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2025.06.07
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カテゴリ: 読書記録






2025年6月7日、大衆明治史-下(菊池寛/著)読了。


奥付を見ると2022年2月28日第1版第1刷発行で私が手にしているのは2022年4月1日第1版第4刷発行だから人気だ。図書館でもかなり待った。所蔵数が4冊もあるのに現在でも101人も待って居る。私が予約したのは去年の6月14日で約1年かかって手元に来た。

この本自体は最近の本だが、菊池寛が昭和18年に「大衆明治史 国民版」として出版したのを漢字や仮名遣いを現代のものにした復刻版だ。「大衆明治史 国民版」自体は先の戦に敗れた後のGHQの焚書で抹殺された。


日清戦争後の三国干渉で力のない国は外国にいいようにやられてしまうことを痛感。清がもう一度盛り返す可能性もあるし、ロシアが眼前に迫ってきている。そこで、川上操六だ。川上は薩摩出身だが、当時藩閥政治と言われた世の中で藩閥に拘らなかった数少ない逸材だ。帝国軍は西郷隆盛・大村益次郎がその基礎を築いたが、それに続いたのが川上であった。日清戦争終了時の陸軍は6個師団だったのを川上は倍の12個師団にしたが、師団の規模を2倍にしたので実質は24個師団にした。川上は諜報の重要性を認識していて、明石元二郎少佐を自ら4ヶ月にわたり直接指導して欧州へ派遣してロシア革命へと導かせた。

日清戦争で日本が圧勝したことで、「眠れる獅子」とか言われていたが、見た目通り弱いことが分かったので、欧州各国が遠慮なく侵略を始めた。そして、米国までもがそこに加わって支那大陸は列強の餌食となった。

義和団事件で北京に閉じ込められた日本はじめ外国人達は牙城で苦汁をなめたが、それを救ったのが日本軍だ。北京解放で西太后は西安へと逃走し、その後に起きたのは、各国の組織だった略奪だ。仏・露・英・独が本国へ送り博物館を現在もにぎわして物議を醸た。そこへ行くと日本軍は一切そのようなことをせず略奪を防ぐ側であったし、背嚢検査までして軍規を保った。物を略奪しただけでなく、女性を凌辱してその後殺害た。特に露・仏軍が目に余り、日本軍に助けを求めて日本軍が治安維持に奔走する始末だ。この機に乗じたのがロシアで、北京牙城の各国うるさ方が全滅するのを望んでいたし、騒ぎに乗じて満州に入り込み、事件終息後撤兵するとの約束はどこへやら、そのまま居座ってしまった。極東に大きな権益を持っている英国としては看過できないことで、これが日英同盟への一因だ。

対露強硬論と七博士と題して、東京帝大の7博士が登場したり、陸海軍少壮の活躍などが出てくるが、最後に、桂や伊藤が、日露戦争に於いて、よく官民を指導して、渾然とした国内体制を以って、戦勝の栄誉を得たと称賛する者が多いが、実はこれらの立派な団結は、上から命じて出来たものでなく、国民の間から盛り上がった溌刺たる組織であったことを、今日われわれは充分に反省しなければならぬ。日本は戦勝への見通しがあったのか、戦費を賄っていける見通しがあったのか。戦費については内債と外債で何とか手当てをした。しかし、海軍も陸軍も五分五分がいい所で、途中でどこかに仲裁をしてもらわねばならぬが、英は日本の同盟国で仏は露の同盟国で、露を焚き付けたのは独皇帝で、残るは米しかない。伊藤はルーズベルト大統領とハーバード大学の同窓で懇意な金子堅太郎を説き伏せて米国へ送った。児玉源太郎の評判が出てくる。陸軍で俊逸であっただけでなく、乃木希典が失敗した台湾統治の基礎を築き、政治家としての手腕も評価されている。

日露戦争が始まり、日本軍は上陸を果たし北上していくが、旅順攻略の第3軍はなかなか落とせない。有名な203高地での戦いは熾烈で、なんとか旅順港の見える場所までたどり着き高地から旅順港に逃げ込んでいたロシア艦隊を殲滅し、第3軍は奉天へと向かった。

次は奉天会戦。日露戦争の関ヶ原だ。露軍は兵隊・装備共に日本を上回っていたが、日本軍はそれを包囲戦で破ってしまった。露軍の完敗だ。

露軍は世界に誇るバルチック艦隊をウラジオストックへ向かわせたが、そのほとんどを日本海海戦で失い、講和へと向かわざるを得なくなった。

ポーツマス会議では小村寿太郎は奮闘したが叶わず、小村は講和決裂の腹だったが本国の意向で南樺太だけで賠償金なしで講和成立となった。しかし、帰国したら、なんと、折角得た満鉄の権利をハリマンに売却すると聞き激怒。各方面に働きかけて売却中止にした。日露戦争で日本が勝利するとはどの国も考えてはいなかったし、ロシアの南下は抑えられたが、支那を狙っていた諸国にとっては今度は日本が邪魔となった。朝鮮統監の伊藤博文を後藤新平が説き伏せて、大アジア主義を実現すべく、まず伊藤がロシア蔵相ココツェフと会談するためにハルピンに向かったが、ハルピン駅到着時に凶弾に倒れてしまった。明治に成って半世紀にも満たないのにここまで来た日本というところで終わっている。














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最終更新日  2025.06.07 22:47:01
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