id=8638 この速報の焦点を別の側面から見るために、今週、ほとんど破壊しつくされたファルージャに帰ったファルージャ市民の感じたことや思いを知ってほしい。(エドマンド・サンダース、「ファルージャ市民、我が町を見てうちのめされる」)(やっとの思いでファルージャへ帰った住民が見たものは、徹底的な破壊のあと――汚水があふれた道、町全体に漂う死臭、地雷や偽装爆弾がそこら中にあり銃撃戦の音が絶えない。家は半壊し家財道具はめちゃめちゃにされている。水道、電気はない・・・。)(エドマンド・サンダースは、ロサンゼルス・タイムズ記者) http://www.occupationwatch.org/article.php?id=8576 ヨルダン・タイムズ、「ファルージャ市民の怒り、極限に」(ファルージャ市民は、親戚のうちや避難キャンプから、続々町へ帰ってきている。町の入り口で検問のため6時間も待たされたあげく、13項目の禁止事項(落書き禁止、集会禁止・・・)を書いた黄色いカードを渡される。そして、目にするのはほとんど瓦礫と化した我が家。死体が残され、水道も電気もない・・・) http://www.occupationwatch.org/article.php?id=8585 ホァン・コール、「数千のファルージャ市民、デモ」(1月1日、廃墟のようになったファルージャの町の入り口で、こどもも含む数千人がデモを行った。要求は、米軍の撤退とライフラインの復旧。大規模なデモであったにもかかわらず、西側メディアはほとんど報道しなかった。)(ホァン・コールは、ミシガン大学歴史学教授。) http://www.occupationwatch.org/article.php?id=8614 また今週、イラク戦争で死んだ米兵の親たちが、コード・ピンク、グローバル・エクスチェンジ、社会的責任を目指す医師たちなど反戦団体の代表とともに、ヨルダンのアンマンへの旅を終えた。一行は、60万ドル相当の医薬品など人道援助物資をファルージャ攻撃の被害者に届けた。(ジム・ローブ、「戦死兵の親たち、イラクへ人道援助の旅」) (ジム・ローブは、インター・プレス・サービスのワシントンDC特派員) http://www.occupationwatch.org/article.php?id=8552(各段落の後のURLは原文です) (翻訳:TUP/池田真里)
2005年01月11日
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近づく選挙、売られる投票用紙、投票用紙の性別欄は全部「男性」=============================== 戦火の中のバグダッド、停電の合間をぬって書きつがれる24歳の女性の日記『リバーベンド・ブログ』。イラクのふつうの人の暮らし、女性としての思い・・・といっても、家宅捜索、爆撃、爆発、誘拐、検問が日常、女性は外を出ることもできず、職はなくガソリンの行列と水汲みにあけあけくれる毎日。「イラクのアンネ」として世界中で読まれています。すぐ傍らに、リバーベンドの笑い、怒り、涙、ため息が感じられるようなこの日記、ぜひ読んでください。(この記事は、TUPとリバーベンド・プロジェクトの連携によるものです)。(TUP/リバーベンド・プロジェクト:池田真里) http://www.geocities.jp/riverbendblog/================================2005年1月2日 日曜日新年と選挙 私たちはお正月を家で過ごした(去年もそうだった)。ごくささやかな、家族だけの集まりだったが、 Eと私はこんな時であってもできるだけお祭り気分を味わおうとした。私たちは発電機を夜の10時から深夜2時まで動かすことにした。そうすれば電気の勢いで2004年を乗りこえることができるだろうというわけだ。 お正月といえばおいしい料理だ。イラクでは喜びにつけ悲しみにつけなにかあるときにごちそうはとてもだいじなものだ。私たちはなによりもまず料理をどうするかという問題を話し合うことになる。けっきょくイラクの伝統料理をちょっと、ポップコーンやコーンチップスなどのジャンクフードちょっと、キャンディーいっぱいということになった。 みんなでテレビの前に座り、世界のあちこちで行われている祝賀行事を見た。花火や照明、笑いの渦や歌う人々を見ていると、いやがおうにも今の私たちの境遇をひしひしと感じてしまう。なんだか私たちがじっと立ちつくしている前を世界が知らん顔して通りすぎていくような気がする。4月がきたら、戦争と占領が始まってから2年も経ったことになるなんて、とても信じられない。1時間が10時間であるかのように感じられる日が多いのだ。でも同時に、時の経過を感じることがどんどんむずかしくなってもくる。それは、人が、ものごとがどのくらい進展したかで時の流れを感じとるものだからかもしれない。なにもかもがいろんな意味で悪化していくために、私たちは前に進んでいるというよりも後ろに退がっているように感じてしまうのじゃないだろうか。 一方、地震と津波がもたらした大災害も、今年の新年祝賀行事に暗い影を落とした。この悲劇は被災地の人々を数十年にわたって苦しめることになるだろう。こんなにも突然、暴力的に、これほどにも多くの人々の命が奪われるなんて、恐ろしいことだ。こうした大混乱と死を見ていると、バグダードに暮らしているほうがましなのかも、という気がしてくる。 新年のカウントダウンを始めたころ、バグダードでも花火があった。2005年になる10分ぐらい前に、家からほど近いところで大きな爆発が3回起き、家が揺れた。よりにもよってこの時にと、ちょっと驚いた。いとこの娘たち二人は最初おびえたが、その後はくすくす笑いが止まらなくなった。 Eは手を打ち合わせて叫んだ。「ワオー花火だ!!グッバイ2004年!!」それに続いて子どもたちがでたらめなダンスを踊りだした。 選挙は1月29日に行われる予定だ。なかなか興味深い状況ではある。異なる宗派や党派はどうしてもたがいに同意することができないようだ。スンニ派の人々は選挙をボイコットしようとしている。同意できないのは、宗教やファトワといったことについてではなく、占領下で選挙を行うということの是非についてですらない。イラクの人々は、これが民主主義への第一歩だなどと感じることがまるでできないでいる。西側のメディアはさかんにそう言ってるけれど。多くの人は、これはだめな芝居の終幕にすぎないと思っている。これはわたしたちに手渡す「民主主義の小包」をリボンで結ぶということだ。選挙によって「正統」というラベルを貼られた占領政府を押しつけられるということだ。 わたしたちは、選挙に備えるしあわせなイラクの家族を描いたすてきなコマーシャルに爆撃されている。ポスターや掲示板を見ると、選挙が近づいているんだっけと思い出す… 今から20年後、イラクの歴史の教科書になんて書かれるか、想像できる? 「2005年1月29日、アメリカ合衆国率いる占領軍の集団的監視の下でイラクにおける最初の民主選挙が行われた。戦車隊の見守るなかで、熱しやすく、いいかげんなイラク人たちの群れはぞろぞろと投票箱に進みより、アメリカに承認された候補者たちの中から一人を選んだ…」 こんなの、だめだわ。 いくつか問題がある。まず、実際面では、わたしたちが候補者を知らないということ。リストのトップに名前のあがっている人物はわかるけれど、いったい誰が立候補するかがわからない。これはほんとに困る。かれらは立候補者が暗殺されることを恐れてリストを公表しようとしないのだ。 もうひとつの問題は、投票用紙が売買されていることだ。わたしたちは、さまざまな地域で配給食料を配る人たちから投票用紙を受け取る。家族全員がこの人(たち)のところに登録されていて、それぞれの年齢も把握されている。ところが、選挙に行こうとしない人たちがとても、とても、とてもたくさんいる。そういう人たちのなかには、400ドルもの値段で投票用紙を売る人がいる。街の噂では、イランからきた人たちが投票用紙を買っているそうだ。かれらは投票用紙を買ってIDを偽造し(最近では偽造はめちゃくちゃかんたんだ)、SCIRIかダーワの候補者に投票するという。スンニ派の人たちは、選挙する気がないのに投票用紙を受け取っている。投票用紙の売買を防ぐためだ。 さらにべつの問題がある。それは、すべての投票用紙で、投票者の性別の項目が実際の性別とは関係なく「男性」となっていることだ。私のことを正気じゃないといってくれてもいいけれど、これには少々混乱する。なぜこんなことになったの? これはたんなる間違い? なんのために投票用紙に性別の欄があるの? で、それがどうしたというの? さまざまな意見が飛び交っている。宗教的な傾向の強い家庭では女性が投票することを好まないので、家長が身内の女性のIDと投票用紙を受け取って代わりに投票することができるようにしたのだという意見。それから、この「間違い」は、偽造IDを使って女性の代わりに投票することが簡単にできるようにするためのものだという意見。 こうした諸々のことのせいで、こんどの選挙は不吉なベールを纏っている。不可解なことが多すぎて、あまりに不透明だ。ちょっと気にかかるなんて程度のものじゃない。 アメリカの政治家たちは、この選挙でイラクが非宗教的な国家として生まれ変わるだろうと自信満々でいるようだ。いったいどうしたらそんなことが起こり得るだろう? シスターニ一味からさまざまなファトワを受け取って投票に駆りたてられているシーア派の人たちがたくさんいるというのに。シスターニやその他のイラン支持者たちは、もし投票しないならば棄権者は地獄の業火で永遠に焼かれるだろうというファトワを公表している(これってアメリカ大統領選挙のときのブッシュ派右翼たちから借りたファトワなんじゃないかしら?)。で、ブッシュ派右翼のような扇情的なファトワで焚き付けたやつがいるってわけ。これで、どんなふうに投票権を行使するっていうの? 非宗教的に? ええ、もちろんよ。午後2時40分 リバー
2005年01月07日
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ペンタゴンの倒錯ファルージャ強制収容所ダグラス・ラミスCounterPunch原文 新聞では、米軍がファルージャを征服したことになっている。けれども、ここで私たちは行間を注意深く読む必要がある。どうやら米軍はファルージャの(ほとんどの)地域と建物(の残り)を制圧してはいるようだが、ファルージャの人々を制圧してはいないようだ。約30万人にのぼるファルージャ住民はファルージャの外におり、町に帰るのを待ち望んでいる。 かくして米軍はジレンマに陥っている。ファルージャ作戦の目的は1月に選挙を行えるようにすることであった。ファルージャで選挙を行うために、米軍は住民のファルージャ帰還を認めなくてはならない。けれども、家に戻ったらまた、以前と同じように米軍の占領に反対する闘いを始めたらどうしよう? ボストン・グローブ紙12月5日付アン・バーナードの記事によると、米軍はこのジレンマを解決する計画を発明したようである。米軍は「市郊外に設置した『市民処理センター』なるものに住民を通し、DNA鑑定と網膜スキャンによって身元確認のデータベースを構築する」。それから一人一人に名札を与え、常にそれを身につけるよう義務づける。名札を付けていない人々はゲリラと見なされ射殺される危険があることになるだろう。 米軍はまた、ファルージャ男性全員を「軍方式の部隊」に編成し、破壊された街の清掃と再建に強制的に働かせることを望んでいる。 米軍はどうやら、ファルージャには二種類の人々----「テロリスト」と「一般住民」----がいるという幻想に今も捕らわれているらしい。だから、その両者を区別して、「一般住民」だけを身元がはっきりわかるようにして町に帰還させれば、平和が達成されると。けれども、「一般住民」が町に帰れば、とりわけ自分たちの家に何がなされたかを見た人々の中から、ゲリラ活動を再開する人々が出てくるのは確実である。 これを避けるために、人々を労働部隊に編成し、米軍あるいはイラク軍司令官のもとに置こうというわけだ。 これがアメリカの「民主主義の使者」たちがやろうとしていることである。彼らが計画している社会組織と似たものを歴史の中に見いだすことができるだろうか? ドイツの歴史では、強制収容キャンプ。米国の歴史では第二次世界大戦中の収容センター。そしてロシアの歴史では、強制収容所。 この異様な「ファルージャ計画」は、帝国支配がその真の性格を露呈した純然たる隠しおおせようもない瞬間として歴史に刻まれるべきだと思う。ベトナム戦争の頃、米国には「村を救うためにそれを破壊しなくてはならない」という不屈のスローガンがあった。これは素敵にすべてを要約している。ファルージャ計画も同じ矛盾を表明している。ファルージャの「自由」を救うためには町を破壊して収容所に変えなくてはならない。 けれども、怒れる人々の住む一つの都市全体を収容所に変えることが可能だろうか? 30万人の人々を「処理する」ことが----「処理する」という言葉は、生まれ育った自分の町で市民ではなく囚人として暮らすようにさせることを意味する----、選挙までの数週間にできるのだろうか? これは計画というよりは、苛立って壁際に追い詰められた一団の者たちが夢見るイカれた幻想のように聞こえる。ペンタゴン関係者は、これを偉大なる軍事的勝利と呼んでいる。米軍は軍ができるあらゆることを行なった。射殺できる限りの人を射殺し、破壊できる限りの建物を破壊し、町を制圧した。ファルージャの町がその建物と土地からなるというのであれば、米軍は町を制圧している。けれども町がそこに暮らす人々からなるのであれば、町を勝ち取ってはいない。人々を町にもとらせるならば、出発点に再び戻ることになろう。米軍は勝った。けれども負けたのである。米軍が神経症的症状を見せ始めているのは不思議ではない。ダグラス・ラミスは沖縄在住の政治学者で、Radical Democracyの著者。メールはideaspeddlers(atmarkhere)mpd.biglobe.ne.jp。http://humphrey.blogtribe.org/entry-9f5f2b7d0f50a4c6fd73188b4295141e.html
2005年01月06日
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スマトラ島沖大地震とビルマ 被害状況と支援について2005年1月5日BurmaInfo 12月26日に発生した大地震と津波の影響はビルマ(ミャンマー)にも及んでいます。国内ではイラワディ管区がもっとも大きな被害を受けており、世界食糧計画(WFP)の調査は、同管区内に住む1万人に緊急食糧援助が必要と見積もっています。同計画は4日、水、食糧と住居が緊急に必要とする人の数は全体で3万人に上っており、死者を推定60人と発表しました。南タイのパンガー県などで救援活動を行うシャンティ国際ボランティア会(SVA)によれば、活動地域ではビルマ人労働者とその家族5000人が被災しているとのことです。 ラジオ局、ビルマ民主の声(DVB)によれば、アンダマン海上の群島部は津波自体の被害は軽微だったものの、発生当時に海に出ていた数百人が依然として行方不明です。ランピ島では、海上生活で知られるモーケン(サロン)人ら200人程度の消息が不明と伝えられています。またタイのプーケット島全体では被災したビルマ人約5000人が生活しているとのことです。ビルマ亡命政権(NCGUB)とビルマ人権教育研究所(HREIB)は4日からプーケットを訪れ、ビルマ人の被災状況を調査します。 英BBCと米VOAによれば、WFPバンコク事務所は、漁民200人がタイ沿岸で行方不明になっているとの情報を把握しています。他方ユニセフは、被災地に住む子どもの生活状態の悪化を懸念しており、清潔な水を確保することが特に重要だとしています。また地震と津波による被害がマラリア感染者の増加につながるとも述べています。 ビルマ政府は自然災害の被害を日ごろからほとんど明らかにしません。今回についても被害状況についての詳しい調査結果を発表しておらず、援助団体や国際機関が被災地で計画している調査活動にも協力的ではないことが伝えられています。 国営紙は死者53人、負傷者43人、行方不明21人と発表していますが、こうした一連の経緯から、政府発の情報の信憑性に対し、強い疑義が呈されています。アンダマン海の群島部の被害実態については情報が錯綜していますが、軍事上の要衝であるために正確な把握は非常に困難だと見られています。 国際赤十字赤新月社連盟によれば、ミャンマー赤十字はイラワディ管区で行った調査報告をまとめる一方、デルタ地帯の一部被災者に支援キットを配布しています(数は不足)。また既に展開している世界食糧計画(WFP)も追加支援を行うことになっています。http://www.burmainfo.org/relief/tsunami200412.html********************************************************************************* 位置的には相当な被害が想定されるミャンマー(ビルマ)からの被害情報が少なすぎます。軍政で国際社会との関係も危ういため、被害の支援や確認が充分か、その状況が正確に伝えられているかが問題です。
2005年01月05日
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核施設に何が起こったのか、明らかにされない津波被害(インド)================================= 今回の津波が襲った地域には、原子力発電所を含む核複合施設があります。インド、チェンナイ(マドラス)近郊のカルパカムです。当局は人的被害だけで、施設にはなんの損傷もなかったと発表していますが、すべての施設の状況を報告することはせず、見学も一部の施設しか認めていません。放射能漏れの事実はなかったのか、施設内で死亡した人の死因はなんだったのか、明らかにされていません。報告者のシュリ・ラーマンは、今後長期にわたって緩慢な核被害が進行するおそれがあると言っています。なおインドには、13基の稼動中原子炉と再処理工場など多数の核施設があります。 (TUP/池田真里)===================================津波とインド南部の核の恐怖 シュリ・ラーマン トゥルースアウト/レポート 2005年1月2日日曜日 インド、チェンナイ発=================================== 南部インドの臨海都市、チェンナイを、二重の災厄――津波と核の恐怖がやっと通りすぎたところだ。(訳注:チェンナイはマドラスのタミル語名) 12月26日日曜日、チェンナイを襲った津波は、漁村を破壊し幾多の家々と人命を押し流した。津波はまた、市のはずれの海岸部、カルパカムにある原子力発電所の一部に殺到した。(訳注:カルパカムは、チェンナイから南へ80キロいったところ) 当原子力発電所の被害の全貌が明らかになるまでには、なお時間を要するだろう。いや、そのような当局の公式報告を待ってもむだかもしれない。しかし、詳しい調査をしなくても、カルパカム核複合施設と津波がきわめて恐ろしい組合わせであることはわかるはずだ。 この恐怖のコンビのうち核については、いまのところ2つの理由で、詳細な報告はあり得ない。まず第一に、原子力発電所を取り巻く防災上の秘密主義をうがつことは容易でないこと。第二の理由(こちらの方が重要だ)は、放射能漏れの恐れである。押し寄せた水に浮かぶ死体や瓦礫を捉えるように、カメラは放射能漏れを捉えることはできない。 ヒロシマとナガサキよりさらにゆっくり進行する核の惨事が起こりうる。環境運動家たちは、この20年ほどカルパカムの核複合施設の影響について、あまり急激な被害としては語ってこなかった(訳注:主として、近隣の海洋汚染が問題とされてきた)。津波によって、事態はそんなものではなくなったと思われる。 津波直後におざなりに出された当局の報告は、当核複合施設にはまったく被害はなかったと断定している。さらに強い調子で、いかなる放射能漏れもなかったと否定している。しかし、この当局報告でさえ、かなり大きな漁村があり、施設の職員が住むカルパカム全地域で破壊的被害があったことを認めている。災害直後に、職員の住宅地区で少なくとも60人、その他の地区で約250人の死亡が報告されている。当局の報告による死者数は、その後も増え続けているが、実際にはさらに多いと思われる。 核複合施設について、当局は何の懸念も表明していない。カルパカムの核複合施設とは、加圧水型重水炉2基、実験炉1基、再処理施設、建設中の高速増殖炉原型炉(昨10月にインド首相によって「国家に捧げられた」)(訳注:2003年9月に閣内経済問題委員会によって建設承認された)からなる。当局は、重水炉のうち1基は津波以前に「配管の交換」のために運転停止され、もう1基は、冷却装置へつながるポンプ室へ大量の海水が侵入したことが確認された段階で、停止された(後者は、7日後の2005年1月2日、日曜日に運転を再開した)。 この関連では、実験炉も含めて、再処理施設と集中廃棄物管理施設についてはとくに何も触れられていない。つまり、複合施設のもっとも重要な放射能関連施設について、安全の保証は発せられていないのだ。インドの核当局が、この種の報告で、うっかり言い忘れることなど考えられない。 当局は、津波による職員の死を隠すことはできなかった。当核複合施設は、教会で礼拝中に押し流された設計技師をはじめとして、地区内に点在する500戸の家々の中から怒濤に連れ去られた人々まで、何十人もの研究員、技術員を失った。それにしても、施設内でおぼれ死んだ(と言われている)女性作業員はどうなったのか。突堤の廃液排出口で仕事をしていて行方不明とされている男性作業員二人はどうなったのか。 このような事件を問題にし続けてきた医師のグループ、「安全な環境のための医師たち」は、何年もカルパカムの施設自体の危険性と立地の危険性について声を上げ続けてきた。カルパカムと周辺地域で熱心に健康調査を続けてきた、グループのV. プガツェンディーは、なぜこの地での放射能漏れが、あり得ない話ではなく現実なのか、語っている。 彼の指揮下で行われた調査によると、この地域での骨と血液のガン出現率は、2003年5月から10月の7カ月間(原文ママ)に年齢15歳から50歳までの集団で、人口2万5千人当たり3人になる。1年間で同一年齢集団10万人に対して1.7人という通常の数字と比べると、放射能汚染の結果であるということがわかるという。 同グループのR. ラメシュは、目下進行中のもう一つの危険を指摘している。津波の結果、沿岸部において「地盤沈下」が、必至であると予測されるというのだ。彼はまた、高速増殖炉の位置が海抜わずか3メートルから5.6メートルであるという事実を強調している。5メートルから12メートルもの津波がのしかかってくる破壊力の恐ろしさを考えたら、核施設がどうなるか絵空事でなく恐ろしい現実として思い浮かべることができるだろう。 高速増殖炉建設に対する反対は以前からあった。もともと、計画反対派の主張は、高速増殖炉建設計画は、沿岸規制ゾーンとして指定されている地域に、環境に害を及ぼす建設物を建てることを禁止した1991年制定の法に違反しているというものであった。当局の反発は、横暴をきわめたものであった。法の適用範囲から原子力発電所を除くという法改正である。カルパカムは、インドの海岸部の環境を危機にさらしている多くの原子力施設の一つにすぎない。 伝説によれば、イングランド王にしてデンマーク王であったカヌート王も、波を押しとどめることはできなかった。インドの支配者たちは、少なくとも津波に核の大惨事を起こさせないことはできるのだ。 ------------------ シュリ・ラーマンは、インドのジャーナリストで平和運動家。トゥルースアウトによく寄稿している。著作に「フラッシュ・ポイント」(未訳)原文:Tsunamis and a Nuclear Threat in the South of India By J. Sri Raman t r u t h o u t | Report Sunday 02 January 2005http://www.truthout.org/docs_05/printer_010305W.shtml<参考> 2005年1月2日付けThe Times of India にShankar Raghuraman という記者が、現地に入り原子力発電所を見学して、書いている。、カルパカム地域に被害はあったが、原子力発電所はまったく無傷であった。約500メートル海上に突きだした突堤が防波堤の役目を果たしたから。ただ、海水を引き込むポンプ室は浸水し、それは検知された。原子炉本体とは関係なく、なんら深刻な事態ではなかった――。 当局は、記者にマドラス原子力発電所2基のうち1基を見せただけで、他の施設は見せなかったようです。この記事にも、他の施設を見たとは書かれていませんし、他の施設について触れもしていません。この記事は、以下で見られます。http://timesofindia.indiatimes.com/articleshow/msid-978551,prtpage-1.cms (翻訳/参考:TUP:池田真里)
2005年01月04日
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アジア人道危機に関する声明2004年12月30日(木)A.N.S.W.E.R.連合 世界は、たいていの人にとって一生のうちに経験しうる最も大きな自然災害をまのあたりにした。人間としての連帯の表われである行動が国を超え、大陸を超えて広がっていることは一つの光明である。しかし報道や映像によって、ほとんど想像を絶する苦難と人命の損失がますます大きなものであることが明らかになるにつれ、その光さえも弱められている。 ブッシュ大統領は、数日間沈黙していたあと、やっとテキサスでの休暇を切り上げて出てきて短い声明を出した。国民から非難を浴び、世界中からたったこれぽっちとのさげすみの反応を受けた結果、ブッシュ政権は最初の救援拠出金1500万ドルを3500万ドルに引き上げた。国連とは別のところで米国主導の「同盟」に救援活動の主導権をとらせようと画策する中、ブッシュ政権担当官らは拠出額はさらに増やすと約束している。 多くの人びとが、あまりにも小額で恥ずかしいとしか言いようのないアメリカの救援金の申し出についてコメントを出した。アメリカはイラク占領に日に2億7000万ドルくらい使っているとか、F-22ステルスジェット戦闘機、ラプター1機の値段は2億2500万ドルである、とかである。 ブッシュ-チェイニー大統領就任行事委員会は、その主催する祝賀パーティーと就任パレードのために、この数週間中に4000万ドル集めるつもりだ。 今年、フロリダ州を襲い大きな被害をもたらした四つのハリケーンに対応するために、州に総計136億ドルの緊急支出をブッシュ政権は行った(今年は大統領選の年だった)。死者、負傷者、家屋器物の損壊は甚大だったし、百以上の家庭が愛する家族を失った。しかし先週、南アジアで10万以上の人びとが亡くなっている。500万人が、水、食料、衛生といった生きていくのに必須の基本的な物資便益を得られないでいるのだ。インドネシア(世界最大のイスラム教国)とスリランカ、インドでは、丸ごと流されてなくなってしまった村や町がいくつもある。 人間としての連帯を構築することは、特に大きな危機に見舞われているとき、戦争や人種差別とグローバル化した搾取に反対する新しい国際的運動の礎石となるものだ。 ブッシュ政権は恥知らずである。イラク占領のための限りない暴力には果てしなく金を注ぎ込んでいる(過去21カ月に1500億ドルを優に超える)。しかるに、人間のニーズに応え、苦しみを緩和するための資金、そんな金は政治的圧力と抜本的改革がなければ決して出てこないのである。 南アジアとアフリカの被災者に対する救援を行っている諸団体に、我がメンバーと仲間たちの多くは直接義援金を送っている。ブッシュ政権の残酷なまでの無関心と冷ややかな政治姿勢があるので、民衆がその惜しみない支援を直接届けているのは当然の成り行きではある。我が運動体のメンバーも同じように動き、この秋ハイチでハリケーンによる惨禍が起こるやハイチ民衆に直接医薬品を送っている。 我われはまた、ありとあらゆる人道支援活動を政治的転換の実現に結びつける努力を続けている。人道支援によって救われた命はどれも貴重なものである。広範な政治改革を実現することによって我われは、基本的サービスの受益という人類による成果の実現を保証する、社会的経済的基礎を築くことになるのである。資源の配分は、どこを優先するかという本質的に政治的な問題なのである。どこの誰にでも食料、水、住居、医療、学校を保証するのか、あるいは、軍国主義というシステムを堅持しそこから利益を上げる者たちに社会の富を集中するのか、これは選択の問題である。 1月20日、我われはブッシュの就任パレードの沿道に何万人も集まって行進することになっている。それは、この政権はアメリカ合州国国民の大きな部分から反対を受けているのだということを、世界の民衆に示すためだ。イラクから南アジア、ベネズエラ、ハイチ、そしてキューバ、フィリピンほかすべての国で、ブッシュ政権はその政策がアメリカ国民の支持を得ていると言い張っている。ブッシュは2001年の大統領選で敗れたにもかかわらず国民の信託を受けたと主張し、今回は自分が犯罪的で反民衆的政策をし続けることを国民が許していると強弁している。リチャード・ニクソンは1973年の大統領再選の際同じように見得を切ったものだが、18カ月後、弾劾に直面することを避け辞任したのだった。---------------------------------------------------------(翻訳:寺尾 光身/TUP)原文URL: http://www.internationalanswer.org/
2005年01月03日
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