何十年経とうが色褪せることはない
これらのCDは、恐らく死ぬまで聴いてるかも・・・




CD’87を本格的に「レストア」


カセットテープに詰め込んだ思い出
思ひ出すだけで懐かしい。中学の頃は工藤静香にハマった。本格的に覚えた「所謂好きな歌」のたぐいである。其の頃、明菜さんは例の「自殺未遂事件」で活動を休止してゐたので、其れで自分の耳に入ってくる機会が無かった可能性がある。歌と云へばテレビを見て情報を仕入れるしか無かったやうな時代~久米宏が司会で出演してた「ベストテン」とか、あー懐かしい!
本格的に明菜さんの歌に触れるきっかけとなったのは大学時代。 相模原市
立図書館でCDの貸し出しが始まってゐた。お金が無くてCDを買うのも躊躇した時代のことだ。其処で見つけたのは明菜さんのCD。「少女A」などの初期傑作作品を収めたBESTⅠや、「TANGO NOIR」などの名曲を集めたBESTⅡだけでない。「雨が降ってた」「URAGIRI」などを納めた「CRUISE」に至っては、テレビで聴いた記憶も無い名曲を掘り当てた興奮は忘れられない。アルバム「CRUISE」のジャケットも衝撃的だった。エメラルドグリーンの洋服をこんなに上手く着こなせる人は見たことがない。昭和と云ふ時代の終はり、80年代の「ある意味輝かしい時代」の終はりにあって、「CRUISE」の世界は何処までも耽美的で退廃めいた雰囲気も漂う「一時代の葬送曲」に感じられた。
此の感動を忘れまいと録音したのが 「カセットテープ」
~カセットデッキは「TRIO」~曲目一覧を印刷したのがワードプロセッサ!曲目一覧をどうにか飾り立てたくて、新聞折り込みチラシの中の、ラッセン商法めいた会社の広告に付いてる良さげな絵をハサミで切り取って糊で貼り付けてゐたっけ。90年代前半は何をするにも手仕事が必要だったなぁ。
MDが音楽媒体の最終形だと信じた


00年代は「MD」の時代になった。社会人になって少しお金に余裕も出来て、まず買ったのは単品の ソニーMDデッキ
だ。ツタヤで借りる→MDへ録音する、と云ふ定番の流れが出来ていた。カセットテープに編集してゐた明菜さんのコレクティオンもMDに作り直したのは云ふまでもない。もう一度図書館で借りたり、ブックオフで格安のCDを手に入れたり、もう色んなことをした。
明菜さんだけではない。浜崎あゆみ、島谷ひとみ、久宝瑠里子、松田樹里亜、小室プロデュースのアーティスト~自分史に於いて、音楽的な全盛期だったかも知れない。ラヂオもよく聴いた。FMさがみにリクエストして何曲か流してもらったっけな。
だからMDも増えに増えた。お気に入りのMDは、ワードプロセッサを工夫して独自の「ジャケット」を製作したっけな。MDが音楽媒体の最終形だと信じて疑わなかっただけに、その後起こるMD規格の廃止は衝撃なんてもんじゃなかった。
ちょうど 札幌在住時代
だった。MD→USBメモリに録音できるコンポを買って、暇さえあれば等速録音と云ふ気の遠くなるやうな作業を続けてゐた。しかもUSBもデータが壊れてもう1回やり直すこともあった。
かうして紆余曲折を経て、音楽データはUSBやパソコン、使わなくなった携帯電話のメモリなど二重三重の処置を講じて保存してゐる。せっかく音楽配信と云ふ魔法のやうな環境が整ってゐるのに、圧倒的によく聴いてゐるのはMD録音の曲であるとは皮肉なもんだ。其の代表はもちろん明菜さんである。
撮りためたMDは半分近く処分してゐる。まだ残してゐる訳は、クルマ (ラパン)
がMDを装備してゐるからである。一人で運転するとき、拙者は好んで昔のMDをかけてゐる。延々と演奏が続いてしまうUSBとは異なり、MDはせいぜい80分程度。自分の好みで編集されたものには独特の愛着が湧く。かうした愉しみも、あのクルマが動いている限りなのは確かだ。
→カセットテープやMDのネタはこちらでも!
文化・芸術を語るコーナー
・帝政ドイツ~その記憶は永遠に ・ハプスブルク文化の愉しみ ・カセットやMDに詰め込まれた思い出
![]()
![]()