ゲミュートリッヒな暮らし~Seit 2005

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東宝配給映画~Myベストセレクション


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東宝配給映画を愉しむ


★株主優待で映画鑑賞
 東宝の株主になると、百株以上保有で「招待券一回分」をもらうことが出来ます(令和四年~)。平成二十四年度以降、映画の成績が好調で株価も大きく戻しました。日本の映画界で断トツの成績を誇る東宝~此の会社を創ったのが 阪急 電鉄であることは有名であります。阪急・東宝の創業者:小林一三先生のモットーは、女性も子供も安心して見ることが出来る映画であること。要は健全な娯楽であります。そんなのは偽善だと云う人もおられるでしょうが、八九三やエロに走った映画会社が没落していったのも事実です。戦後、東宝争議の危機を乗り越え、日本映画界をリードする存在になった東宝、株主として死ぬまで応援して行きたいと思います!


此の映画は良かった!拙者が勝手に選ぶベスト「4」


★1位~風立ちぬ



・宮崎駿先生の作品で一番を選べ!と云われれば、やはり是でございます。嫁さんと結婚する直前に 札幌 シネマフロンティアで見ましたよ。だからこそ沁みたのかも知れません。昔の男は一本筋が通っているなぁ、拙者もそうありたいと、自らを奮い立たせる気持ちになりました。

★2位~君の名は。



・社会現象を引き起こした怪物級の映画。思い返してみればストーリーは単純だけれども、何故か衝撃的だった。典型的なセカイ系の映画で、本来なら拙者の趣向と正反対のはずだが、其れでも「恐れ入りました」と平伏してしまうほどの破壊力。何だかんだで拙者の 小説 も影響をモロに受けていたことは否定できなひ。

第3位~三丁目の夕日(パート2のほう)



・茶川先生が芥川賞を目指すけど、やっぱり駄目!だからこそ茶川先生に同志的な感情移入をしてしまいます。ヒロミが特急こだま号の車内で、茶川先生の落選作を読んで涙する名場面は、何度でも見入ってしまう。小説とは、売れなくても響く人には響くものなのであります。

第4位~阪急電車



・阪急東宝グループの結束を確認する為にあるような映画。登場人物がリレー形式でストーリーを繋ぐ手法は、とても参考になりました。既に引退した車両や、旧宝塚ホテルが登場するなど、映像の資料的価値も高い!


小林一三先生に敬意を表して


 東京有楽町の 「日比谷シャンテ」 にて、小林一三先生の 生誕150年記念 のパネル展が行なわれていました。ゴジラと共に小林一三先生の登場です!東京人の皆さん、此のオッサン誰や?なんて今更云わないで下さいね!


特集~こんなところで「あの映画かよ!」

西九州新幹線 に乗った時のこと。嫁さんが買ったお土産は、すずめの戸締りとコラボした「センペイ」~長崎県では、せんべいのことを「センペイ」と発音する。スペインから来た別のお菓子かと思ってしまうのが長崎であります。此のセンペイの包装紙、映画のヒントが隠されていて、映画を見終わった後で改めて包装紙を見直したら「あーそうだった」と納豆納得。



・映画 「三丁目の夕日」 に登場のミゼットを、 豊後高田市の昭和の街 で見つけました(笑)。




大ヒット映画「君の名は。」カフェも激混みでした →詳しい記事はこちら

君の名はカフェ瀧と入れ替わった三葉も思わず写真を撮りたくなったパンケーキ

 こんな美しいカフェを拙者は見たことがない。ただのカフェスペースのはずが、新海ワールド特有の美しすぎる青空を加えただけで、何故こんなに人をワクワクさせるのであろうか。そして注文したのは 「瀧と入れ替わった三葉も思わず写真を撮りたくなったパンケーキ」 である。何と!パンケーキの上には、入れ替わった三葉が撮っていた携帯がモナカで再現されている。さすがにモナカの皮だけだから味は全くしないものの、すごい技術だよな。さらにその上からあの場面をやってみて下さいという訳だ。ビジュアル的要素に気を取られて味なんか忘れてしまうが、三葉が感じたワクワク感を同じように味わい、自分も何かに浸れるのである。崩すのがもったいない、写真を撮らずにはいられない一品である。

→東宝配給の映画鑑賞ネタも日記でいろいろ書いてます・・・


映画「沈まぬ太陽」を鑑賞して~昭和60年の暑い夏



 映画 「沈まぬ太陽」 は、作家山崎豊子の小説を映画化したものだ。表向きはフィクションということになっているが、日本航空を題材にしていることは誰もが認めるところとなっている。映画を見始めて5分も経たないうちに、正直この映画はキツいと感じた。昭和60年に起きた、日航機墜落事故を思い出したからだ。
 昭和60年といえば拙者はまだ小学生で、大阪から 相模原市 に引っ越して間もない頃だった。世の中のニュースに関心を持ち始めた年頃でもあったため、この事件はあまりにも衝撃的だった。大阪へ帰省するには新幹線に乗ることしか頭になかったが、少なくとも大阪へ行くのに飛行機を使った人が500人以上犠牲になった訳で、前に住んでいた家が伊丹空港の近くだったことも手伝って、とても他人事とは思えない事件だった。
 さらにショックだったのが、我が 阪神タイガース がこの事故と大きく関係していたことだ。事故機は事故の直前に福岡から羽田へ飛んだが、乗客の中に我が阪神タイガースナインが含まれていたのだ。選手たちは難を逃れたが、折り返し伊丹行きに搭乗したのが阪神電鉄取締役で阪神タイガース球団社長だった中埜肇さんだった。社長を失ったタイガースナインはリーグ優勝を誓い合い、あの球史に残る「阪神優勝」を勝ち取ることになる。
 また、犠牲者の中には元宝塚歌劇団で女優の 北原遥子さん も含まれていた。彼女は宝塚歌劇団当時、第4代池田銀行イメージガールも務めていた。池田銀行 (現池田泉州銀行) といえば大阪在住時の我が家のメインバンクであった。さらに、生存者の一人の方が、前に住んでいたマンションの近所の人だったということも後で知り、改めてこれが身近に起きた事件であることを認識させられた。
 昭和60年の暑い夏・・・決して忘れまい。いや、忘れてはいけない「暑い夏」である。


文化・芸術を語るコーナー

・帝政ドイツ~その記憶は永遠に ・ハプスブルク文化の愉しみ ・カセットやMDに詰め込まれた思い出

・ブラームスとシューマン ・東宝映画の愉しみ ・中森明菜~拙者的ベスト・アルバム ・西部警察の車両達






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