ブックアドバイザー木村綾子の日々の徒然

ブックアドバイザー木村綾子の日々の徒然

2026年09月09日
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この日は、16日21:00~翌日の明け方まで歩くと言う夜間ハイクに参加。
と言ってもただ歩くというのではなく、戦国の武将明智光秀が本能寺で織田信長を討った時の行程を歩くと言うもの。
史料としても、夜間に明智光秀は亀山城を出発し明け方織田信長を討っているので、その時間に合わせたための夜間ハイク。



これから、謀反を起こすということで、集合場所の亀岡駅で兵糧を渡されました(笑)。



本当に謀反を起こしたのは、この方(↑)です。



左:亀山城大手門跡(現、亀岡中学校)。
右:かつての大手筋。

旧山陰街道を歩きます。




こちらは足利尊氏旗揚げの地でもあります。



山城と丹波の国境の樋。

その近くにある首塚大明神。



ここには、大江山の酒吞童子の首が埋まっていると伝えられています(右)。
源頼光と四天王がこの酒吞童子を討ち取り、首を都に持って帰る途中、この場所(老ノ坂峠)で休んでいたところ、子安地蔵から「首は不浄のため、都に用いらないように」という進言があったのを、無視して持ちあげようとしたら、全く持ち上がらずに仕方ないからこの場に埋めたのが首塚の始まりとか。

で、この首塚の前で休憩をとっていたところ(丁度日付が変わる頃)、数台の車がここで停まるではありませんか。
しかも、車道はここで行き止まりとなっており、そこから先は人が通れるほどの山道。
一体どうしたことかと思ったら、どうもこの首塚は心霊スポットになっているようで、そのマニアの方がやってきたようです。
恐らく、私たちの団体を見て、マニアの方々驚いただろうなー。
よっぽどこの時間帯にたくさんの人に出逢う方が、ミステリーですよねー(笑)。


ここでは、松明がどの位明るいものなのかということを主催者側が実験をしてくれました。
また、深夜の夜空がどれくらい明るいかというこを実際にこの目で見て、明智光秀はほぼ松明なしに本能寺に向かったのではないかという仮説を主催者は説いていました。

 ←老ノ坂峠

画像としては真っ暗で、光っているのは参加者のヘッドライト。



沓掛分かれ。

画面中央奥への道は山崎(天王山があるところ)方向への道。



桂大橋。
午前3:00頃。

 ←本圀寺跡(六条大宮)

1568年、織田信長の再上洛にともない、本国寺は室町幕府15代将軍・足利義昭の仮居所(六条御所)になっています。

そして、5:00過ぎ。
無事に謀反を果たします(笑)。



この建物の左側にある緑のタイルが本能寺の南西角に当たります。
この建物から左回りにぐるりと廻りながら住宅地を歩いて、もともとあった本能寺の敷地の広さを体感しました。

これらの建物よりも手前に本能寺の碑があります。



そして、参加者全員で記念撮影して解散となりました。

夜歩くことはほとんどないので、このようなイベントであればまた参加したいなと思います。

それにしても、この夜の道中、明智光秀は何を思って歩いたんでしょうねー。
本能寺の変がなく、織田信長が君臨してたとしたら、世代交代はどのように行われていたのか、久しぶりにそんなことを思ったイベントでした。


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最終更新日  2026年09月09日 06時43分59秒
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