「きらりの旅日記」

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ほしのきらり。

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2022.02.27
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カテゴリ: 美術館・博物館
​​​​​​​無口な画家ジョアン・ミロの言葉を聞いてみると・・・ミロの心の叫びを知ることができました




​​ 『ミロの言葉』を聞いてみましょう

​​​ ミロはいつも、

言葉は自分の

「専門分野ではない」

と言っていた。


しかし、

実際に彼は、

どんな

「言葉の専門家」にも負けないほど、


自分が見たもの、

感じたもの、

なしとげたことなど、

自由自在に語った。

そうした数々の言葉は、

一時的に感情に引きずられることなく、

できるかぎり正確に、

傑出した芸術家の心の内を語ったもので、

現在でも色あせぬ輝きを放っている。
​​ ​​​
ジョアン・ミロ


1893年4月20日〜1983年12月25日(90歳没)

​​ ​​Joan Miró i Ferrà​

​​ジョアン・ミロー・イ・ファラー​​​​​


スペイン・カタルーニア地方出身の

画家・彫刻家・陶芸家・壁画家。


ホアン・ミロ(カタルーニア語読み)

パリでシュルレアリスム運動に参加し

20世紀美術に独自の地位を築いた。


​​ 「私は庭師のように仕事をする」


私は生まれつき無口で・・・

悲劇的な性格をしている。

そして子どものころ、

深い悲しみの時期を経験した。


いまはだいぶ安定しているが・・・

すべてのことに飽き飽きし、

人生が無意味に思えることが多かった。


理性でそう考えることが多かった。

そういうふうに感じる。

つまり私は、

ペシミストなのだ。

(・・・)

逆に・・・

私が進んで自分に課しているのは、

精神的な緊張だ。

そのような緊張状態をつくるために適した環境を、

私は、詩、音楽、建築(・・・)

毎日の散歩、適度な騒音のなかに見いだしている。


適度な騒音とは・・・

田舎を駆ける馬

荷車の木の車輪がきしむ音、

足音、

夜に聞こえる叫び声、

コオロギなどだ。



空の光景は・・・

いつも私を感動させる。

無限の空に三日月や太陽が見えるとき、

私の心は強く揺さぶられる。


また私の絵には、

がらんとした大きな空間のなかに

ありとあらゆる小さな形があるが、

そうしたがらんとした空間、

がらんとした地平線、

がらんとした平原、

飾り気のないものはすべて、

いつも私に深い感銘を与える。



現代の光景は・・・

工場、

夜の明かり、

飛行機から見える世界が好きだ。


夜にワシントン上空を飛んだ時のことは、

人生でもっとも大きな感動のひとつになっている。


夜に飛行機から見た町はすばらしい。

それに、

飛行機からはなんでも見える。

小柄な人や、

とても小さな子犬まで見える。


これはきわめて重要なことだ。

たとえば、

完全な闇夜に田園地帯の上を飛ぶと、

農家の明かりがひとつふたつ見える。



アイデアはいつも、

このうえなく単純な物事から浮かぶ。

私は、

金持ち連中の奇妙な金ぴかの皿よりも、

農民がスープを飲む皿のほうが好きだ。


大衆芸術には・・・

いつも心を動かされる。

そこには、

ごまかしや、

まやかしがない。

まっすぐ目的地に向かっている。

大衆芸能は意表をつき、

非常に豊かな可能性をもっている。


私にとって、

物はすべて生きている。

このたばこ、

このマッチ箱は、

ある種の人間よりもずっと強い生命を秘めている。


木を見ても、

私は衝撃を受ける。

それはまるで、

息をしているなにか、

話をしているなにかのように感じるのだ。

木には、

どこか人間的なところがある。


動かないものにも、

私は驚く。

この瓶、

ガラス、

人気のない浜辺に転がっている大きな石などは、

みな動かないものだが、

私の頭のなかでは、

それははっきりと動きはじめるのだ。



人間の体全体が・・・

腕や手や足と同じ性質をもっているように、

1枚の絵画もすべて均質でなければならない。


私の絵には、

血液循環のようなものがある。

ひとつの形の位置が変われば、

この循環は止まり、

バランスが崩れてしまうのだ。


ある絵に満足しない時・・・

私は肉体的な不快感を感じる。

まるで自分が病気であるかのように、

自分の心臓がきちんと動いていないかのように、

呼吸ができないかのように、

息がつまる化のように感じるのだ。


私は無我夢中で仕事をする。

絵を描きはじめると、

肉体的な刺激のまま、

のめりこみたいという欲求のままになる。

それはまるで、

肉体を解放したかのようだ。



もちろん私は・・・

すぐ絵に満足できるわけではない。

最初は満足せず、

すでにいったような不快感を感じる。

しかし私は、

そうした面では喧嘩っ早いので、

すぐに戦いを開始する。


それは私とつくるものとの、

私と絵画との、

私と私の不快感との戦いだ。


この戦いは私を興奮させ、

とりこにする。

不快感がなくなるまで、

私は仕事をする。


私は、

現実から自分を引き離すような衝撃を受けたとき、

制作を開始する。


その衝撃のもとになるのは、

少しほつれたカンヴァスの糸だったり、

したたる水滴だったり、

ぴかぴかのテーブルについた自分の指紋だったりする。


いずれにせよ、

きっかけが必要だ。

一粒のちり、

一筋の光だけでよい。

はじめの形が一連のものを生みだす。

ひとつのものから、

さらに別のものが生まれる。

そのように、

ほつれた糸から一つの世界がはじまることがあるのだ。


私は庭師がブドウを育てる農夫のように仕事をする。

そもそも物事はゆっくりと生じるものだ。


たとえば、

自分の表現方法を一度に発見したわけではない。

それらは、

私の意思とはほとんど関係なく、

自然に形づくられたものなのだ。


物事は・・・

それぞれ自然の流れに従っている。

それらは成長し、

成熟する。

だが接木は必要だ。

またサラダ菜のように、

水をかけてやらなければならない。


物事は、

私の頭のなかで熟していく。

また、

私はいつでも猛烈な勢いで、

いろいろな仕事を同時にやる。

絵画、版画、リトグラフ、彫刻、陶器など、

異なる分野を同時に手がけることさえある。


素材や道具によって・・・

技術やあるものに生命を吹き込む方法が決まる。

のみを手にして木版画を制作するときは、

特定の精神状態になる。


ブラシを手にしてリトグラフ用の石板に向かうとき、

あるいは鉄筆を手にして銅板に向かうときは、

別の精神状態になる。


素材と道具の出会いは

真にせまった衝撃を生みだし、

その衝撃は鑑賞者に

なんらかの影響をあたえることになるはずだ。


1枚の絵画を見るたびに、

われわれは新しいものを発見できなければならない。

しかし、

1週間のあいだ1枚の絵画をみつづけても、

なんの思いもいだかない人もいる。

一方、

1枚の絵画を一瞬見ただけで、

自分の人生を振り返る人もいる。

私にとっては、

絵画は火花のようでなければならない。

女性や詩のような美しさで、

人びとの目をくらませるものでなければならない。



絵画は輝きでなければならず、

ピレネー地方の羊飼いたちがパイプに火をつけるときに使う、

火打石のようでなければならない。


大切なのは・・・

絵画そのものより、

絵画が空中に投げだされること、

絵画が空中にまき散らされることだ。

絵画は破壊されてもかまわない。


芸術は滅びてしまうかもしれないが、

大切なのは・・・

芸術が大地に種をまいたということだ。


私がシュルレアリスムを好きだったのは、

シュルレアリストたちが絵画を

最終的な目標とは考えていなかったからだ。

事実、

絵画はもとお場所にとどまろうとしてはならない。

むしろ、

芽を出し、

種をまいて、

そこから別のものが生まれるようにすべきなのだ。


絵画は肥沃でなければならない。

ひとつの世界を生みださなければならない。

人びとが絵画のなかに、

花、人物、馬など、

どのようなものでもよいが、

ひとつの世界、

命のあるなにかをあらわすものを

見出せるようでなければならない。



​​ ​​ 1979年 に、ジョアン・ミロは・・・

バルセロナ大学から名誉博士号を授与された。

10月2日の授与式 で彼は、

「市民としての芸術家の責任」 と題した演説をした。


私は・・・

最小の力で最大に到達する必要を感じている。

そのため、

私の絵画はだんだんと簡素になっていったのだ。


本当にひとりの人間になるには、

見かけだけの自分から解放される必要がある。


私の場合、

それはミロであることをやめるということだ。

つまり、

国境と官僚体制の慣習によって限定された

ひとつの狭い社会に属す、

スペインの画家であることをやめるということだ。

いいかえれば、

匿名の存在を目指す必要があるということだ。


匿名性は・・・

過去の偉大な時代ではいつでも支配的だった。

こんにちでは、

ますます匿名性が必要とされている。

しかし同時に、

社会的な観点からすればまったく無秩序なものといえる。

完全に個人的なふるまいも必要とされているのだ。

なぜなら、

このうえなく個人的なふるまいは匿名のものだからだ。

匿名性は普遍性に達することを私は確信している。


物事は局地的であればあるほど、

普遍的なのだ。


イヴォン・タイランディエが記録した言葉によって

自分の考えを表現することが、

私の専門分野ではないことは、

みなさまがタモご存知でしょう。


私の表現言語は・・・

絵画という資格的な方法で、

その絵画を通じて、

これまで私は自分の人生を表現しようとしてきました。


私が考えたすべてのこと、

感じたすべてのこと、

いわなければならないと思った

すべてのことを表現しようとしてきたのです。


というわけで、

言葉でご説明するかわりに、

私の絵画を思い出していただいて、

ほかの方法ではお伝えできないすべてのことを、

その作品のなかに見出していただきたいのです。


とはいえ、

このような晴れがましい機会に恵まれたのですから、

おそらくなにかひとこと申しあげるほうが良いでしょう。


私の作品を解説しようというのではありません。

それは、

私がすべきことではないのですから。

そうではなく、

私の行動様式の根本にある理由について、

いくつかお話ししたいのです。

なぜなら、

芸術作品は人間の行動の内側の深くに根を張っているからです。

​​​​ ​​​​

私は芸術家という概念を・・・

市民としての責任を持っている

一個人の面からお話ししようと思います。

ほかのすべての人びとが沈黙していても、

芸術家は、

みずからの言葉で意見を表明しなければなりません。

そしてその意見は、

けっして無益なものであってはならず、

人びとに役に立つものでなければならないのです。

(・・・)その意見は、

芸術家が属する共同体の意見のようにみなされます。


ひとりの芸術家が、

ひとつの国について語るとき、

たとえば私たちの国のように

敵意に満ちた歴史によって

傷ついた国について語るときは・・・


あらゆる形の無知、

あらゆる誤解、

あらゆる悪意に対抗して、

カタルーニャは存続し、

個性的で活気に満ちあふれていることをはっきりさせるため、

世界中に向けて声をあげていかなければならないのです。


国際的な教養とエリート主義的な

洗練さを身につけている

ひとりの芸術家が語るときは、

その教養と特権のなかに閉じこもってはいけません。


そのような芸術家は、

さまざまな物事を学んで表現するために、

深い思慮分別を持った民衆と

直接交流しなければならないのです。


民衆は、

まさしく人間的なすべての計画の源であり、

その最終的な受取人で、

社会階層という障壁は、

そこではまったく問題になりません。



自由が制限されている状況で

ひとりの芸術家が語るときは、

自分の作品をすべて、

禁止に対する拒絶の意思表明とし、

すべての抑圧と偏見と広く蔓延している

まちがった価値観をとりのぞくために使わなければならないのです。


自分のまわりで、

どのような分野であっても、

広く人間一般のため、

あるいは自分の国民のため、

さらには国民の歴史をつくりあげるために、

ほかの人びとが率先して効果的に働いている場合、

芸術家は絶対に、

このような人々の自発的行為や

努力とは関係がないなどど思ってはいけません。


最初に行動しはじめた自分自身の存在を示し、

自分の作品がなんらかの効果をあたえる可能性を見せることで、

彼らを支援しなければならないのです。



​人びとの連帯、

土地に対する私の忠誠。

いくつもの階層に分裂した社会の垣根を超えて、

直接語りかけることの大切さ、

自由のための偉大なる計画に対する敬意について、

お話できる機会があたえられ他ことをうれしく思います。

(・・・)

1993年にバルセロナのジョアン・ミロ

財団が開催した展覧会のカタログ

『ジョアン・ミロ 、1893ー1993』所収



(写真撮影:ほしのきらり)



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最終更新日  2022.02.27 00:10:08
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