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今回は「娘は母の分身」二卵性親子が陥る罠についてです。私と母は22歳違い、親子というより姉妹の様な関係性でもありました最近は、そんな母と娘も多いですが私の世代では珍しかったです。我が家は両親共にAB型で「合理主義者」でした。(血液型で性格は決まりませんが)結婚前、母には好きな人がいたそうですが好きな人とは結ばれなかったそうです。父を愛していたのか?疑問もあります…いつもお釈迦様の様に?孫悟空の父を🫲で転がしていました…後に知人から聞いた話で若い頃、父は心から母に惚れていたのですが母は、それに応えてくれないと苦悩を漏らしていたそうです。 母の名言(迷言)の数々は「親の見る目は正しい」(子供の事は親が一番理解しているもの)「親が行けと言ったところに嫁に行けば出戻って来れる」「一番好きな人とは結婚しない方が幸せ」「女は惚れるより惚れられて結婚するのが幸せ」「自分の世界を持つ事」等です。そんな母と父の影響を受け育った私です。母は私の為に結婚生活を我慢し続けたと言っていましたし私も親になったら責任があると思い込んでいました。夫婦共働きで経済的に何不自由なく育てて貰いましたが、そんな事告白されたら子供は自分の存在に疑問を抱くと共に忍耐強くもなりますよね。ラブラブの両親に育てられた人はそれだけでラッキーですから感謝しましょう。自己分析していくとカサンドラの生育環境にも問題が隠されているのかも知れませんカサンドラの特徴は「真面目」「頑張り屋」「面倒見が良い」「忍耐強い」などです。昭和一桁生まれの結婚観は似たり寄ったりだったのかも知れませんが地方の場合、年頃になったら適当に見合いをし、それは家と家の結婚でもあったのです。それでも昔は「馬には乗って見よ人には添うて見よ」で上手くいく場合の方が多かったかと現在の結婚は、より複雑で若い男女ともに結婚に幻想を抱いている感じがします。「条件」を入力するマッチングアプリに頼ったり(一回やってみたい)(笑)小説や映画の様な恋に憧れている若い女性も多いと思いますが現実は甘くないですから中々、踏み切れない。自分は努力する事も無しに相手に求めてばかりだとしたら?若くて綺麗でチヤホヤされるのは、あっという間(花の命は短いのです)本当は2回結婚するのが理想かも知れないです、若い頃は次世代を作る為の結婚失敗だったら子育てが終わってから本当のパートナー探しをする。これが一番かもね…結婚の条件をあれこれあげる前に歳を取ってお爺さんとお婆さんになった時の事を想像してみましょう!今はイケメンの彼も歳を取ったら禿げるかもしれないし、太って醜くなるかも知れない…それでも愛おしいと思える人を選ぶ事かな?逆も然りです。年老いた夫や妻を心から愛おしいと思えるか?(それぞれの祖父母をみれば見当つきます)もしかしたら認知症になるかも知れないし「下の世話」をする事になるかも知れませんその時、共に人生を乗り越えてきたという証がないと無理かも知れません...「共感力」と「想像力」の、価値観の一致している事こそが一番大事なのです。そこまで考えて結婚相手を選ぶ若い人がいるとは思えませんが幸せな結婚とはそういうものなのです。
2025.02.28
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7話まで書き進みましたが過去の話を客観的にみて「最低の男だな」と理解出来たASD私はといえば、客観的に、冷静に、と自分自身に言い聞かせながらも「なんてバカな女」「可哀想すぎる」と過去の自分に同情です考えてみれば夫婦、家族は「協力」しなくては成り立たないし「社会」も同じです家庭は社会の縮図ですからね...「共感力」や「想像力」「感謝」「尊敬」がないと暗黒の世界です。動物にだって本能以上の感情を垣間見る事がありますからね...マロンさんなんて夫婦喧嘩の仲裁に入っていましたねぇ、やめてとASDと私の間を行ったり来たりして、その手をかけていました。共感能力がない人間といるのは一人でいるより孤独なのです一人っ子は孤独に慣れているので耐えられたのかも知れません。何故、ASDが存在しているのか?そして増えているのか?彼らは時として天才的能力を発揮します(うちのASDはただの怠け者ですが)脳のつくりの違いとか環境も影響するとか良くわかっていないのが現状です「学習」によって、ある程度は良くなるとも言われていますがASDに接して疲弊しているカサンドラは、どうしたら良いのでしょうね。私はある時点で母からアドバイスを受けました。夫ではなく長男だと思う様にと。確かに精神年齢が違いすぎるので、そう考えればASDの子供を持つ母親の気持ちが良く理解出来ます。知らず知らずのうちに教育、躾をしていたのかも知れません。ただ、子供と違って「素直」じゃないから「喧嘩」になるのです。その度に私の性格が悪くなっていく恐怖...(嫌な性格)だな...この人と一緒に居ると自分が嫌になる...これが一番の問題です。説教がましいと、あんたは神様か!?とまで言われますからね...私は、そこまで言わせる「お前が悪い」とまで言わせる始末。なんともユニークな夫婦?普通であればDVの世界に突入ですが私に手を挙げる事はしませんでした。私はASDの頭を小突いた事はありましたが今考えると必死に「躾」していたのかも...でも、普通「そこまでしちゃいけません」速やかに離れるべきです。なんで離れない?ASDは「マゾ」に目覚めた?私の爆発は時間が経てば治る。根拠のない自信!?嵐が過ぎ去るのをじっと待っているASDです。
2025.02.28
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どこの国でも都会と田舎の格差はありますね…不動産価格、賃金、教育格差など数え上げればキリがないのですが自分に合った環境でこそ人は花を咲かせられる。私は40歳で自宅併設の居酒屋女将として再出発です。近所には大手企業の寮もあり、単身者用アパートも多く飲食店は少ない環境でした住宅街でしたが「抜け道」に面しておりましたから立地も良かったのです。父母は交友関係も広く年金も私達世代より多く貰っていましたから「趣味のお店」として商売というよりは自分の友人知人だけ良いと思っていた節があります。いざ蓋を開けたら、独身客や隠れ家を求める客、単身赴任で寂しい人、男やもめ等etc多様なお客様が集まり、お店は、そこそこ繁盛しました。元々がサービス業に向いている「カサンドラ」父は自分の支配下でコントロールしたかったのに娘は成長していましたから自分のやり方がありました...お客様には平等に接する私と父のお客への対応で衝突する事も多くなりました「店に出てこないで!」私は店の「家賃」も売り上げから父に払っていました。ワンオペ女将として着物と割烹着の鎧をつけ10年頑張りました何故「着物」?この時代のセクハラ・パワハラから身を守る為だったのですこの時代の中高年男達にとっては「着物🟰母親」母親を思い出せばセクハラ・パワハラはしないはずとの私の読みは大正解でした。地味な着物に割烹具姿のコスプレですもう、普段着に着物なんて着ている人はいない時代でしたが職住一緒の空間だったので気合いやケジメをつける意味でのユニフォームだったのかもしれません。そういう訳で母親をリスペクトしない男はいない訳で最強の鎧だったのです。勿論、売りは「家庭料理」ですが未だ未だ年齢的には、女盛りですしねぇ~でも気性が、こんなんですから残念ながらモテませんでした。毎日、寝食を忘れて働き順調でした…しかし都会から転校してきた娘は、この田舎町に馴染めなく嫉妬、イジメの対象となり仲良しだと思って信じていた子に裏切られる事になってしまいました。それでも、先生方の努力もあって地元の進学高校には楽勝で入れたはずなのですが本人はこの環境に「違和感」を感じていたのでしょう…後に、私の両親と父親の間で子供の頃から気を遣って大変だったと言っていました。父は母に対してコンプレックスがあったと思います。母は社交的で人に愛される人で側からみれば「孫悟空と観音菩薩」二人の間には何度か離婚の危機もあり子供の頃の私は大人にならざるを得ませんでした私が、この両親を繋ぎ止めなければと(カサンドラの性格形成はこの頃からあった?)母が病気になり、本来であれば妻に尽くさねばならない時に頼り甲斐のある娘がいて「自分は自由にして良いのだ」と勘違いしちゃったのです。娘の負担を見ても見ぬ振り…「父の復讐」が始まりました。父にしてみれば娘には自分の様な熱い男を選んで欲しかったのに母の好みのタイプは真反対で、私は父と同じ性格ですから混乱しちゃったのでしょうね…まさに「愛と憎しみ」人間とはなんと複雑な生き物…ASDに引っ掛かかるカサンドラの性格にも問題が有った?自己分析中です。というか、二卵性母娘は危険ですね。
2025.02.27
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つくづく、自分は「明治女の価値観で生きてきた人生」でした。やはり母方の祖母の影響が大でしたね...カサンドラの続きですが、実はすごい勢いで書き終わっているのですが今日は、ちょっと長文です。最高の環境下での子育て、やっと普通に結婚して良かったと思い始めていた矢先でしたASDは私に一言の相談もなく毎年、東京への転勤願いを出して「受理」されてしまっていたのです。いやぁ~ショックでしたね…ちょうど幼稚園入園の準備を始めて制服も用意していました裏切られた私は到底ASDに付いて行く気にはなれず離婚を決意したのです第一回目の「爆発」でした…この時、別れていれば新しい人生があったと悔やまれます。この頃は、カサンドラ症候群を脱却していましたから今までの結婚生活の「違和感」を盾に離婚を詰め寄りました。でも、こういう時のASDは反省している、生まれ変わる、チヤンスをくれと縋り付くのですこの時も母に行ってみてダメなら帰って来て良いからと説得されて付いて行っちゃったのです(後悔)仲の良いお友達とも別れなければいけなかった娘は引っ越し後、暫く環境に馴染めず、神経性の自家中毒にかかり大変でした。札幌に比べて住宅事情が悪いく狭いアパートです此処で暮らすの?と気づいた娘は「お家に帰りた~い」と泣き叫び娘の心はズタズタでした。神奈川の田舎町での子育ては大変でしたがカサンドラは今は専業主婦しかないかと新環境下で我慢すればと周りに助けを受けながら新生活をスタートしたのでした。娘のために良い母親でいたい!娘も良い子で賢かったのですが「おっとり」しすぎで虐められたら可哀想だからと私立に入れようと提案しましたがASDに反対されました。自分は国公立出身で、お金をかけずにエリート街道を歩いてきた彼はお金の掛かる私立に反感すら抱いていたのです。その代わり教育熱心な地域に引っ越す事に…ところがこれが大失敗!!ツレは東京人特有のプライドの高さで沿線に拘りが強く田園都市線を選びました当時のヒットドラマ「金曜日の妻達」の舞台です。ASDが此処を選んだ理由は小田急はスポーツ新聞読んでいる乗客が多く田園都市線は日経新聞だからと言う理由でした。確かに戸建てが多い高級住宅街でしたが排他的で、大手企業の社宅建設の反対活動が盛んでそこら中に手作り、手書きの立て看板が林立、私達は古いマンションでしたが強烈な違和感を感じざるを得ませんでした。そこの学区の小学校は8割が私立中に行く様なところだったのです…都会では珍しい学年2クラスの小さな小学校でした。こんな所選ぶべきじゃなかったのよね。碌に調べもしなかった私も悪いのですが…娘は成績も良く優等生でした。自分と同じく他所から引っ越して来た問題児にも優しく勉強を教えて先生にも感謝されていましたから、この頃はまだ良かったのですが4年生位にもなると大半が受験塾に通い始めるのです。仲の良いお友達と遊べなくなり自分も受験塾に通いたいと言い出したのです私立に受験しないのにですよ…泣いてせがまれ仕方なくOKせざるを得ませんでした。娘は、篩にかけるための「ひっかけ問題」を嬉々として解いていました…「違和感」感じ始める私…受験の為にはテレビのアンテナを撤去する父親までいるような所でしたからね(苦笑)見栄の為に飼ったとしか思えないゴールデンが外飼いされていて暑くても寒くてもひとりぼっちで可哀想でした学校帰りのお迎え時、娘が撫でていたら、そこの家の小さな子が「うちの敷地に入らないで!」ってその犬がよく脱走してマンションの公園にいましたっけ…犬の名前は「ペロ」でした娘を慕って逃げてきていたのかも?私がコールデンに嵌った理由の一つでもあります。フラストレーションが溜まったママ友にも私は限界でした良妻賢母が密かな楽しみを持っている事にも驚きました…まさに金妻の世界です。真面目な夫に物足りなさを感じ「金曜日の妻達」のドラマに感化されたのでしょうか?もう、嫌だ!花粉症も酷くなり、そろそろ持ち家を考えなくてはという時期でも有り一人娘として親の介護問題も真剣に考え始めていました。その頃の東京近辺の中古のボロマンションの価格が3600万でした(完全バブル)そんな頃、強烈で決定的な違和感を感じる出来事があったのです夏と冬休みには「実家」に帰るのが恒例だった私と娘。そんな頃、同じ北海道出身の同僚の奥様が(このエリアを進めた張本人でもあります)お宅の旦那、奥さんと子供が帰っちゃって寂しいでしょう?って聞いたら「お金持って帰ってくるから寂しくない」って言っていたそうよ!と私に告げ口してきたのです。つまり、ASDにとって我が実家はATMと化していた?そりゃ旦那の給料安いから飛行機代出してもらっていたけど。勿論、怒った私はASDを問い詰めましたが本人は、そんな事言っていないの一点張りでした…でも最近は「から口」叩いたかもって自分でも思い出せないらしいです。そしてもう一つ、私が熱を出して寝込んだ時でした。「俺と〇〇」は外でパスタでも食べてくるからと言われたのです…ネットでカサンドラさんの手記を読むと、この事象が圧倒的に多くて‼️娘も小学校4年生位になっていましたから普通なら、お母さんはどうするの?って言いそうなものですが外食が嬉しかったのか?いや、もしかしたら共感能力の低いアスペ傾向だったのかも…この時の違和感は決定的でした。もう娘を連れて北海道に帰ろう!です。そんな訳で娘の中学入学に合わせて2世帯店舗付き住宅を4人名義で建てました離婚突入を娘の為に避けたいという両親のツレに対する温情か税金対策?私は嫁入り道具の代わりに親が持たせてくれた持参金を密かに運用していたのです元金の三倍くらいに増やしておりましたがバブル崩壊寸前で売り逃げ家の資金にしたのです。この時は全てのタイミングが私の味方をしてくれました。ちなみにアスペは一銭も出していませんが「共有名義」と云う事になっています。そんな訳で私の2度の「爆発」で、やっと実家に帰らせてもらう事になりましたもう離婚して再出発!のはずだったのです。この時、私は40歳、正に、四十にして立つです。母はこの後に及んで婿に女が出来たらどうする?と心配していましたが私は「リボンと熨斗を付けてあげる」と揺るぎない覚悟でしたね(笑)当時は養育費を払わない男とかの話も沢山聞いていたので娘の大学卒業までの「別居」という選択肢は有利な保険でもあった訳です。
2025.02.26
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そろそろカサンドラの続きも書かなきゃ(もう書いている)なので台湾旋風ラストです。英語はゆっくり話してもらえば、ある程度は理解出来ますが喋れません。ただ、目を見て話して貰えばどんな言語でもある程度、理解出来ますこれは言葉を超えたコミュニケーションを教えてくれた歴代の愛犬のお陰かな?込み入った話はGoogle翻訳があるので問題なし!便利な時代ですよね。今回、ASDの英語力が「ガクンと低下」したのも「違和感」でした(老化)?みきみぃさんが認知症になったら「日本語しかでてこなくなるのでは?との恐怖」をブログで綴られていた事を思い出しました。う~ん、なるほど他の「違和感」も多々ありました。散歩時、ASDが勝手に道路を一人で渡ったのですが台湾に比べたら交通量は少ないけど結構なスピードで走る車が多いのです(カーブですから見通しも悪い)それに付いて行こうとした彼女ら‼️車が来たので私がストップかけましたが直線の横断歩道渡れよ!!緑内障ですから視野も欠けていますし自分は渡りきれても慣れない異国の彼女らに、もっと配慮して欲しかったです前を歩くな!と何度も釘を刺しているのですが学習出来ません。手伝わせようにも複数のタスクは出来ないのでお茶を溢したりで余計手がかかります察する事も苦手で何だかASDの検証みたいになっていますね。ASDの精神年齢は10歳位「若い」そうです。しかも病気の自覚、学習もしていないので頭の中身は20代のままかも知れない目と耳も衰え、頭は子供なので理解してくれっていわれてもねぇ今回は台湾人の「歴史認証」について聞いてみたかったのです。彼女らが学校で教えられた歴史認証は日本統治時代にインフラや教育を広めてくれた「素晴らしい日本」と教えられたそうです。戦時中は日本人として一緒に戦ったとも教えられているそう台湾民主化以降の世代ですから228事件なども、ありのままに学習しています。一方、蒋介石率いる中国本土から来た国民党の子孫も増え続け、ネイティブ台湾人と本土出身者の子孫は粗、半々になっているそうです。中国本土とは経済的な結びつきも強く同じ人種で言葉も通じるので中国人との「国際結婚」も多いそうです。そんな経緯もあって、中国が攻めてくるとは思っていないのが本音みたいです。今のバランスで行ってくれれば良いのですがバランスが崩れる事も無きにしも非ず韓国の例が物語っていますよね。常に政権交代していますからね…中国、韓国、ましてや戦後教育を受けた世代の歴史教育によっては日本は侵略国悪い事一杯したのだから反省しなくてはいけない。そして賠償金を支払い続け謝り続けアジア諸国の経済発展を後押しする事が大事というスタンスになったのです。ある意味では周り巡って国民の血税で…大企業と政治屋の癒着を許した結果の失われた30年は私達世代の責任でもあります。24時間働けますかで家庭を蔑ろにし、焼け野原から見事に日本は復活したのですがその反動は大きくセクハラ、パワハラ、カスハラがデフォルトの不適切世代が子供のイジメや引きこもりを生み出してきたのかも知れません。海外に、ばら撒き続けたお金と技術は⭕️国に持っていかれ政治屋は売国奴となり果て気がついたら「こんな日本」になってしまったのです。フィナが日本人の印象として「ペコペコお辞儀」に違和感を感じていたみたいでこの世代になると、日本より欧米の影響を受けていますからねぇ~(^^;)ある意味で、頭を下げる「お辞儀」は御免なさいと同じポーズなのですね…彼女はハグでいいじゃん!って思っているみたいですが、それは余程親しい関係でないと日本人はしないしスキンシップは精々握手ですが、それすらもネバネバ総理は出来ていませんでしたからねぇ~。日本人は「シャイ」一番いいのは「合掌」かもしれないと最近思いつきましたCKBの剣さんはステージで「合掌」するのです。私も最近は真似しています。彼女たちに、お願いしました「東洋一のサウンドマシン」の布教活動です滞在中はBGMにクレージーケンバンドを流しっぱなしでした。私はCKBと台湾のお陰で「覚醒」したのよ。此処のところの気付きは天から降ってきてるので剣さんの曲作りと同じ!?これはトーマスが🤫で持って来てくれた「台湾棗」みたいです。
2025.02.25
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市民の憩いの場「北大演習林」をご紹介します四季折々の大自然を感じられる知る人が知る、私達が大切にしている聖地です。バードウォッチングも出来ます。でも此処には厳しいルールがありますよ自然が主人公で人間は、お邪魔させてもらうだけです。大声や餌やり魚釣りは禁止!シャッター音だけでも鹿や鴨は逃げていってしまいます...今回は樽前山神社の境内で鹿も、沢山見られ「東大寺になりつつある」これは苫小牧市民の努力ですね。訪れる時は「サイレントモードで」お願いします。ヴァレリーとフィナは此処に住みたいって言っていましたが日本人のマインドを理解しリスペクト出来るようになったらね!
2025.02.25
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雪が少ないので車で北大演習林に移動。静けさと凛とした寒さと人の少なさに感動する二人...(これぞ北海道)インバンドゼロ地帯ですからねぇ。これからは苫小牧が穴場!苫小牧市長、スキーよりスケートで誘致して下さい。その後、苫小牧市を一望出来る展望台に...悲しいかな雨漏りがしているみたいです。今年は小雪で除雪予算が余っているのだからこういうところに税金を投入して早く直して欲しいものです。展望台からの眺めも最高です(樽前山もくっきり)そうこうしているうちに、弟のトーマスが来日、レンタカーを借りて我が家で合流早朝便で飛んで来たので、お腹ぺこぺこのトーマスです。お昼ご飯には鶏五目ご飯と豚汁を用意して食べさせました。良い食べっぷりで、お父さんのバリーさんそっくりの癒し系一言目に「ハッピーバースディ」と言ってくれましたよ22日が誕生日でASDがケーキを買って来てくれたのですが彼女らが翌日に来るので一緒に頂こう!とホールケーキを切らないでいたのです。トーマスの分を狙う二人にトーマスオンリーと意地悪ばあさん。「女子に優しく男は痩せ我慢の姿を可哀想と思った私」でも、これでいいのかも(笑)男は甘えさせちゃダメ!女に尽くす生き物!🧐私がリクエストした、お土産はトーマスが運んで来ました。無事に我が家に到着したトーマスは初めての冬道運転なので免許更新時に貰った「運転読本」をプレゼント「安全運転」してエンジョイしてね。明るいうちに目的地に到着する事や時間にゆとりを持つ事などetcお返しは私がお店をやっていた頃、お客様に出していた「国稀の鬼殺し」やっぱり北海道の地酒ですよね前回は栗山の田中酒造をセレクトしましたとても美味しかったそうで喜んでいただきましたよ。台湾の男性は本当に素晴らしいです!我が家のASDと比べたら天と地くらいの差娘のヴァレリーも👨👩を尊敬していて父親のような人と結婚するそうです。最高のファミリーと胸を張っていました。両親の結婚、出産が遅かったので、(台湾は晩婚です)歳なので心配していて毎日フェイスタイムで連絡をとっているそうです。親の側からしたら遅く出来た子供が心配なのを子供も理解していて子育ての努力が半端ないのと積極的に家事を担っている姿に感動しましたが父親そっくりのトーマスは最高のロールモデルを持っています。これから彼は兵役を経験しますから更に逞しく成長するでしょう!トランクルームに積み切らず後部座席にも荷物が...その後3人は富良野に向かいました。運転に気をつけるのだよ!婆は心配で日没前に到着するよう願って送り出しましたが時間通りホテルに到着したとフェイスタイムで連絡をくれました。よかった〜安堵。孫を心配する婆さんの心境を味わい立派な婆さんになった私!?
2025.02.24
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昨日、台湾からバラバラの飛行機で来日したヴァレリーとフィナ千歳空港迄、お迎えに行って1泊2日のホームステイ受け入れでした。此処のところメンタルやられてる爺婆、特に私の睡眠負債と食欲不振でちょっと心配だったのですが何とか切り替えて乗り切る事が出来ました。「台湾パワー恐るべし」千歳空港はインバウンドに占領されていました「アジア諸国」が圧倒的でアジアの経済の急成長にしかも「若者が圧倒的」昔のインバウンドはリタイア後の年配者が多かった印象ですが此処10年は圧倒的に若返っている印象ですね(特にスキーシーズン)だから尚更ですね「雪と氷」が目当て寒さもへっちゃらですからね。イミグレーションも大混雑、しかも彼らの荷物の量が半端ないのです到着してから1時間以上かかっていましたし、先に着いていたフィナは食事してマッサージしていたみたいで更に合流が遅れましたから年寄りには😓一人2個のスーツケース(4泊5日)ヤリクロの荷室に収まりきれず膝に載せさせました。私達は身軽に旅行するのがポリシーなのでアジアのインバウンドの荷物の量に唖然...何であんなに荷物が多いのか理解不能で都会の電車では迷惑に感じている人も多い。周りを見回しても欧米人はほとんど見かけません...日本人も3連休なのに少ないし...でも駐車場は「満車」で、どういう事?不思議です...千歳空港は完全にキャパオーバーでした今の状況では無理ですね。やはりLCCは地方空港に持っていかないとです。国土交通省、視察に来てみなさい地方空港に持っていけば赤字のJRも少しは潤うのでは?日本は「経済大国」としてアジアの国々に貢献して来たのですから今度はプライド捨てて、国民の為、この弱った経済を助けてもらわないと日本の若者が😢。今回、二人にも日本はもはや経済大国ではなく物価高」「高税金」「低賃金」で疲弊しているのだよと説明しました。安心、安全な「おもてなし」の裏では苦しんでいる人もいるのだと説明(富良野の話とか)そして今の日本人はインバウンドに対して十把一絡げで「中国人」とみている事も教え彼女らは理解していました。フロム台湾と言ってマナーを守るのよ!ってお節介👵は「心得を伝授」「孫は来てよし帰ってよし」の心境を味合わせてもらいました昨夜は「すき焼き」「ポテサラ」「家庭菜園の枝豆」「豚汁」「白飯」のメニュー。ポテサラが異常に人気でタッパー山盛りに作ったのですが「完食」今まで食べたポテサラNo.1お褒めの言葉を頂きました。「雪と氷」が有れば良い二人。氷柱でチャンバラ教えました。この後、樽前山神社で参拝。四季のある気候の中で八百万の神に感謝しながら生きる日本人のマインドも教えました。日本人は現世利益だけじゃないのよ!人のいない「穴場の苫小牧」の宣伝もよろしくねこれぞ、日本人のマインドこの標識に感動している私です。つづく。
2025.02.24
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娘が1歳半の時、地下鉄直結の大きなワンルームマンションに引っ越しました(賃貸です)「暗黒の13年の中、この頃が一番幸せだったかも。環境は最高で広い公園や広い部屋で滑り台がど~んとある部屋を走り回り祖父母の愛情を受け、私も専業主婦として料理や、お菓子作りを通じてママ友とも楽しく子育てを楽しめていました。苫小牧への行き来も高速を使えば「あっという間」です。父が車を買ってくれました私は18歳で免許を取得して自分の車も持っていたのですが札幌転勤時手放していたのです。やっぱり子供が小さい頃は車は便利です。ASDは相変わらずの道内出張の日々でしたから札幌と苫小牧を頻繁に移動する日々でしたが、元の職場からも復帰の声がかかっていましたし幼稚園に入ったらママ友に協力してもらいながら仕事に復帰しよう!と思っていたのです。2歳になった娘もやっと父親に対して愛着を持ち始めていました。そんな頃、私が娘を風呂に入れパジャマを着せて先に出してASDに「見ていてよ」と声をかけ自分がシャンプーしてお風呂から上がった時の光景は今でも脳裏に焼き付いています。ソファーで眠り込んでいるASDに毛布を持ってきて掛けてあって娘自身は何も掛けず大の字になって眠り込んでいたのです。10分にも満たない時間ですがショックでした。2歳児ですよ!目を離せない年頃なのに、たまに帰って来てこれかよ!(怒)どこでも、すぐ寝ちゃうASDですから緊張感ゼロなのです…今日は、台湾からお客様ですので、一旦「休戦」です台湾は私にとってのパワースポットですから「良い気」を届けてくれるでしょう。
2025.02.23
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母親は子供を身籠った時から母になれますが父親には学習が必要です子供の成長と共に父親としての役割を自身の父親をロールモデルとしたり反面教師にしたりしながら成長するものなのですがASDの場合は興味が湧かない事は「苦手」なのです子供好きのASDもおられるようですから個人差かも知れません。出産時も顔を見には来ましたが写真を撮る事もなく娘のファースト写真は同じ日に出産した隣のベッドの御主人が撮ってくれました。入院中も差し入れを頂いて肩身が狭かったです。アスぺは大学時代カメラが趣味で「写真部」だったそうですがカメラを持参することも無くちらっと見た後は出張です。子供に興味がない証拠です。退院は日曜日でしたが、その日は釧路で映画を見ていたそうです次の週も釧路というスケジュールでしたから...私は父に車で迎えに来て貰いましたが退院初日から札幌のマンションで孤独な子育てまるで「未婚の母」ですよ…本来であれば里帰り出産すれば良かったのですが婿に気を遣った母は札幌迄、毎日通って来るのですがお店もあって疲れているので昼寝に来ているようなもので母に家事をさせるのは酷と本来しちゃいけない水仕事も自分でやっていました。母は孫の顔を見に来るだけ…父は元祖イクメンでしたから親として心配だったのか母と交代で来ては何かと世話を焼いてくれました。孫見たさに...まだ現役で仕事をしていましたから早朝に娘の顔を覗き込んで襖をそっと閉めて帰っていくのです。ある日の事、襖が閉まった後に私の空耳か娘が発した初めての「なんご」は「じ~ちゃん」でした。この時の「じ~ちゃん」の声は父が昏睡状態の時に「時を超えて」届いたのです…一番、大切な時に何故か出来ないのも特徴です。どうでも良い時には的外れな愛情表現をします。大切の基準が分からないのです。「共感力」「想像力」の欠陥なので本人に悪気はないのですが我が家の場合私や子供には残念ながら興味が湧かなかったのです。興味があれば学習能力は高いのも特徴で子育てに協力するASDもいるみたいですね...別れた奥さんが怒ってましたがイーロンマスクなんて何処にでも子供を連れて歩いていますしね。父母は世間体を気にする人でしたから子供が小さいうちの離婚は避けたかったと思います。女は、子供の為に我慢するものとの呪縛もありましたし私の我儘で私に問題があるかも?父などはコミュニケーションを取らないASDに当たれば良いのに私に当たってくる事も有りましたから当時は努力が足りないのかと「自責するカサンドラ症候群」に陥り疲れ切っていました。ASDは私の家族と一緒のイベントや旅行は極力避けドタキャンしていましたが他人との「コミュニケーションが苦手」に該当していますね。私の家族と合わなかっただけで他の人となら上手く行ったかも分かりませんから「相性」かも知れないと思っています。酒飲みの父と下戸のASDでしたから(^^;)つくづく結婚は本人同士が良ければ上手くいくとは限りませんね...時には親子兄弟の縁を切るしかないような出会いがあるかも知れませんし結婚制度がフランスみたいに自由であれば良いと思うのですがね...夫婦別姓でも、揉めているわけで中々難しいですね。こんな話を見たり聞いたりしたら結婚に踏み切れなくなる?いえ、しない経験より経験した方が「良い人生」になる事は間違えないと思いますよ結果がどうあれ自分の人生は絶対に否定してはいけません。(キッパリ)
2025.02.22
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人間は、いつの時代も、その時の価値観に身を任せて生きるしかないのが悲しいところです多様な生き方を選択できる現代でも生き辛さを抱えている方は一向に減っていない訳ですが結婚しないのか出来ないのかでは大きな違いがあります。経済的理由は一因かも知れませんがその背景にある事にも真剣に向き合わないと少子高齢化の問題は解決しないかと…当時の「授かり婚」昔「できちゃった婚」は圧倒的に女性には「不利」優秀なる息子が北海道に飛ばされて変な女に引っ掛かっちゃったとアスペの家族は思ったみたいです。「親兄弟には良い顔したいアスペ」当時は電話代も飛行機代も高くて実家に頻繁に帰られでもしたら大変と思われたみたいです。アスペ両親からはウチはお金ないからそこら辺の神社で簡素にって言われましたホテル代をケチったのかアスペは実家ではなく兄の家に泊まりました。「浜っこ」の義姉からはアスペ義弟が札幌での一人暮らしが余程寂しかったのね。と面と向かって言われて‼️その時、義兄がおいおいと「ストップ」かけてくれましたが…結婚適齢期に転勤させる会社が悪い!と家族に話していたと思われます。この家族に「違和感」覚えない人はいないだろうと思いましたがなにせ身重の身…違和感抱えながらも我慢するしか無かったのですね。忘れもしませんが義兄宅に泊まり(ホテルに泊まるべきです)義理姉の前で私にお金を貸してと初めて言い放ったのです。(確か5000円)すぐ返してきましたがその時の言い訳が「飛行機代は自分が全部出した」でした。そして自分だけ何処かに遊びに行ったのです。今思うと、これは工作だったと思いますこんな態度ですから「悪い女に引っかかったのだよ!」と言っているのも同じです私の尊厳を傷つけた訳で、その後も彼の家族と良好な関係を結ぶのは無理でした。父は、この話を聞いて激昂したのですが何故か母に嗜められちゃいました。母はお気に入り婿が歳を重ねたら変わるからと父を説得、私はどうでも良くなっていました…結婚式費用は私の両親が全て用意してくれて盛大に一人娘を嫁がせてくれましたが結婚式の日、叔父に見抜かれました。私が嬉しそうな顔していないって…アスペは見せ物になる結婚式には乗り気ではありませんでしたし💰はないし給料も当時の私より安かったですからね。結納無し!結婚指輪はセレモニー用に買ってきましたが本人は金属アレルギーとの事でリング交換時、一度だけ嵌めましたが即外しましたし確かに無駄使いでした。リング代金より東京でのホテル代に使うべきでしたね!カーテンリングで良かったです。この最大なる「違和感」には、今考えると断固として対処すべきでした。この時も女は弱し、されど母は強しで我慢しちゃったのかも…ちょっと可哀想過ぎて自分でも書いていて辛くなりますが、もはや愚痴ではなく病気と理解し「アスぺの特徴」を書くのが趣旨なので不幸な女性を増やさない為にも…まだまだ、行っちゃうよ~。
2025.02.22
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出会いがあって結婚に至った訳ですが考えてみると「違和感」は沢山ありました一人っ子の私は、ちょっとクールな方が性に合っていたのかも知れませんホットな父親に疲れていた母が娘婿に求めたのはクールアスペだったのかも。出会いは、ワンルームマンションの隣同士の部屋でした本当は3階に入居するはずでしたが2Fが空いたので、その方が楽なのでは?との不動産屋さからの提案が有ったのです(エレベーターないし)3Fだったら接点はなかったと思います。ツレは私より数週間、早く東京からの転勤で住んでおりました引っ越しの日、ツレは私の母に最初に会っているのです私は階段で、すれ違った時に挨拶されています。今、ご挨拶に行って来ましたと言われましたら引っ越しを見ていたのかもですね...この時、母が盛り上がっていました。後から「この人と娘は結婚する」と思ったと名刺を受け取ってスペック高そうと思ったのでしょうね私は「大学生」?との印象でした。私より母の方が盛り上がっていましたからねぇ~お互いに25歳で初めての一人暮らし隣人としてのスタートでしたが昔の結婚適齢期の男女の出会いなんて「学校」か「職場」ですから隣人とは距離感が近過ぎで危険ですよね。 お友達関係が1年半くらい続きました。喉が渇いたら自分だけ自販機でコーヒを買って飲むとか、映画を観る時も私が他の映画観たいと云うとじゃあ別々の映画を観て行き帰りだけ一緒とか?だって女子はモンティ・パイソンとか見たくないよねその時は互いに無理して合わせるより良いかと思っていたのも変ですよねこの辺りの違和感は後に家族で外食する時に食べたいものバラバラで困りました子供に合わせられない親でしたからねぇ〜相模原の伊勢丹で揉めた事があります。娘も、拘りが強くて育てにくかったです(アスペかも)今ならネットで情報が溢れていますが昔は「ちょっと変わった奴」で許せたのよね...アスペは「早く東京に帰りたい」俺はこんなところで埋もれる人間じゃないみたいな道民を見下す発言が気になりましたね...東京人のプライドも鼻につきました。当時の札幌転勤は左遷イメージでしたから左遷させられた原因はそんなところかな?私はといえば職場ではストーカーまがいの男達にアタックを受ける日々で、疲弊していました。休憩時にどうぞとシュークリームやらパチンコの景品だろう!の「ぬいぐるみ」のプレゼント攻撃に😩当時はデパートのエレベーターガールとか美容部員は結構狙われたの。今、考えると食料を運んでくれるのですから「まとも」なアタックだったのかも女性の職場ですから居心地は最高でした。セクハラ・パワハラは全く無し!その前の職場が酷かったですから私にとっては理想の職場でした。当時、25歳の「クリスマスケーキ」の呪縛があったのも事実で親からのプレッシャーで焦りも...で、アスペに、お見合いしに帰ると言った途端「狼に変身」したのでした…因みにお見合い相手には会っていませんが彼は若くして、くも膜下で亡くなりました🙏どちらにしても男運は無かったのかもねぇ〜当時は「俺様男」が溢れていたし親が気に入れば、それで良いかなと全然主体性が無かったのもダメですよね。ちなみに理想の男なんてスクリーンの中だけでしたね。シリアスな話を面白おかしく心がけて書いていますがアスぺもカサンドラも平気ですから楽しんで読んでくださいね。これから結婚する若い人へのメッセージです。「お相手選び」根拠はなくても直感的「違和感」は正しいと思います。
2025.02.22
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「ASDとカサンドラ症候群」と目から鱗の事実に気が付き、つい盛り上がってしまいましたが「過去のトラウマ」が蘇らなければ淡々とした日々を送っていたかも知れない?いえ、振り返ってみたらマロンロスから5年、徐々にアスペが自己中心的になって来ていて特に環境が変わる旅行に行くと違和感を感じる症状が出て来ていたのです。薬がないアスペの治療には「オキシトシン」が効くらしいですが、なるほどです。再同居の10年間はマロンさんと接する事でオキシトシンが出ていたのですね…それがロス後、5年間で「枯渇」した!?カサンドラは結婚して初めてアスペさんとマロン・ロスという感情で通じ合い共感出来たのですがカサンドラは5年かけて回復して来たのにアスペさんが徐々にオキシトシン枯渇でアスペに戻ってしまっていたのです。アスペ傾向がある人には動物との触れ合いが大事!というお話でした。でもね、もう2度とあの悲しみには耐えられないから期間限定のパピーウォーカーでもする?体力あるうちに…こんな欠陥家庭では無理かな?(苦笑)家庭内別居をして、其々が食べたい時に食事を摂る様になったら私の体調が回復してきました。自分は、お腹が空かないのに3食の用意をして提供する生活にほとほと疲れていたのかも…胃腸の不調もあったのが「よく噛んでマイペース」で食べる事で解消したのかも今の私は3食は負担で1日2食でちょうど良いのです。アスペは早飯で、どんなに手をかけて提供した物もカップラーメンも「同じ」ですから…そして食べ物の事で違和感を感じさせる行動をするのも特徴なのです。私達の喧嘩は食べ物の事が多かった(過去ブログにも綴っています)「待て」をかけるなどが良い例で笑い話で済めば良いのですが…娘が小さかった頃、皆んなでシェアする料理の時は食べるのが遅い娘は食べ損なっていました私も外食時にご飯一口ちょうだいと言ったら平気で本当に一口だけくれたりするのですから悲しいですよね娘がのちに言っていましたが大学生の時、冷凍庫に入っていたアイスを食べたら怒られたって…カサンドラさんは「誰に対しても優しい」「自分を犠牲にしても人に尽くす」特性があります性格的に職業選択ではサービス業に向いています。仕事であればやりがいを感じ成功するでしょうでもアスペにだけは尽くしてはいけません。私は本当に真実を知るのが遅かったです。反省もしなければ学習も出来ません。まさに「喉元過ぎれば熱さ忘れるです」見返りを求めない男女の関係は本来、有り得ないのです太古の昔から男は食料を運び女は食べて子孫を残す、男女の関係性とはそういうものです。男は「痩せ我慢」でいて欲しい…それが嫌なら結婚するな!と思います。義母は感情を押し殺して「こんなところにお嫁に来たのだから仕方がない」とこぼしていました。小さな古い家で姑や小姑との同居生活で男の子3人を育て自分勝手で我が儘な夫に仕えた訳ですから本当に大変だったと思います。でも時々私にはチクリと「親の有り難みがわかったでしょう」とか「良い子に育てても今に変わるわよ、ウチの子は皆んなそうだから」とか変でした。アスペの息子には「夜泣きで眠れないでしょう!」と何故か殆ど家に居ないのに労りの言葉をかけていましたが男の子を持つ母親ってそうなのかな?でも「違和感」は感じていました。一方、私の生育環境は当時としては珍しい共働き家庭でしたし父は元祖「イクメン」で家事一般、何でも出来ましたから母は姫様で幸せ?でした。こんなに違う家庭で育った二人ですから、中々自分達のルールを決めていく事が難しかったのも事実今回、ツレのASDの診断がついてから初めてのルール作りをしています。診断は「セルフチェック」ですが、私もやってみましたが低スコアでした一方ツレは自らはフィルターかけたい気持ちもあったのでしょうがハイスコアを叩き出しました。本人は開き直って?アスペと認めています。面白いですね…何故かホッとしている?ジョブスやイーロンマスクと同じですから喜んでいる?今更、過去は変えられないし暗中模索の日々ですが其々にあった環境が大事ですね。みきみぃさんが変に共感して敵を作る危険は避けなければいけないとコメントに書いてくださった事心当たりがあるので肝に銘じます。アスペとカサンドラ有る有るなので。
2025.02.21
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先進国ほど少子化が深刻なのは単に経済的理由だけではない様な気がします。実際、貧しい国ほど人口は増え続けていますし...経済がうまく回っていた時代のお話から始めようと思います「昭和」ですその昔、3高という言葉が流行りましたが女性の就職活動自体が婚活だった時代です。多くの女性の就職が「腰掛け」で「寿退社」で家庭に入り専業主婦として夫や子供を支えるどの国も男尊女卑の時代を経ていますが私の祖母の時代は「女に学問は要らぬ」の時代。その孫の世代の私は流石にそんな事は有りませんでしたが新しい価値観が生まれてきた世代でもあります。「ニューファミリー」という夫婦➕子供二人の平均的家庭が「理想」とされた時代其処には爺婆は邪魔な存在として認識されていたような?田舎の親は苦労して子供を都会の学校に送り出し見捨てられました。親が子供を育てる事は当たり前で見返りを求めちゃ駄目という風潮も後押し「子供に迷惑をかけたくない」某保険会社のCMが物語っていますね。24時間戦えますかの時代の夫は「仕事」が全てで遊びも自由の中専業主婦は当たり前の様にワンオペで家事育児に奮闘何不自由なく食べさせて貰っているのだからと自身に言い聞かせながら自分自身の評価と成果は「夫の出世と子供の成績」という歪な罠に嵌まった人を見て来ました。その結果が一部、今の日本社会の諸々の問題を生み出したのかも知れません不登校・いじめ問題・引き篭もり等です。この時代でも共働きで仕事をしながら頑張ってこられた方やシングルマザーで立派に子育てをされて来た方もおられます。子供は親の背中を見て育ちますから一概にどんな家庭が理想とは言えません親を反面教師にして立派に大人になっている方もいますからね。調べてみたら「カサンドラ症候群」で苦しむ側にも問題はある訳で自己分析して行こう!稀にはASDと上手くやれている方も存在しているし「相性」なのかも知れませんから断言はしません。今なら結婚前に自分とパートナーのASDチェックをしておく方が確かだと思うのです。私が経験してきた事を自己分析しながら、このカテゴリーで書いていきたいと思っています。全然参考にならないかも知れませんがそろそろ自分史としても記録しておきたいだけ?興味がない方はスルーして頂いても構いませんし共感しなくて全然OKです。
2025.02.20
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今年は次々と花をつけてくれているカラー去年、鉢の土を替えてよかったです。こんなに花を沢山つけてくれました。北西の角部屋で日差しはレースのカーテン越しで室温は16〜18度位かな?きっと居心地が良いんだろうなぁ〜人でも花でも環境というか居心地は大事ですね其々が居心地の良い環境で花を咲かせられる社会であってほしいものです一言で言えば「適材適所」これが一番難しいのかも知れませんがねぇ〜。カラーって凛としていて上品で大好きな花ですが切花にしても持ちが良い。今年は雪が少ないです心穏やかに過ごせます様にとお参り散歩。遠くにくっきり日高山脈が見えました。
2025.02.19
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尻切れトンボになったので続きです。動物の持つ不思議な力で10年間は平穏でした。マロン亡き後の5年間は、お互いに負った傷を共有しながら老いを受け入れ静かに暮らしていました。側から見たら、一緒に旅行に出かけたり仲良し夫婦に見えたでしょう…やっとマロンロスから抜け、冬季鬱も今年は大丈夫と思っていたのです。元々趣味が似ている事もあり「友達としての相性」は悪くはない関係性です大きな出来事やイベントも卒業した老夫婦ですし話し合い、解決すべき事も少ない生活…共依存で足りないところを互いに補い合いながらの静かな生活でした今回の件は、ある意味で病んでいるツレの友人が引き金を引き「PTSDとトラウマ」で勝手に発症したという事なのですが自分の中では妙にスッキリしたというかツレ本人も今回は納得したのです。そういう意味ではツレの友達に感謝しなければなりませんね彼も生き辛さを感じながら孤独を抱えている訳ですから。そして今までは、お互いの問題に真摯に向き合えなかった(病気と認識できていなかった)さて、これから先なのですが、どちらも今のまでではダメで変化しなくてはいけないまず一緒に居る時間を極力少なくする。食事は私が食べたい時に食べたい物を作る。ツレは「買い物」から訓練。料理レシピはネットに溢れていますし複数のタスクをこなす訓練にはもってこいです。建設的じゃない話以外は話さない。基本、相手に何の期待もしない。アスペに悪気はないのであればカサンドラが楽になる「ルール作り」をすれば良い。たとえ治らなくても努力と学習は出来るはずです。何処ぞの総理のように「ねばならない」は省きます!以上、距離を保つ事で心の平穏が保てそうです。非常に参考になったサイトがあります。2024年4月17日「夫に発達障害があり、上手く関係が築けない…」soar-world.com <http://soar-world.com/>
2025.02.18
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カミングアウトしたからには、冷静に自己分析もしなくてはと思っています考えて見たら原因が分かった事でスッキリした事は確かでした。モヤモヤ感を持ちながら41年の結婚生活(14年は別居生活)を送れたという事は事実カサンドラにも心に問題があった訳で、そういう自分にないものをアスペが持っていて惹かれていたのかも知れないと思いました。見切りをつけながら大変な時に役に立たない、側にいない、を繰り返す訳ですから夫や父親としては失格なのですがカサンドラにもタイプがあって「早々に離婚を選択してやり直す」これで上手く行くのがベストなのですが、子供がいたり経済力がなかったり、自己肯定感が低くかったりすると離婚に踏み切れない。そのうちに、モヤモヤして自分が頑張れば、我慢すればでやり過ごしているケースが殆どかも。真面目で頑張り屋さんが多いのも特徴です。ここは私と違うかもしれません...元々が他人に尽くすタイプの性格だと(これがカサンドラの特徴で問題)こちらが求める反応がないと(感謝の言葉や共感)相手がアスペじゃなくても勝手に傷つくのですが他人なら許せるけど家族は許せないって思う所もカサンドラなのです。この辺は生育環境や親子の関わりが影響してきますから人は人と割り切れば解決出来る?要は「自分軸」をしっかり持って限られた人生を自分の為、自分ファーストで生きる事注意として感謝や共感力は素晴らしい特性ですから捨ててはいけません。実はその辺のところはツレとの再同居の時に十分理解をしツレを留守番に置いて「旅行」したり自分に御褒美を与えておりました。そしてマロンの存在は「子育ての再構築」でもあったのです人間の子供には興味がわかなかったツレもマロンには興味がわいたようです。マロンの存在によって、共に協力しあう関係性が出来たのです。動物は素晴らしい能力を持っています。人間の子供はセンシティブですが動物は、与えられた環境の中で己の存在感というか立ち位置で群れの役割を担うのです。そこで気付かされた事は多く私とツレの関係性を再構築したのかも?お恥ずかしい話、マロンの死で、初めてツレと共感出来たのです。続く。
2025.02.18
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ここ一週間、頭がフル回転してGoogleで調べまくり数十年に渡って感じていた精神的「違和感」の原因が分かりました。ネット上には「私とそっくり」の悩みを抱えた人が沢山いたのです。ただ性格的に強い女で自己肯定感強めの性格だったので乗り切ってきちゃった...でも、そのせいでパーソナル障害を発症してしまったかも?ツレは「アスペ」でした。そして私は「カサンドラ」と「パーソナル障害傾向」でも病名がついた事で「目から鱗」でスッキリしました性格なら矯正も出来たはずですが、いくら話し合いをしても解決出来なかった訳です。アスペは治らない!カサンドラは離れるしかない!此処数日「家庭内別居」を実践していますが「うろうろ」されるとイライラする 熟年離婚が増えているわけですね。日本人の昭和世代の奥さんを怒らせるオヤジは「アスペ」かも知れません近年は子供の発達障害にスポットが当たる様になって夫もそうかもと思い始めた妻がカサンドラに気がつき始めていますが正式名称の病気ではないみたいです。私は気がつくのが遅かった...アスペとの離婚は難しいそうです。しかし自分を守る為に心を鬼にするしかないのです。凄いタイミングで同じアスペのツレの友達が遊びに来た事がきっかけになりトラウマが蘇ってきたのです。ツレの友人も鬱では無かったのかも...40歳からの14年の別居期間が快適だったはずです。(一人で大奮闘して大変でしたが)その間、二匹の賢いゴールデンが支えてくれていましたからねアスペは、とりあえず目に入らない所に隔離していますがチョロチョロつける薬がない病気と分かったからには、どう対処していくか思案中です。もう、何十回と「爆発」を繰り返してきた訳ですからね...老後に👵が弱った👴を殺す事件がありますが単なる介護疲れでは無いのかも悲劇を招かない為にも皆んなで、お勉強しましょう。自分とツレを客観視ししながら出来るだけ冷静に対処していきたいと思っています。飛んだ「カミングアウト」ブログになってしまいましたね。ネット上には自己診断出来るサイトもありますので「自己チェック」されて見てくださいそして、お悩みの方がおられましたらコメントして下さい。
2025.02.17
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65歳迄はたとえ給与が減額されたとしても雇用は維持されている日本社会。その年齢になれば年金も満額貰えて何とか慎ましく暮らせば生活費は賄える?我が家の場合は食費と光熱費と保険・税金で右から左に消えていきますが恵まれている方と思い不満は持っていません(日本人の平均年金額です)現役時代の働き方によって個人の年金額は変わりますから何とも言えませんが生活に不足する分は働かないと生活出来ない方々もおられると思います。高齢者を雇ってくれる所は、そう多くはないですね。特殊なスキルや資格を持っている方なら大歓迎されるのかも知れませんが...一般的には、なかなか難しいです。20数年前から「介護職」が受け皿として、あちこちに出来始めました資格を取ってヘルパーの仕事や送迎のドライバー等で活躍の場を得るシニアも沢山出てきました。最近の事情はよく分かりませんが年齢を偽り送迎ドライバーを続けて事故を起こす高齢ドライバーとか出始めて問題になったのも記憶に新しいです。年齢は記号でしかないと思いたいですが現実は厳しいです先日のツレの客は白髪で面接を落とされまくり髪を染めたら受かったそうです「やっぱ、見た目かよ」と思いましたが本当に白髪が原因?って思っています祖父の時代は確か50歳で定年を迎えていたしその後55歳になって父は60歳でした。私達世代が65歳、その下の世代は70歳になっていくのかしら?企業としては若くて元気の良い人を雇いたいのが本音ですよね...白髪を染め、カツラを装着し健康寿命ギリギリまで働く社会の到来ですね。CKBの剣さんは「死ぬまで現役」を目指しています。やっぱ、これからの時代は自営業が最強かな?確定申告の季節「インボイス制度」が始まったお陰で今年からカードリーダーも必要なくなってPC・スマホで「青色の電子申告」が出来ました。ツレが悪戦苦闘し5時間位かかりましたが粘り勝ち!諦めてはいけない!尻を叩くだけの我
2025.02.15
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「カサンドラ」Netflixで配信しているドイツ制作作品です。おそらくですが「カサンドラ症候群」を暗示しています。物語は1970代と現代を行ったり来たりするのですが...如何にもドイツの怪しい研究所で研究者として働くアスペの夫とワンオペで家事と育児を完璧にこなす献身的な妻。そして夫の裏切りと息子のイジメや夫の研究に協力したが故の流産と自分の癌になるのですが、死んでもなお家族が気がかりで研究者の夫に家事ロボットにしてもらうという何とも奇想天外な内容。この家自体が「スマートホーム」でロボットが全てを仕切っているのですがやがて再婚した夫と子供を車の事故に見せかけ殺すのです(怖)で、現代まで「廃屋」となっていたのですが物好きな新しいファミリーがこの家に引っ越して来てロボットを再起動してしまうのです...(ネタバレになるのでこれ以上は書きません)この映画のタイトル「カサンドラ」は「カサンドラ症候群」から来ていますね。まだ、日本ではあまり知られておりませんがアスペルガー症候群の家族と暮らしている多くの妻が陥ってしまう病気ですこのアスペルガー症候群という病気が認知され始めたのも近年の事ですし軽いグレーゾーンの人は恐らく相当数存在しています。「人の気持ちが分からない」「空気が読めない」なんて日本の男には、ごちゃまんといますからねぇ〜そんな輩に「献身的に尽くす妻」が陥るのが「カサンドラ症候群」なのです「尽くしても尽くしても報われない」「感謝されない」そのうちに心身の不調が...往々にしてアスペは頭がよく社会的地位も高いから周りからは「我儘な妻」として映るのが悔しくて不満も漏らさない...興味のある方は御自分で調べてみてください。ちょっと前に日本では熟年離婚が増え始め「夫原病」として認知されはじめました因みに軽いアスペでも治りませんから離れるのが一番だそうです。
2025.02.14
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さっぽろ雪まつり最終日に「大雪」が襲ってきて千歳空港が大混乱になったそうです。実は「大雪」だけの問題ではないのです。最近のインバウンド旅行者がLCCに乗って押し寄せているのに滑走路の拡張も無しでキャパオーバーで大混乱(国土交通省、何サボっているのよ!)トヨタの型式不正なんかで重箱の隅突いてんじゃないよ!台湾の桃園空港なんて第三ターミナルまで建設中ですよ!羽田もキャパオーバーだし成田に至っては今だにハブ空港でもない...海外からのLCCは地方空港に持っていけば地方が潤う!!旭川、函館、釧路、帯広、女満別、他にもあったと思うけど...スピード感を持って仕事して欲しい!!国会で議論するのは前向きな事だけにしてほしいと国民は思っています、最近、トランプ大統領のスピード感に小気味いいなぁ〜と感心しています。プラ・ストローを復活!紙ストローは私も大っ嫌い!!たとえ小さな事でもドンドン変えていくって「イィ〜ネ」日本もレジ袋復活!進次郎の家の犬のウンPどうやって拾っているの?プラスティック袋でしょう!すでに写真に撮られているから間違いない!それから美瑛の丘が大変な事になっているそうです。レンタカーで押し寄せるインバウンドが写真を撮りにきて(それも並んで人が写り込まない様に)お陰で地元民の生活道路が麻痺しているって言うじゃないですかそんなの放置している地元も地元だけど「知事」も仕事して欲しいものです疲弊している地方創生の為に仕事をするのが「首長」です。
2025.02.13
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何とも痛快な映画でした。(Netflixで配信しています)グレイス&フランキーのジェーンフォンダとリリートムリン主演私がネトフリで最初にハマったのが「グレイス&フランキー)でした。アメリカ女性は、お婆さんになっても最強で素敵こんな素敵な、お婆さんになろう!正にロールモデルです特にフランキーが好きです。そのフランキー役「リリートムリン」85歳がユーモアーがあって素敵なの元々がスタンダップコメディ出身だそうです。芸歴は半端ないですねジェーンフォンダは紹介するまでもありませんが87歳で二人とも凄い!の一言です。Moving onは大学時代の3人仲良しのうちの一人の死から始まるのですがこの女性同士の絆が強くてLGBTやセクハラ、パワハラの話も出てくるのですが何とも「痛快」で面白かったです。当たり前のことですが妻や母や祖母の前に「私個人」があるのですよね。歳を取っても「個人」だった時代を忘れない、って大切な事と思い出させて貰いました。女性は強くて柔軟で素敵です。
2025.02.12
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昨日、駅迄ツレの友達を送った後「ドンキ」に行きました。バレンタインが近いからか「リンツのチョコ」が売っていました(税抜き1980円)中身は少なくなっているけど円安だし仕方がない田舎町では見かける機会がない「リンツのチョコ」ですから「自分にご褒美」で買いました!疲れを癒すには「チョコ」ですが健康のため1日一粒だなツレには食べさせたくない全部私のものです。
2025.02.11
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しばらくブログの更新をお休みしておりましたが何処かに出掛けていた訳ではありません。ツレのオタク友達(音楽業界)が二日間、我が家に遊びの来ていて3食の「飯炊き」接待係で忙しかったのです。空気の読めない「オタクオヤジ」の「おしゃべり」に疲れましたよ。際限ないマニアックな会話...主に音楽、映画、小説の話なのですが一般的ではないオタクが好む「そこかよ!」っていうマニアックな内容ですからねぇ〜二日間喋り続けてましたよ本人達は好きな話題だから疲れないのでしょうが...聞いている私は疲れた〜お前ら中高生かよ!「風呂入れ」「早よ飯食え」「早よ寝ろ」まるで「おかん」ですよ!でね、対して感謝もされず嫌味に「我が家の評価は?」って聞いたら100点だって私の、お客の評価は盛って30点かな「類は友を呼ぶ」私のツレの評価と同じ
2025.02.10
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数年に一度の大寒波が日本列島を襲っています。昨日までは積雪ゼロで帯広の積雪量を見て「ここは天国」って思っていたのですがねぇ〜今朝は重たい雪を横殴り吹雪の中、午前中いっぱいかけて除雪しました(途中でブランチ)苫小牧は10〜15センチかな?吹き溜まりは20センチ以上ありましたが...それでも「宝物の雪」と思いながら丁寧に除雪、排雪に励みました明日は筋肉痛かな?今年は楽していますからねぇ。ツレは今、やっと終わって家に入って来ましたよ(今日はグッドジョブ)朝起きたらこんな感じだったそうです。(私は8時半まで寝ていました)
2025.02.05
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北国生活者にとって迷惑でしかない寒さと雪...冬場は「除雪と凍結」で家を空ける事もままならず爆上がりの光熱費に頭を悩ませ時には「命の危機」にも晒される「冬」オーバーツリズム問題も、ごった返している観光地から過疎地域に引っ張ってくる事を考えるべき時に来ていますね。地方の日本人が発信するべき時が来ています!世界中、都会と言われているところは高層ビルばかりで何処も同じ風景なのですから田舎こそが「その国の特徴」を一番強く感じられる所だと思います。官民一体でやる事は税金の無駄遣いになる事が多いので個人的には反対です。初めは小さな事からで良いのです。コツコツ発信して世界中から注目を浴びてやるぞ!と思う若者が出てこないかしら?「俺に投資しろ!」って剣さんの歌の歌詞じゃないけど私も30年若かったら、そんな「夢」を持って叶えたかったかも...「雪と氷と寒さには無限の可能性が秘められています」今、日本人は本当に苦境に立たされていると思います。この30数年間、上がらない給与とゼロ金利と知らない間に上がっている「税金」とここに来ての「物価高」キャベツの高さに、ため息が漏れます。スーパーの売り場では悩める消費者が立ち止まり買おうか買うまいか躊躇している姿が...高給取りの政治屋や天下り官僚にはこの国民の苦しみは理解できないでしょう。今朝も灯油の配達をお願いしたのですが先月より1ℓ当たり4円上がっていました...1ヶ月の灯油代が43000円ですよ電気代も爆上がりしています光熱費で7万、食費で7万、諸々税金で7万とくれば年金は瞬く間に消え去ります。もちろん、年金だけで暮らせない事は理解しておりますから現役時代から「老後の蓄え」をする訳ですが今の現役世代は私達の頃より「天引き」が多くて本当に大変です。年金も当てにならない、老後の蓄えもままならないと来たら「夢も希望もない!」慣れない投資を勧められ、何だか分からないうちに大損も有り得ない話ではない...財務省の前で「デモ」が起きているそうです(やっと立ち上がった日本人有志)なのにオールドメディアは全く報じていません昨日、私を癒してくれた「ワンコ」「白髪の同士」すっぴんで失礼しました(もうどうでも良い)コロッケサクサクで美味しかった〜あの、氷の中はこんなんです。
2025.02.04
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アクティブシニアを目指している今日この頃ですが、お出かけしなきゃ!今年はとにかく雪が少ないので「楽」毎年こうだと良いのですがねぇ〜。今日は、10年ぶり位に「支笏湖氷濤祭り」に行って来ました。前回はマロンさんと一緒でしたがワンコもOKな有り難いイベントなのですが「良い子」が条件!わんわん五月蝿いのはいませんでしたよ珍しい真っ白のイングリッシュ・ゴールデンの3歳の男の子と戯れさせて貰いました。インバウンドが6〜7割かな?昨年は中止だったとかで今年は力が入っていましたよ!支笏湖の水は透明度が高いので汲み上げた湖水を吹きつける事で氷が「青いオブジェ」になるのです骨組みは木や枝とネットです。夜はライトアップされるのでより幻想的ですが日中も中々素敵。帰りは国民休暇村の♨️に入って温まって来ました。
2025.02.03
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沖縄返還から程ない頃、父は一人で頻繁に沖縄旅行に行っていました。何故か?彼女がいた?今となっては死人に口無しで分かりませんが...で、毎回「お土産」を沢山買って来てくれるのです。「牛肉」「スパム」形として残っているのが、この「琉球ガラスの花瓶」です。使い勝手が悪いので(どれも一輪挿し)出番が無かったのですがカラーにぴったり合うではないですか!今年は花をつけてくれています。琉球ガラスの花瓶で父を偲びながら...
2025.02.02
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その昔「すみれ」と呼ばれていた頃を知っている人は少ないと思いますが最近は「純連」(じゅんれん)の焦し醤油ラーメンが有名ですね。ちょっと調べてみたら初代の女性店主が昭和39年に創業し病気療養後店名を「すみれ」から「純連」に変えたそうで初代の息子さんが現在もその味を引き継いでいるそうです。私が札幌在住だった頃は中之島のお店と平岸のお店の両方に行っていた記憶があります。最近は札幌に行く機会も減っていて、あの「焦し醤油」食べたいなぁ〜って思っていたのですが何と「スーパー」でも買えるではないですかもやしとコーンと玉ねぎを炒めて自家製ベーコンを焼豚の代わりにトッピングう〜ん、懐かしい味札幌ラーメンは「味噌味」が有名ですが純連の「焦し醤油」は別格の美味しさです次回はマロン号をぶっ飛ばして、お店の味を味わいに行かなくては。
2025.02.01
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