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文化元年(1804年)芝魚藍坂にて創業し慶応元年(1865年)現在の銀座(当時は弥左衛門町)に店を移し190余年。お客様にお喜びいただける瓦煎餅をはじめ、あられ、かきもち、草加煎餅、和菓子の製造販売を致してまいりました。銀座松崎煎餅松崎煎餅うすやき 1575円東京五つ星の甘味処 1575円
2007年01月31日
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天保三年(1832年)創業、当初は「大文字屋庄三郎」という屋号だったが、万延元年(1860)に「亀屋」へと改称した。代表銘菓「御池煎餅」。株式会社 亀屋良永山村紅葉が厳選!ほんまもんの京都みやげ100 1600円【内容情報】(「BOOK」データベースより)紫野和久伝「西湖」、神馬堂「やきもち」、井沢屋「ガーゼタオル」、贈って喜ばれる名品を厳選。 【目次】(「BOOK」データベースより)第1章 家族に買って帰る、うまいもん(粟餅所 沢屋の粟餅/一和のあぶり餅 ほか)/第2章 ご近所や会社の人も喜ぶ、センスのいい手みやげ(亀屋良永の御池煎餅/甘泉堂のとりどり最中 ほか)/第3章 大切な人、お世話になった人へ贈るなら…(植村義次の洲浜/老松の夏柑糖 ほか)/第4章 私がほしいもの、友人に贈りたいもの(甘春堂の茶寿器/菊水の笹巻麩 ほか)
2007年01月31日
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ダロワイヨ社は、200余年の歴史と伝統を持つフランス菓子と高級惣菜の老舗です。その創業は実に1802年、ナポレオン王朝時代までさかのぼります。当時の名士たちは、ダロワイヨならではの美味・味覚を味わうために、欧州各地から集まってきたものでした。以来ダロワイヨは、食卓芸術の手本としてその地位を保ち続けてきました。DALLOYAUマカロン12ヶ詰 2100円パティシエからの贈り物 1260円【内容情報】(「BOOK」データベースより)ケーキがもっと好きになるフォト&ガイドブック(マップ&解説付き)の決定版。おいしいケーキが、貴女を至福の瞬間に!隠れた名店のパティシエの熱い思いが、この一冊に凝縮。逸品を今すぐ味わいたい!そんな貴女への贈り物です。 【目次】(「BOOK」データベースより)東京23区(ホテル西洋銀座ケーキショップ(中央区銀座)/ダロワイヨ(中央区銀座) ほか)/東京都下(パティスリーミディ(東京都狛江市)/プレ・ドゥ・ラ・リヴィエール(東京都狛江市) ほか)/神奈川(パティスリー・アン・プチ・パケ(横浜市青葉区)/ベルグの四月(横浜市青葉区) ほか)/千葉・埼玉(アトリエ・ポン・ヌフ(千葉市中央区)/ゴット(千葉県市原市) ほか)
2007年01月30日
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創業寛永3年、唐津市四季おりおりの美しさにめぐりあうよろこび。和風の情趣豊にたたえた名菓。大原老舗は、味の風物詩をとりそろえ、皆様のご来店を心よりお待ちしております。文禄の役後、高麗から陶器といっしょに渡ってきた文化のなかに焼饅頭がありました。大原老舗 http://www.oohara.co.jp/【佐賀土産】松露饅頭(24個入り) 2000円
2007年01月30日
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明治維新の前年にあたる慶応三年(1867年)。宇和町の商家に一人の巡礼が現われ、 一夜の宿を請いました。主はこの旅人を手厚くもてなしたといいます。巡礼はその礼として主にまんじゅうの製法を教えました。そのおいしさは評判を呼び、主は巡礼を日頃信心している山田薬師が姿を変えて教えてくれたと信じ、その年に「山田屋」の屋号で店を開きました。それが現在に伝わる「山田屋まんじゅう」となったといわれています。株式会社 山田屋 http://www.yamadaya-manju.co.jp/松山銘菓 山田屋饅頭小箱 0929祭10 630円
2007年01月30日
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京懐石 山ばな平八茶屋、若狭街道(鯖街道)に面し、茶屋として天正4年(1576年)に創業。江戸中期に萬屋(よろずや)を兼ねた麦飯茶屋、その後、宿屋を経て料理屋を営んでいます。幕末には新撰組の切り込みに巻き込まれるなど歴史的エピソ-ドが数多く、壬生狂言では「洛北山鼻といえば平八、平八といえば山鼻」と演じられています。夏目漱石や徳富盧花の小説にも登場し、京の風情ゆかしい料亭として広く知られています。 株式会社 平八茶屋 http://www.heihachi.co.jp/創業430年。数々の文芸作品に登場する、京の老舗料理旅館「山ばな・平八茶屋」むぎとろ饅頭3675円京都老舗百年のこだわり 1575円昭和24年、京名物の復興をはかるため、100年以上の歴史を誇る老舗が集まって発足させた「百味會」。その同人の中から5軒が登場。ふだんは表に顔を出さない主たちが、伝承のものづくりに秘められた奥義を語る。この老舗に学べ! 1470円【内容情報】(「BOOK」データベースより)100年、200年と続く老舗にはマニュアルを超えた教育がある!「老舗」の人材育成、人材活用、教育を徹底取材。いまこそ「古き良き時代の経営スタイル」に学べ。 【目次】(「BOOK」データベースより)序章 老舗に学ぶ、人を生かすキーワード/第1章 「らしさ」の教育―壱番館洋服店/第2章 当たり前のことを徹底的にやる―山本屋総本家/第3章 時代に迎合せず、時代に必要とされる―京都山ばな平八茶屋/第4章 顧客に媚びない商い―ギンザサエグサ/第5章 茶道の心を活かす教育―竹葉亭/第6章 「伝達」教育の徹底―銀座くのや/第7章 人の専門化を指向―田中直染料店/第8章 革新があってこその伝統―本田味噌本店/第9章 焦らず育てる―井上天極堂/第10章 極める教育―春香堂
2007年01月30日
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室町年間中期(寛正2年-1461年)、初代岡本善右衛門が、舟戸の庄(現在の京都伏見の郊外)に「鶴屋」の屋号で饅頭処の商いを始める。天正17年(1589年)、蒸羊羹を改良して作られた「伏見羊羹」別名「紅羊羹」を発売。秀吉の大茶会で諸侯に引き出物として用いられ絶賛される。慶長4年(1599年)、五代善右衛門は、日保ちに難点のある「伏見羊羹」を改良し、テングサ(寒天)、粗糖(和三盆糖に類似)、白小豆あんを加えて炊き上げる煉羊羹の開発に着手する。株式会社 駿河屋 株http://www.souhonke-surugaya.co.jp/シャディ 総本家駿河屋 羊かん・知草 詰合せ<AK-20> 2100円ふるさとの菓子 1365円【目次】(「BOOK」データベースより)二人静(名古屋)/月世界(富山)/文旦漬(鹿児島)/本の字饅頭(和歌山)/山ぶどう羊かん(山形)/藤団子(名古屋)/きぬた(京都)/長生殿(金沢)/カステラ(長崎)/亀の甲煎餅(下関)〔ほか〕
2007年01月30日
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弊店は美濃十万石の城下大垣に寛政10年(1798年)初代喜多野弥右エ門が菓子処「舛屋」を創業してより当代で7代目にあたります。大垣はその昔6つの川が市内をアミの目のように流れ"水の都"といわれました。 水がいいことは今も有名で、2代目弥三郎は、この水にあった菓子をつくろうと、京で修行を修め、古来より饅頭に種々研究改良を加えて、安政2年(1855年) に独特の製法で現在の岐阜県を代表する銘菓であります金蝶園饅頭を創り出しました。 当時戸田家の御用商人の間では茶道が盛んでしたので藩の茶会菓子としてこの酒饅頭を献上いたしましたところ、大垣藩の家老小原鉄心より「大垣の水に合う茶の味はこの菓子」というおほめの言葉をいただきました。 その後屋号も現在の「金蝶園総本家」となり、ひたすら銘菓づくりに専念してまいりました。金蝶製菓合資会社 http://www.kinchouen.co.jp/寛政10年創業金蝶園総本家の金蝶園饅頭(10個入) 1155円
2007年01月30日
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梅花亭は嘉永三年大伝馬町で創業した。嘉永六年初めて和菓子を釜で焼く《亜墨利加饅頭》を創作し大評判となった。代々の店主がその時代々々に相応しい嗜好と人の心に灯を点す味わいを求め続けて創意工夫に励み庶民性の中にも品位を備えた装いを造り上げて来た。今日に至る間、もなかの常識を破って厚手で梅型の《梅もなか》を創業しブームを呼んだ。みかさ山の味わいも多くの方々に大変好評をいただいている。べったら市での切山椒と粟むし羊かんは江戸名物の一つとして東京周辺の広い方々の年に一度の楽しみとなっている。六代目中村達三郎創案の《佛蘭西饅頭》などそれぞれ今尚人々の心をなごませ時代の移り変わりを越えて広い年層に亘り高い評価と根強い人気を持ち続けている。霊岸島と言えば梅花亭と言はれたその霊岸島と言う名も今ではその一帯を新川と呼んで町並みもすっかり変わったが梅花亭の菓子造りと商いは今も昔のままである。昨年来、明治時代に始めた《どら焼》が復活し改めて好評を戴いている。梅花亭(東京都中央区新川)東京味な老舗 1680円【内容情報】(「BOOK」データベースより)創刊120年、東京新聞首都版に好評連載の「味な老舗」より地域別に全70店をセレクト。東京の街々に脈々と生き続ける「食」の伝統を老舗当主に社会部記者が取材。百年、二百年、三百年と「家業」一途に生きる職人魂を探る。 【目次】(「BOOK」データベースより)第1章 品川・新橋・銀座(てんぷらの『天仲』/くず餅の『浅野屋』 ほか)/第2章 神田(すしの『一政鮨』/『笹巻けぬきすし総本店』 ほか)/第3章 日本橋(まんじゅうの『塩瀬総本家』/和菓子の『梅花亭』 ほか)/第4章 浅草(江戸前料理の『亀清楼』/佃煮屋の『鮒佐』 ほか)/第5章 向島・柴又・上野(くず餅の『船橋屋』/団子『言問団子』 ほか)
2007年01月30日
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創業は元禄十三年といわれており、現在の店主で十七代目になります。創業当時は屋号を大阪屋としており、日本橋小網町に店を構えておりました。また、伊勢大穣(いせだいじょう)という称号を持っておりました。この称号は大宝令で定められた国司の階級としてあったもので、京都から賜わるものであったようです。もっとも当時はこの称号を売り買いできたらしく浄瑠璃語り等もこの称号を持っていたことが分かっています。秋色庵 大坂家 http://www.o-sakaya.com/新・東京手みやげガイド 789円【内容情報】(「BOOK」データベースより)「手みやげは何にしようかな」そのお悩みにお答えします。改まったごあいさつのとき、ふらっと立ち寄るとき、気が利いた手みやげは、あなたの評価をグンとアップします。でも、何にしよう?そんなときはご安心ください。好評『東京手みやげガイド』と続編の本書がお悩みに全てお答えします。ページをめくりながら先様の笑顔が浮かぶようなうれしい一冊。商品の写真は、料理写真の第一人者佐伯義勝による撮りおろし。 【目次】(「BOOK」データベースより)和菓子(秋色最中/織部饅頭―大坂家(三田)/あざぶ最中/水羊羹―一幸庵(茗荷谷)/上生菓子―香風(祖師ヶ谷大蔵) ほか)/洋菓子(チョコレート―ベルアメール(代官山)/エコセーズ―パティスリー ラ・ヴィ・ドゥース(曙橋)/ケーク・オ・フリュイ―ラ・プレシューズ(広尾) ほか)/惣菜(杉折二段弁当―つきぢ田村(築地)/中華惣菜/点心―赤坂璃宮(赤坂)/パイ&スープ―パ・マル(六本木) ほか)
2007年01月30日
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つるやは江戸中期の安永八年(1779年)、善光寺門前、善光寺領と信州松代藩の領界であった鐘鋳川のほとりに初代店主・鶴吉が創業いたしました。また、三代目店主・武臼(ぶえつ)は善光寺一円にその名を知られた俳人で、その力量はかの一茶も一目おいたほどと伝えられております。我が国の饅頭には塩瀬饅頭と虎屋饅頭の二系統があります。いずれも鎌倉から南北朝時代にかけて栄、元の頃の中国に留学した禅宗の僧侶により、その製法を伝授されたものです。「虎屋饅頭」は鎌倉末期の高僧・聖一国師が中国に留学中、饅頭の製法を習得して京都の茶店店主に伝授したと言われます。甘酒の絞り汁を火にかけ、それにもちごめの粉を混ぜて鍋をおろして発酵させる。その上でこれをこねて丸細く延ばし、小豆あんを包んでせいろの中で蒸す。いわゆる「酒饅頭」です。のちにこの製法は上方に伝わり、大衆菓子として庶民に最も好まれたもののひとつとなったのです。つるやの「善光寺酒饅頭」はこの「虎屋饅頭」の製法を現在も忠実に伝えています。酒饅頭本舗 つるや http://www.valley.ne.jp/~tsuruya/
2007年01月29日
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1882年(明治15年)創業、石川県生まれの初代若狭源七が、北海道に渡り開業しました。当時、入手困難なヤキイモ菓子を創案。わかさ屋 http://wakasaya.sakuraweb.com/wakasaya/寿都名物「若狭屋老舗わかさ屋いも」10個入り 1050円
2007年01月29日
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嘉永5年(1852)創業、岩代国安積郡郡山宿中町本陣隣にて門前の茶屋として薄皮饅頭の製造を始める。平成7年、薄皮饅頭は商品名を「柏屋薄皮饅頭」に変更されました。全国各地で次々とつくられ始めた類似品との混乱を避けるための政策は、これまでも社名の変更や広告においてなされてきましたが、オリジナリティの一層の訴求と、自分たちが恥じることのない薄皮饅頭をつくることでお客様に喜んでいただきたいとの強い思いから、社名を冠にした商品名に変更したのです。これにより、薄皮饅頭に対する柏屋の誇りと責任がさらに明確になりました。柏屋 http://www.usukawa.co.jp/柏屋薄皮饅頭(こしあん12個) 1,575 円
2007年01月29日
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塩瀬の歴史は、650年ほど前に遡ります。貞和5(1349)年、宋で修業を終えた龍山徳見禅師の帰国に際し、俗弟子だった一人の中国人が別れがたく随従して来朝しました。その人物が、塩瀬総本家の始祖・林淨因です。林淨因は暮らしの居を奈良に構え、お饅頭を作って売り出しました。これが、塩瀬の歴史の始まりです。 当時、禅宗寺院は宗教学問の場だけでなく、上流階級の社交場として使われていました。淨因のお饅頭は、肉食が許されない僧侶のために、小豆を煮つめ、甘葛の甘味と塩味を加えて餡を作り、これを皮に包んで蒸し上げたもので、その画期的な甘味は寺院に集う上流階級に大評判となりました。 その後、饅頭屋は、林淨因の子孫が受け継ぎ、奈良・林家と京都・林家に別れて営業することになります。 1467(応仁元)年の応仁の乱。応仁の乱は京都を焼け野原にしました。戦乱を避けて京都を離れた林家は、親戚関係であった豪族・塩瀬家を頼って三河国設楽郡塩瀬村に住み、姓を「塩瀬」に改めました。 再び京都に移った塩瀬は大繁盛、塩瀬があった烏丸三条通り下ルのあたりは当時、饅頭屋町と呼ばれました。この頃、8代室町将軍の足利義政より「日本第一番本饅頭所林氏塩瀬」の看板を授かり、時の帝、後土御門天皇からは「五七の桐」の御紋を拝領しました。 それから100年後、時は“国盗り物語”の時代。塩瀬のお饅頭は、明智光秀、豊臣秀吉、徳川家康に愛好されます。関が原の戦いで勝利をおさめた徳川家康の江戸開府に時代を同じくして、京都での繁盛も続く中、塩瀬の源譽宋需という者が江戸に上がり、商売を始めました。 塩瀬と家康との関わりは、天正3(1575)年の長篠の合戦にて、七代目林宗二が「本饅頭」を献上した頃から始まります。元和元(1615)年の大坂夏の陣、家康は大坂方の将・真田幸村に攻めたてられて、あやうく一命を落とす瀬戸際がありました。そのとき、わずかな手勢を引き連れ逃げ込んだところが、林浄因が居を構えていた林神社でした。戦いの後、家康は塩瀬家に鎧一振りを贈ったと言います。塩瀬総本家紅白志ほせ饅頭 9個入 1050円まんじゅう屋繁盛記 1680円【内容情報】(「BOOK」データベースより)創業六五〇余年の伝統を誇る塩瀬。日本で初めて御菓子の饅頭をつくった塩瀬の歴史を三十四代当主がたどる。宮中に出入りを許され、足利将軍家や戦国武将に愛された老舗ならではの多彩なエピソードを紹介し、老舗の暖簾の重み、技と味へのこだわりを語る。 【目次】(「BOOK」データベースより)第1章 運命との出会い―私のまんじゅう人生はここから/第2章 始祖・林浄因を巡る旅―碑建立と中国との交流/第3章 私の「饅頭の歴史」探し―「林家・南家」と「林家・北家」から「塩瀬」へ/第4章 将軍のお膝元で商いを始めて―江戸時代、塩瀬のその後/第5章 御菓子の神様と呼ばれた父、そして母―和菓子の老舗として、宮内省御用達として/第6章 日々創業の気持ちで暖簾を守る―感謝、感謝で心を鍛えて
2007年01月29日
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豪商たちの時代 1680円【内容情報】(「BOOK」データベースより)江戸時代の日本は、世界で最も豊かな社会の一つだった。その繁栄を生み出したのは、強烈なベンチャー精神をもった商人たちである。天下人と渡り合った博多の嶋井宗室、大坂を「天下の台所」に育て上げた日本一の豪商・淀屋、全国に「小京都」を作った小野組ら近江商人、海運による物流革命の立役者・河村瑞賢、両替商金融で経済を動かした鴻池宗利や三井高利…。本書は、豪商たちの足跡を全国にたどり、江戸期の経済システムの成り立ちと変遷を知られざるエピソードを交えて描く。北前船を支えた「ほまち商い」という奇妙な商慣習、藩ぐるみで鎖国令を破った浜田藩の「竹島事件」、世界初の先物市場「堂島米市場」の仕組み、大石内蔵助と藩札の意外な関係など、歴史ファンを唸らせる秘話満載。 【目次】(「BOOK」データベースより)第1章 日本人と「海の遺伝子」/第2章 「天下の台所」を築いた人々/第3章 商人の時代と「三都」の物語/第4章 動く総合商社・北前船/第5章 元禄バブルと大衆消費社会の到来/第6章 江戸の産業革命/第7章 江戸の構造改革/終章 江戸地回り経済圏の成立から開国へ
2007年01月29日
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老舗の強み 2415円【内容情報】(「BOOK」データベースより)創業100年を超える、元気な老舗企業をピックアップ。先代の遺伝子を引き継ぎ進化させる同族経営の強みに迫る。 【目次】(「BOOK」データベースより)ミツカン―「健康」をおいしく提供。食酢から羽ばたく名門企業/にんべん―かつお節一筋に。愚直なまでに、味にこだわり続ける/鈴廣―箱根山の麓、「かまぼこの里」から食の文化を発信する/山野楽器―日本の音楽文化は自分たちの熱いハートで創っていく/銀座タニザワ―銀座の街とともに歴史を刻む鞄の名店/龍角散―健康産業として、人々の健やかな暮らしに貢献する/白十字―人間性尊重のトータルヘルスケアで超高齢社会をサポート/増田屋コーポレーション―おもちゃはアイデンティティ。日本のおもちゃのパイオニア/榮太樓總本鋪―安政年間から売れ続ける酸っぱくない「梅ぼ志飴」/おぎのや―まごころが育てたロングセラー。駅弁の大横綱「峠の釜めし」/星野リゾート―リゾート再建で脚光を浴びる「リゾート運営の達人」/北一硝子―小樽の歴史・文化と一体になったガラス工芸品作り にんべんnet倶楽部小田原鈴廣かまぼこ
2007年01月29日
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上山温泉 旅館長谷屋旅館 長谷屋~当館には、安政2年(1855年)発行の「東講商人鑑(あづまこうあきんどかがみ)」という古文書が保管されています。その古文書の存在を示す印刷物等は何度か目にしたことがあったのですが、実物を見たことが無いままに最近まで過ごして来ました。その為、「昔の古い地図だろう」くらいにしか思っていなかったのです。それが、2005年春に我が町かみのやま温泉で、「全国羽州街道交流会」が開催されたことがきっかけになり、その存在の意味に気付くことができ、私のそれに対する関心度も急速にUP↑したのです。そしてまた、街道交流会後の出会いがきっかけとなり、我が家とっては大きな動きがありました。。。当館は正に旧羽州街道沿いの宿ということもあり、当館蔵座敷にて一夜の宴が催されたのですが、その席に参加された方の中に、秋田・無明舎出版のAさんがいらしたのです。その時、女将がたまたま当館保管本をお見せしたのですが、それがご縁で「東講商人鑑」の全文復刻が計画され、今年2月に無事刊行されました。楽天ブックスで購入できます。東講商人鑑復刻 2940円
2007年01月28日
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yahooが、新しくはじめたサイトです。http://map.yahoo.co.jp/kochizu/スクロール古地図は、江戸時代の今までに記載がなかった商家もわかるので使えます。http://map.yahoo.co.jp/kochizu/maptop地球のGoogle earthをダウンロード(無料)すれば、世界一周もアットいうまに、世界遺産や町を宇宙から見ているので規模の大きさなどよくわかります。旅行前には、確認するのにもお勧めです。http://earth.google.co.jp/過去も現代も調べるのに楽しくさせてくるサイトが増えています。
2007年01月27日
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かみのやま温泉は、別名「鶴脛の湯」と呼ばれ、長禄2年(1458年)、肥前の国(現在の佐賀県)の月秀という旅の僧が沼地に湧く湯に一羽の鶴が脛を浸し、傷が癒えて飛び去る姿を見かけたのが始まりと云われています。 湯町にある「鶴の休石」はその鶴が休んだ石だとか。そこが、かみのやま温泉発祥の地とされています。 上山市内には地区ごとに、湯町、十日町、新湯、高松、葉山、河崎、金瓶など、数多くの温泉があり、これらを総称して「かみのやま温泉」と呼んでいます。 上山温泉 旅館長谷屋
2007年01月27日
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元禄十五年(1702年)開業、昔ながらの湯治宿。天然温泉です。新五郎湯は元禄十五年開業の昔ながらの湯治宿です。龍神様のお告げにより温泉を見つけることができたという「つたえがき」が代々伝わっています。また,昔らか【ぬくだまりの湯】として親しまれ,農繁期後など疲れた体を癒しに多くの常連客で賑わいます。・・・。秋ノ宮温泉 新五郎湯
2007年01月26日
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人吉温泉、文政12年創業、鍋屋本館のロビーには、与謝野晶子、山本五十六、新渡戸稲造などご投宿頂いた方々の書をはじめ、今では珍しくなった貴重な品々を常時展示しております。人吉温泉 国際観光旅館 鍋屋本館
2007年01月25日
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雲仙老舗の温泉宿~源泉掛け流しの湯、創業元禄8年以来、300有余年伝統のおもてなし。平成9年12月には新大浴場「天空の湯」が完成し、7つのお風呂で(ジェットバブル、サウナ、うたせ湯、源泉、露天風呂、こども湯)お楽しみ頂けます。貸切り露天風呂も有り。足湯(無料)は温泉街を歩く人々の語らいの場になっている。源泉掛け流し、地獄谷徒歩3分、政府登録、貸切家族用露天風呂有、創業元禄八年(1695年)雲仙温泉 湯元ホテル<長崎県>
2007年01月25日
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小浜温泉は西九州屈指の温泉地として、また湯量・温度に至っては日本有数の温泉地として知られています。その温泉街の中心に位置する伊勢屋旅館は、江戸時代の寛文9年(1669年)に創業し、現在330年余り続く小浜温泉の老舗旅館でございます。これまでに斎藤茂吉をはじめ、「長崎ぶらぶら節」の舞台になるなど、多くの著名人にご利用頂いております。小浜温泉 伊勢屋旅館
2007年01月25日
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佐賀の名君の鍋島閑叟(かんそう)公をまつる松原神社の門前町にあり創業江戸末期。佐賀で最も古い老舗の料理旅館として親しまれてきました。明治32年には森鴎外も投宿し、「小倉日記」のなかにも登場します。文豪も泊まった心落着く木造建築をぜひ味わってみて下さい。 自慢は有明海でしか獲れない珍しい魚介類をズラリと並べた「有明郷土料理」そして秘伝の味が絶妙なうどんすき風の「まつ川鍋」。有田の源右エ門窯の器でお楽しみ下さい。 テレビ局・雑誌などの取材も多く郷土料理を味わうツアーなども、よくご利用頂いております。旅庵・松川屋
2007年01月25日
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江戸時代、日本が国を閉ざしていた鎖国体制の中で、唯一の窓口だった長崎。その長崎と小倉を結び、西洋の文化・文物が行き交った道が長崎街道です。およそ約228kmの道のりには25の宿場が点在し、大村屋のある嬉野町下宿は「嬉野湯宿」と呼ばれた宿駅でした。嬉野温泉が美肌の湯と言われるようになったのは最近のこと。肥前風土記(713年)に「東の辺に湯の泉ありて能く、人の病を癒す」と記されるように、古くから効能高き湯治場として知られていました。街道を行き交う人々も、嬉野に立ち寄っては旅の疲れを癒していたのではないでしょうか。また、長崎奉行や諸大名が宿泊するときは、本陣として臨済宗の瑞光寺が利用され、大村屋は脇本陣だったといわれています。大村屋の名前が登場する最も古い文献は、戯作者・太田南畝の『小春紀行』。「ゆきゆきて嬉野の宿につく。主を大村屋という、北川兵次郎なるものなり」と文化2年(1805)に記しています。さらに、日本地図を作るため長崎街道を通った伊能忠敬の文化10年(1813)の記録にも「大村屋兵次郎」の記述が見られます。ということは、大村屋の創業は文化2年以前と推測されますが、大正11年(1922)に嬉野温泉の大火で大切な記録がほとんど焼失。太田南畝や伊能忠敬などが宿泊したという宿帳も、残念ながら残っていません。その後、「天保元年」の印がついた敷石が出てきたことから、創業年を天保元年(1830)としています。嬉野温泉の大火で焼失したものの中には、佐賀県小城市出身の書聖・中林梧竹(1827-1913)が最晩年、亡くなる直前に書いたという書もありました。大正9年、療養のため嬉野温泉を訪れ、大村屋に宿泊した歌人・斎藤茂吉は、梧竹の書を見て「嬉野の旅のやどりに中林梧竹翁の手ふるひし書よ」という歌を詠んでいます。残念ながら、その書は焼けていましましたが、現在、大村屋のロビーには、それに代わる梧竹の書を飾っています。長い歴史に培われ、文人たちに愛された嬉野温泉・大村屋。効能高き湯に浸りながら、歴史ロマンに思いを馳せるのも、また一興です。嬉野温泉 旅館大村屋
2007年01月25日
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私ども松屋もまたそうでございました。変わらないのは江戸末期より、六代の現在まで、 代々の教えを守って、旅のお方のお世話、お手伝いを家業一途にまいったことでございます。かって南海道は伊達宇和島藩の駅路として栄えました卯之町中ノ町の街道ぞいに旗亭としてなりわいを立ててから、綿々と皆様のご愛顧を頂戴し、時代にあわせてノレンを守り継ぎ今日を迎えました。江戸時代より続く旅館。手作りの漬物20種。松屋旅館<愛媛県西予市>
2007年01月24日
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およそ三千年の歴史をもつ日本最古の温泉、道後温泉。鮒屋旅館(現在のふなや)は、道後温泉に江戸時代寛永年間に開業しました。以来三百七十余年、旅の宿として愛されつづけています。漱石、子規、虚子ら文人ゆかりの名旅館。1500坪の日本庭園があり、お客様自ら散策可能です。道後温泉 ふなや
2007年01月24日
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こんぴら温泉 湯元 八千代、1850年創業。こんぴら温泉湯元の宿です。門前町の中心にあり参拝に便利。展望露天風呂よりこんぴら山の四季折々の風情が楽しめて好評です。こんぴら温泉湯元の宿です。7F屋上に展望露天風呂あり。こんぴら温泉湯元八千代
2007年01月24日
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寛永4年(1627年)創業。以来、皇族方をはじめ各界の重鎮の方々、北原白秋や森鴎外など数多くの文人墨客にお泊まりいただいた伝統の老舗旅館です。緑豊かな和風庭園の中に数奇屋造りの離れと、近代建築の本棟があります。めぐまれた泉質の温泉展望大浴場にて讃岐富士を眺めながらのご入浴の後は、当館自慢の会席膳をお楽しみ下さいませ。落ち着いた和風旅館です。旬の味やさぬきうどんをお楽しみ下さい。貸切家族風呂(当日フロントにて受付)。こんぴら温泉 琴平花壇
2007年01月24日
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明治10年の創業以来130年の歴史を持つ和風旅館です。地元では割烹として定評があり接客に利用を頂いています。油政
2007年01月23日
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1865年(慶応元年)創業。湯本温泉最古の老舗旅館、バリアフリーに対応しています。118室。古き良き日本を訪ねる長州路 心燦めくおもてなしの宿。長門湯本温泉 白木屋グランドホテル
2007年01月23日
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当館は帝釈観光に便利な帝釈にあり、帝釈川に面し石雲山永明寺を眺望する150年の歴史を持つ民芸調の館です。虎屋旅館
2007年01月23日
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当館は創業230年の老舗で、帝釈峡の遊覧コースの起点に位置し、帝釈天永明寺、賽の河原に近く、帝釈川に面しています。室内からはせせらぎの音や蛍・かじか・せみ時雨なども楽しめます。帝釈峡の起点に位置し、心安らぐ風景です。帝釈の恵み自家製材を中心とした献立は、好評を頂いております。角屋旅館
2007年01月23日
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湯原温泉で元禄元年より旅館業を営んでおります。弊館では、お客様にゆっくりとおくつろぎいただき、温泉を十分楽しんでいただけるようにスタッフ一同つとめさせていただきます。湯原温泉 元禄旅籠 油屋
2007年01月23日
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江戸時代創業の老舗旅館「油屋」。油屋旅館の先祖は、紺屋町で文武宿の花屋を寛文10年から営業してい た。江戸時代からの創業。鮎料理が自慢の宿。油屋旅館<岡山県>
2007年01月23日
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安政3年(1856)創業。備前焼の宿。瀬戸内の海の幸、季節の素材を用いた手造り会席膳が好評です。ゑびすや荒木旅館
2007年01月23日
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創業250年余。当館は出雲大社のすぐ近くに位置しており参拝にはとても便利です。早朝参拝なさるお客様や数回お参りなさるお客様にも大変ご好評頂いております。大島屋旅館
2007年01月23日
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海潮温泉、天保14年創業の老舗旅館。自慢のコイ料理、主人手打ちによる出雲そばが味わえる。周辺の見所も案内。木造2階、総部屋数6の落ち着いた宿。田舎の素材も使った和食。仁井屋
2007年01月23日
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玉造温泉、開湯1300年の玉造温泉で1803年に創業し200年が経ちました。「めのう風呂」・「庭園露天岩風呂」・そして「1000坪の和風庭園」が自慢の宿です。 玉造温泉 玉造グランドホテル長生閣
2007年01月23日
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江戸中期の宝暦年間(1751~1764年)に創業。当館は江戸時代より営業をする老舗で明治ごろまでは北前船の寄港地として栄え、毎日多くの船乗りたちが訪れました。 大正より昭和の初めにかけては多くの文人、墨客が訪れその作品も多く残し、当館ではそれらを展示、紹介しています。漁港に位置し、クルージング、釣りが楽しめます。送迎有り。「我舟は みほの岬のかどに来て 関の港へ入ると笛ふく」 与謝野晶子 鐵幹 昭和5年5月当館御投宿。文人 墨客作品館内紹介、高浜虚子、河東碧梧桐, 森琴石、与謝野晶子, 鉄幹 「 美保関のかなたに」 昭和の初の海軍事故・水城中佐の書他逗留の皆さんの作品をごらんいただけます。福間館
2007年01月23日
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永楽温泉、万葉集ゆかりの地において江戸末期・安政年間に創業して以来、150年の歴史を重ねる「観水亭こぜにや」は、鳥取駅からほど近い繁華街のただ中にありながらも、閑静な佇まいを伝える老舗の旅亭でございます。鳥取温泉 観水庭こぜにや
2007年01月23日
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城崎温泉、志賀直哉ゆかりの宿。創業260年有余年を誇る三木屋は数奇屋造り木造3階建て、歴史を感じさせるその建物は古びた佇まいの中に由緒正しき格式と情緒が感じられます。三木屋 http://www2.nkansai.ne.jp/hotel/mikiya/文士たちの宿 1680円【内容情報】(「BOOK」データベースより)人生という旅の途中で、文士たちは宿に何を、残したか。旅を続けていた、あの頃…26軒の宿に刻まれた文士たちの人生模様。 【目次】(「BOOK」データベースより)泉鏡花―まつさき(石川県/金沢辰口温泉)/太宰治―起雲閣(静岡県/熱海温泉)/志賀直哉―三木屋(兵庫県/城崎温泉)/井上靖―白壁荘(静岡県/湯ケ島温泉)/林芙美子―塵表閣本店(長野県/上林温泉)/梶井基次郎―湯川屋(静岡県/湯ケ島温泉)/若山牧水―長瀬旅館(岐阜県/高山市)/川端康成―福田家(静岡県/湯ケ野温泉)/中原中也―西村屋(山口県/湯田温泉)/谷崎潤一郎―桜花壇(奈良県/吉野山)〔ほか〕
2007年01月23日
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有馬温泉、御所坊の創業は建久二年(1191年)。源頼朝が鎌倉幕府を開く一年前にあたる。仁西上人が、天災で荒廃していた有馬温泉を復興するために、十ニ坊の湯宿を設げた。「御所坊」はその内のひとつである。「御所」が示すように、天皇など位の高い人々のために設けられたのだ。株式会社 御所坊 http://www.goshobo.co.jp/宿を支える女将たち 1680円旅館の経営は時代の変化に直接影響される。時代の変化とは、お客が旅館に求める価値が変わるということだ。1960年代の経済成長時代に始まった団体旅行中心の潮流はバブル経済の崩壊とともに終焉を迎え、いまは個人単位での旅行が主流になりつつあるという。こういう流れのなかで、経営の近代化や効率的な運営を強いられるのは当然として、お客をもてなす現場のリーダーである女将の役割は、ますます重要度を増している。そんな現代の女将たちが、いま何を考え、どんな理想を追いかけているのか。そこに焦点を当てながら、仕事に生きるひとりの女性としての姿を浮き彫りにしたいというのが、本書の眼目にほかならない。 【目次】あらや滔々庵(石川県・山代温泉)/旅館御園(岡山県・倉敷市)/洋々閣(佐賀県・唐津市)/日本の宿 古窯(山形県・上山温泉)/ホテル磯部ガーデン(群馬県・磯部温泉)/陶〓(せん) 御所坊(兵庫県・有馬温泉)/旅荘船越(神奈川県・湯河原温泉)/お花見久兵衛(石川県・山中温泉)/忘れの里 雅叙苑(鹿児島県・妙見温泉)/旅館たにがわ(群馬県・谷川温泉)/本陣平野屋 花兆庵(岐阜県・飛騨高山温泉)/四季の湯座敷 武蔵野別館(神奈川県・箱根宮ノ下温泉)/プチホテル ゆばらリゾート/ホテル玉之湯(長野県・松本浅間温泉)/慶雲館(愛知県・湯谷温清)/はづ別館(愛知県・湯谷温泉)/ピュア・フィールド風曜日(北海道・弟子屈町)/美山荘(京都市・左京区花脊原地町)/和多屋別荘(佐賀県・嬉野温泉)/加賀屋(石川県・和倉温泉) 旅館物語 1470円【内容情報】(「BOOK」データベースより)それぞれの旅館が誕生するまでには、どんな物語があったのか。彼らはどんな夢を持って、旅館経営に取り組んできたのか。本書は、その一端を伝えるものである。 【目次】(「BOOK」データベースより)忘れの里・雅叙苑―鹿児島・妙見温泉/鶴の湯温泉―秋田・乳頭温泉/花仙庵仙仁温泉・岩の湯―長野・仙仁温泉/茶屋宿・花吹雪―静岡・伊豆高原温泉/陶泉・御所坊―兵庫・有馬温泉/木曽路ランド―長野・南木曽温泉
2007年01月23日
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創業明治元年、木造三階建ての老舗旅館。温泉遺産の宿に選ばれた、天然温泉の宿。庄屋であった昔の屋号「木屋」をそのまゝに、平成の現代(いま)も、慎ましき寂色の姿を三徳川に映してゐます。ゆるゝと流れてゐた、懐かしき佳き時代のローマンスを、お感じいたゞけるなら幸ひです。三朝温泉 藍の宿 木屋旅館秘湯ロマン(1) 3990円温泉の達人が選んだ、とっておきの秘湯、名湯、安らぎの湯…。満足度100%!日本全国お湯自慢の宿ベスト15をDVDで紹介。 【目次】青森県・酸ヶ湯温泉―酸ヶ湯温泉旅館/岩手県・国見温泉―石塚旅館/岩手県・夏油温泉―元湯夏油/秋田県・玉川温泉―玉川温泉/秋田県・鶴の湯温泉―鶴の湯温泉/福島県・木賊温泉―旅館井筒屋/栃木県・元湯温泉―秘湯の宿 元泉館/群馬県・草津温泉―ての字屋/新潟県・赤湯温泉―山口館/長野県・中房温泉―中房温泉/静岡県・桜田温泉―山芳園/和歌山県・湯の峰温泉―旅館あづまや/鳥取県・三朝温泉―藍の宿 木屋旅館/熊本県・地獄温泉―清風荘/鹿児島県・栗野岳温泉―南洲館
2007年01月23日
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有馬温泉、当社の創業は750年以前で、鎌倉時代の僧仁西の建立した12坊(宿坊)のうちのひとつ「北の坊」に始まるという豊かな歴史を誇ります。太閤秀吉の時代には「兵衛」の名を賜り「北の坊兵衛」として営業を続け、昭和12年「株式会社 兵衛」に改称、現在に至っております。有馬温泉 兵衛向陽閣
2007年01月23日
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城崎温泉、ゆとうやは、油筒屋と書きます。元録元年(1688年)に、油屋三代西村仁左衛門の子の六左衛門と同じ湯島の井筒屋(現存しない)武谷六郎衛門の娘とが、婚を結び、つまり本家の油屋と井筒屋とを併せて油筒屋を興したのが当家の初代であります。温泉街中央。閑静な庭園に囲まれた純和風の宿。城崎温泉 ゆとうや旅館
2007年01月23日
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城崎温泉、江戸末期創業の老舗旅館。多くの文豪や芸術家が訪れ、幕末の勤王の志士・桂小五郎が潜伏した宿としても有名。桂小五郎が潜居していた、城崎温泉の情緒に溶け込んだ宿。城崎温泉 美術と歴史の宿 つたや旅館わたしの城崎 2625円【内容情報】(「BOOK」データベースより)城崎温泉「つたや」の、落ち着いた佇まいと、さり気ない心配りのもてなしに、わが家に帰ったようなぬくもりを感じさせていただいたものです。 【目次】(「BOOK」データベースより)第1章 泉源―西山英雄先生/第2章 ひろがり―仏縁と若い人たち/第3章 新たな出会い―中国の青年/第4章 人間の預かりもの/第5章 暴力団追放運動とその後/第6章 高貴な方々、私の先生/第7章 文人墨客たちとの交流/第8章 タイ訪問と鳥谷教育財団/第9章 家族の絆/第10章 宿屋の亭主
2007年01月23日
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当院は廷長元年(923年)平安中期聖快阿闍梨の創立で山本坊と云われていました。「紀伊山地の霊場と参詣道」として高野山の世界遺産。広大な庭園に調和した茶室。高野山独特の味覚・・精進料理。赤松院
2007年01月22日
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1000年創業、宿坊とは元来、お寺の参拝者が一夜を過ごす参籠所でありました。高野山では大名家が藩ごとに宿坊を持っていましたので、大名が泊まるための立派な上段の間というのが設けられています。一乗院
2007年01月22日
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1832年(文久2年)創業。猿沢池の南畔、部屋から池越しに興福寺の五重の塔を眺められる絶好の地に位置しています。さらに代々の主人自らが収集したといわれる絵画、彫刻、掛け軸など約100点にも及ぶ美術工芸品がさりげなく館内に 飾られており、訪れる人に「至福の刻」をお届けしています。奈良公園・猿沢池畔の宿で、観光・ビジネスに最適です。大浴場で一日の疲れを落として、畳の御部屋でおくつろぎ下さい。魚佐旅館
2007年01月22日
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