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古本屋で国書刊行会発行の本を見つけた。アレイスタークロウリーの黒魔術関係の本は、チョット読むのが怖かった。というのも、以前知り合いがタロットに凝って、そのせいか、近親者が事故でなくなっている。岐阜の木星王という人に習ったとかで、基盤は、悪魔信仰だ。身近な者に不幸が訪れても、それを乗り越える意志がないといけない、云々。以来、黒魔術関係は、避けてきた。しかし、その大家であるA・クロウリーについて、さまざまに言われきたことも、一方的ないわれ方であるかもしれないと、最近思うようになった。怖い物見たさで、つい手にとって立ち読みした。印象に残ったのは、真言密教と魔法との共通点だ。魔術でも、密教でも壇を作り、象徴を飾り、四方(東西南北)を結界する。心身を清め、守るための章句(マントラ)を唱え、文字に書く。心理的な準備をし、さまざまな象徴を用い、対象とする霊の召還を行い、祈念に入る、など、形式は異なっても、その手順はかなり共通している。結局、呼び出すのが、悪魔か神仏かの違いなのだ。もともと、ヨーロッパではキリスト教会から異端とされたから、魔法、悪魔呼ばわりされたといえるのではないか。そもそも教会では、人間は決して神にはなれず、神との合一を唱えるものは、異端者なのだから。したがって、新プラトン主義など、神秘主義者は、教会側からみれば悪魔信仰者だ。しかし、インドから日本にかけては、古代からシャーマニズムがあった。さらに、もともと神の存在を設定しない仏教では、神霊との合一という思想が自然と受け入れられ、密教が興ったのだろう。魔術も密教も同じと言っては、乱暴すぎるだろうか。しかし、考えてみれば、ある霊とつながり、その力を利用するのは、宗教だけではない。先に述べたタロットは、背後に宗教的な思想があるが、占いなどインスピレーションにたよるものや、レイキなどのヒーリングも、なにかの霊とつながったり、協力を得て成されているように思われる。それが先天的なものか、訓練によるものか、コントロールできる、出来ないのちがいはあるが。キリスト教原理主義者から言わせれば、その全てが魔法となることだろう。呼び方はいろいろだが、大切なのは、どのような意図(宗教的に言えば、祈り)をもって行うか、ということ。これが、自他に起こる結果に大きく関わってくる。最近、最高の祈りとは、感謝、ではないかと思う。
2004年07月31日
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17世紀、アメリカに渡った多くの西洋人は、アメリカ先住民と接触し、彼らの平等、自由な生き方を見て衝撃を受け、多くを彼らから学んだのでしょう。当時の思想家たち、特に啓蒙思想家たちは、かなりアメリカ先住民族の思想に、影響を受けたらしいのです。例えば、「民主主義思想の父」と呼ばれるイギリスの思想家ジョン・ロックは、のちのフランスのモンテスキューやヴォルテールに影響を与えます。彼はアメリカ原住民族の社会構造を引用しながら、自然法、平等、司法権、立法権などの考え方を打ち出します。「人間不平等起源論」のジャン・ジャック・ルソーもアメリカ先住民族から学び、人民主権、自然への回帰を訴えます。あのベンジャミン・フランクリンもそうです。アメリカ先住民族の行政官を務めた彼は彼らとの交渉の中から彼らの考え方・生き方を学びました。トマス・ペインもそうです。名著「コモンセンス」に影響を与えました。さらには、フランクリンを師としたトマス・ジェファーソンもかなりアメリカ先住民族を研究したそうです。そうです。そのジェファーソンからあの偉大なアメリカ独立宣言が生まれ、その後のアメリカ合衆国憲法へと帰結します。この二つも大分、アメリカ先住民族の思想から影響を受けています。その後、このアメリカ先住民族の自由と平等の意識は、フランス革命に受け継がれ、フェミニズムのルーツにもなり、マルクス・エンゲルスの社会主義にも影響を与え、世界中の独立革命にも影響を与えていきます。そして、現在の日本国憲法、国連創設、世界の民主主義に行き着くわけです。これほど私たちにアメリカ先住民族の教えが影響を与えていたのは驚きました。そして今、私たちは再度、彼らから学びなおさないといけない時期にきています。彼らの思想は人だけでなく、自然と共生することを根源としています。私たちは物質的豊かばかりを求めて、自然を破壊し、私たちの心も貧しくしてしまっています。彼らから自由と平等の意味をまた学び直さなければなりません。本当は人だけでなく、動物・植物・虫たちも平等だという意味だったのです。民主主義といえどもまだ、差別をしてしまいます。お金を持っている人・国が、貧しい人・国を支配しかねません。私たちは彼らから、自然と共生していく方法、他の人々と平和に生きていく方法、欲の制御の仕方、正しい考え方、精神的な豊かさを重視していく生き方など、まだまだ学ばないといけないことはあるのです。
2004年07月30日
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いじめによる十代の子供の自殺、7割が男子。一方、いじめ電話相談をしている保坂展人さんによると、相談してくるのは、ほとんどが女子だそうだ。ここに、男は、小さなときから、「男の子は泣いてはいけない」、「男の子は弱音を吐いてはいけない」、という「男らしさ」の縛りが見えてくる気がする。四十代、五十代の男性の自殺が多いのも、根源は同じではないだろうか。ついでに言うなら、定年後の男性が、ある日突然、妻に離婚される。妻はわかってくれている、と、男として、家族のために、仕事だけをしてきた夫の悲劇。いったい、「男らしさ」とは何なのだろう。
2004年07月17日
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「消費者契約電子通信料金未納の最終通達書」このたび、ご通達致しましたのは、貴殿のご利用された電子通信料金未納分について、ご利用通信会社から委託を受けましたので大至急、当社までお支払いください。・・・法務省認可特別法人・・・という葉書。消費者センターに電話したら、今日だけで20件ほどの連絡が入ったそうである。葉書のところに電話すると、30数万円を請求してくるそう。「こうゆうのは処罰してもらえないのか」と聞いたら、「警察に電話してください」警察に連絡したら、「ほっといてください。」「書いてある番地に行っても、なにもないし、電話も他人名義で、探しようがないんです。」と、捜査する気がないという返事。これを真に受けて数十万のお金を払った人は、泣き寝入りするしかないようです。詐欺に遭ったときのための保険があったら入っておきたい。
2004年07月15日
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必ず・・・と、約束したから、いまここに、いることができる。数々の事を越えて、やっと、ここまで来ることができたのも、あのときの約束があったから。なのに、どこか脇に忘れてしまっていたことは、なかったろうか。なんのためのこのいのち、いつまで続くのかは、誰も決められない。ただいのち続く限り、あの約束を忘れず、まっすぐに、歩いていこう。
2004年07月12日
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天風哲学のすすめ 新風 特別号 2004/07/05 より----- Original Message ----- From: "Ogawa Kotaro"Sent: Friday, April 30, 2004 3:27 AMSubject: FROMイラク前略。皆様、お元気でしょうか。私はイラクにいます。バクダッド到着日に新たに2人の日本人が人質になり、その次の日に3人の人質が解放、その2日後に2人も無事解放と人質関係の仕事ばかりしてました。その後はサマワに行ったりしたけど(その模様は30日金曜日に「報道ステーション」で放送予定)、今ははっきりいって暇です。 米軍の報道規制が厳しいのと誘拐の恐れがあるのでバクダッドから動けないのです。同行したジャーナリストの叔父も早々に引き上げ、今は通訳と2人で午前中は難民キャンプなどの取材、午後は読書とチグリス川で釣りをする毎日です。大手テレビ局が引き上げたので、何かあったときのためのスタンバイという感じです。 日本では人質事件以降イラク報道の熱が冷めたように聞いてるけど、本当ですか。イラクは実は今こそ酷いことになってます。特にファルージャという町での米軍の蛮行は目に余るものがあります。スナイパーが面白半分に通行人や子供を撃ち殺し、町は手当たり次第に空爆、でも報道規制があまりに厳しいため、こうした現実は町から命がけで逃げ出してきた避難民の証言でしか伝えられません。2週間で1000人近い人が死んでる。これはもう戦争というより虐殺です。罪のない無実の人間を殺す、これこそテロ以外に何者でもないと思う。 今イラクのみならず、アラブ世界全体が「ファルージャを救え」と叫んでいます。すでに10万人近い市民が町を脱出したけど、脱出途中に撃ち殺されたり、無事抜け出せても住むところもなく、バクダッドに急遽できた難民キャンプで不自由な生活を強いられています。イラク全土で憎しみが増幅しています。もちろん米兵も沢山死んでいます。「大本営発表」の倍は死んでる。ここまで死人を出してアメリカが守りたいものが結局「石油」や「復興ビジネス」でしかないのだと思うと、怒りを通り越して虚無感を覚えます。 人質がバッシングの嵐に遭っているそうですね。かわいそうなことだと思います。2回目の2人は地元の人の忠告を無視して危険地帯に突っ込んだので仕方ないにしても、最初の3人を責めるのは可哀想だと思います。 彼らが通った陸路は我々も3月に通って何の危険もなかったごく一般的なルートでした。何よりもかれらはそれぞれイラクのために役立ちたいと考えて来たのに、まるで罪人あつかい。自衛隊の活動に迷惑がかかるというが、自衛隊も外交官もNGOもジャーナリストも各々がイラクの役に立ちたいという共通の願いを持って来ていて、その思いに上下貴賎はないと思うのですが。むしろ、自衛隊は守りが堅固で攻撃したくても難しいから民間人が狙われたのです。こんなこと言ったら今の日本ではバッシングの対象ですか。個々の自衛隊員には全く罪はないし、とても大変な任務を頑張っていると思うけど、狙われているのは残念ながら事実です。 ここ20年、日本のNGOもジャーナリストも世界の紛争地で危険にさらされることなく活動してきた。第二次大戦以降、日本人がここまで明らかに政治的意志を持って狙われたのは今回が初めてだという事実をもっと真剣に受け止めるべきじゃないのかと思います。誘拐は追い詰められたファルージャの人々の「窮鼠猫をかむ」的行動でした。でもなぜ日本人かというと、日本がイラク戦争に賛成し、今も軍隊を駐留させているから狙われた、それだけのことです。自衛隊が人道援助に来ているというのはサマワの半数ぐらいの人とバクダッドの一にぎりのインテリしか知らないことで、大多数のイラク人は残念ながら「日本はアメリカに味方して軍隊を送っている」としか思っていません。 それでも、バクダッドなどのイラク人は相変わらず親日的なので、町を歩けば皆笑いかけてくれるし、誘拐事件のことは「卑劣な行為だ」とまるで我が事のように同情してくれます。しかし、ファルージャなどの追い詰められた人々はそんな余裕はありません。もちろん、アメリカの占領に対して武力でしか戦わないイラク人にも問題はあります。 アメリカはイラクの占領政策について「日本のGHQをお手本にする」と言ったそうだけど、日本とイラクでは事情が違いすぎます。アラブ人は千年前は自分たちが世界の中心だったという強烈な自負と誇りがあり、決して抵抗を諦めないでしょう。それがデモなどの政治運動に繋がればいいのだけど、彼らはそれよりも武力を信頼しています。身の回りに武器があふれていて、政治活動という回りくどくて勝ち目のない戦いよりも、操作さえ覚えれば敵を殺せる「武力闘争」のほうがはるかに説得力があって、どうしても惹かれてしまうのです。日本で言えば戦国時代の思想なんだけど、武器だけは近代的だというのが問題です(それも結局アメリカ製だったりするんだけど)。ここでは「兵器」という名の「思想」がはびこっています。それでも結局彼らに勝ち目はないでしょう。兵力に差がありすぎます。 人質事件が起こった今こそ、日本でもイラク問題に関する根本的な議論が行われてもいいと思うのだけど、バッシングだけで終わってしまうとしたら寂しいことです。世界の中で日本がどうあるべきか、ということを考える近年まれに見るよい機会だと思うのですが。でも、日本にいるとそんなこと考える余裕がないというのも確かだと思います。僕自身、働き始めてからはそうした問題はなるべく考えずに避けて通ってたし。仕事に追われ、そのうさを晴らすように腹いっぱいメシ喰って、ポンだチーだと叫んでやり過ごしてた。 でも、今回ばかりは・・・という気がします。前回イラクから帰って心から思ったけど、やっぱり平和というのはいいものです。日本で満開の桜を見て、それを楽しむ人たちを見るだけで涙が出そうでした。有難いことだな、と。できれば世界中の誰もがこの幸せを感じられればと思うのだけど、自分に出来ることといえば、目の前で起こってることをなんとか伝えることと、こうして心ある人にメールを書くことくらいです。 安全には十分注意を払い、現地大使館とも連絡をとりながら、なるべくおとなしく暮らしています(今の大使は立派な人で、外務省の退避勧告が出てるのに、私ごときの駆け出しジャーナリストを応援してくれます)。いのしし歳なので、ときには理不尽な現場に突撃したい衝動にかられるけど、ぐっとこらえてチグリス川の川面を眺めています。きっといつか役に立てる日が来ると思いながら。なんだかわからない何かを知るために。 少々飲みすぎて感傷的なメールになってしまいました(イスラムの国でも「不良」のためのヤミ酒屋があります)。あと1ヶ月くらいはバクダッドにいる予定です。また、メールします。再見。小川功太郎*5月初旬発売の月刊『現代』に前回ファルージャに行った時のことを書かせてもらいました。よかったら読んでください。
2004年07月05日
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トム・クルーズが難読症(学習障害の一種)だった。トップ・ガンに出ていたときは台本が読めなかった。周りの人と作品のことを話題にして、せりふを覚えていったと彼自身が語っている。また、トットちゃんこと、黒柳徹子も、専門家から言わせると、窓際のトットちゃんに出ている様子から、LDであったろうということだ。さらに、黒柳さんが引き算ができないというのは、「小さいときから考えてきたこと」(新潮文庫)に詳しい。読み書きそろばん、とはいうものの、子供が何かに感動すること、小学生には特に重要だ。知的な訓練は、その後でも可能だが、この時代に育まれる感性が、一生の感情体験の基盤になるように思える。また、脳の発達自体も、15歳ごろから論理的な思考に適するようになることが、脳科学の立場からも証明されている。
2004年07月02日
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