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久しぶりにEvernoteに文章を綴ります。絵の苦手な私には文字で描く白いキャンバスです。今、レイチェル・チャンさんがパーソナリティーのJ-WAVEのランデブーというFMラジオ放送を聞きながら書いています。 J-WAVEには一部の帰国子女や外国人の人脈があるようです。生活動線ならぬグローバル動線です。ローカル動線に閉じるしかない私の個人生活には良い刺激です。日本のメディア人の編集によるという但し書き付きでコンサバティブなあるいはオルタナティブな外国情報が多 く聞けます。 でもそこで既成の言葉や人の解釈を自分の言葉に置き換える作業は知的で楽しいものです。それが即ちコンサバティブに対するオルタナティブな精神なのでしょう。 レイチェル・チャンさんのランデブーは私の中のオルタナティブな精神を刺激します。そこで初めてプログレッシブという先進性は確立されるのでしょう。そういう意味ではコンサバティブは必然としてボレロのようにオルタナティブの通過を繰り返す訳です。 ですが精神文化と物質文明の中で変わる部分と変わらない部分があるはずです。その変わらない部分が人間としての種の証なんですね。 http://www.youtube.com/watch?v=vgpiJLAbSs4
2012.09.18
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Anytime anywhere we exist as anybody in the infinity without interval called now specially.Never sacrifice for anybody by anybody in democracy. 今というインターバルの特殊性を除けば、永遠の中では私達はいつでもどこでも誰としても存在する。 民主主義の下では誰も誰によっても犠牲にされてはならない。 http://www.youtube.com/watch?v=pPnbebRkllM
2012.09.09
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