ブックアドバイザー木村綾子の日々の徒然

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2014年01月14日
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わっしーの著書を久しぶりに読みました。
今回は『 語りきれないこと 』。


東日本大震災以降、どのように当事者は傷をおぎない、その周辺の人々は支えていくかという話です。タイトルは「語る」という言葉が入っていますが、内容は「語る」というよりは「聴く」。
わっしーが常に訴えていることでした。

東日本大震災の被災者となった大人は周囲の人とそれを語ることで、傷を時間かけて浅くしていくことが可能ですが、大人そのものがまず語っている状態ですので、大人の支えが必要な子どもまで実は手がまわっておらず、子どもこそ、聴いてあげなければならない存在であるということを指摘していました。

つまり、子ども達に語りなおしをさせ、その先を言葉で編み出すことが子ども達の心の傷を補う方法だとおっしゃっているのです。
子ども達はそのように語りなおす場所がないと、案外黙って胸のうちにためてしまい、それがずっと心の棘になってしまうと。

確かに大人は周囲の干渉なしにそこそこ行動でき、誰かと話すということが可能です。

震災がなくても、その行動は大人と比べかなり制限されたものになってしまうのですから。

こうして震災から約3年。
まだまだこのことについては語りきれていないことを読んでいて痛感します。

また、子ども達の「語る」ということについて、東日本大震災とははなれますが、このようなことも書かれていました。
今子ども達の間では、語彙が貧困になっているということなのですが、わっしーはこのように解釈しているのです。
引用します。



あるいは「うざーい」という語感が共有されていて、多用な意味がそこに込められている。「カワイー」という言葉に、ありとあらゆる意味が込められているように。どんな場合でも「カワイー」と言うのと同じで、「うざい」にもいろんな心の装と感情がある。とてもシンプルな言葉で表現するのは、うざいという言葉の肌理に共振できて、すっと腑に落ちるところがあるのかもしれません。音楽が、歌詞の意味ではなく、音そのものが我々の心を静めたりあおったりするのと同じように。(p86~87)


言葉を音として、しかも共振するという発想。
確かに、この言葉を発信する子の多くが、何かしらに悩みを抱えている思春期の子が多いという印象をもちます。
この短いセンテンスをプラスとして捉えるということ。

子ども達に送る視線にとても温かさを感じましたし、自分自身もその輪に一度加わって共振してみようと思ったのであります。

あ~、時間がないので、これにて。



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最終更新日  2014年01月14日 07時53分20秒
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